かがみ川女子高校スクールアイドル部   作:記録部

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Side:乃々羽


2024/06/30:東雲家でのテスト勉強会

 乃々羽がインターホンを押すと、「玄関あいちゅうき入ってー」と聞き慣れた深夜の声が返ってきた。

 

 期末テストの過去問をもらえないかと深夜に相談したところ、あれよあれよという間に決まった東雲家での勉強会。お土産を片手に、いつもより少し気合いの入ったおしゃれをして乃々羽は路面電車とバスを乗り継いで、高知市の北東にある一宮(いっく)までやってきた。逢坂(おうさか)峠に向かって緩やかに続く坂道の中腹にある住宅街の一角に、深夜の家はあった。ひと目で建て売り住宅ではないとわかる洗練されたデザイン。駐車場には車が二台停まっていて、東京ではあまり見かけないくらい大きな一軒家だった。

 

 門扉をくぐり、バーベキューくらい余裕でできそうな芝生の庭を通り過ぎる。意を決して少し緊張した声で「おじゃまします」と言いながら、乃々羽は玄関扉を開けた。

 

「いらっしゃーい」

 

 扉の向こうで待っていたのは、深夜をそのまま大人にしたような女性だった。深夜ほどではないが背は高く、すらっとしたモデルのような体型にパンツルックがよく似合っている。香水の匂いなのか、ふわりとオレンジのようなさわやかな香りが漂ってきた。乃々羽はぱっと見ただけで、この人が深夜の母親だとわかった。

 

「はじめまして、沢渡乃々羽です。深夜先輩にはいつも部活でお世話になっています」

 

 乃々羽はぺこりと頭をさげた。

 

「はじめまして、深夜の母です。こちらこそいつも深夜がお世話になってるみたいでありがとうね」

「あ、後輩ちゃんきたがやー」

 

 奥からもう一人女性がやってきた。ふわふわな茶髪がガーリーな印象を抱かせる。深夜とは真逆のタイプだが、目元などにどことなく深夜のニュアンスを感じる顔立ちをしている。

 

「姉の真昼(まひる)です。よろしくね!」

 

 真昼と名乗った女性の声は深夜によく似ていた。

 

「あ、これ、母からです」

 

 乃々羽は手土産を深夜の母に手渡した。

 

「あらぁ。最近できたケーキ屋さんやねぇ。気にしなくてええがに」

「何しちゅうが? もー、出てこんでいいって言っちょったろー」

 

 奥からパタパタとスリッパの音をたてながら、深夜がやってきた。深夜の顔を見て、乃々羽は少し緊張が緩んでほっとした。

 

「お母さんも噂のノノちゃんに会いたかったがよ」

「そうそう。深夜が後輩ちゃん連れ来るの初めてやき」

「想像よりちっちゃくて可愛いねぇ」

「深夜と違って色白やねぇ」

 

 深夜の言葉など気にせず、深夜の母と姉はぐいぐいと乃々羽に絡んでくる。二人の距離感の近さは、深夜と同じだなぁと乃々羽は感じた。

 

「もー、わかったから。ノノちゃん困っちゅうろ。部屋いくき、邪魔せんとってよ」

「ノノちゃん、お昼ご飯たべてくろ? 美味しいもの準備しちゅうき、あとでゆっくり話そうね」

「はい、ありがとうございます」

 

 乃々羽は深夜に手を引かれて階段を上がる。

 

「もー、うちの家族はすぐ色々邪魔してくるがよ。うるさくてびっくりしたろ?」

「にぎやかで楽しかったです。わたし一人っ子なんでこういうにぎやかさは少しうらやましいです」

「ノノちゃん一人っ子ながや」

「はい。きっすいの一人っ子です! 先輩はお姉さんがいらっしゃるんですね」

「うちは三人姉妹の末っ子ながよ。さっきのは2番目の姉やね。一番上はもう結婚して家でちゅう」

 

 深夜はどちらかというと長女タイプだと思っていたので、末っ子だったことに一瞬乃々羽は驚いた。しかし、改めて考えてみると、深夜の人懐っこさや誰の懐にでもするっと入っていく度胸は、末っ子特有のものにも感じられ、乃々羽は納得する。

 

「ノノちゃん、今日は迷わずにこれた?」

「はい。バス乗ってるだけだったので」

「一宮ってちゃんと読めた?」

「よめなかったです。最初いちのみやだと思ってたので、いっくって言われてびっくりしました」

「いっくが読めるかどうかは高知県人を見分ける手段の一つながよ」

 

 そう言いながら、深夜は二階の廊下の奥の扉を開けて部屋に入った。乃々羽もその後に続いた。

 

 部屋の中はシンプルなウォールナット調の家具で統一され、隅々まで綺麗に整理されていた。壁には全ス選の衣装で使ったカーディガンやリボン、写真などがセンスよく飾られている。写真の中には、ゴールデンウィークに二人で行った砂浜美術館の写真も混じっていた。

 

 スクールアイドル部関連のポスターやグッズであふれている自分の部屋とは全然違う、と乃々羽は思った。

 

「はいこれ。一年生の時の試験のやつまとめちゅうき」

 

 そう言うと、深夜に大判のバインダーを手渡された。乃々羽がぱらぱらとめくると、テスト問題や解答が丁寧に並べられており、テスト解説をまとめたルーズリーフも間に挟まっていた。解説は整った字で書かれ、色とりどりのペンで彩られていた。

 

「ありがとうございます!」

「テストの点数が悪くて練習時間減ったらいややし、しっかり勉強せなね」

「そうですね」

 

 深夜に促されて、乃々羽はガラス張りのローテーブルの前に座った。教科書やノートを持って向かいに深夜が腰を下ろす。乃々羽が私服姿の深夜を見るのは、ゴールデンウィーク以来二回目だった。今日は部屋着なのか、深夜はショート丈のもこもこのセットアップを着ている。

 

「テスト終わったらすぐに夏休みですよね」

 

 鞄からノートを取り出しながら、乃々羽は深夜には話しかける。

 

「かが女恒例の夏休み前クラスマッチが終わったらすぐやね。ウチは卓球に出るがやけど、ノノちゃんは何にでるが?」

「ドッジボールです」

「あー、たしかにドッジめっちゃ強そう」

 

 乃々羽は希望したわけではなかったが、運動神経の良さを買われてドッジボールに割り振られた。聞くところによるとクラスマッチの花形であり、配点が高く、最終順位に影響する重要種目なのだそうだ。

 

「夏休みはがっつりラブライブ!に向けて練習せないかんけど、高校最後の夏やき練習以外にいろんなこともしたいねぇ」

「夏休み、何か予定とか決まってるんですか?」

「友だちと海行こうって話はしちゅうけど、それくらいかなぁ。みんなも受験勉強とかあるき。ノノちゃんは何かきまっちゅう?」

「わたしは特に今のところ何も決まってないんです」

「何かやりたいことあるが?」

「せっかく高知に来たんで、やっぱりよさこい祭りは見に行ってみたいです。まだ生で一回も見たことないんですよね」

「そうながや。せっかくだし、今年は一緒によさこい見に行こうか」

「是非! 先輩は毎年よさこいは行ってるんですか?」

「うちは幼稚園のときに一回よさこい出たことあるけど、実はそれからはほとんど行ったことないがよね」

「見るのも良いですけど、たしかに一回はやってみたいですね」

「かが女は運動会のラストで高3全員でよさこい踊るき、嫌でもののちゃんもよさこい踊れるから心配せんでええよ。そういえば祭りで思い出したけど、来る途中に神社あったの見た?」

「気づかなかったです」

 

 乃々羽は気づいていなかったが、高知から向かってくるバスの左手に土佐神社があった。高知の中では五本の指に入る大きな神社で、地元の人々からは親しみを込めて「しなねさん」と呼ばれている。

 

「しなねさんっていうがやけど、けっこう夏祭りが賑やかながよね。屋台とか沢山出て。良かったら浴衣着ていかん?」

「行きたいです!!」

「じゃあスケジュールあとでつめようか。練習に遊びに充実した夏になりそうやねぇ」

「ちゃんと期末テスト乗り切ったらですけどね」

「そうやねぇ。じゃあ、そろそろ勉強始めようか」

 

 ***

 

 深夜の部屋での勉強は思っていた以上に集中できて、深夜から「そろそろ休憩しようか」と声をかけられたときには、すでに1時間以上が過ぎていた。

 深夜の母が持ってきてくれたお茶をすすると、新茶のすがすがしい香りが口の中に広がった。

 

「そういえば、みゃー先輩は大学どこいくんですか?」

「もうほぼ志望校はしぼっちゅうがやけど、まだ決まってはないがよね。指定校推薦は7月中に志望校決めないかんがやけど、とりあえず東京に一回出ようと思っちゅう。青学か明治、あとは上智かなぁ。うちは高知大好きっこやし、将来は高知にもどってくるきまんまんやけど、やっぱり一度は外にでんといかんと思うがよ」

「みゃー先輩が東京に行ったらわたし東京案内しますよ!」

「ほんとに? ノノちゃんが案内してくれたら心強いねぇ」

「大学に行ってもスクールアイドルは続けるんですか?」

「えっ、スクールアイドルって大学でもあるが?」

 

 驚いた顔で深夜が乃々羽を見ていた。スクールアイドルといえば高校生というイメージが強いため、世間的には知名度が低いのだが、実は高校生以外でもスクールアイドルのような活動が行われている。

 

「ちょっと言葉が悪かったです。正確にはスクールアイドルは高校生だけなんですが、スクールアイドル系列の、いわゆる学校単位でやるアマチュアアイドルは大学にもあるんですよ。キャンパスアイドルって言われてます。有名どころの大学だとだいたいキャンパスアイドル部とか同好会があるはずです。ラブライブ!ほどじゃないですけど、キャンパスアイドル選手権も一応はプロアイドルの登竜門なんですよ」

「へー、そうながや。全然しらんかった。ふつうはスクールアイドル部の子たちって大学行ったらキャンパスアイドルになるが?」

「キャンパスアイドルはスクールアイドルに比べたら規模は大きくないので、ほとんどは高校生で辞めちゃいますね。あと、アイドルを続けたい人はどっちかというとキャンパスアイドルよりはプロの道を選ぶ気がします」

「そうながやねぇ。うちは正直全然わからん。アイドル続けるかもしれんし、続けんかもしれんし。そのときになってみんとねぇ」

 

 深夜は卓上のせんべいに手を伸ばし、口に放り込んだ。

 

「こういう話してると改めて思うんですけど、先輩と一緒にスク部できるのもほんとあとちょっとだけなんですよね」

「そうやねぇ」

「全国決勝にいけたとしてもあと半年なんですよね。県大会で負けたらあと3ヶ月ちょっとしかないですし。4月から始まってもう3ヶ月たっちゃいましたし、ホントあっという間ですね」

「残り時間は短いかもしれんけど、最高に楽しい時間にしたいね」

「ですね! わたしは先輩とふたりきりの今のスク部が終わるときに、やりきったって泣けるくらい頑張りたいです」

「ノノちゃん、泣きたいが?」

「はい、泣きたいです」

「うちもたいがいやけど、ノノちゃんもだいぶかわっちゅうねぇ」

「前にも言ったかもしれないですけど、わたし、中学最後の大会で選抜落ちしてマネージャーしろって言われたときも、スクールアイドル部やめて高知に行くこと決めたときも泣けなかったんですよね。だから今度こそ、やめたときに嬉しさでも悲しさでもいいので、心の底からなけるくらい本気でスクールアイドル部に向き合いたいんです。自分が好きだったアイドルちゃんたちみたいに泣くくらい、本気でスクールアイドルのこと好きになりたいんです」

「青春やねぇ」

「みゃー先輩も青春しましょう!」

 

 勢いよく言ったものの、自分の青臭い発言に、乃々羽は少し恥ずかしくなった。

 

「青春を満喫するために、まずはちゃんと期末テストの勉強せんとね」

 

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