楽しかった全ス選セミナーも、ついに最終パートがやってきた。乃々羽にはこの2日間があっという間に感じられた。
最終日のラストは全ス選四国地方決勝。乃々羽たちは会場のグリーンホールまで歩いて移動する。歩いて10分ほどの距離だったが、真夏の突き刺すような日差しとうだるような暑さのせいで、ガンガンにクーラーが効いているホールに入ってなお、汗が引くまでに10分以上かかってしまった。
パフォーマンスをするセン学やテレストの面々と別れて、乃々羽と深夜は観客席に移動する。偶然にも予選会のときと同じ席が空いていたので、二人並んで腰を下ろした。
乃々羽はこれから始まる県代表校のパフォーマンスを心待ちにしていた。パフォーマーとして何か学びとりたいという気持ちと、スクールアイドルオタクとして純粋に四国の強豪校のパフォーマンスを見られることのわくわくが入り交じっている。乃々羽的にはむしろ後者の方がメインかもしれない。東京にいたときは、関東近郊の大小様々な大会に足を伸ばし、強豪校のパフォーマンスをたくさん生で見ていたのだが、高知に来てからはほとんどそういう機会がなかったので、スクールアイドル分の摂取量が足りていなかったのだ。
「あー、トラウマがよみがえるー」
隣に座った深夜がそうつぶやいた。一瞬本気かもと乃々羽は心配したが、深夜の顔は笑顔で、それが冗談だとすぐにわかる。
「これから各県の代表校が&GAIN!!!やるがよね?」
深夜の問いかけに乃々羽はうなずいた。
今年の全ス選四国地方大会決勝でパフォーマンスする四校は、
香川県代表:善通寺高校
愛媛県代表:港南台商業高校
高知県代表:栴檀学園
徳島県代表:テレスト学院
だ。
「香川と愛媛の代表ってどんなとこか、ノノちゃん知っちゅう?」
「善通寺と港南台ですね。香川はラブライブ!の代表校も毎年違うくらい各校の実力が競ってるみたいで、善通寺についてはほとんど情報がないですね。去年のラブライブ!は県大会で敗退してたみたいですけど、5年くらい前に1回県大会突破してるみたいで、地方のよくある中堅校って感じなんですかね。愛媛の港南台は愛媛だと結構強豪校です。愛媛は港南台と新居浜高校と白鷺女子が三強で、港南台はその中だと衣装とか楽曲とかを作る裏方陣が強いのが特徴ですね。あとスクコネ情報だと、商業高校の特徴を活かしたコンテンツビジネスが上手いみたいです。マスコットキャラクターとかロゴとか作って、結構ちゃんとマネタイズしてるみたいですね」
「おんなじ代表校でも結構違うがやね」
「愛媛も香川もここ十年くらいはラブライブ!地方大会突破校は出てないので、正直なところ今の実力だとセン学とテレストが頭一つ抜けてそうな気がしますね」
「まあ、スクールアイドルは実力だけがすべてじゃないしね」
「それはそうです。みゃー先輩もだいぶスクールアイドルのことわかって来ましたね」
ふふーんと胸を張った深夜を横目に、ちょうど開幕を知らせるブザーが会場に鳴り響く。
「あ、そろそろはじまるみたいですよ」
「ただいまより、2024年度全日本スクールアイドル選抜地方大会四国地方決勝を開始します」
司会者のアナウンスが流れると、会場が一気に静まり返った。
***
善通寺と港南台のパフォーマンスが終わり、決勝大会ももう折り返しだ。善通寺も港南台も、実力的には予選時のセン学と比べても明らかに格下だった。それでも二校ともアレンジ強めのパフォーマンスで「見せたいもの」をはっきり伝えていたところに、乃々羽は好印象を抱いた。
次はいよいよセン学の番だ。予選から大きな変更はないと聞いていたが、セン学のことだ、さらに練度を高めていることは間違いない。予選の時は自分たちのパフォーマンスに精一杯で、あまり集中して見られなかったので、舞台上のセン学&GAIN!!!を見るのは実質初めてとも言える。
ステージ上に見知った面々が登場する。ぱっと見ただけで、予選の時と衣装が違っているのに乃々羽は気づいた。この短い期間で新しい衣装を仕上げてくるセン学演出班の能力の高さに感心する。
舞台に上がったのは総勢26名。セン学スクールアイドル部パフォーマー全員だ。26人が舞台上でフォーメーションを取るだけで圧巻だった。2人で立つには広いステージも、26人が並び立つとむしろ狭く感じてしまう。
セン学より部員数が多いスクールアイドル部は全国を見ればたくさんあるのだが、この人数で公式大会の舞台に立つスクールアイドル部はセン学くらいだと、乃々羽は思う。
ラブライブ!とは違って全ス選の地方決勝では人数制限がないので、理論上はパフォーマー全員が舞台に立つことができる。ただ人数が多すぎるとその分パフォーマンスに粗が出てしまうので、勝利を求める強豪校では上手い10人くらいに絞るのが一般的な戦略だ。
その観点からいくと、26人という人数は明らかに異質で、だからこそ他では見られないセン学独自の魅力となっている。
合同練習の時にあえて全員で全ス選に臨む理由を乃々羽は櫻木先生に聞くと、「うちの規模だと、ラブライブ!じゃ舞台に立てない子が出てくるからね。そんな子にもちゃんと舞台でスクールアイドルする機会を与えてあげたいんだよね。だから唯一みんなで舞台に立てる
スクールアイドルを楽しむこと、スクールアイドルの輪を広げること。
口で言うのは簡単だが、ここまで実践している学校は珍しい。そして、セン学のコンセプトが絶妙な協力と競争を生み出すからこそ、今のセン学の強さを支えているのかもしれない。
大胆なアレンジが入ったイントロに合わせて、一気に26人が躍動する。
本家のムーブをベースにしながらも、ファーメーションチェンジを巧みに行い、26人パフォーマンスでしか生み出せない調和とインパクトが舞台上にあふれていく。ダンスだけではない。ソロと合唱を上手く使い分けた歌詞割りも耳に気持ちよく響く。特に全員の声が重なるとその音圧はそれだけでにぎやかな楽しさを伝えてきた。
セン学なりのニュアンスを入れつつも、学校が、スクールアイドルが好きで好きでたまらないという&GAIN!!!の本質をさらに強調するアレンジ。櫻木先生の単なる指導者としてだけでなく、プロデューサーとしての手腕も光るパフォーマンスだった。
あっという間に楽曲は落ちサビに入り、倫と御代をダブルセンターにしたフォーメーションに切り替わる。
ラスサビのアゲイン連呼を盛り上げるための静かなピアノ伴奏に合わせてスポットライトが絞られて、舞台上に倫と御代が浮かび上がる。
伸びやかで透き通った御代の声と、小さな体からは想像できないくらい強く太い倫の声が連なる。
調和の御代と個性の倫。
乃々羽はふたりから目が離せない。
はじめてきりんちゃんを見たときは、ちょっと上手い一年生がいるな、くらいの印象だったのに。
今のきりんちゃんは、無意識的に目で追ってしまう。
まるで、みゃー先輩や瑠璃先輩みたいな。
スクールアイドルに愛された、特別なスクールアイドル。
私がなりたくて、私がなれなかったもの。
きらきらしたステージがまぶしくて、楽しくて、素敵で。それと同時に心の中に湧き上がってくるどうしようもない悔しさに、乃々羽はぎゅっと拳を握りしめる。
一気に舞台が明転し、26人横並びでのラスサビに突入する。落ちサビが特別な二人で彩られたからこそ、大人数での華やかなラストスパートが際だって輝いて見える。
アウトロが流れ、全員が舞台の中央に集まって曲が終わる。
さっきまでの激しさが嘘のように舞台が静まりかえった。
その直後、会場中から割れんばかりの拍手が湧き上がる。隣に座ってるみゃー先輩も、目を輝かせてこれでもかと手を叩いていた。乃々羽も気づいたら、立ち上がって拍手していた。
***
セン学の圧巻のパフォーマンスのあとだというのに、舞台に現れたはじめと櫻子には緊張の色はいっさい見えなかった。セン学とは対照的に、テレストの二人が身にまとう衣装は
26人の舞台から2人きりの舞台になることで、舞台は少し寂しく感じるはずだった。それでも、セン学の26人に匹敵するほどの存在感が舞台にはあふれていた。はじめも櫻子も、舞台に立つと近くで話したとき以上に「元プロ」としての華やかさがさらに増していた。これよりもっと大きな、それこそ数万人規模の会場で、数人──もしかしたらソロでも、会場を沸かせた経験があるのかもしれない。グリーンホール程度の舞台は、むしろ狭すぎるようにも感じる。
会場のみんなも固唾を呑んで舞台に釘付けになっているのがわかる。曲が始まるまでの存在感は、セン学に負けていない。いや、むしろテレストの方が勝っているように乃々羽は感じた。その圧倒的な存在感に、否が応でも、これから始まるパフォーマンスに期待せざるを得なかった。
だからこそ始まったパフォーマンスに、乃々羽は驚いてしまう。
テレストのパフォーマンスは原作の完全再現だった。
完全再現自体は悪いことではない。Saku2はデュオユニットだし、原作は原作ですでに高次元で完成している。その選択自体は間違っていない。
乃々羽が驚いたのは二人のパフォーマンスだった。
この二日間、いろいろと話した中で乃々羽が二人に抱いたイメージは、個性のはじめと調和の櫻子。しかし、舞台上でははじめが個性を抑えて調和に奔走し、櫻子は調和を捨てて個性をアピールしようとしているように見えた。
確かに深夜から聞いていた通り、はじめの歌はアイドルとは思えないほどとてつもなく上手い。素の歌唱力だけで言えば、瑠璃先輩より上かもしれない。なのにその上手さをあえて押しとどめて、櫻子の歌唱力に合わせようと必死になっているように見えた。一方の櫻子も、はじめより一歩前に出ようとする必死さがひしひしと伝わってきて、唯一無二の可愛くて大人びた雰囲気が完全に消えてしまっていた。
一文字でSaku2のパフォーマンスを表すとしたら──
そのいびつさは最後まで解消されることなく、曲は終わってしまった。
会場は拍手で沸いたものの、その熱量は明らかにセン学の時とは異なっていた。
冷静に判断すれば内容自体は悪くなかった。テレストの二人のことをあまり知らなければ「上手いなぁ」という印象で終わってたのかもしれない。それでも、普段の二人を知ってしまっている以上、乃々羽の頭に浮かんだのは「もったいないなぁ」という感想だった。
これ、優勝はセン学かも。
拍手をしながら、乃々羽はそう思ったのだった。