「作曲うまくいってないが?」
「全然。ソフト使って頑張ってるんだけど、なんかピンとこない曲ばっかできちゃうんだよね。時間ないのにどうしよー。きりんちゃんは曲作り興味ないの?」
「きりんは根っからのプレイヤーやき! そういう才能はゼロながよ」
きりんは話しながら、さっきの練習動画をスマホで繰り返し再生している。その目は真っ直ぐ画面を捉えていて、音楽に合わせて指先を動かしていた。
初対面で抱いたきりんへのマイナスイメージは、すでに乃々羽の中から消えていた。今のきりんの印象は、ちょっと誤解されやすいお調子者だけど、スクールアイドルに対してはとにかく真剣で、心の底から自分とセン学を信じている子だ。高校生にしてはシンプルすぎるその性格を、乃々羽は嫌いじゃない。
今朝もこの前の少し感じが悪かった自分の態度を謝ろうとしたのだが、「なんのこと?」という感じで流されてしまった。ほんとに気づいてなかったんだろうなぁ、と乃々羽は思う。
清学の頃のイメージで、強豪校はもうちょっとギスギスしているのは当たり前だと思い込んでいたことを乃々羽は反省する。
「わたしもゼロだよー」
「じゃあ、誰かに助けてもらうしかなくない?」
「誰に?」
「うちだったらけーちゃん先生か嶋村先輩かなぁ。でも、作曲ってちょっと教えてどうこうなる話じゃない気もするし、誰か学校内に協力者見つけた方がいいと思うがよね」
「そんな人、都合良くいるかな」
「それを見つけるのがスクールアイドルじゃない?」
「たしかに……」
きりんの言葉はもっともだ。そもそも、セン学や清学みたいな強豪校以外のスクールアイドル部は、多かれ少なかれ学校全体を巻き込んだリソース探しをしなくてはならない。ソフトのおかげでハードルは下がったとはいえ、曲作りはいまだに弱小スクールアイドル部にとって大きな壁だ。ほとんどの学校では、吹奏楽部や軽音部など音楽系の部活や音楽の先生が作曲に協力しているのが現状である。
「今日きちゅう雅先輩とかもそういう感じながやろ?」
「宮下先輩はみゃー先輩が巻き込んだ感じだから」
「じゃあ、みゃー先輩に相談してみたら良くない?」
「そうしてみようかなぁ」
「作曲は私がやります」と言ってしまった以上、乃々羽はなんとなく周りに協力を頼みにくかった。しかし、難航している現状を考えると、きりんの言う通り深夜や須藤先生にしっかり相談した方がいいのかもしれない。
「そういえば今度の全ス選セミナー、パフォーマンスするんだよね?」
「するよー。めっちゃ上手くなっちゅうき」
確かに乃々羽から見ても、この前の合同練習の時と比べてきりんは明らかに成長していた。あの時は明確に勝ったと感じたのだが、正直なところ、このひと月足らずでかなり実力の差は詰められた気がする。
「最優秀賞とれそ?」
「とるよ!って言いたいとこやけど、実際は厳しいかもね……」
「徳島のサクサクと愛媛の港南台、香川の善通寺だっけ、代表校」
「港南台と善通寺には正直勝てると思うがやけど、サクサクはね……」
「強いよね」
「うん。今年もラブライブ!中四国予選突破校の最有力候補やきね」
テレスト学院スクールアイドル部、通称
「サクサクのパフォって生でみたことある?」
「うん。GWに合同練習したことあるがやけど、ふつーに強かった。少なくともきりんはあのレベルに今たどり着けてる気がせんがよ」
「今のきりんちゃんでかー」
きりんをして「勝てない」と思わせるSaku x Sakuの強さはよっぽどのものなのだろう。もしかしたら、あの人の領域に少しだけ足を踏み込んでいるのかもしれない、と乃々羽は思う。
「そういえばののっちってもう清学にはいかんが?」
「どういう意味?」
「OGとして練習参加するみたいな。きりん的にはサクサクとかののっちとか自分より上手い人のパフォーマンス見てめっちゃモチベーションになったき。ののっちも今、清学に行ったら結構勉強になるがじゃないかと思ったがよ」
「うーん、わたしは結構びみょーな感じでやめちゃったからね。正直、今さら行きにくいっていうか」
「えー、そんなこと気にするがや。意外やね。きりんやったら上手くなりたいなら気にせんといくけどねぇ」
「何、ノノハ、重野先生と喧嘩別れしてきたの?」
突然、櫻木先生が話に割り込んできた。
「いえ、そう言うわけじゃないんですけど……中学の時、プレイヤーからマネージャーにうつる打診をされて、それが受け入れられなくて清学辞めたっていう感じだったので……」
「え、ののっちをプレイヤーから外したが!? さすがに意味不明やない!?」
「リン」
櫻木先生の声は大きくないが、明確な怒りを含んでいた。
きりんは口を押さえてバツの悪そうな顔をする。
「あー、気にしてないんで大丈夫です」
「私には重野先生のお考えはわからないけど、たぶん何か意味があってのことじゃないかな。ノノハも分かってると思うけど、あの人は理不尽なことするような人じゃないから」
その点については乃々羽も同じ意見だった。櫻木先生のように目に見える熱さはないが、重野先生もスクールアイドルの指導に強い情熱を持っていたことは間違いない。当時はすんなりと重野先生の言葉を受け入れられなかったが、今になってみると、自分のプレイヤーとしての明確な欠点を見抜かれていたのだろう、と乃々羽は考えている。
櫻木先生は「ノノハがちゃんとスクールアイドルとして進みたいなら一回ちゃんと重野先生と向き合ってみるのはいいかもね」と言うと、「あ、そうだ。午後はホールで&GAIN!!!パフォーマンスのセン学vsかが女のガチバトルするからそのつもりでね!」と付け加えて2人のもとから去って行った。
「ごめん、ののっち。きりん、内情知らんのに踏み込んだこと言って……」
「いいって、別に。別に自分の中でタブーになってるわけじゃないんだよね、清学でのこと」
「じゃあさ、もう一個だけ清学のこと聞いてもいい?」
「いいよ」
「オダルリちゃんってどうやった?」
「あー、瑠璃先輩……」
その名前を聞いた瞬間、乃々羽の脳裏に様々な出来事が一気にフラッシュバックした。
そっちもタブーじゃないけど、正直思い出さないようにしてたんだよなぁ……
乃々羽は心の中で愚痴りながらも、自分から聞いていいと言ってしまった以上、ちゃんと答えるしかなかった。
「うん、瑠璃先輩は「ヤバかった」よ。たぶん、きりんちゃんの想像通り。わたし、サクサクちゃんは生で見たことないんだけど、たぶんそういう次元じゃない。なんだろう、アニメキャラみたいな感じ。気にしちゃいけない人」
「ののっちがそこまで言うならホンモノながやね、オダルリちゃん……きりん、去年のラブライブ!決勝でしか見たことないがやけど、画面越しでも異次元感あったもん」
異次元。その言葉こそが、瑠璃先輩を最も的確に表していると乃々羽は思う。 どんなに練習して実力が上がっても、あの人のパフォーマンスが目に焼き付いている限り、自分の足りなさからは決して解放されない。
それが、
「でもオダルリちゃんも中学で辞めたがよね、清学」
「私とは全然違う理由だけどね。瑠璃先輩はあまりにすごすぎたから。グループアイドルに向いてなかったんだよね。で、高校あがるときに瑠璃先輩のためだけのソロでやるスクールアイドルプロジェクトを作るって他の学校に誘われて、そっちにいっちゃったんだ」
そして、瑠璃先輩はソロアイドルとして史上初、1年生として史上初、創部一年目で史上初のラブライブ!全国制覇を成し遂げたのだ。
「はーい、そろそろ休憩終わりです。午後は衣装着てホールで&GAIN!!!のパフォーマンスするから、みんないったん演出班部屋に移動してくださーい」
マネージャー長のミズキの声が響き、乃々羽ときりんの会話はお開きとなる。
重野先生、瑠璃先輩。やっぱりちゃんと向き合わないといけないよね。
そう考えながら、乃々羽は立ち上がり、大きく背伸びをした。