視聴覚室前方の教壇で、文化祭実行委員会の腕章をつけた複数の生徒が慌ただしく準備をしている。その中で陣頭指揮をとっているのは、深夜にとって見知った顔だった。真面目な表情で後輩たちにテキパキと指示を出している羽南は、普段とは違う真剣な顔つきをしていて、深夜には新鮮に映った。
「け、けっこう多いんですね参加者」
隣の席に座っている雅は、落ち着きなくキョロキョロとあたりを見回していた。
「そうやねぇ。30人くらいおるかね?」
放課後の視聴覚室にはざっと見渡すかぎり、30人ほどの生徒が集まっていた。終業式後ということもあってか、室内は夏休みに入った直後特有の妙なハイテンションに包まれているように感じる。
「お、思ったより多いですね……実際、文化祭って何組くらいでれるんですかね……?」
「たしか10組くらいやった気がするけど」
「うう、30%……」と雅は頭を抱えこむ。
最近になって、深夜は雅の性格をつかめてきた気がする。雅は基本的にネガティブ思考だ。30%の確率なら「結構当たるな」と楽観的に考える深夜とは、正反対だ。
雅が頭を抱え込んで机に伏せているのを見て、「よしよし」となだめていると、「となり、空いてます?」と声をかけられた。
声の主は黒髪ショートで、ちょっとクールな印象を抱かせる女の子だった。リボンの色からして2年生のようだ。髪にはさりげなくピンクのインナーカラーが入っており、耳の部分は髪がかからないようにネコの髪留めで留められている。前髪は軽く目にかかるくらいで、横に流れた髪が柔らかく顔を縁取っていた。全体的にバランスの取れたスタイルだ。
一見クールながらも遊び心を感じさせるようなデザインの校則違反ギリギリの髪型は、かが女生としてはかなり個性的で、サブカルチックな印象を深夜に与えた。
「空いてるよー」
「じゃあ、失礼します」
サブカル髪型の彼女は、ぺこりと小さく会釈して深夜の隣に腰をおろした。その瞬間、シトラスのような清涼感のある香りがふわりと漂ってきた。何とも言えない清涼感に、思わず深夜は鼻をひくつかせた。隣に座る雅がさらに落ち着かなく見えるのも、まんざらこの香りのせいではないかと思えてくる。
「3年でスクールアイドル部部長の東雲です、よろしくねー。こっちは2年で衣装部部長の宮下さん」
雅は深夜の声が聞こえていないのか、机に突っ伏したまま動かない。
「あ、私は2年で
「へー、バンドやっちゅうがや。軽音部?」
「軽音部じゃないんですよー。音楽の方向性の違いってやつで軽音部には入ってません。ふつーに友だちとバンド組んでます」
深夜はかが女の軽音部のことを思い出してみた。ほとんど演奏を聴いたことはないのだが、記憶の中にかすかにある軽音部の姿は、どちらかというとポップ系というか、正統派のかわいらしいガールズバンド的な雰囲気だった気がする。それに比べて、目の前の少女は、確かにその方向性とは異なって見えた。
「そうながや」
「東雲先輩は最近話題のスクールアイドル部の人ですよね。うちのバンド仲間の子も、先輩のことかっこよかったって言ってましたよ」
「ホント? めっちゃ嬉しい。西ちゃんたちのバンドってどんな感じで活動しちゅうが?」
「スタジオとかで練習してライブハウスでライブしてます! って言えたらいいんですけどね……」
「違うが?」
「実際はソロで勝手に練習してて、たまーにみんなで練習&ライブくらいねんですよ。正直、バンドってめっちゃお金がかかるんで、ほとんどバイト、バイト、バイトなんです。バイトと個人練が活動の9割くらい占めてます。で、なんとかお金が貯まったらみんなでスタジオ借りて練習したり、ライブハウスでライブしてみたりって感じです」
「へー、そうながや。でもライブはちゃんとやっちゅうがやろ?」
「そうっすねー。だいたい半年に1回くらいでやってます」
「一回見に行ってもいい?」
「社交辞令じゃなくて本気で言ってます?」
「本気本気。うちライブとかあんま行ったことがないき、普通に見てみたいがよね」
「じゃあ、次ライブやるときは誘いますよ」と言いながら、西はインスタのアカウントを表示したスマホを深夜に見せてきた。深夜はその流れでインスタを交換した。
「えー、時間になりましたので、文化祭フリーステージイベントについての説明会をはじめます。みなさん、夏休み初日にもかかわらず説明会に集まってくれてありがとうございます。文化祭実行委員会副委員長兼イベント部門リーダーの佐藤羽南です」
普段の羽南とは違う、よそいきの声がマイク越しに聞こえた。
深夜は西との会話を辞めて、壇上の羽南に目を向けた。
「今日の流れですが、最初にステージや申込みについての簡単な説明をします。その後で質問を受け付けますので、聞きたいことがある人はそのときに質問してください。さっそくですけど1年生もいると思うので、まず、文化祭のフリーステージイベントについて簡単に説明します。今年の文化祭は、みなさんも知ってると思いますけど、例年通り11月第1週の土曜と日曜に開催されます。ステージイベントも例年通り大講堂で行われます。大講堂ステージイベントは、講演会など文化祭実行委員会が主催するイベント、毎年パフォーマンスを行っている演劇部や吹奏楽部などの一部部活による固定イベント、希望者申込みよるフリーイベントの3つに分かれます。今年のフリーステージイベントは、例年通り1日目午後に2時間、2日目午前に1時間の合計3時間の枠をとっています。1組あたりの持ち時間は準備・片付けを含め20分となりますので、今年は2日間で合計9組の参加を受け付けます」
羽南は資料を見ることなく、すらすらと説明していく。
「申込みと審査のスケジュールについては、イベント部門副リーダーの芝崎からお伝えします」
そういうと、羽南とは全く対照的な、ザ・委員会系という見た目の真面目そうな女の子が壇上に上がり、マイクを手にした。
「芝崎です。よろしくお願いします。フリーステージイベントへの参加を希望するグループは、7月末までに配付資料に記載のGoogle Formから代表者が申込みを行ってください。その後、記載してもらった活動内容や活動実績をもとに一次審査を行います。これは文化祭にふさわしい内容か、文化祭当日にきちんとパフォーマンスができるかを確認するための審査です。ここで落とされるグループは例年ほとんどいませんが、著しい記載不備や内容に大きな問題がある場合は、一次審査で落とされる可能性がありますのでご了解ください。この審査は文化祭実行委員会と委員会顧問の曽根先生によって非公開で行われます。審査内容の詳細については一切お答えできませんのあらかじめご了解ください。一次審査の選考結果は8月下旬までに代表者にメールでお伝えします。その後、一次審査を通過したグループを対象に9月2日の始業式のあと14時から、ここ視聴覚室で申込み抽選会を行います。抽選会後のスケジュールについては、抽選会後にあらためて当選者を対象にお伝えさせていただきますのでよろしくお願いします。簡単ですが説明は以上です」
資料を見ながら事務的な内容を淡々と伝えると、その真面目そうな女の子──芝崎はマイクを羽南に返して壇上を後にした。
「何か質問のある方がいれば挙手をお願いします」
羽南のよびかけに、ぱらぱらと手が上がった。
「GoogleFormにはどんなことを記載すればいいですか?」
「代表者、参加予定人数、予定しているパフォーマンスの内容、これまでの活動実績などを記載していだきます」
「予定しているパフォーマンスってどれくらい具体的に書けば良いんですか?」
「今分かってる範囲でなるべく具体的に書いてください。例えばライブをするなら、どういう感じの曲を何曲やるかまで書いてもらえると助かります。ただ、ひとつだけ注意して欲しいんですが、ここで記載したパフォーマンス内容と当日のパフォーマンス内容が大きく異なっていた場合、生徒指導の対象となることがあります。ここでの大きな変更とは演奏楽曲数が変わったなど些細なものではなく、バンドで申請していたけど実際はかが女生として著しく不適切なパフォーマンスを行った、などです。当然ですが、校則に違反するパフォーマンスは禁止です。その他、文化祭で基本禁止されているパフォーマンスや過去問題となったパフォーマンス事例についてはお配りした資料に載っているので、必ず申込み前に確認しておいてください」
そう言われて、深夜は資料に目を向けた。壇上で学校のネガキャンをしまくった例や、放送禁止用語を20分間叫び続けて教師に連行された例など、にわかには信じられないアナーキーすぎる事例が載っていて、深夜は思わず笑ってしまった。
「パフォーマンスの時間帯の希望って出せないんですか?」
「出せません。枠ごとに抽選していく形式になります。ただし、当選者同士の同意があれば、当選後に順番を交換することは可能です」
「当選後に出場辞退した場合はどうなりますか?」
「当選後の出場辞退は原則禁止ですが、やむを得ない事情がある場合は委員会までご連絡ください。出場辞退グループについては、来年以降の選考で不利益を被る可能性があります。また、出場辞退グループが出た場合も繰り上げ当選などはないです」
「落選したグループに自分の枠をあげることはできますか?」
「禁止です。過去に金銭で枠の授受が行われたことがあり、退学者を出す問題に発展したことがあるので、どのような理由があっても一切枠の授受は禁止です。出場辞退グループがでても繰り上げ当選がないのもこの影響です」
「じゃあ、落選したグループと一緒になってパフォーマンスすることは可能ですか?」
「それも禁止されています。1つのグループが複数のグループを装って複数申込みを行い当選確率をあげようとしたことが過去あったため、禁止になっています。そのため、別グループの代表申込み者が別グループのパフォーマンスに参加することも禁止されています」
色々な方向から飛んでくる質問に、羽南は過去の事例も挙げながら分かりやすくよどみなく回答していく。その文化祭に対する知識や経験の豊富さに、深夜は少しだけ驚きを隠せなかった。もちろん、普段の羽南の要領の良さからすれば、これくらいの受け答えができておかしくない。しかし、それ以上に、羽南がこれほど本気で文化祭実行委員会をやっているとは深夜は知らなかった。
普段、遊んでいるときはあまり文化祭実行委員会の話をしない羽南。だから、深夜は羽南が単にお祭りやイベントごとが好きで文化祭に軽く関わっているだけだと思っていたのだ。しかし、実際の羽南の文化祭実行委員会にかける情熱は、深夜が想像していた何倍も深いものだった。
「他に質問はありませんか?」
質問は出尽くしたようで、手を挙げる人はもういなかった。
「では、これで今日の説明会は終わりです。もし、申込締め切り日までの何か質問など新しく出た場合は、資料記載のアドレスまで連絡してください。お疲れさまでした」
一気に視聴覚室は放課後の賑やかさを取り戻した。
「じゃ、東雲先輩、お先失礼しまーす。ライブやるとき連絡するんでシカトしないでくださいね?」
「せんよー。西ちゃんこそ、連絡忘れんといてね」
「了解でーす」と言いながら、薄っぺらいスクールバッグを肩にかけて、西は去っていった。
「みやびぃ、これから家庭科室いく?」
「あ、今日はちょっと用事があるので……」
「了解! じゃ、また夏休みにねー」
「は、はい。良い夏休みを!」
深夜は雅に手を振って席を立った。壇上に残っている羽南に一言声をかけて帰ろうかとも思ったが、実行委員会の生徒や参加者たちと話していて忙しそうだったので、声をかけずに視聴覚室を後にした。
「良い夏休みを」
雅にかけられた一言を、なんて良い言葉だ、と心の中で繰り返し呟きながら、深夜は軽い足取りで家庭科室に向かった。