「昼練おつー」
乃々羽が昼練を終えて教室に戻ってくると、隣の席の
乃々羽は席につくと、じわじわとにじんでくる汗を抑えるために制汗スプレーを取り出して身体中にふりかける。少し人工的な柑橘系の香りが、あたりに漂った。
「暑かった……」
「高知の夏本番はこんなもんじゃないき、覚悟しといた方がいいぞ」
「うそでしょ……だって今日でもすでに30℃近くあるんだけど」
「気温がすべてじゃないがよ、高知の夏は」
凪紗は笑う。白い歯をのぞかせて笑う。こんがり日焼けした健康的な印象の小麦色の肌とのコントラストが鮮やかだ。
「陸上部は昼練ないの?」
「うちは朝練と放課後練だけ。昼なんて暑くてやってらんない」
「やっぱ、暑いんじゃん。うちも夏の間は昼練やめて朝練にしないか、先輩に相談してみよっかな」
乃々羽から提案した昼練だったものの、この暑さは乃々羽の想定を超えていた。
昼休みはさすがに家庭科室は使いづらいし、全ス選終わったら本気で朝練への切り替えを考えた方がいいかもしれないなぁ。乃々羽はノートで扇ぎながらそんなことを考える。
「そういや大会、土曜日だっけ?」
「うん」
「スクールアイドル部って県大会遅いんだな」
「まあ、スク部の本番は秋冬のラブライブ!だからね。夏は全国大会ないし。陸上部は今週末に四国大会だっけ?」
「そうそう。県大会はもう先月に終わっちゅう」
「どこでやるの?」
「春野。今年は高知開催ながよ。どうせなら、他の県でやってほしかった」
「旅行気分じゃん。各務、リレーのメンバーなんじゃないの? フツー、緊張とかしない?」
「全然」
「メンタル強っ!」
「陸上は数字でだいたい結果わかるから。四国大会もすべりこみでいけたくらいのタイムじゃ全国行くのは絶対無理ながよ。もちろん本気でやるけど、今さらあがいたとこで勝ち負け覆えんないから気楽なもんだよ」
凪紗の考え方はちょっとサバサバしすぎなようにも乃々羽には思えたけど、こういう方向のメンタルコントロールはちょっと面白いとも思う。
「スク部はどうなんだっけ?」
「うちも四国大会っていうか、夏の地方セミナーの招待枠をとれるのは県優勝校だけなんだけど、今年はセミナー高知開催だから正直優勝する必要ないんだよね。そういう意味で、勝ち負け関係ないってとこは各務と同じかも」
「そっか。てかさっきから、みこずっと黙ってるけどどしたん?」
凪紗が後ろの席に座っていた女の子に声をかける。
普段は3人の中で一番うるさいみことが、さっきからずっと黙って口を挟んでこないのは乃々羽も少し気になっていた。
「わたしが帰宅部だから、部活の大会話とかには口はさめないのわかってるくせにー」
「どうどう。じゃあ、みこも話せるようにスクールアイドルの話しよっか」
ぷんすかしているみことをなだめるように、凪紗はそう提案する。
「各務、興味ないじゃんかー」
「オレは興味はないけど、スクールアイドル部はけっこううちの部活でも話題になってるから、友だちとしてはなんか嬉しいがよ。先輩も可愛かったとか言いよったし」
「ホント!? 嬉しい!」
「たしかに、スク部はこの前のライブで認知度いっきに校内認知度上がったよね」
「そうかも。今日も結構昼練見に来てる人多かったよ。お弁当とか食べながら練習見てる感じだったけど。てか、みこちも来てたでしょ?」
屋上庭園の隅っこの方で、特徴的なポニーテールをゆらしていた背の低い女の子がいたことを乃々羽は見逃していなかった。
「え、みこ行ってたの? なんでオレも誘ってくれなかったの?」
「各務、スクールアイドル興味ないじゃん」
「そーなんだけどさー、ひとりだけ仲間はずれは寂しいっしょ」
凪紗はみことの髪をわしゃわしゃする。
みことはその手をどけようと抵抗するが、凪紗の力にはかなわないようでされるがままになっている。
「はーなーせー。わたしは推し活はひとりで楽しむ派なの」
「推し活って、みこだってこの前のライブまでスクールアイドル部に全然興味なかったくせにー。乃々羽がスクールアイドル部しちゅうって知っても、たいして興味ない感じだったくせにー」
「市井のスクールアイドル部まで網羅してるスクールアイドルDD勢の
「オタクむずかしー」
凪紗はようやく手を離す。みことは鞄から手鏡をとりだして、ぶつぶつ言いながら前髪を整えている。
「みこ、今どこ推しなんだっけ?」
「今年の推しはセン学、徳島のSaku×Saku、オダルリちゃん」
「セン学以外全然わからん」
「徳島のSaku×Sakuは去年のラブライブ!中四国地方代表で、オダルリちゃんは去年のラブライブ!全国大会優勝者だよ」
「えー、完全にミーハーじゃん」
「ミーハー上等ですけどー。だって、全国レベルはモノが違うんだもん。陸上だってそうじゃないの?」
「まあ、確かに。で、そんなミーハみこもハマるくらいかがみ川女子高校スクールアイドル部は良かったと」
「あー、うん」
みことの回答は歯切れが悪い。その理由を乃々羽はよく知っていた。
「違うよねー? みこはみゃー先輩に落ちたんだもんね」
「いや、あの、その、そうだけど……」
乃々羽の指摘にぱっとみことの頬が赤くなる。
「あー、あのショートカット高身長先輩か」
「もともと3年生の中にはみゃー先輩の隠れファンってちょこちょこいたみたいだけど、先輩これまで部活やってなかったし、下級生には全然認知されてなかったみたい。それが、この前のミニライブで一気にばれた感じかな」
「たしかにアレは後輩キラーだよなぁ」
「でしょ!?」
みことは机をたたいて身を乗り出す。
「べつにいわゆるヅカ系とか王子様系ってわけじゃないんだけど、むしろどっちかっていうとギャル系の見た目なんだけど、とにかく女が好きな女のビジュしてるの。それにパフォーマンスしてるときの満点笑顔。あのギャップがヤバいよね……しかも、話したらめっちゃ気さくな人なのも最高なんだよ、東雲先輩」
「えー、みゃー先輩だけ? 私は印象なかったかぁ……」
「いや、その、もちろんノノハも良かったよ!? 正直いつもの文化系オタクの感じとのギャップでちょっと脳を焼かれたんだけどさ、それ以上に東雲先輩のビジュがわたしの性癖に刺さりすぎたんだ……」
しどろもどろで答えるみことをにやにやしながら乃々羽は眺める。
「乃々羽が文化系? みこ、全然分かってないなぁ。こいつ、腹筋バッキバキに割れてるバリバリの体育会系だぞ。普通にオレなんかより筋肉ゴリラだし」
「スクールアイドル捕まえて、ゴリラは酷くない!?」
「えー、オレ的に最高のほめ言葉なんだけど、ゴリラ。オレ、ゴリラになりたいんだよなぁ」
「し、東雲先輩はゴリラじゃないよね??」
「みゃー先輩は…………どうかなぁ?」
「嘘だと言って……」