サブタイトル:Go Our Way!
「楽しかったねぇ」
「綺麗でしたね! 私、あんなに綺麗で広い砂浜見たの初めてです。たくさんのTシャツも綺麗でしたし、映えスポットもたくさんありましたし」
ゴールデンウィーク後半戦の5月5日、日曜日。深夜が乃々羽を連れ出したのは、高知県の西──黒潮町にある砂浜美術館だった。建物がなく砂浜全体を美術館に見立てた映えスポット。特にゴールデンウィークの間は全国から募集したTシャツを展示する「Tシャツアート展」を軸にたくさんのイベントが行われており、はためく大量Tシャツと美しい砂浜を見に、県外からも多くの観光客がやってくるのだ。
深夜も一度は行ってみたいと思っていたのだが、これまでタイミングが合わず、今回ようやく念願をかなえたのだ。
二人は朝から夕方近くまで大はしゃぎしたあと、へとへとになりつつ帰りの汽車に飛び乗った。
「ほんと綺麗でいいとこでしたよね」
「今日は時間もお金もなかったがやけど、今度来るときはホエールウォッチングもしたいね」
「クジラを見れるんですか!?」
「うちもまだ見たことはないがやけど、友達が見たことあるって言いよった」
「へええぇぇ。いいですねぇ……絶対に次はクジラ見たいです!」
「しっかし、ノノちゃんがあんなに遠くまでビーサンを飛ばせるとは思わんかったがよ」
「優勝しちゃいましたね」
乃々羽は鞄の中から表彰状を取り出し、誇らしげにかかげて見せた。そこにはビーサン飛ばし大会女性の部優勝と書かれている。ビーサン飛ばし大会──シンプルにビーチサンダルを飛ばせる距離を競う大会。今日のTシャツアート展で行われていたイベントの一つで、誰でも当日参加可能だったので二人とも思い出作りで参加したのだった。
深夜は勢い余って真上にビーサンを打ち上げてしまい、まさかのマイナス1メートルという記録。
ま、会場が盛り上がったし、ええがやけど。
一方の乃々羽は低い弾道で思いっきりビーサンを蹴り出し、男性の部の優勝記録まであと50センチに迫る素晴らしい記録で優勝をもぎ取っていた。
ぱちぱちぱち。
深夜は手を叩いて乃々羽の栄誉を讃える。
「うち、今日だけで写真300枚くらい撮っちゅう」
砂浜の写真、食べ物の写真、乃々羽の写真、自撮り写真、二人で撮った写真。1日の思い出がスマホの画面にところ狭しと並んでいる。
「綺麗に撮れちゅうのインスタにあげてもかまん?」
「大丈夫です!」
日焼け止めをしっかり塗っていたにも関わらず、乃々羽の肌は少し赤らんでいた。
「せっかくだし、スク部のインスタアカウント作ってあげませんか?」
「ええねぇ。でも、一応須藤ちゃんに相談してにしようか」
「そうですね!」
「ノノちゃんはどんな写真撮ったが?」
乃々羽がスマホをスクロールして写真をみせてくる。同じ1日を過ごしているにも関わらず、撮っている写真が微妙に違うのが深夜には面白かった。砂浜の小さな貝殻だったり、ただ広い海だったり。性格の違いが写真にも出ているような気がする。見ているものは違っても、二人とも楽しい1日を過ごしたことにはかわりない。
乃々羽のスクロールが勢い余って、昨日、一昨日へと遡っていく。そして、写真はちょうど今週の月曜日で止まる。
栴檀学園スクールアイドル部第39回定期公演の動画が画面に流れ始めた。撮影可能パートで乃々羽が撮影した動画だった。栴檀学園に代々受け継がれている伝統曲を披露するセン学スクールアイドル部の面々。深夜の脳裏にあの日の記憶がよみがえってくる。
「ねー、ノノちゃん」
深夜は少しだけためらったあと、意を決して口を開いた。
「正直なとこ、セン学の公演見てどう思った?」
「すっごい良かったです!」
「それだけ?」
深夜の発言の意味がピンと来なかったのか乃々羽は首を傾げた。
「うちもよかったのは一緒ながやけど、おんなじくらい衝撃やったがよ」
「衝撃?」
「思ってたレベルよりずっとずっと高かったがよね」
「あー」
「うち、ちょっとスクールアイドルのこと軽く考えすぎてたがかもしれん」
ちょうど汽車がトンネルに入り、さっきまで強烈な夕日のせいであまりはっきりと見えなかった乃々羽の表情が、よく分かるようになった。
「ちょっと練習して、ちょっと頑張って、そしたらみんな楽しくできて。そんなふうに思いよったがやけど」
乃々羽は真剣な顔で深夜を見ている。
「あのレベルになるにはどれくらい練習したらいいかね?」
乃々羽は慎重に言葉を選んでいるようだった。
ちょっとだけ沈黙が続いたあと、乃々羽の口をついたのは、
「正直、普通にやっても私たちがあのレベルに行くのは無理だと思います」
という、至極真っ当な、それでいて真っ直ぐな意見だった。
「メソッドや環境がしっかり整ってる学校で、才能ある子たちががっつり3年間毎日頑張ってきてやっとたどり着けるレベルですからね」
「まあ、そうやよね。アレはちゃんと実力ある子たちが、ちゃんと努力した結果ながよね」
「私たちでもちゃんと練習したら、少しはあそこに近づけると思います」
「じゃあ、ちゃんと練習しようか」
あえて軽い感じで返してみる。
ノノハは何か言うべきか言わないべきか迷っているような顔をしていた。
トンネルを抜けてまた夕日が車内に差し込んでくる。ちょうど夕日が乃々羽の眼鏡に反射して、その奥の目の色は良く見えなかった。
「あの、みゃー先輩」
「どうしたが?」
「みゃー先輩はどうしてスクールアイドルしたいんですか?」
乃々羽がぐっと顔を近づけてくる。しっかり見えるようになった黒縁メガネ越しに覗く目は、真剣な色を灯していた。
「みゃー先輩が&GAIN!!!にときめいたって気持ちはわかるんです。でも、それだけなら正直スクールアイドルをやらなくて、ファンとして楽しむので十分じゃないですか。正直、3年生ってずっと部活続けてた人でも受験に向けて辞めちゃったりするのも珍しくないですし、未経験の3年生が部活としてスクールアイドルを始めるのってかなりハードル高いと思うんですよね」
「そうやねぇ」
乃々羽の深夜の言葉を一言も聞き漏らすまいとしているのか、さらに顔をぐっと近づけた。海の匂いとフレグランスの匂いが混ざった、夏のひまわりのような匂いが深夜の鼻をつく。
「うち、好きなことってなかったがよ。勉強も運動も他のことも、嫌いじゃないけど夢中になれるほど好きになったことってないがよね。器用やきたいていのことはそこそこはこなせるがやけど、結局ただちょっと得意なだけやとある程度のレベルまでしかいかんきねぇ。それを好きで本気で頑張っちゅう子らに比べたら、全然ながよ。だからずっと好きなこと、やりたいことに出会えんかなぁって思いよったが」
中途半端になんでもできるけど、別に好きでもないから本気では頑張れない。単なる器用貧乏。
それは深夜にとってのコンプレックスだった。
普通に生きちゅうだけなら別にそれでもええがやけど。
でも、深夜はやっぱり何か好きなことを見つけて、夢中になりたかったのだ。
「&GAIN!!!を初めて見た時にこれがしたいってビビビってきたがよね。何がそんなに刺さったがかは正直うちもわからんがやけど、これをやりたいって人生で初めて思ったがよ」
まっすぐに乃々羽の目を見て、深夜は自分の気持ちを口にする。
「だからレベルは低いかもしれんけど、3年生から始めるがは非常識かもしれんけど、うちはスクールアイドルをやりたい。スクールアイドルを好きなことにしたい。それがうちがスクールアイドルを始めた理由」
ま、友達には今更スクールアイドルって笑われたがやけどね、と少し笑って空気を緩める。
「今度はうちが質問してもええ?」
乃々羽は頷いた。
「ノノちゃんはなんでスクールアイドルやるの付き合ってくれたが? スクールアイドルは好きやけど、ホントはやるつもりはなかったがやろ?」
初めて会った時からずっと、深夜は感じていた。あれだけのスクールアイドルオタクがスクールアイドル部のない学校に進学するっていうのはそういうことなんだろうと。
高知に引っ越しする理由があったにしても、本気でスクールアイドルをやるつもりだったらセン学を選んでいたはずだ。
「私は……」
乃々羽はそこで一旦固まってしまう。目を少し泳がせて、伏せて、それから意を決したように口を開いた。
「私、中学までスクールアイドル部だったんです。正確にいうとジュニアスクールアイドル部なんですけど」
「ジュニアスクールアイドル?」
学校やスクールでアマチュアとしてアイドル活動する中学生以下の子のことです、と乃々羽が解説する。
「幼稚園のときに初めてラブライブ!全国決勝大会でアキバドームのステージでパフォーマンスしてるスクールアイドルちゃんたちをみたとき、憧れたんですよね。それで小学校から習い事としてダンスや歌のレッスンを受けて、中学は憧れだったスクールアイドルの強豪校に進んで、ジュニアスクールアイドル部に入りました」
スクールアイドル業界に明るくない深夜でも、乃々羽の経歴が並大抵のものではないことはすぐに分かる。乃々羽がなんらかのトレーニングを受けていたことは薄々気づいていた深夜でも、さすがにそこまでだとは思ってもみなかった。
「でも、色々あって」
乃々羽は少し言葉に詰まる。
「結局ジュニアスクールアイドル部では中3のはじめにプレイヤーからマネージャーに転向することになってしまって。スクールアイドルになれないならこのままここに居続けても意味ないなって思っちゃったんです。その時ちょうど母が高知に帰ることを考えてたので、それについて行く形でスクールアイドルの道を諦めたんです」
想像していたより重い理由に深夜はどう返していいかわからない。
それほどまでに人生を賭けてやってきたようなことが深夜にはない。
「正直なところスクールアイドルをやめたこと云々より、自分の中で人生を賭けてやっていたはずのスクールアイドルを諦めても思ったほどこたえてなかった自分に失望しちゃったんですよね。そのとき私、根本的にスクールアイドルに向いてなかったんんだって気づいちゃったんです」
あはは、と乃々羽は笑った。
カーブにさしかかったせいで、ちょうど夕日が眼鏡に反射して、その感情はよく読み取れない。
「みゃー先輩の誘いにのったのは不純な動機です。ゆるく楽しくやるスクールアイドルなら、向いてない私でもなんとかなるかもしれないかもって思ったんです。あとスクールアイドル部に入れば、高知のスクールアイドルちゃんたちを舞台袖とか客席近くからたくさん見れるので」
根っからのオタク発言は、場を和ませようと言う乃々羽なりの気遣いなのだろう。
「でもそれだけじゃないです。声をかけてもらった時に、なんとなくこの人とスクールアイドルやってみたいって思ったんですよね。この人なら中学までとは違ったスクールアイドルの世界を見れるんじゃないかって」
またしてもカーブに差し掛かり、車体が緩やかに傾いた。
太陽が少しだけずれて、乃々羽の真っ直ぐな瞳がまた露わになる。
「私がスクールアイドルを好きなのって、単にパフォーマンスがすごいとか可愛いとかそれだけじゃないんです。ずっとやってきて、いろんなスクールアイドルを見て気づいたんです。スクールアイドルの良さって、スクールアイドルの数だけ正解があることなんですよ。パフォーマンスに振り切ってもいいし、可愛さを追い求めてもいいし、喋りや配信に力を入れてもいいし、学校や地元に根付いて活動してもいいし、特に結果を求めずゆるーく仲良くやってもいいし、全員覆面で顔出ししなくてもいいし……」
「覆面!?」
「過去にそういうスクールアイドル部もあったんですよ」
笑いながら乃々羽は少しスマホをいじって、画面を見せてきた。そこには銀行強盗のような覆面をつけた五人組の少女が写っていた。
「スクールアイドル、奥深すぎる……」
「そりゃあセン学みたいにつよつよパフォーマンスで観客を熱狂させるのにはちょっと憧れますけど、それだけじゃないんですスクールアイドルって。結局どんな形でもいいんですよ。プロアイドルみたいに売り上げを気にしたり、マネタイズを考えたりしなくてもいいのが、スクールアイドルの何よりの強みですから。私たちがスクールアイドルをやりたいからやる、でいいんです。高校生の今、この瞬間しかできないことをやる。それだけでいいんです」
早口でまくしたてたあと、乃々羽は大きく深呼吸を一回した。
「だから、みゃー先輩」
乃々羽が深夜の手をとる。指先からぬくもりがつたわってくる。
「私たちだけのスクールアイドルを一緒に見つけませんか? うまくいかないことも失敗も悔しいことも、たぶんたくさん経験すると思うんですけど。それでもたとえどんな形になったとしても、私たちが納得できるスクールアイドルを探してみませんか?」
「うちらだけのスクールアイドル」
「かがみ川女子高校スクールアイドル部にしかできないスクールアイドルです」
次は、高知、高知。
終着駅を知らせるアナウンス。汽車は少しずつ減速を始める。
「やろう」
乃々羽の手を深夜はぎゅっと握ると、同じくらいの力で握り返される。
手のひらからしっかりと感じる乃々羽の体温に、
ノノちゃんと一緒に舞台に立ちたい。
心の底からそんな気持ちが湧いてくる。
「改めて、かがみ川女子高校スクールアイドル部再始動ですね!」
改めて始まる、二人のストーリー。
うまくいかなくいかもしれない。思い通りにならないかもしれない。
それでも、今は信じられる。