「全ス選おわってから毎週月曜ミーティングみたいになっちゅうね」
「今日は雨で練習も家庭科室でやるので、ちょうど良かったですね」
もう第二の部室状態になっている家庭科室に、今日もスクールアイドル部の面々が集まっている。外は雨が降っており、今日も屋上庭園での練習はできない。梅雨入りしてからは家庭科室での練習回数が明らかに増えていた。
全ス選予選以降、須藤先生から晴れの日でも家庭科室を練習場所に使って良いと言われている。クーラーが効いていて、須藤先生が持ってきてくれた全身鏡もある家庭科室は、広ささえ除けば正直なところ屋上庭園より活動しやすい。しかし、なんとなく始まりの場所である屋上庭園を大切にしたい気持ちが乃々羽の中にはあるので、晴れの日は極力屋上庭園での練習を続けている。
「長々とやる必要はないけど、週一でミーティングしておいた方が方向性を違えなくて良いかもしれないわね」
「じゃあ、これからは毎週月曜放課後にミーティングすることにする?」
乃々羽はうなずいて返した。清学時代は毎日、練習の最初と最後に15分ほどのミーティングを行っていたが、練習時間をそこまで取ることができないかが女では、週一くらいがミーティングとしてちょうど良い頻度だと感じていた。
「それで、今日はラブライブ!予選に向けて話し合うがよね」
「はい。全ス選予選も終わりましたし、そろそろラブライブ!予選に向けて本格始動しないとですね」
「あんまり時間ないがよね。予選っていつやっけ?」
「今年の高知県予選は10/6の日曜日ですね」
ラブライブ!県予選はだいたい9月末から10月上旬に行われる。勝ち抜いた2校が11月中旬から下旬に行われる地方大会に進むことができ、そこで勝ち抜けば1月の成人の日に聖地アキバドームで行われる全国大会の舞台に立つことができるという流れだ。
「前日土曜にリハやって日曜が本番です」
「全ス選と違って前日リハあるがやね」
「ラブライブ!は全ス選と違ってオリジナル曲1本勝負なので、各校確認とかに結構時間がかかりますからね」
「オリジナル楽曲よねぇ」
オリジナル楽曲。
そう、オリジナル楽曲なのだ。
各校が決められた課題曲をアレンジを入れつつパフォーマンスする全ス選とは異なり、ラブライブ!はオリジナル楽曲でのパフォーマンスが要求される。
「ふたりは楽曲制作経験はある?」
「うちはもちろんないです。乃々ちゃんは?」
乃々羽は首をふって答える。
「私もちょっとした編曲とか調整くらいはしたことあるけど、イチから曲を作ったことはないのよね」
「曲作りってハードル高くない? 他の学校の子はどうしちゅうがやろ」
「セン学とかわたしが前にいた清学みたいな強豪校だと、顧問の先生やコーチを中心とした楽曲制作班がいて、前年のラブライブ!が終わってから半年くらいかけてじっくりと制作してるとこが多いと思います」
「それって強豪校しか無理よね?」
「そうですね。なので、普通の学校はスクールアイドルメーカーを使って作曲していると思います」
スクールアイドルメーカー、通称
スクールアイドル部向けに開発された楽曲制作ソフトだ。プロが使うような数十万円はする高級高性能ソフトだが、スクールアイドル部協会に入ってスクールアイドル部として認定されていれば、無償で使用することができる。
「SIMは楽曲自動生成もできますし、鼻歌とか自分で考えたメロディーラインをベースに楽曲を作ってくれたりしますし、とにかく初心者でも曲を作れるようなシステムが整ってます」
「全然しらんかったけど、今はすごいソフトがあるがやね」
「作詞とか作曲のとこがSIM名義のみだと完全自動生成、SIMとダブルネームだとSIMを補助的に使っていて、SIMが記載されてないと完全自力作成という感じでスクールアイドル曲は見分けられるんですよ」
「へー、全然知らんかった」
「SIMさんというスーパー作詞作曲家がいると勘違いしちゃうのがスクールアイドル初心者あるあるです」
乃々羽は笑って返した。実際、乃々羽も小学生の頃は「SIMさん」という人がたくさん曲を作っていてすごいと思っていた時代があった。
「SIMがあるなら、SIMだけでぱっと作曲とか作曲して終わりじゃないが?」
「そういけば楽なんですけどね……実際は完全自動生成で県大会を勝ち抜いた学校はこれまでないんです。だから、基本的な部分は自分で用意しないと、ラブライブ!では勝負のスタートラインに立てないんですよね」
「そうながや。やっぱり完全自動作曲やとちょっと楽曲レベルが下がるがかね?」
「うーん、どうですかね。今のSIMは初代SIMに比べるとすっごく性能が良くなってるので、それほど楽曲としてのクオリティが低いってことはないと思います。ただ聞いてるとなんとなくSIMっぽさみたいなのは感じるんですよね。その学校のための楽曲じゃないというか。そこがもしかしたら引っかかるのかもしれません」
「技術力は高いけど、心に残らないみたいな?」
乃々羽は深夜の言葉にうなずきがら、「ちょっとしたオカルトですけどね」と付け加える。
「あと、ラブライブ!では完全自動生成楽曲は獲得ポイントに何らかの負の調整が加えられているっていう都市伝説もあります。個人的には完全自動生成楽曲を使うチームはだいたい完全初心者か弱小校なので、普通に実力であがってこれてないだけだと思ってますが」
「ラブライブ!は得票ベースの採点だから、「スクール」アイドルである以上、自分たちで作らずに完全に機械まかせにするのは良くないと思っている人が未だに結構いるってのも影響してるかもしれないわね。SIMが出始めた頃とか、SIMを使ってるだけで叩かれたりもあったくらいだし」
「先生的にはSIMはどうなんですか?」
「ありでしょ。だって、SIMができる前のスクールアイドル業界って、作曲とかに人数をさける強豪校か音楽系の学校以外ラブライブ!に実質参加できてなかったわけだし。今、これだけスクールアイドル部が市民権を得られてる理由の一つは間違いなくSIMを使って楽曲を作れるようになったから」
「そもそもなんでラブライブ!ってオリジナル楽曲じゃないといかんが?」
深夜の疑問はもっともだった。より大人数の吹奏楽部の大会ですら、基本的には既存曲を用いて行われる。演劇部や軽音部のように、プロではよりオリジナル性が求められるジャンルの大会でも、オリジナル作品しか参加できないような大会はほとんどない。
それだけ、ラブライブ!のレギュレーションは特殊なのだ。
「歴史的なものですかね……初回大会がオリジナル楽曲オンリーで大ヒットしちゃったので、その流れをずっとくんでるんだと思います。まあ、ラブライブ!の基礎理念的な感じです」
「あとは商業的な要素もあるでしょうね。今は春夏の甲子園、冬のラブライブ!って言われるくらい高校生大会の中でラブライブ!は知名度抜群の大会になっていて、ラブライブ!優勝校なんかはメディアに引っ張りだこになるし、そういう時に既存曲を使ってると都合が悪いっていうのもあるんじゃないかしら」
「ラブライブ!の理念と実利のためにオリジナル楽曲というレギュレーションは守りつつ、なるべく多くの学校が参加できるようにするために楽曲制作のハードルを下げる目的で作られたのがSIMっていう感じですかね」
「へえー」と、深夜は感心しながら説明を聞いていた。
「SIMが使えるようになって楽曲制作が楽になったっていっても、やっぱり一ヶ月くらいは正直楽曲制作の時間は必要だと思います。というか、実際はラブライブ!まで時間がないので一ヶ月で妥協するしかないっていうのが正しいとこかもしれないですけど」
「作曲、作詞、振り付け、衣装。少なくともこの4つは自分たちで準備しないといけないから、パフォーマンスだけレベルアップすれば良かった全ス選とくらべて、ラブライブ!はかなりやらなきゃいけないことが多いのよね。衣装に関しては宮下さんが対応してくれるので大丈夫なのかしら?」
「はい。あと、衣装部は休部しちゅうだけだったんで、部員と顧問と活動場所が確保できたら即再開できるらしいです」
「部員は宮下さん、場所はここでいいとして、顧問は大丈夫そう?」
「実は校長先生が前の前の衣装部顧問だったらしくて、校長先生がやってくれるって言っちゅうみたいです」
「じゃあ衣装については衣装部と宮下さんにメインでやってもらうとして、残りの分担はどうする? ふたりは作詞と作曲どっちがやりたい?」
「うちは作詞かなぁ」
「じゃあ、わたしが作曲やりますね! 未経験ですけど、これまでスクールアイドル曲を聞き込んできた量には自信があるので」
「じゃあ東雲さんが作詞、沢渡さんが作曲ということにしましょう。振り付けは私がやるわ。本当は振り付けもあなたたちでやった方がいいのかもしれないけど、時間がないからね。ある程度分担もきまったし、改めてスケジュールを考えましょうか」
そう言うと須藤先生がホワイトボードにラブライブ!県予選までのスケジュールを列挙した。
6/27~7/5 期末テスト期間(部活禁止)
7/12 終業式
7/30~7/31 全ス選地方セミナー
9/2 始業式
9/20 楽曲登録〆切
10/6 ラブライブ!県予選
「こうやってみると本当に時間ないですね」
「実質3ヶ月しかないのよね……正直スケジュール的には結構厳しいけど、夏休みをがっつり練習につぎ込めばなんとかなるかもってとこかしら。そういえば東雲さんは受験勉強は大丈夫? 夏期講習とかの予定は入ってないの?」
「うちは指定校推薦狙いで、一年生の時から成績も素行もちゃんと基準をみたしちゅうので、よっぽどのことしない限りは大丈夫です」
深夜はダブルピースをしながらそう言った。
「じゃあ、夏休みはがっつり練習にあてましょう。できたら合宿もしたいわね。ちょっと手続きとか調べてみるわ」
合宿という言葉にわくわくを隠しきれない深夜を横目に見ながら、乃々羽はホワイトボードの前に立った。
「えっと、やることとしてはこんな感じですかね」
乃々羽は須藤先生が書いたスケジュールリストの横に、やることリストを追加していく。
・作曲:乃々羽
・作詞:みゃー先輩
・振り付け:須藤先生
・衣装製作:衣装部にお願いする
「今回は曲先でいいですか?」
「曲先が良いと思うわ」
「曲先って何?」と聞いてくる深夜に、乃々羽は曲を先に作ってから作詞などを行うことだと説明した。
「ということは曲ができないと、何もはじまりませんよね」
「できたら夏休みが始まるまでに曲は完成しておきたいけど、全ス選セミナーで作詞・作曲の講習会もあるし、そこを踏まえて現実的な目標として、7月中に曲完成を目標にしましょうか」
「頑張ります」
「その後、振り付け・作詞を同時進行でやっていって、8月中旬には楽曲を完成させたいわね。合宿するとなるとその後くらいがベストかしら」
「曲ができるまではどうします?」
「体力、歌唱力、ダンス力向上を目指して基礎練をやっていきましょう。特に東雲さんは沢渡さんにある程度ついていけるレベルまで急ピッチで地力をあげないとね。沢渡さんも東雲さんに遠慮せず、ガンガン指導に入ること。実力アップが目的だけど、かがみ川女子高校スクールアイドル部としてのまとまりをあげることも目標の一つだからね」
須藤先生の指摘に、乃々羽はうなずいた。深夜にスクールアイドルを楽しんでもらいたいという思いから、どうしても乃々羽は深夜への指導を一歩引いてしまうことが多かった。しかし、この前の全ス選予選で、それだけでは深夜にスクールアイドルの本当の楽しさは伝えられないということを痛感したのだ。
「あとは、全ス選セミナーまではもう少し&GAIN!!!に向き合ってもいいかもしれないわね。全ス選の課題曲になっただけあって、作曲・作詞・振り付け・パフォーマンス、色んな面で学べることが多い楽曲だと思うから。それに、全ス選セミナーでは&GAIN!!!を題材にして色々な講習が行われるからこの曲を深く理解していた方がセミナーで得られることが多いと思うのよね」
「わたしも先生の意見に賛成です」
「うちも特に異論はないです」
「ちょっと代わり映えのしない地味な練習が続くけど、曲ができてから一月ちょっとの短い時間で曲をマスターできる土壌をつくることが重要だから、気を抜かずに頑張っていきましょうね」
「「はい!」」
「じゃあ、今日の練習に入りましょうか」
須藤先生のかけ声を合図に、乃々羽と深夜は教室の後ろの練習スペースに向かった。
ラブライブ!県予選まであと三ヶ月。
あっという間のこの三ヶ月を、悔いなく過ごそう。
乃々羽はそう、胸の奥で誓った。