2024/06/17:全ス選予選反省会
「これ、先生が焼いたが?」
「そうよ。一応これでも家庭科教師だからね。料理は得意なのよ」
テーブルの上にはカラフルな市松模様のアイスボックスクッキーが盛られたお皿と、熱々の紅茶が入ったポットが置かれている。深夜はクッキーに伸ばす手を止められないようで、口いっぱいにクッキーを頬張っている。
みゃー先輩、元気そう、かな?
いつもと変わらない、明るくて人懐っこい深夜の姿を横目に、空元気じゃないのか乃々羽は少し心配になる。
大会が終わったあと、深夜にどう言葉をかけたら良いのか分からなかった乃々羽は、悩みに悩んだすえ「大丈夫ですか?」というあまりに平凡で短い文章をLINEで送ることしか出来なかった。既読になるまで時間がかかった7文字への返信は、「大丈夫! 失敗しちゃってゴメンね。また月曜日から頑張ろうね!」というあっさりしたモノだった。いつも深夜が使っている変なキャラクターのスタンプと相まって、乃々羽は逆に深夜が酷く落ち込んでしまっているのかもしれないと想像していた。
「あれ、ノノちゃん食べんが?」
「あ、いただきます」
深夜に促され、乃々羽は控えめに一枚クッキーをとって、口に放り込む。
ちょうど良い甘さとしっとりとした食感が口の中に広がる。
「美味しい……」
思わず感想がこぼれるくらい美味しいクッキーだった。
「ありがと。まだまだ沢山あるから遠慮せずに食べてね」
須藤先生はそう言うと、自分の分のおしゃれなマグカップを手に席に着いた。
「じゃ、反省会はじめよっか」
「はい」
緩い放課後の空気に少しだけ緊張が混じったように、乃々羽は感じる。
「まずは全ス選予選お疲れ様でした。結果は残念だったけど、ふたりにとって良い経験になったと思うわ」
あのパフォーマンスでは当たり前なのだが、かが女は賞には何一つ引っかからなかった。
優勝は定期公演以上に素晴らしいパフォーマンスを見せたセン学が当然のようにかっさらっていった。優秀校としては高知女子と南国高校が選ばれたものの、二校の実力はセン学からは大きく離れたものだった。
「まあ、あんまり反省するポイントは多くないと思うんだけど、まずは私から謝らせてほしいの」
想像もしなかい単語に乃々羽は驚きを隠せなかった。横を見ると、深夜も同じく驚いているようだった。
「顧問としてちゃんとあなたたちに関われてなかったと思う。経緯はどうあれ最終的に私の意思で顧問を引き受けた訳だし、もっとちゃんと指導や管理をすべきだったわ」
「そ、そんなことないです! 顧問になってくれただけでもありがたいのに、家庭科室を雨の日の練習場所に使わせてくれたり、合同練習とか大会の引率もしてくれたり、先生はホントにうちらによくしてくれてますって」
「それは顧問としては最低限の仕事なのよね。私さ、色々あってあんまり綺麗にスクールアイドル活動を終えられなかったのよね。まあ、今となってはスクールアイドル時代のことは良い思い出なんだけど、それでもどこか自分の中でスクールアイドルについて引っかかってた部分があったんだと思う。だからかな、顧問を引き受けてもどうしても一歩引いたところからあなたたちの活動やスクールアイドルのこと見てたのよね」
須藤先生はマグカップに口をつけ、少しだけ間を置いてから話を続けた。
「でも、昼休みミニライブでのあなたたちのパフォーマンスや全ス選予選を見て思ったの。やっぱり、スクールアイドルって良いなって。勝ち負けとか人気とか売り上げとかそんなことを気にしなくていい、ただスクールアイドルが好きで活動してその成果をステージや色々な場所で披露する。商業アイドルには出せないアマチュアアイドルならではの青春の輝きっていうのかな。やっぱり、私、スクールアイドルが好きなんだよね」
須藤先生はマグカップを机に置いて、まっすぐこちらを見据えた。
「だから私ももう一回ちゃんとスクールアイドルに向き合いたい。私もちゃんとかがみ川女子高校スクールアイドル部の一員になりたい。今まで適当な感じでやってたのに何を今さらって感じかもしれないけど、改めてこれからもかがみ川女子高校スクールアイドル部顧問としてあなたたちと一緒にやっていってもいい?」
「こちらこそよろしくお願いします!!」
深夜の即答するのにつられて、乃々羽も頭を下げた。
「うん、よろしくね」
笑顔で返す須藤先生は、少しほっとしたように見えた。
「じゃあ、これからは顧問としてあなたたちの活動方針や練習にも少し口をださせてもらうけど、問題無い?」
「経験者の先生のアドバイスをいただけるのは、正直とても助かります」
広義の概念としてのスクールアイドルとしての経験は長いものの、狭義の、つまり女子高生としての本当のスクールアイドル活動の経験は、乃々羽にはほとんどなかった。広義のスクールアイドル活動も、セミプロのようなスクールでのものや、特殊な環境である清学での経験に限られており、それらの経験をそのままかが女に持ち込むだけでは上手くいかないことを、この二ヶ月で乃々羽は痛いほどに理解した。
だから、ちゃんとスクールアイドルの経験がある須藤先生が指導者としてついてくれることは、何よりも今の乃々羽やかがみ川女子高校スクールアイドル部にとって、ありがたいことだった。
「じゃあ、反省にうつろうか。ねえ、東雲さん。舞台で失敗してどう思った? もうスクールアイドルなんてやめてしまいたいとか思わなかった?」
「やめたいとか全然思わんかったがです。ただ正直、最初は恥ずかしくて悔しくて。ノノちゃんに迷惑をかけたのもそうだし、頑張ってきたことが全然だせんかったがも、自分のせいでかがみ川女子高校スクールアイドル部があんなもんやって思われたがも、ただただ悔しかったがです。逆にノノちゃんや先生は、うちの失敗を見てどう思ったがです?」
「わたしは……」
「ノノちゃん、遠慮なくゆうてええがで。『先輩がミスしたからわたしのかが女としての輝かしいデビューステージが台無しになったじゃないですか!』とか」
「そんなこと思ってないです! 頭の中では先輩が初ステージだって言うことはちゃんと分かってたはずのに、昼休みミニライブがちょっと上手くいっただけでもうみゃー先輩は大丈夫だって勝手に思い込んでた自分の脳天気さを反省してました」
「私はそうねぇ……さっきも言ったとおり、スクールアイドルってプロじゃないのよ。プロはお客さんからお金をもらったり、周りの人がコストをかけたりしている以上、失敗は許されない。でもスクールアイドルは結局のところ単なる高校生の部活なんだし、失敗なんていくらでもしていいの。失敗もさ、スクールアイドル活動のほろ苦い楽しみではあるのよね」
須藤先生はいったん間を置いてから、さらに続けた。
「とはいえ、やっぱりスクールアイドルの一番の醍醐味は、自分たちが一生懸命やってきた練習が実を結んで、舞台上で最高のパフォーマンスを発揮することなのは間違いないのよね。その最高の気持ちを、初ステージで味わわせてあげられなかったのは、正直申し訳ない気持ちだったわ」
「みんな反省ですね」
「そうね」
三人は一緒になって笑った。深夜が部活を辞めるとか、もっと重苦しい話になるかもしれないと思っていた乃々羽にとって、こうやって反省会で笑い合えるなんて思ってもいなかった。
清学とは良い意味で全然違う。
清学であれば、失敗した深夜は淡々と理詰めで追い込まれていただろうし、重い空気が場を支配していたに違いない。
「でも、どうしたら緊張ってとれたがですかね? これちゃんと対処できんかったら、結局また次の舞台でもおんなじミスを繰り返すがじゃないかって今は心配ながです」
「私も週末色々考えてみたんですけど、正直なところ、どうしていたら先輩にちゃんと実力通りのパフォーマンスを発揮させられてあげれたのか、答えは出てません」
舞台上での緊張を取る方法は、人によって千差万別だ。舞台の数をこなすこと、決められたルーチンを見つけること、緊張してもなお実力が発揮できるようにひたすら練習すること。どれもが正解であり、どれもが正解ではない。深夜に合う正解がどれなのか、乃々羽には分からなかった。
「やっぱり審査員の先生方が言ってたみたいに、アウェイの舞台をがんがん経験するんが一番ええがでしょうか」
「私はそうは思わないかな」と、はっきりとした口調で須藤先生は否定した。
「たしかに、王道はステージ数をこなすことだと思う。前にもちょっと話したと思うけど、高知だとスクールアイドルがパフォーマンスを披露できるような場所は限られていて、実績のない新設部に門戸を開いているところに限定したらラブライブ!予選までに1つあれば良い方ってところかしら。県外遠征とかすれば選択肢は増えるだろうけど、部費も時間も無い中で1つ2つのステージ経験を増やすためにそれだけのコストをかけるのは、現実的じゃないのよね。それでも東雲さんが1年生だったら、時間をかけてそういう王道を追いかけるのをすすめてたと思うけど。あと1回しかチャンスがない3年生の東雲さんを要するうちが今とるべき手段は、そういう王道じゃないと思うのよ」
「その文脈でいくと、王道の練習たくさんして身体にしみこませるみたいなのも解決策にはならないってことですか?」
「もちろん、練習を頑張って、なるべく無意識でパフォーマンスできるくらいまで覚え込むことは大切なことよ。それに加えて、根本的に緊張をとるような何か策が必要なのよ」
「策、ですか……?」
「もしかして、先生、秘策があるがですか?」
「簡単なことじゃないけど、実はあるのよね、秘策。それもラブライブ!特効の秘策が」
深夜の問いかけに、須藤先生は思わせぶりに答えた。
「秘策はね……」