サブタイトル:Day 1
2024/04/10:出会い
「うち、スクールアイドルになる」
「……スクールアイドル?」
メイクを直していた
放課後の屋上庭園は、春らしいぽかぽか陽気で、居心地の良さを一層引き立てていた。
「そう、知らんが? スクールアイドル」
「いやいやスクールアイドルくらい、さすがに私でも知ってるけど。聞きたいのは、みゃーが本気なのかってこと」
「大真面目やよ!」
深夜が堂々と答えると、羽南は少し呆れたようにため息をついた。
「ま、みゃーがやりたいんだったら止めないけどさ」
「とゆーことで、羽南もウチと一緒にスクールアイドルやろ!」
「やらない」
羽南は取りつく島もないほど即答し、そのままメイクを再開した。
「えー」
「私ふつうに受験組だし、今から部活やるのはさすがにパス。文化祭実行委員会と勉強だけで十分」
深夜は返す言葉が見つからなかった。同じ高校3年生として進路の話を振られると、何も言えなくなってしまう。
「で、みゃーはどうして突然スクールアイドルなんて言い出したわけ?」
「昨日TikTokみよったら、ふたりの女の子と高校生たちがすごい楽しそうに歌って踊っちゅう動画を見つけたがよ。それで気になって調べてみたがやけど、そしたら昔のスクールアイドルの大会動画だったが。それで、スクールアイドルに興味を持ったわけ」
スクールアイドル。
深夜だってスクールアイドルくらいは聞いたことがあったし、ネットやテレビで見かけたこともある。でも、かがみ川女子高校にはスクールアイドル部なんてものが存在しなかったから、身近な存在として意識することはなかった。もちろん、自分がスクールアイドルをやるなんて考えたこともないし、もっと言えば、高校生活の選択肢にスクールアイドルがあるなんて夢にも思わなかった。
それが、たった一本の動画に魅せられて、完全にスクールアイドルの虜になってしまったのだ。
「それでスクールアイドルやろうって思ったわけね。そんな良かったのその曲?」
「うーん、曲はたしかに良かったがやけどねぇ」
深夜の返事は少し歯切れが悪かった。深夜自身は音楽が特別好きというわけでもなく、楽曲に心底惚れ込んだというわけでもなかったからだ。
もちろん、良い曲だったのは間違いないけれど。
「なんでやろう。うまく言葉にできんがやけど、なんか刺さったがよね。これとおんなじこと、ウチもやってみたいって思ったんよね」
そう言うと、深夜は立ち上がり、おもむろに鼻歌を歌い始めた。
「ふーんふふーん」
そんなに広くない屋上庭園に、深夜の少しハスキーな歌声が響いた。昨日の曲のメロディをなぞりながら、深夜はなんとなく覚えた振り付けを合わせてそれらしく踊ってみる。少しだけ丈を短くしたプリーツスカートが、ダンスに合わせてふわりふわりと舞った。
端から見ると、お世辞にも完成度が高いとは言えない出来。だが、暖かな春の陽射しと穏やかな春風の中で歌って舞う深夜の姿は、不思議と周りの目を引きつけた。屋上庭園で放課後の暇をつぶしていた数人のかが女生たちは、それぞれの手を止めて深夜を見つめている。羽南のメイクの手も、いつの間にか止まっていた。
曲が進み、サビに入る。目を閉じると、深夜の頭に昨日の動画が浮かんできた。
歌詞はほとんどうろ覚えやけど、ここだけは自信を持って覚えちゅう。
マイクをお互いに向け合って、大声で叫ぶシーンが深夜のまぶたの裏にありありと描かれる。
深夜は目を見開き、マイクの代わりに右手を突き出して叫んだ。
「「アゲイン!!」」
深夜の叫びに、知らない声が重なった。
「え?」
深夜は思わずパフォーマンスを止めた。
いつの間にか、知らない女の子が深夜の前に立っていて、深夜と鏡合わせのように右手を突き出していた。少し背の低いその子は、黒のおしゃれなセルフレームの眼鏡越しに、黒い瞳をキラキラ輝かせている。南国育ちとしては珍しい白く透き通った肌に少し赤を混じらせた満面の笑顔を、深夜に向けていた。胸元には一年生を表す緑色のネクタイが揺れている。
「えーと、誰?」
「あ、すいません!」
満面の笑顔が一瞬で真っ赤に染まると、一年生の女の子はぱっと頭を下げた。まるで「ぺこり」という擬音が聞こえるような軽やかな礼だった。短いポニーテールの黒髪が、お辞儀に合わせて揺れる。その子は頭を上げ、口を開いた。
「大好きな『&GAIN!!!』が聞こえてきて、ついハモっちゃったんです。すいません。あの、わたし、スクールアイドル大好きで、特に第15回ラブライブ!東北地方予選で披露された『&GAIN!!!』はほんとに大好きで! 廃校が決まった中で学校の最後を歴史に残すために全校生徒が協力してラブライブ!に挑むっていう展開自体も大好きなんですけど、やっぱり歌詞が最高に良くって!! あ、もちろんダンスも曲も大好きですよ」
矢継ぎ早に紡がれる言葉の熱量に、深夜は圧倒された。
「ストップ、ストップ。そんなに急にわいわい言われても分からんがよ」
「あ、すいません。わたし、一年の
「ウチは3年の東雲深夜。そっちにおるんが、同クラの佐々木羽南」
「よろしくー」と軽く挨拶をする羽南に、乃々羽がぺこりと頭を下げた。
「それで、沢渡ちゃんはスクールアイドルが好きなが?」
「はい! 大好きです!」
乃々羽はぱっと顔を輝かせた。そのうそ偽りのない笑顔を見て、深夜の頭に一つの考えが浮かんだ。
これは、鴨が葱をしょってきたがかもしれんね。
「沢渡ちゃんは何かもう部活に入ったりしたが?」
「いえ、まだ特に決めてないです。今日始業式でしたし、これからいろいろ見て回ろうかなって思ってたとこです」
「うんうん。ならウチがええ部活教えちゃる」
「何部ですか?」
「スクールアイドル部」
「「え?」」
乃々羽と羽南は、あっけにとられた顔で深夜を見ていた。
「沢渡ちゃん、ウチと一緒にスクールアイドル部やろう」
「えええ!?」
乃々羽の良く通る声が屋上庭園に響き渡った。
2024年4月10日、春。
高知県、かがみ川女子高校、屋上庭園。
こうして偶然と偶然が混じり合い、かがみ川女子高校スクールアイドル部が生まれることになったのだった。