「あ、昨日のお姉さん……」
「ヤッホー、見てたよーライブー!」
「え、あ、ありがとうございます……」
「見てたって最後の少しだけじゃないですか……」
小柄なツインテ―ルの彼女、中野梓は呟くが唯は聞いてない。
「あなたは高校生? 私も高校生からギター始めたんだー!」
「そ、そうなんですか……」
唯のテンションに押されるひとりは曖昧に頷きながら後退する。
「ぼっちちゃん知り合い?」
「え、えっと、昨日チケットを買ってもらって……」
「あ、チケット売れたって嘘じゃなかったんだ……」
「え……?」
「あ、ううん、なんでもない」
虹夏はひとりから目を逸らし、唯の方に視線を移す。
「さっきはありがとうございました。なんか会場に呑まれちゃってたみたいで、上手くやろう上手くやろうってそればっかりになってて」
虹夏は懇切丁寧にお辞儀をするが、
「え? そうなの?」
当の本人は目を点にして首を傾げる。
「唯先輩はそんなに難しいことを考えてないですよ」
梓は嘆息しながら虹夏に答える。
「それよりも、今日リハ出来てないんですから音出しできないとしても少しでも楽器に触っておきましょう!」
「えー、折角だし他の人たちのライブも見たいよー」
「もう! 唯先輩が遅れたせいじゃないですか!」
「あずにゃんきびしいよー」
梓は結束バンドの四人に会釈をして、唯の背中を押しながら楽屋の方に向かっていく。
「梓ちゃん頼りになるわね」
「梓がいなかったら遅刻してたかもしれないもんなー」
「遅刻はしてるんだよ!」
放課後ティータイムの三人も談笑しながら二人の後を追って楽屋の方に向かっていった。
「な、なんか色々すごい人達でしたね……」
去っていった五人を見ながら、喜多は思わずこぼす。
「あの人たちが今日のゲストなのかな?」
尋ねる虹夏にリョウは頷く。
「放課後ティータイム、高校生の部活から始まったロックバンド。正直、すごく上手い。SICKHACKと比べても遜色ない、というかむしろ放課後ティータイムの方が上かもしれない」
「え、そんなすごいバンドなんだ」
「うん。物販のCDなんてすぐに完売しちゃうから一人一枚制限をつけたりもしてる」
「でも、私全然知りませんでした」
「まあメジャーデビューしてないからね。複数のレーベルからオファーを受けてることは有名だけど、なんでかメジャーデビューしない」
「な、なにか拘りでもあるんですかね……?」
「さあ、どうなんだろ。でもゲストが放課後ティータイムならこの超満員にも納得できる。タダで放課後ティータイムのライブが見れるなんてラッキー」
「楽しみですね!」
そんなこんなでライブは進み、残る演者はあと二組。
「さて、じゃあいきますかー」
「今日は客席に飛び込むんじゃないぞ」
「また借金膨らむネ」
「う……」
舞台袖から威勢よく飛び出そうとした廣井の後ろから鋭い声が飛ぶ。
廣井は一瞬身が固まるが、手に持っていた鬼コロの最後の一滴を吸い込み、壇上に駆ける。
「はーい、どうもーSICKHACKでーす」
ざわめいていた観客の声は一際大きくなり、舞台に注がれる。
だが一切怯むことも動じることもなく、三人は観客に手を振り、楽器に手を添える。
そして、合図も無く、ドラムの音が鳴り響き、ギターの音色が滑走し、ベースの重低音が全てを包む。
「間違い探しの――夜更かし――あら楽しい――」
観客の視線が、声が舞台に向けられる。
魅了されるかのように、注目の全てがそこに固定される。
(やっぱり……すごい)
舞台袖から見ていたひとりは心の底から感嘆する。
普段は飲んだくれのだらしない人間だが、ひとたびベースを持って舞台に立てばそのカリスマに引き込まれる。
「いやーすごいねこの人たち! この次にやるって緊張するなー」
そんなひとりの背後から声が聞こえてきた。
緊張するとは名ばかりのすごく緩い声だった。
「まああのSICKHACKだからな上手いのは当然だろう」
「なんだよー、私達の方が上手いぞー!」
「なんで律は張り合うんだよ……」
「でも普段聞かないような音楽ね」
「サイケデリックですね。私達の音楽とはかなり違いますね」
「サイケ……?」
「唯先輩……さすがに少しは音楽の種類を覚えましょうよ……」
出番が次と思えないようなそんなやり取り。
緊張感というものはないのだろうか、と思いながらひとりは横目で彼女たちを見ていた。
そして、SICKHACKのライブも終わり、放課後ティータイムの五人はそれぞれの楽器を手にする。
「よし、行くか!」
カチューシャをした彼女、田井中律に続き、四人は壇上に上がる。