終礼が終わり、クラスは放課後特有のざわめきに包まれた。深夜が鞄を片付けていると、羽南が「これから部活?」と声をかけてきた。
「うん。なんとか雨降らなさそうやき、今日は屋上練やと思う」
窓からのぞく空は雲に覆われているものの、雨は降っていなかった。
「みゃー、だいぶメンタル回復したね」
「まー、終わったこといつまでも気にしよっても仕方がないきね」
「月曜日のみやち死んだ魚みたいな目してて怖かったもんね」
シュシュでまとめたギャル味のある茶髪のサイドポニーを揺らしながら、
深夜もかが女の中ではかなり目立つ方だという自負はあるが、きらりには敵わない。化粧やネイル、制服やスクバのデコレーションは名前通りのきらきらさだ。ただし、きらり曰く、これでも校則で許されているギリギリの範囲を攻めているらしい。実際、校門での登校指導で引っかかったことがないところを見ると、本当に校則を守っているのだろう。
「こいつ大会でミスったって一目でわかるくらいの死にっぷりだったし」
「うんうん。でも、みやちが緊張とかウケる」
「それな。みゃーにもそういう人間的な繊細さがあったんだなって思ったわ」
「ふたりともひどくない?」
「みやちは見た目クール系だけど中身は適当なんとかなるさの大雑把人間だもんね」
「この前の昼休みミニライブ見た時は、こいつ鬼メンタルかよって思ったのに。普通に本番大緊張で失敗するとか解釈違いだろ」
「うちの解釈どうなっちゅうが?」
「あ、そだ。ミニライブで思い出したけど、ミニライブの動画そこそこ再生されてるよー」
「TikTok?」
「うん。学校の公式アカウントのやつねー。2週間で8000再生くらい」
きらりは映像研究会の副会長を務めており、放送部と協力して学校の対外向け動画を主に作成している。学校のTikTokやインスタアカウントもきらりの提案で作られたもので、ほとんどの動画を彼女が手がけていると深夜は聞いたことがあった
実際、この前の昼休みライブのパフォーマンスも、きらりがショート動画にまとめてくれて、各種SNSにそれぞれアップロードされていた。
「私最近TikTokしないんだけど、それって再生回数多い方なの?」
「うーん、バズってるってほどじゃないけど、うちの学校の動画としては結構良いペースで再生されてるってくらい。いっつもだいたい2、3000再生いくかどうかくらいだし」
「友だちびいきかもだけど、こいつらのパフォーマンス結構クオリティ高かったし、瀬尾の映像編集もよさげだったのに、案外再生伸びないもんなんだな」
「スク部動画は飽和市場だからねー」
「そうなん?」
「うん。投稿前にちょっと調べてみたんだー。もともとスク部あるあるとかの企画ものでバズってるアカウントとか強豪校系でそもそも知名度あるアカウントとかはさすがにコンスタントに再生数稼いでるけど、それ以外の無名校はよっぽどじゃないときついかなー」
瀬尾が派手にデコレーションされたスマホの画面を見せてくる。そこには沢山のスク部動画が並んでいたが、きらりの言うとおり、どれもこれも数百単位の再生数しか獲得できていなかった。
「あとガチのスク部好きとかスク部勢は、だいたい
「じゃあ、ワンチャンバズっていろんなとこにゲスト呼ばれたりみたいなんは」
「これくらいの再生数じゃ正直ないかなー」
「バズってもいいこととかないから。部活でやるならちゃんと地道王道いくのがいいよ」
「さすが、バズ経験者は言葉の重みが違う」
羽南は2年生の時に、勝手にアップロードされた画像がSNSでバズり、一時期話題の人になったことがあった。そのせいで他の学年からたくさんの生徒が羽南を見に来たり、町で知らない人に声をかけられたりと、いろいろ大変だったのを深夜は見ていた。そのことがよほど羽南の中でトラウマになったらしく、今はインスタは鍵垢にしていて、TikTokはアカウントごと削除してしまっている。
「なんでバズったがやっけ?」
「…………美人過ぎる文化祭実行委員」
「ウケる」
「ウケねーよ。マジであれ大変だったんだからな……。突然わいてきた変なファンとか変なアンチに絡まれまくるのクソ最悪だったし。てか、みゃーも気をつけな。そのうち変なファンとかアンチがわいてくるかもだし」
「うちはどんな人来ても大丈夫!」
「確かにみやちはやばいやつきても洗脳して従順なファンにしそー」
「わかる」
「ふたりともうちのイメージどうなっちゅうが?」
三人でそんなくだらない話をしていると、「東雲さーん」と呼ばれる声がした。声の方に目を向けると、教室の出入り口のところでクラスメートが深夜に向かって手を振っており、「なんか2年生の子が東雲さんに用事があるってきちゅうけど」と声をかけられた。
「ありがとー。こっちにきてもらえる?」
「お、うわさをすればさっそくアンチが来たぞ」
「ファンに決まっちゅうろ!」
羽南のからかいに深夜が反応していると、深夜に用事があるらしい2年生の子がびくびくしながらやってきてた。
「あ、あの……2年のです。スクールアイドル部の東雲先輩ですよね?」
宮下雅と名乗った女の子に、深夜は見覚えがなかった。目を伏せがちで、コミュニケーションが少し苦手そうな印象を深夜は受ける。
「そうやけど、宮下さんうちに何か用?」
「と、突然押しかけてきてしまってすいません。あのちょっとご相談というか、あの、お願いがありまして……」
雅は意を決したように伏せていた目をまっすぐ深夜に向けた。
「わ、わたしに衣装づくりさせてもらえませんか!」
***
「みやびー、遠慮せんで食べてなー」
LINEであらかじめ連絡していたのが功を奏したのか、家庭科室では須藤先生と乃々羽がクッキーとともに待っていてくれた。家庭科室までの短い道のりで、深夜は雅との距離を縮めており、「みやびー」とあだ名で呼ぶようになっていた。
「作ってるの私なんだけどな」
「先生が作っちゅうってことはスク部が作っちゅうみたいなもんですよ」
「調子に乗らないの」と、須藤先生が深夜をたしなめた。
「それで、宮下さんはスクールアイドル部の衣装づくりをしたいんだっけ」
「は、はい、わたし、服作りが趣味で」
「服作りって、コスプレみたいなやつですか?」
「コスプレとかは、全然。服の調整目的で自分で着ることはありますけど、メ、メインは普通に服を作ることです」
そう言うと、雅は鞄の中からスケッチブックを取り出し、机の上に広げた。スケッチブックをぱらぱらとめくると、所狭しと様々な服のデザインが描かれている。続いて差し出されたスマホの画面には写真アプリのフォルダが開かれており、先ほどのデザインを形にしたような服の写真がずらっと並んでいた。
「え、これ宮下先輩が自分でつくったんですか?? めちゃくちゃ、かわいいです」
乃々羽は興味津々の様子で、机を挟んだ向こう側から身を乗り出し、スマホの画面に釘付けになっていた。
「あ、ありがと。素人の趣味のレベルで恥ずかしいんですけど」
「趣味ってレベルじゃないですよこれ」
「そうね。本当にしっかりしてるわ」
「家庭科の先生である須藤ちゃんが太鼓判おすんやき、みやびー自信もった方がええで」
雅は恥ずかしそうに目線を伏せて、頭をかいていた。
「そ、それで、最近、普通に着るような服だけじゃなくて、アイドル衣装とかにも興味があって、ちょっと作ってみようかなって思ったんです。だけど、自分だけじゃ絶望的に似合わなくてイメージがわかなくて。モデルになってもらえるような子がいないかって探してたんですけど……そしたらうちにスクールアイドル部ができたってクラスで話してる子たちがいたので、東雲先輩に声かけさせてもらった次第です」
「わたしたちとしては宮下先輩が衣装を作ってくださるはとてもありがたいんですけど、部費がゼロで活動費もほとんどないので、材料費とか含めてほとんどお支払いできないと思うんです……」
「あ、それは、全然大丈夫。もともと趣味でやってることなんで、モデルとして制作の協力してもらえればそれで十分」
「材料とかなら、旧服飾部が残してるもの使ってもらったらどう? 結構使えそうなもの残ってそうだったし」
「服飾部……」
深夜には、「服飾部」というワードに雅の身体が少し反応したように見えた。
「服飾部のこと知っちゅうが?」
「あ、はい。わたしがかが女を選んだの、服飾部があったからなんです、実は……小学生の頃に知り合いのお姉さんに誘われて行ったかが女の文化祭で、服飾部のファッションショーを見たんです。それがホントにキラキラしてて……それで一気に服作りにハマったんですよね。だから、わたしもあんなファッションショーをやってみたいって思ってかが女に入ったんですけど、実際入ってみたらすでに服飾部はなくなっちゃってたんですけどね」
「ちゃんと調べておけばよかったです」と、雅は照れ隠しのように笑ってごまかした。
その顔を見て、深夜は月曜日の話し合いのことを少しだけ思い出していた。
***
「秘策はね、ファンを作ること」
秘策という割には当たり前すぎる須藤先生の提案に、深夜はあっけにとられる。
「私なりに東雲さんについて分析してみたんだけど、東雲さんって周りを巻き込んで自分を含めた空間全体を盛り上げるタイプよね。だから、昼休みミニライブみたいな、友だちとかとコーレスして一緒に盛り上がっていけるような環境にはめっぽう強いけど、逆に全ス選みたいな反応が無いような環境だと一気に弱くなっちゃうんだと思う」
「たしかにみゃー先輩ってホーム特効って感じはありますね」
「もちろん審査員の先生たちが言っていたように、苦手な部分のアウェイ環境に慣れるのが根本的な解決法なんだろうけど、あと残されてるのがラブライブ!だけって考えると、そっちを改善するより会場をホームにするよう努力した方が手っ取り早いと思うのよ」
「なるほど!」
須藤先生の意図を理解したのか、乃々羽は大きくうなずいた。一方で、深夜は須藤先生の言葉の真意がよくわからなかった。
「どうゆうことですか?」
「えっと、須藤先生はたぶんラブライブ!予選と全ス選予選の違いについて話してるんだと思います」
そう言うと、乃々羽はホワイトボードを使って簡単にラブライブ!について解説を始めた。その内容はそれほど複雑ではなかったが、まとめると次の二点がラブライブ!と全ス選の重要な違いのようだった。
・ラブライブ!予選ではコールや手拍子がOKであること。
・ラブライブ!予選は有観客で行われること。
「つまり、ラブライブ!はしっかりファンを作っていければ、当日の会場をホームにできるんです」
「なるほど……」
「だから秘策なの。ラブライブ!だけで使える秘策。スクールアイドルとして大成することじゃなくて、ラブライブ!で悔いを残さないことを目指すなら、ファンを増やして会場をホームにすることを重視しておいた方がいい」
深夜は想像した。あの広い会場に自分たちのファンがいて、昼休みミニライブのように大きな声をあげて一緒に盛り上がってくれる姿を。そして、なんだかすごくわくわくしてくるのを感じていた。
「どうやってファンを増やしたらいいがです?」
「ファン層をどこにターゲティングするかが重要ね。あなたたちは誰にファンになってもらいたい?」
「うちはかが女の子に一人でも多くファンになってもらいたいがです」
そこに迷いはなかった。深夜の原点は「&GAIN!!!」のパフォーマンス動画だ。学校全体で盛り上がっていたあの空間が、深夜を魅了したのだ。あれが深夜のやりたいことだという信念は、今も変わっていない。
「わたしも、みゃー先輩と同じ意見です」
「地域の人とかスク部好きみたいな絶対数が多い層に向けて刺さるような活動をするのも一つの手だとは思うけど、自分の学校の子たちをファンにするのはスクールアイドルの王道だし、悪くない考えだと思う。じゃあ、次はどうやって学校の中のファンを増やしていけばいいと思う?」
「王道は前の昼休みミニライブみたいに校内でパフォーマンスをたくさんすることですかね?」
乃々羽の提案は深夜には至極まっとうなものに聞こえたが、須藤先生は首を振って否定する。
「いまのスクールアイドル部の状態を考えるとあまり現実的じゃないわね。現状あなたたちのレパートリーは&GAIN!!!しかないわけだし、さすがに1曲をこすり続けるのには限度があるわ。それにラブライブ!予選まで3ヶ月ちょっとしかない中でレパートリーを増やすために他の曲の練習をしてる暇はないと思うの。まあ、そもそも夏休みがはさまるでしょ? そう考えると生徒の前に立ってパフォーマンスできる機会がほとんどないのよね。1、2回あれば良い方よね」
「それやったら握手会とか?」
「そういうのは元々ファンのいるグループがさらにファンをふやすためにすることね」
二人は考え込んでしまった。
「そんなに難しく考えなくて良いのよ。ファンっていうからちょっとわかりにくいのかしら。スクールアイドル部を応援しに来てくれる、友だちとか仲間を増やせばいいのよ」
***
スクールアイドル部を応援しに来てくれる友だちや仲間を増やすにはどうすればいいのか。
──スクールアイドル部を応援してもらう前に、まず自分たちが誰かを応援する。
それが、月曜からずっと考えて導き出した深夜なりの答えだった。
だから深夜は、まず雅の想いを応援しようと決めた。
「ねえ、みやびー、せっかくやし服飾部つくらん?」
「え?」
「みやびー、服飾部に憧れてかが女に入ったがやろ? それやったら服飾部つくって、文化祭のファッションショーを復活させん?」
「みゃー先輩、いいアイディアですね! わたしたちでできることなら、何でも手伝いますよ!」
乃々羽は目を輝かせながら、深夜の意見に賛同した。
「わ、わたしは皆さんの衣装を作らせてもらえるだけで十分なので、そこまでしてもらわなくても」
「もちろんうちらとしてはみやびーが衣装作ってくれるだけで嬉しいがけど、どうせ衣装つくるんやったらみやびーがもっともっと楽しんでできる環境つくれたらええなって思うがよ。もちろんみやびーが嫌やったらやめるけど」
「い、嫌じゃないです。私、服飾部を作ってファッションショーしてみたいです」
雅のまっすぐな言葉に、深夜は雅を応援してあげたいという気持ちがぐっと強くなった。
「なら善は急げやね! 今から生徒会長さんに服飾部のこと聞きに行ってこようか!」