「ついにきたね」
「きましたね」
「かがみ川女子高校スクールアイドル部の輝かしいデビューの日が!」
深夜はそういうと、グリーンホールのエントランスを指さした。そこには「2024年度全日本スクールアイドル選抜地方大会高知県予選」の看板が立てられている。
高知県立県民文化ホール・グリーンホール。
栴檀学園スクールアイドル部が定期公演をやっていたオレンジホールに併設されており、オレンジホールが大ホール、グリーンホールが小ホールとなっている。小ホールといっても、客席は500席ほどあり、高知県内では十分大きなホールだ。
「テンション高くないですか? 昨日ちゃんと寝れました??」
「それがぐっすりやったがよ。9時には寝たき」
「はやすぎません?」
ジャージ姿であふれんばかりの元気さを醸し出す深夜を見て、乃々羽は少しほっとする。
初舞台を踏む深夜が緊張で眠れていなかったりしたらどうしよう、と思っていたのだが杞憂だったようだ。
「おはよう」
ピシッとしたスーツ姿の須藤先生が歩いてくる。
「「おはようございます!」」
「って、もう昼すぎですよ、先生」
「スクールアイドル業界だと、おはようが挨拶なのよ」
「今日は引率ありがとうございます」
「いえいえ。まあ、私はただ見てるだけだからね。久しぶりに高知のスクールアイドルの舞台みるのは楽しみだし。あー、でも、この空気感懐かしいなぁ」
すでにグリーンホールの入り口には、様々な学校の生徒たちがグループを作って集まっている。女子高生たちがワイワイと騒いでつくるこの独特のかしましさは、須藤先生が言うようにスクールアイドル部らしい空気感だと、乃々羽も思った。
「とりあえず今日の流れ、確認しよっか。沢渡さん、お願いできる?」
「はい。このあと13時からリハーサル開始で、うちは13時25分~30分までがリハーサル時間になります。10分前には楽屋集合が指示されてるので、言ってる間に楽屋入りの時間になります」
「了解。リハーサルはどうするつもり?」
「時間がほとんどないので、通しでの曲練習はやらずに、立ち位置だったり、舞台の広さだったり、声の反響だったりとか、ポイントを押さえながら確認するのをメインにしていこうと思っています」
「それが良いと思う。私は客席から見え方とか確認するので大丈夫かしら」
「お願いします」
「沢渡さんは慣れてるから大丈夫だと思うけど、東雲さんは短い時間だけど、舞台に立つ感覚を少しでもつかむように」
「了解です!」
深夜はいつも以上に大きな声で返事をする。
「そういえばリハーサル前に衣装には着替えんが?」
「本番前に汗をかいたりしわになったりすると嫌なので、衣装は本番直前で着替えようと思います」
「りょーかい!」と言いながら深夜がサムズアップして答える。
「リハーサルが終了したあとは14時15分の開会式までいったん待機になります。ただ本番がはじまるとアップの時間をとれないので、開会式までの時間を使ってランニングとかストレッチとか軽いアップは済ませておきたいです」
「本番はじまったら、基本ほかの学校のパフォーマンスを見ないといかんがよね」
「はい。本番は自分たちの出番以外は基本会場で他校のパフォーマンスになることになります。全ス選は他校のパフォーマンスを見て勉強する場でもありますし、参加校以外の観覧は禁止されているのでお客さんとしての役割も果たさないといけませんし」
「観覧禁止って不思議やね」
「全ス選は純粋なパフォーマンスを練習・披露する場という意味合いが大きいですからね。パフォーマンス中は、声出しを含むコール、手拍子なども禁止されていますし、ラブライブ!とはだいぶ違うマジメな雰囲気の大会です」
乃々羽の説明を深夜はうんうんと大きくうなずきながら聞いている。
「出番の3校前のパフォーマンスと講評が終わったら楽屋入りのアナウンスがあるので、会場から楽屋に移動します。衣装に着替えてメイクを整えたら、軽く1曲通し練習をしたいと思います。音出し禁止なので、振り付けの確認くらいになると思いますが」
「実際はバタバタするし、通し練習はできないかもしれないくらいの心持ちでいたほうがいいかもしれないわ」
元スクールアイドルらしい須藤先生の的確なアドバイスに、そうしますと乃々羽は応えた。
「本番は5番目なんで15時20分開始予定です。本番が終わったら、着替えてからまた会場に戻ります。閉会式がプログラム上は16時45分になっているので、全部終わるのはだいたい17時くらいだと思います」
「結構長いがやね」
「意外にはじまってみたらあっという間よ」
「ラブライブ!県予選だと丸一日はつかうので、全ス選は短い方ですね」
「おおまかな流れは沢渡さんの立ててくれた計画通りで問題なさそうね。東雲さんは初めての大会でわからないことも多いだろうから、何か気になることがあれば、沢渡さんに聞くように」
「教えてノノちゃん先生やね」
「任せてください! なんでも聞いて下さいね」
「わたしはちょっと他の学校の先生たちにご挨拶してくるから、13時15分に改めて楽屋に集合しましょう」
そう言うと須藤先生は一足はやくロビーへと向かっていった。
「ののっち!」
聞き覚えのあるにぎやかな声がとんでくる。
ぶんぶん手とポニーテールを振りながら、栴檀学園スクールアイドル部の佐々木倫が小走りで近づいてくる
「おはようございます、佐々木さん」
乃々羽の中でもうすでに合同練習の時のわだかまりは解けていたのだが、少しからかってみたくなってあえて佐々木さん呼びをする。そういう愛されキャラというかいじられキャラ的な雰囲気を倫は醸し出しているのだ。
「えー、他人行儀。ちゃんときりんちゃんって呼んでや」
「はいはい、きりんちゃん、きりんちゃん」
「あ、みゃー先輩もおはようございます!」
「おはよう、きりんちゃん、今日も元気やねぇ」
「元気バリバリ絶好調です!」
元気よく返事をする倫は、言葉通り絶好調のようだった。
「かが女は5番手やっけ?」
「うん。セン学はトップバッターだよね」
「そうだよ! 一番手で開幕つよつよパフォーマンスを見せつけて、みんなの心をバッキバキに折るきね」
きりんちゃんってこのかわいらしい見た目で、思考回路が完全に運動部というかバトルマンガの登場人物なんだよなぁ、と乃々羽は思う。
「きりん」
低い声が倫の後ろから降り注ぐ。
栴檀学園スクールアイドル部部長の御代がいつの間にか、倫の後ろに立っていた。
「ひえ」
「スクールアイドルはバトルじゃないって言ってるでしょ、いつも」
「ひゃい」
さっきまでの威勢の良さが嘘のように、倫は一瞬で縮こまる。
「おはよー、みょーちゃん」
「おはようございます」
「いっつもLINEしゆーき、なんか久しぶりに会う感じがせんね」
そうですねと御代と深夜は笑いあう。
「ねえきりん、楽屋集合の時間覚えてる?」
「えーっと、12時50分でしたっけ」
「いまは?」
時計は12時49分を示していた。
「あ、やば」
「他校への挨拶も大切だけど、ちゃんとルールは守りましょうね」
「ひゃい」
「では、お先に失礼しますね。また、会場でお会いしましょう」
「りん、合同練習からめちゃくちゃ練習してレベルアップしたき。しっかり見ちょってよ、ののっち!」
去り際にそう、大きな声で倫は叫んだ。
嵐のようにきて、嵐のように去って行く子だなぁと乃々羽は思った。
「こうやってみると、高知県にも結構スク部ってあるがやね」
「参加校は12校みたいです」
「それって多いが?」
「うーん、県によって規模が違うのでなんとも言えないですけど、だいたいその県の野球部と同じくらいのスク部があるって言われてます」
「高知って野球部何校くらいあるがやろ…………ふーん、30校くらいながやね。てことはスク部、もしかして少ない?」
「かもですね」
「たしかにうちセン学以外あんまりスクールアイドル部って聞いたことない気がする」
「ラブライブ!県代表もここ数年はセン学以外は毎年違う学校ですし、そんなに盛んじゃないのかもしれません」
「なんか理由があるがやろうか」
「うーん、まあ高知は色々あったので」
「色々?」
乃々羽は周囲を見る。
「あんまり気持ちいい話じゃないですし、ここじゃあれなので、また今度話しますね」
乃々羽はこの話題についてここでは触れないことを選択する。
高知県のスクールアイドルについて考えるとき、いまだに話題にでる「あの事件」の話を避けては通れない。スクールアイドル業界やラブライブ!の形態に大きな影響を与えたあの事件は、たぶん高知ではかなりセンシティブな話だ。10年以上経った今でも影を落としている可能性は十分にある。
「東京は何校くらいスク部あったが?」
「東京は多すぎて東と西に分かれてるんですよ。東も西も100校を超えてましたね」
「100!?」
「特に東東京はレベルが高い学校ばっかりなので、東東京勝ち抜くのは全国大会を勝ち抜くより難しいとか言われてます。というか、ラブライブ!だと東京は一つの地方扱いされてますし」
「全然規模が違うがやね」
「あ、そろそろ私たちも楽屋移動の時間ですね。いきましょうか」
***
「はえー、ひろ……」
先ほどまでハイテンションだった深夜が、舞台にあがるとあっけにとられたようにそうこぼした。
乃々羽も久々のステージに胸が躍るのを感じていた。
目の前に広がる客席。グリーンホールの客席は500席とそれほど大きな会場ではないけど、ステージ側からずらりと並ぶ座席を見るこの特別な感覚はなんとも形容しがたい。
舞台を照らすライトの暑さ。ポジションを示すバミリのテープ。
ここに返ってきたな、という気持ちがわいてくる。
「じゃあ、かがみ川女子高校さん、リハーサルをお願いします」
スピーカーごしに運営の声が会場に響いた。
「楽曲はアレンジ無しのオリジナルバージョンで間違いないですか?」
「間違いないです」
「音がほしいときは声をかけてください」
「わかりました」
「みゃー先輩、まずは立ち位置確認しましょう」
せわしなく舞台や客席を見ている深夜に乃々羽は声をかけた。
深夜には声が届いていないのか、返事がない。
「みゃー先輩!」
「あ、ごめんごめん。なんだっけ?」
「位置確認して、次はマイクや音の確認です」
深夜はうなずいた。
「バミリを参考に、最初は2人とも1番の位置に立ちます。一番広がるところで4番まで行きます。大丈夫ですか」
「うん」
「基本的にいつもどおりやるので問題無いですけど、広い舞台だと結構立ち位置を見失いやすいので、それぞれの位置から見える客席の椅子のとかを覚えておくと迷いにくいですよ」
「うん」
「前後もそれなりに広いので、気をつけてくださいね」
「うん」
「みゃー先輩、つぎはマイクテストしましょうか」
「うん」
「みゃー先輩!」
「うん」
深夜はなんとなく心ここにあらずという感じで、返事が適当になっている。
これはまずいかもしれない、と乃々羽は思う。乃々羽は明らかに緊張している。思い返してみると、さっきからのいつも以上の元気良さというかハイテンションも緊張の裏返しだったのかもしれない。
どうにかしないと……
乃々羽はそう思うのだが、どうすれば良いのか具体的な策は思いつかないでいた。
湧き上がる不安と焦りを感じつつも、解決策を見つけられないままリハーサルの時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
アップの時間でなんとかしないと……
そう考えながら乃々羽は心ここにあらずといった雰囲気の深夜の手を引いて、舞台をあとにした。