18時すぎまでがっつりと行われたレッスンのあと、ホールの大会議室でささやかな立食形式の交流会が開かれた。料理はそんなに豪華なものではなかったけれど、ビュッフェ形式というだけで深夜にはありがたかった。特に今日みたいにガッツリ頭と体を使ったあとだと、ただひたすらに身体が糖質を求めるのだ。
「ノノちゃんお疲れー。どうやった?」
とりあえず料理を一巡して、こんもり持った皿を手に深夜は乃々羽のもとに戻った。乃々羽はチキン系など、どちらかというと高タンパクな料理を主体に皿を構成している。
やっぱりノノちゃんは体育会系やね。
「すごく楽しかったです! いろんなスクールアイドルさんたちと知り合いになれました!」
「うちも友だちたくさんできた!」
「さすが、みゃー先輩ですね!」
「ライバルやけど仲間やきね」
この前の合同練習で御代から教えてもらったセン学スク部のモットー。深夜はそのフレーズをすっかり気に入って、ことあるごとに使っている。
「作曲の授業はどうだった?」
「作ってる楽曲評価してもらうパートとかもあって、勉強になりました。自分がうまくできてない理由もなんとなくわかった気がします」
乃々羽の作曲は完全にスランプに陥っていた。すでに楽曲が完成しているはずの時期なのだが、一向に仕上がらない。何曲も作っては没にし、また作っては没にするということが続いている。
「作詞の方はどうでした?」
「うーん、勉強にはなったがやけどしっくりはまだこんねぇ。どうしても、歌詞を書く恥ずかしさみたいなんが拭えんのよね」
「書いたの読み返すとむず痒くなっちゃいますよね」
「なかなかうまく行かんよねぇ」
深夜も苦戦していた。曲の仕上がりが遅れている分、せめてイメージだけでもと歌詞のアイディアを書き始めたものの、良い言葉が全然思い浮かばない。友情や愛情など、ありふれたワードが並ぶだけの平々凡々とした歌詞のような何かを前に途方に暮れていた。
「レッスンの方はどうでした? 同じ班で気になる人とかいました?」
「おったおった、咲良はじめちゃんって言ってテレスト学院の元プロの子ながやけど……」
「東雲パイセン、今うちの名前呼ばんかった?」
振り返ると、はじめが山盛りのナポリタンを取り皿にのせて、立っていた。そのままはじめは深夜の横に移動すると、ずるずると音を立ててナポリタンをすすり上げる。
行儀の悪い食べ方をしてなお可愛く見えてしまうのは、はじめの生まれ持ったアイドル性なのかもしれない。
「はじめちゃんのこと、うちの後輩ちゃんに教えようとしてたとこながよ」
「悪口じゃなくてっすか?」
「スパゲッティ音立ててすするとか?」
「な、それ今知ったことやん」
はじめはなぜか深夜のことをいたく気に入ったらしく、今日は一日中こんな感じで絡んできていた。ちょっとだけ人見知りを発動している乃々羽のために、深夜ははじめのことを紹介する。
「テレスト学院の咲良はじめちゃん。2年生でめっちゃ歌とダンスが上手い子。元プロアイドルやったがよ。で、はじめちゃん、こっちがうちの可愛い可愛い後輩の」
もったいぶってはじめに乃々羽を紹介しようとしたところ、乃々羽の大きな声が深夜の言葉を遮った。
「咲良はじめさんですよね! もちろん知ってますよ! なんたってテレストは現状中四国最強のスクールアイドル部ですからね。創部一年での一年生デュオによる地方大会突破もかなり話題になりましたし」
「そっか、ノノちゃんはそっちだったねぇ」
「あ、咲良さんが元四季組だったって話ですか? すいません、わたし、そっちの方はそんなに詳しくなくて」
「え、そうなが?」
「アイドル系も界隈が結構分かれてますからね。もちろんアイドルならなんでも好きな人もいますけど、私は基本スクールアイドル推しなんで。なんだろ、野球好きな人にもプロ野球好きな人と高校野球好きな人がいる、みたいな感じですかね?」
「おんなじ野球じゃない?」
「そう言われるとそんな気もしてきました」
そんな深夜と乃々羽のやりとりが面白かったのか、はじめが声を出して笑った。
「東雲パイセンとこは、後輩ちゃんもおもろいんやね、ウケる。自分、名前なんて言うの?」
「あ、すいません。1年の沢渡乃々羽です! よろしくお願いします!」
「沢渡ちゃんねー、よろしくー。うちのことは好きに呼んでもろてええよ」
「よろしくお願いします、はじめ先輩!」
「はじめ、先輩。先輩……」
はじめは「先輩」という言葉を何度も噛みしめるように繰り返していた。その様子から、彼女がどれだけこの言葉に感慨を抱いているかが伝わってくる。
「先輩、なんて良い響き……四季組は先輩後輩関係なくちゃんづけやったから、めっちゃ新鮮……」
「あれ、テレストって1年生おらんが?」
「スク部にはいないっすね。てか、うちらのために作られたんで、うちらが卒業するまでは誰も入ってこない約束になってるんすよ」
「何それ、すご」
「たまにありますよね、そういうスク部」
男子の甲子園、女子のラブライブ!と言われるくらい、今のラブライブ!には広告価値があるのだ。特に全国決勝大会は全国ネットでテレビ放送され、様々な媒体で学校名が踊ることになる。その広告費を考えたら、全国決勝大会を狙えるような実力者を囲い込んで整った環境下で活動させる方がよっぽど安く済むのだ、と乃々羽は説明する。
このことは、深夜にとって少し驚きだった。ラブライブ!が大きな影響力を持っていることは漠然と理解していたものの、そこまでとはわかっていなかったのだ。
「だから、テレストみたいに学校の方針として本気でラブライブ!を狙うところもあるんですよね」と乃々羽は結論づけた。
深夜はラブライブ!全国決勝大会のステージを目指すということが、どれほど大きなものであるかを改めて実感する。
「あ、そういえば今日、私はさくらこちゃんと一緒の班でした」
「さくらこちゃん?」
「あれ、先輩もしかしてさくらこちゃんも知らないんですか?」
「全然」
「あの梨の天然水のCMとか、ドラマの家族になろうとか、見たことありません?」
「わからんねぇ」
「東雲パイセン、何もしらんやん」
「うち、興味ないことはとことん興味ないがよね」
「てか、沢渡ちゃん、あいつと一緒でいじめられたりせーへんかった?」
「いえ、全然! ふつうに色々話しかけてくださって、さくらこちゃん呼びでいいよーなんて言ってくれましたし」
「あー、あいつ人受けはええもんね。でも、気いつけよ。あいつ、ああ見えて結構腹黒やから」
「誰が腹黒ですか」
声の主は、立っているだけで「ザ・芸能人」というオーラを醸し出している美少女だった。どうやらこの子がさくらこちゃんらしい、と深夜は理解する。彼女の存在感はただそこにいるだけで場の雰囲気を変えるほどで、その一挙手一投足に目が惹かれる。
さくらこちゃんの目が深夜に向けられる。その瞳にはどこか余裕と自信が漂っていた。深夜は一瞬、息を呑む。
はじめちゃんとは違うタイプやけど、この子はこの子で別格やねぇ。
「乃々羽ちゃんに変な噂をふきこむのやめてもらえます?」
「噂やなくて、事実やけど」
「咲良さん」
櫻子の威圧感のある笑顔で場の空気が一瞬にして冷え込んだ。当のはじめはというと気にした様子もなく、ナポリタンをがっついている。その無邪気な食欲が、今度は場の緊張を和らげる。
深夜はそんな二人の対照的な姿を見ながら、思わず苦笑する。櫻子の圧倒的な存在感と、はじめの自然体な振る舞い。その対比が、深夜に今のこの状況を妙にリアルに感じさせていた。
「東雲パイセン、一応紹介しとくけど、こいつがさっき沢渡ちゃんと話してた、うちの相方のさくらこちゃん。一応、元子役」
「一応ってなんですか? 一応、元プロアイドルの咲良さん?」
その言葉に反応するようにはじめはフォークの手を止め、櫻子を見返した。2人の間に静かに火花が散る。そのぴりついた空気を取り繕うように乃々羽が間に割って入った。
「えっと、さくらこちゃん、今日は一緒に練習できて本当に楽しかったです!」
乃々羽の明るい声と、心からの笑顔が場の緊張を和らげる。
その言葉に、櫻子の緊張した表情が少しずつほぐれていく。はじめは軽く肩をすくめて、櫻子は穏やかな笑みを浮かべた。
「そうね。明日も楽しみですね」
櫻子の声に、周囲の空気が少しずつ温かさを取り戻していく。
「あの、さくらこちゃん、みゃー先輩のこと紹介させてもらってもいいですか?」
「かが女三年の東雲深夜です。よろしくね」
「テレスト学院2年の片桐櫻子です。こちらこそよろしくお願いします」
櫻子は取り皿をテーブルの上に置き、両手をおなかのあたりに添えて、丁寧にお辞儀をする。その所作の美しさに、つい深夜は見惚れてしまう。櫻子の動作は一つ一つが洗練されていて、まるで舞台上のパフォーマンスのようだ。乃々羽もその優雅な仕草に思わず目を奪われていた。
「東雲さん、咲良さんがわがまま言ってご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「ぜんぜんそんなことないき。むしろ、いろいろ話しかけてくれて楽しかったがよ」
「それなら良かったです。咲良さん、空気が読めないところがあるので」
いったん鎮火しかけたところに、櫻子がまた燃料を投下した。見た目と違ってかなりの武闘派だ、と深夜は櫻子に対する印象を改める。櫻子の口元にはほのかな笑みが浮かび、彼女の瞳は何か挑発的な光を宿していた。
「はいはい、そこまでにしよ。せっかくの交流会ながやし、もっと楽しくやろう」
「すいません、変な空気にしてしまって。ついついいつもの感じで喋ってしまって」
「いつもこんな感じで言い合いしちゅうが?」
「あの、誤解しないでほしいんですけど、別にけんかしてるわけなんじゃないんです、私たち。ただちょっと、お互いタイプが違うというか。これくらいの掛け合いは日常茶飯事なので気にしないでください」
「お互いお互いに遠慮しない、うちらなりのコミュニケーションって感じっす」
「乃々羽ちゃんと東雲さんは言い合いとかしないんですか?」
「せんねぇ」
「しませんねぇ」
深夜と乃々羽は二人して顔を見合わせる。
「そういう関係も素敵ですね!」
「たしかに東雲パイセン、陽のオーラマックスで、口げんかとかできへん感じやもんね」
「乃々羽ちゃんも、礼儀正しくて、可愛らしくて、けんかとは無縁な感じですしね」
なぜかテレストの二人はともに深夜と乃々羽に対する印象が良いらしい。
「東雲さんも乃々羽ちゃんみたいに昔からスクールアイドルされてたんですか?」
「うちは全然。ずっとスクールアイドルやってきたノノちゃんと違って、この4月から始めたばっかりながよ。ちょうど4ヶ月くらいになるかね」
「そうなんですね」
「東雲パイセンのこと、ただの素人やと思って甘く見―へん方がええよ。この人、パフォーマンスは普通やけど、なんか目を引く不思議な魅力があるんよね」
「今日一日、ずっとそれ言っちゅうけど、やっぱ全然褒めてなくない?」
「はじめ先輩の言ってること、ちょっとわかります。みゃー先輩って舞台に立つと、なんだか目が離せないんですよね」
「えー、ノノちゃんも同調するが」
「私はまだ東雲さんのパフォーマンス見てないのでわからないんですけど、咲良さんやノノちゃんがそういうってよっぽどの才能だと思いますよ。パフォーマンス以上の魅力を出せるのって、アイドルだったらみんな喉から手が出るくらいほしい才能ですし」
はじめも乃々羽も櫻子の言葉に同調するように大きくうなずいている。その光景を見て、深夜はなんとも言えないむずがゆさを感じる。自分よりもはるかに上手な人たちに褒められるなんて、妙に落ち着かない気持ちになるのだ。
「うちなんか全然ながよ」と深夜は急いで話題を変えることにした。「ただ、ノノちゃんがめっちゃ上手いき、それに引っ張ってもらっちゅうだけ」
「そういや、さっき櫻子が沢渡ちゃんは昔からやってたみたいなこと言ってたけど、どこでやってたん?」
「えっと、清澄白河女学院です」
「清学!?」
はじめは皿を机に置き、勢いよく身を乗り出して乃々羽に顔を近づけた。その勢いに乃々羽は驚いて、一歩後ずさった。
「しかも乃々羽ちゃんは「オダルリ」がいた時代の清学中等部出身です」
「うおぉ……」
「ねえ、ずっと聞きたがったやけど、オダルリちゃんって人そんなにすごいが?」
「東雲パイセン、オダルリ知らへんのはさすがにスクールアイドルとしてやばいって」
「去年のラブライブ!優勝者です」
「史上初の創部一年目でのラブライブ!優勝、史上初のソロアイドルでのラブライブ!優勝、史上初の一年生のみでのラブライブ!優勝。史上最強のスクールアイドルで、うちらが今年倒さなきゃ生けない
「ほえぇ。ノノちゃん、そんなすごい人と一緒に練習しちょったがやね」
「すごいのは瑠璃先輩で、私は別にあそこじゃフツーだったので」
「いえ、普通じゃなかったと思いますよ。今日のレッスンでも上級生たちに混じってるのに、明らかに一人だけレベルが違いましたし」
「へー、櫻子が褒めるとか珍し! 沢渡ちゃんそんなにすごいねんなぁ。うち、がぜん沢渡ちゃんにも興味わいてきたんやけど」
「私も誰にでもつっけんどんな咲良さんを一日でとりこにした、東雲先輩に興味があります」
「うーん、一緒に練習できるような機会があったらええがやけどねぇ」
「そうですね。ちょっとうちのマネージャーにも聞いて見ますね。こうやって知り合えたのも何かのご縁ですし」
「マネージャー?」
「うちは形式上の顧問以外に、実際にスケジュール管理とかプロデュースをしてくれるマネージャーがいるんですよ。今回はついてきてないんですけどね。ちょっと変わった人ですけど、腕はたしかなんです」
「プロみたいやねぇ」
「まあ、ふたりとも元プロなんで」
「わたしはまず明日、お二人の中四国最強のパフォーマンス見られるのが楽しみです!」
「あ、そっか。テレストは徳島代表やき、明日パフォーマンスするがよね」
「そうですね。期待に添えるようなものをお見せできるかわかりませんが、是非、楽しみにしていてくださいね」
「サクッと優勝せんとね。四国レベルでつまいづいてられへんし」
二人とも言葉の端から自信がにじみ出ている。
「うちらがいるからには、サクッと優勝なんてさせんきね!」
突然会話に割り込んできたのは、セン学の倫だった。二週間前の合同練習で会った時よりさらに日焼けで黒くなっている。プロアイドルならここまで日焼けしたら怒られそうだけど、スクールアイドルなら問題ないというのは面白いな、と深夜は思った。
「お、誰かと思ったらセン学のちびちゃんやん」
はじめが倫のことを知っている様子に、深夜は驚きを隠せなかった。そういえば、ゴールデンウィークにテレストと合同練習したという話を、御代から聞いたような気がする。
「はじめ先輩やって、きりんとそんなに身長かわらんと思うがやけど」
「でもちょっとうちの方が高いで。パフォーマンス力も」
「そんな余裕かませられるがも、明日までやきね。レベルアップしたセン学ときりんちゃんを見せつけるき!」
「へーずいぶん大口たたけるようになったんやね。ゴールデンウィークの時は悔しさで泣いてへんかったっけ?」
「泣いてない!」
はじめと倫はいろんな意味で相性が良いらしく、テンポ良く軽口をたたき合っている。その様子を眺めながら、深夜は二人の意外な距離感の近さに少し驚いていた。テンポのいい会話が心地よく、聞いているだけで楽しい。
そんな二人を見つめていると、「すいません、うちのきりんがご迷惑をおかけして」と、御代が誤りながらテーブルにやってきた。
「御代先輩、きりん何も迷惑なんてかけてないがやけど」と不平を漏らす倫の頭を無理矢理下げさせると会話に加わった。
「小椋さん、お久しぶりです」
「こんにちは、さくらこちゃん」
ごきげんようという音が聞こえてきそうなくらいの清楚なお嬢様空間が、御代と櫻子の二人から生みだされるのを深夜は感じていた。顔立ちは全然違うのだが、横に立つと姉妹かと錯覚するくらい、二人の醸し出す雰囲気は似ていた。その二人が並ぶと、不思議と調和の取れた美しい空間が広がる。深夜はそんな二人を見て、清楚という言葉がこれほどまでにぴったりくる組み合わせも珍しいと感心した。
「明日は胸をお借りするつもりでやらせていただきますので」
「こちらこそ。負けません」
「四国最強はうちらやってこと、ちびちゃんにちゃんと
「そのセリフ、はじめ先輩にそのままそっくりお返しするき!」
ライバル同士、言葉は少し強いものだったが、そこに遺恨のようなものは一切なかった。「ライバルだけど、仲間」という言葉がやっぱり深夜の頭に浮かんでくる。その言葉は、彼女たちの関係をよく表していた。競い合い、切磋琢磨することで成長し、共に高みを目指す。ちょっと軽口をたたいても、その裏には同じ目標に向かう仲間としての信頼があるのだ。
深夜はその姿を見て、自分たちもセン学やテレストとこういう雰囲気になりたいなと思った。それにはまだ「ライバル」の部分が足りないということは、深夜自身が良くわかっていた。
ラブライブ!に向けて、もっと頑張らんとね!
深夜はそう心の中で決意を新たにした。