「生徒会からのお知らせです。12時55分から屋上庭園でスクールアイドル部による昼休みミニライブが開催されます。みなさん、是非、屋上庭園にお越しください」
ピンポンパンポン。
生徒会長によるアナウンスが校内に流れる。
時間は12時45分。あと10分で本番だ。すでに屋上庭園の真ん中に作られた簡易ステージの周りにはちらほら生徒たちが集まっていた。といっても、実際はほとんどが深夜か乃々羽の友だちなのだが。
「うー、めちゃくちゃ緊張してきた」
ステージ前に陣取っている10人ほどの友だちに小さく手を振りつつ、深夜は乃々羽に耳打ちする。
言葉通り深夜は緊張しているようで、屋上庭園に出てからは頻繁に鏡を見たり、振り付けの確認をしたり、せわしなく動いていた。乃々羽が初舞台を踏んだのは小学校低学年の時だったが、その時の緊張感は今でも記憶の片隅に残っていて、深夜の緊張はよく理解できた。
「ノノちゃんは緊張せんが?」
「私も舞台に立つ前はいつもドキドキしますよ」
「ほんとに? 全然そんな風には見えんがやけど」
「踏んでる舞台の数が多いから、緊張をうまくコントロールできるようになったのかもです。でも、こう見えて昨日は今日のステージが楽しみでけっこう寝付けなかったんですよ」
「わかるー。はよう寝ないといかんのは分かっちゅうがやけど、そう思えば思うほど全然眠れんなるがよね。うち昨日の夜だけで100回くらい&GAIN!!!見直したと思う」
「それってほぼ朝になってません?」
「寝たのたぶん4時くらい」
「え!? 大丈夫なんですか??」
「大丈夫! 午前中の授業爆睡したき、今は全然眠くないがよ」
「それってホントに大丈夫なんですか?」
乃々羽は心配になって深夜の顔をのぞき込む。いつもと変わらないちょっとボーイッシュで垂れ目がチャームなみゃー先輩の顔。いつも以上にばっちりとメイクが決まっている。目元にクマはなくて、肌つやは良好。寝付きが悪かったとは思えないくらいの絶好調に見えた。
これならコンディションは心配なさそう。
「いい天気で良かったねぇ」
「梅雨入りが遅くて助かりましたね」
「ちょっと天気が良すぎるくらいやけどね」
雲一つ無い青空。さんさんと輝く太陽。屋上庭園に出てきてまだ10分も経っていないのに、にじみ出てくる汗をこまめにタオルで拭き取らないとせっかく整えたメイクと衣装が崩れてしまいそうだった。乃々羽が15年間慣れ親しんだ東京の暑さと高知の暑さは、なんだか根本的に性質が違うような気がする。
「カーディガンはいらんかったねぇ。いっそ脱いじゃう?」
「シンプルなセーラー服だとちょっと特別感ないのでここは我慢です」
衣装は、制服をベースにスカーフをおそろいのリボンに変えて、スカートを短く織り込んで全体的なバランスを整えた上で、色違いのカーディガンを羽織るアレンジをしている。
クーラーの効いた室内であればこれでまったく問題がなかったのだが、25℃をこえる屋外ではこの衣装は乃々羽も暑く感じる。それでも「スクールアイドル感」を演出するためには暑さを我慢しなければならない時もあるのだ。
「ステージの最終確認お願いできますか?」
マイクチェックなどを行っていた生徒会のメンバーに声をかけられる。ふたりは緑色の養生テープで仕切られただけのステージの中に歩を進める。ステージの両サイドには結構立派なスピーカーが2機設置されていて、いい音を響かせそうだった。ステージ後ろに伸びる延長コードや電源タップは校舎の中からつながっていて、ステージ脇には簡易的なDJテーブルが置かれている。これらの準備はすべて昨日から生徒会がやってくれたものだった。乃々羽たちも協力を申し出たのだが「準備は生徒会の仕事なので大丈夫です。本番で素敵なパフォーマンスを見せてくれるのが何よりのお手伝いですから!」と生徒会長に丁重に断られてしまった。
深夜と乃々羽は手渡されたハンドマイクを持って、ステージの中央に向かって歩く。ふたりとも「あーあー」「マイクチェック、マイクチェック」などと思い思いのセリフをマイクに声をのせて、スピーカーの響きを確認する。イヤモニなどない自分たちの歌声がスピーカーからそのまま響く舞台は、乃々羽にとっても久々の経験だ。屋外だからか反射して聞こえてくる音は少なくて、本番は問題なく歌えそうだった。安心するとともに、こういう環境の違いもちゃんと事前に確認しておかないといけなかったなと乃々羽は反省する。
二人がステージ中央に立つとステージ前に陣取っていた深夜の友人たちから黄色い歓声があがる。その少し後ろの方では、乃々羽と仲の良いクラスメイトの子たちも何人か見に来てくれていた。乃々羽がその子たちに向けて手を振ると、控えめに手を振り返してくれた。こういう友だちとの何気ないやりとりが、スクールアイドルらしさがあって乃々羽は好きだった。
屋上庭園にはほかにも生徒会のメンバーをはじめとした生徒たちがちらほらと集まっている。新校舎の入口近くでは須藤先生がほかの先生たちと談笑していた。合わせるとだいたい30人くらいで、初舞台としては十分すぎる観客数だ。それだけではない、屋上庭園を挟むように建っている新校舎・旧校舎に目を向けると、廊下の窓から物珍しそうにこちらに視線を送っている人たちがそれなりにいる。
スクールアイドル部への期待なのか、それとも生徒会がこれまで昼休みミニライブで培ってきた実績なのかは分からない。とにかく、見てくれる人が居る中でパフォーマンスをやれるのが乃々羽には純粋に嬉しかった。
「そろそろ時間ですけど、スクールアイドル部の皆さん準備は問題なさそうですか?」
ステージ脇に立っていた生徒会長からの声かけに、乃々羽と深夜はOKサインを返した。生徒会長はうなずくと、マイクを片手に歩いてきて2人の横に立つ。
「みなさん、こんにちは。生徒会長の宮内です。12時55分になりましたので、6月5日水曜日の昼休みミニライブをはじめさせていただきます。今日は今年4月に当校にはじめて出来たスクールアイドル部によるパフォーマンスになります。では、スクールアイドル部のみなさん、よろしくお願いします!」
生徒会長の簡単な紹介に続いて、屋上庭園からちらほらと拍手が起きる。
「こんにちはー!」
深夜の呼びかけに、深夜の友だちたちを中心に「こんにちはー」とレスがくる。
「3年B組の東雲深夜でーす」
深夜の友だちたちはいつの間に取り出したのかオレンジ色のサイリウムを持っていて、口々に「みゃー!」とか「かわいいよー!」などと叫んでいる。
「1年A組の沢渡乃々羽です!」
今度は乃々羽の友だちたちが少し遠慮がちに拍手を返す。
「「わたしたち、かがみ川女子高校スクールアイドル部です!! よろしくお願いします!!」」
あらかじめ決めていた挨拶はぴったりと息があう。屋上庭園のあちこちから拍手や声援が返ってきた。
ふたりは自己紹介のあとにすぐさまパフォーマンスには移らず、簡単なMCをすることに決めていた。ほかの部活の昼休みミニライブでは数曲披露されることが多いようだったが、スクールアイドル部は持ち曲が一曲しかないので他の部活よりはMCに時間を割く必要があるのだ。とは言ってもMCは生ものな部分があるし長すぎると冗長になってしまうので、内容については簡単な部活紹介と曲紹介をするとだけしか決めていない。前半の部活紹介を深夜が後半の曲紹介を乃々羽が担当することになっている。
「さっき生徒会長さんから紹介があったと思うけど、スクールアイドル部は4月にできたばっかりの部活です。かが女にスクールアイドル部ができちょったことを今回の昼休みミニライブの告知で知った人も多いと思うけど、今日、スクールアイドル部のことを覚えてくれたら嬉しいです!」
さっきまで緊張していたのがまるで別人のように、舞台に立った深夜のMCは緊張のカケラすら感じさせない堂々としたものだった。
「で、うちらできたばっかりの部活やき、実は人前でパフォーマンスするのは今日が初めてながよね。ぶっちゃけめっちゃ緊張しちゅう!」
お約束の「がんばれー!」という声援がとんでくる。
「ありがとー! 緊張もすごいけど、それ以上にうちらの初舞台を今日見に来てくれたみんなといっしょに迎えられるのめちゃくちゃ楽しみなが!! まだまだつたない部分もたくさんあると思うけど、全力で最高に楽しいパフォーマンスをするき、短い時間だけど楽しんでいってねー!」
深夜の根っからの陽の面が前面に出たMCは場の空気を明るくした。
この明るさを逃がさないようにシームレスに乃々羽は曲紹介にうつる。
「今日披露するのは来週行われる全日本スクールアイドル選抜地方大会の課題曲になっている『&GAIN!!!』という曲です。有名な曲なので知ってる人もいると思うけど、すっごく良い曲なので、知らない人も終わったら是非、オリジナルも聞いてみてくださいね!」
「「はーい!!」」というお約束のレスに乃々羽は笑顔で応える。
「この曲のサビの部分は、みんなでコーレスするとすっごく楽しいので、始める前にちょっとコーレスの練習したいんですけど、大丈夫ですか?」
会場からは「いいよー!」、「オッケー」などの声がとぶ。
「サビのところで曲名にもなってる『アゲイン』が4回繰り返されるところがあります。1回目は私、2回目はみゃー先輩が歌います」
深夜が手をあげる。
「3回目はマイクを皆さんにむけるので、皆さん大きな声で『アゲイン』と歌ってください。そして最後の4回目は私たちと皆さん全員でアゲイン!と合唱してもらえますか?」
客席は拍手で応える。
「じゃあ、ちょっとだけ練習してみますね、いきますよー、アゲイン!」
「アゲイン!」
深夜が続ける。
「「アゲイン!」」
あらかじめ仕込んでいたふたりの友だちたちを中心に声が返ってくる。
「「「アゲイン!」」」
最後はふたりと客席の声がうまく重なる。とは言っても客席の大部分はまだまだ遠慮がちで、実際に声を出してくれた人は半分もいなかったようだった。
ちょっと物足りないけど、今はこれで十分。
「良い感じです! 本番もおんなじ感じでお願いします!!」
拍手が起きる。
「じゃあ、そろそろ本番に行きたいと思います。ほかの人の迷惑にならなければ、撮影も声出しも手拍子も何でもOKなので好きなように楽しんでください!」
ふたりは少しだけ距離を離して向かい合う。視線に入った生徒会長に向けて、乃々羽は軽くうなずいて意思を伝える。生徒会長はうなずくと手元の機材を操作した。
大きなスピーカーが震えて、聞き慣れたイントロが流れ始める。
「だからもう一度、またねを伝えたい」
「わたしとあなた、みんなでつむぐ」
「「この歌はアゲイン」」
歌い出しは完璧なハーモニー。
なめらかに歌声が口をつき、体が動く。セン学でパフォーマンスした時とは違った調子の良さを、乃々羽は感じていた。なんというか、パフォーマンスを俯瞰できているような感覚。客席や深夜が自然と目に入る。
乃々羽だけでない。あれほど緊張していた深夜も嘘のように良いパフォーマンスをしている。もちろん振り付けのミスがあったり、少し音が外れたりと乃々羽から見ると細かいところはまだまだだったのだが、初めてスクールアイドルを見る人には全然わからないくらいのパフォーマンスだった。これまで練習で見てきた深夜のどのパフォーマンスより良い。
何より笑顔が最高に良い、と乃々羽は思う。表情だけではない。楽しさや嬉しさが深夜の全身からあふれ出ていた。
これは、ちゃんと伝わるパフォーマンスだ。
乃々羽は確信する。
その確信を裏付けるように、少しずつ人の数が増えていく。廊下で見ていた人たちが屋上庭園に、教室にいた人たちが廊下に。いつの間にか観客ははじめの倍以上に増えている。
スピーカーから流れる歌声とメロディが空に抜けるのが最高に気持ち良かった。
降り注ぐ日差しも、スポットライトのようでちょうどいい気さえしてくる。
曲調がかわり、サビに入る。
拍手が、声援が、どんどん大きくなって返ってくる。
空気が熱くなっていくのを乃々羽は肌で感じていた。
深夜と乃々羽は向かい合って、腕を交差させ、お互いの口元にマイクを差し出す。
キラキラと輝く汗。はじける笑顔。
うん、みゃー先輩は完璧にスクールアイドルだ。
「&GAIN!」
乃々羽の声が響き、
「&GAIN!」
深夜の声が続き、
マイクを客席に向けると、
「「「「「&GAIN!」」」」」
大きな声が返ってくる。
そして、
「「「「「&GAIN!!!」」」」」
全員の声が重なって、屋上庭園に響き渡った。
事前のコーレス練習での物足りなさが嘘のように完璧な&GAIN!!!。
大好きな曲。
大好きなスクールアイドル。
諦めずにもう一度走り始めて良かった。
間奏の間に客席から湧き上がる「ハイ! ハイ!」というかけ声に合わせてマイクを突き上げながら、乃々羽は出てきそうになる涙をぐっとこらえた。
***
2分30秒はあっという間だった。
曲が終わり、汗だくのふたりは客席に向かって頭を下げる。
「ありがとうございましたー!!」
「みなさんどうでしたか?」
客席からは割れんばかりの拍手と歓声が返ってきた。
「私たちも最高に楽しかったです! これからかがみ川女子高校スクールアイドル部として、かが女がもっと楽しくなるお手伝いをしていきたいと思います。これからもかがみ川女子高校スクールアイドル部をよろしくお願いします!」
「以上、かがみ川女子高校スクールアイドル部でした!!」
もう一度深々とお辞儀をして舞台からはけようとする2人の背に、
「アンコール!」「アンコール!」「アンコール!」
予想していなかったアンコールの声が降り注ぐ。
それはふたりの友だちからだけのお世辞のようなアンコールではなかった。屋上庭園からも二つの校舎の窓からも割れんばかりのアンコールの声が上がっている。
乃々羽は校舎の時計に目を向けると13時5分を示していた。まったく予定してなかったけど、時間的にはギリギリもう一回いけるかもしれない。深夜を見ると乃々羽と同じ気持ちだったようで、うなずいてくれる。
最終確認のために生徒会長を見ると、一緒になって大きな声で「アンコール!」と叫んでいた会長は頭の上で大きな丸印を作って返してくれた。
乃々羽は大きく息を吸って、今日一番の大きな声でアンコールに応える。
「アンコールありがとうございます! 同じ曲しかできませんが、もう一回みんなで『&GAIN!!!』しましょう!! 歌える人は一緒にガンガン歌ってください!!!!」