かがみ川女子高校スクールアイドル部   作:記録部

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Side:乃々羽


2024/07/30:全ス選四国地方セミナー初日①

 全ス選四国地方セミナー初日。高知城のすぐ近くにある高知城ホールに四国中のスクールアイドル部が集まる日だ……と言いたいところだが、実際に現地参加するのは高知市近辺の学校と招待された各県の代表校くらい。それ以外の学校はオンラインで参加している。今回、現地参加しているのは80人ほど。開会の挨拶で実行委員の先生が話していたところによると、オンラインも合わせると200人近くが参加しているらしい。こうして一堂にスクールアイドルが集まると、それなりに大所帯に見えるが、東京では1000人規模は当たり前なので、乃々羽は改めて地域差を感じていた。

 

 8人ほどの小グループに分かれて、グループごとにダンスや歌唱、演出などのクラスを、今日の午後と明日の午前中をかけて順々に回っていく形式でセミナーは行われる。グループは事前に提出した作詞・作曲希望やパートなどに基づいて分けられているらしい。最後に各県代表校によるパフォーマンスがあり、優勝校の表彰をもって終わりになるという大まかな流れだ。

 

 乃々羽が作曲、深夜が作詞で希望を出したので、二人は別々のグループになった。乃々羽のグループでは一年生は乃々羽だけで、しかもセン学のメンバーもいなかったので顔も知らない人ばかりだった。しかし、正確には一人だけ知っている人がいた。

 

 その人はテレスト学院スクールアイドル部、Saku x Sakuの片桐櫻子。いや、さくらこちゃんと言った方が一般的には名の通りがいいかもしれない。

 

 さくらこちゃん。乃々羽が小学校低学年くらいの頃はテレビで見かけない日はないくらいの超売れっ子子役だった。ドラマ、CM、バラエティ、映画。その愛嬌ある振る舞いと滲み出すかわいらしさが受けて、マルチに活躍していたのを幼いながらも記憶している。

 

 グループ内の自己紹介でも、櫻子は一際輝いていた。元々の顔面偏差値が明らかに高いのもあるが、それ以上にそもそも醸し出しているオーラが別格だった。小さい頃から芸事のレッスンをしてきた乃々羽は芸能関係の人と関わることはそれなりに多かったが、その時あった人たちと比べてもあきらかに異質。

 

 これがホンモノの芸能人なんだ。

 

 と乃々羽は感心してしまう。

 

 だからダンスクラスでのソロパフォーマンスを終えて腰を下ろした時に、「お上手ですね」とさくらこちゃんに声をかけられた時、乃々羽は口から心臓が飛び出しそうになった。

 

「かがみ川女子高校の沢渡乃々羽さんですよね?」

 

 しかも名前まで覚えられていることに、乃々羽は驚きを隠せなかった。自己紹介のわずかな時間だけで全員の名前を記憶してしまったのかもしれない。天才子役と言われていたさくらこちゃんなら、それくらいは朝飯前なのだろうと、乃々羽は納得するしかなかった。

 

「私は」

「存じ上げています! さくらこちゃんですよね!」

 

 自分の上擦った大きな声に乃々羽はびっくりする。しかも、初対面の上級生をちゃんづけで呼んでしまう大失態。普段あまり緊張することのない乃々羽ですら、それくらい緊張してしまうほどの圧倒的なオーラを櫻子は醸し出していた。

 

「す、すいません。片桐櫻子さんですよね、あの、つい、その……」

「私のこと知ってくれてるんですね。ありがとうございます。私のことはさくらこちゃんでいいですよ。そちらの方が呼ばれ慣れているので」

 

 上級生にもかかわらず優しく丁寧な言葉遣い。セン学部長の御代も同じように丁寧な雰囲気をまとっていたけれど、御代と比べても櫻子はさらに大人びた雰囲気を感じる。

 

「さくらこさんでもいいですか?」

「さくらこちゃん、で。上級生命令です。私も乃々羽ちゃんって呼びますから」

 

 丁寧な言葉遣いなのに、一つ一つの言葉が柔らかくて距離感をとても近く感じる。言葉尻に音符がついていそうな軽やかさ。深夜や倫とはまた違ったタイプの、他人のテリトリーに入り込むのが上手い人だなぁと乃々羽は感心する。

 

「おしゃべりして仲良くなるのはいいけど、ちゃんと他の人のパフォーマンスも見るよーにねー」

 

 講師の先生に注意されて、二人して頭を下げる。「怒られちゃいましたね」と櫻子が耳元でささやいた。ちょっとだけバツの悪そうな表情も様になっているのがずるいな、と乃々羽は思う。

 

「乃々羽ちゃんはどこかでダンスならってたんですか? 一年生なのにすごく上手だったから驚いちゃいました」

 

 櫻子は視線を前に向けたまま、ひそひそ声で会話を続ける。

 

「小さい頃から一通り、ダンスとかボーカルレッスンとかアイドル系のトレーニングは受けてきたので」

「え、もしかして元プロだったりします?」

「いえ、ずっとアマチュアです。スクールアイドル好きでずっと練習してきた感じです」

「そうなんだ、ずっと高知で?」

「いえ、中学までは東京でした」

「どこに住んでたの?」

「一応、港区です」

「わーお。お金持ち」

「いえ、うちは全然。ちっちゃなマンションでしたし。さくらこちゃんも東京出身ですよね」

「うんうん。うちは世田谷の方。中学はどこだったの?」

「清澄白河女学院でした」

 

 前を見ているので櫻子の表情をうかがい知ることはできないが、櫻子が一瞬息を呑んだような気がした。

 

「名門だねー。だから乃々羽ちゃん上手いんだ。納得」

「じゃ、次はテレスト学院の片桐さん」

 

 講師の呼びかけに、櫻子は「よろしくお願いしまーす」と明るい声で返事をして立ち上がる。その瞬間、グループ全員の目が櫻子に集まる。

 

 立ち上がった櫻子の身長はそれほど高くない。せいぜい乃々羽より3〜4cm高いくらいのごくごく標準的な背丈。ハーフアップにしたちょっと長めの黒髪は艶やかだったけど、それも特別なものではない。それなのに、櫻子が立ち上がっただけで場が華やいだ気がした。

 

 この感じ、瑠璃先輩と一緒だ。

 

「乃々羽ちゃんに負けないように頑張るね!」

 

 ***

 

「お疲れ様でした!」

「どうだった?」

「素敵でした」

 

 乃々羽はそう答えたものの、内心は異なっていた。簡単に言えば、少し期待外れだったのだ。 倫からあらかじめ「Saku x Sakuは別格」と聞いていたからかもしれない。

 

 確かに櫻子のパフォーマンスは悪くなかった。全国強豪校のスタメンクラスのパフォーマンス力くらいは間違いなくある。ただ、言ってしまえばそのレベルなのだ。それくらいのスクールアイドルなら全国に100人単位で存在する。純粋なパフォーマンス力だけで見たら、もしかしたら乃々羽やきりん、御代先輩の方が上かもしれない、と乃々羽は感じたのだ。

 

 去年のラブライブ!決勝でのテレスト学院のパフォーマンスも、乃々羽はほとんど記憶していないことに気づく。頭に残っていたのは、元子役と元プロアイドルという話題性のある2人が初年度から勝ち上がってきたという事実だけだ。

 

 まあ、去年のラブライブ!は瑠璃先輩(あの人)が全部もってっちゃったからイレギュラーすぎるのだが。あれは他の出場校にとっては事故みたいなものだし。

 

「乃々羽ちゃん、本当にそう思ってる?」

 

 櫻子がまっすぐ乃々羽の目を見つめる。その深い黒い瞳はまるで心の奥底まで見透かすかのようだった。乃々羽は思わずドキッとする。

 

「じゃあ、私と乃々羽ちゃんだったらどっちが上手い?」

「えーと……」

 

 乃々羽は言葉に詰まる。それは暗に、乃々羽が自分の方が櫻子より上手だと思っていることを示していた。

 

「乃々羽ちゃんは嘘がつけないタイプだねー」

「あの、その」

「いいのいいの。ほんとのことだもん。現中四国最強がこの程度でちょっとガッカリさせちゃったかな?」

「そんなことないです」

 

 今度は間髪入れずに否定する。ソロパフォーマンスとユニットでのパフォーマンスが違うなんてことは、スクールアイドル業界ではよくあることだ。スクールアイドルはあくまでユニットとして評価すべきものだ。

 

 それでも、櫻子のパフォーマンスにどことなく引っかかる部分があったのも事実だ。何か歪さを感じるのだ。立っているだけでも放たれるオーラが、パフォーマンスをすると悪目立ちするというか、逆に消えてしまうというか。その歪さがどこから来るものなのかまでは、乃々羽にはわからなかった。

 

「私、乃々羽ちゃんのこと気に入っちゃったな。せっかく同じ班になったんだし、今日は色々お話ししようね!」

 

 櫻子の有無を言わさせない笑顔に、乃々羽は頷くだけで精一杯だった。その笑顔には力があり、どうしようもなく引き込まれてしまう。乃々羽は、自分がこの場で何かを言うべきなのか、ただその笑顔に応じるべきなのか迷い、結局うなずいて返すことしかできなかった。

 

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