かがみ川女子高校スクールアイドル部   作:記録部

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Side:深夜


2024/07/31:全ス選四国地方セミナー最終日②

 歓喜に沸く栴檀学園スクールアイドル部の面々とは対照的に、はじめと櫻子はさっきからずっと押し黙っていた。全ス選四国地方セミナーは、優勝栴檀学園、準優勝テレスト学院という結果で幕を閉じたのだから、二人のこの態度も無理はないのかもしれない。

 

 彼女たちにとって「優勝」がどれほどの意味を持っていたのかわからないので、深夜も安易に声をかけることができず、同じく困ってしまっている乃々羽と四人でエントランス付近のベンチに腰掛けて黙っていることしかできなかった。

 

 もう夕方だというのに外は暑くて仕方がない。ふとスマホの画面を見ると34度という数字が表示されていた。にじむ汗をハンカチで拭いながら、深夜は今日の四校のパフォーマンスを思い出す。

 

 ダンスで攻めた善通寺。

 学校を大きくアピールした港南台。

 すべてが圧倒的だったセン学。

 そして、かっこよかったけどセン学の後だったせいかちょっと物足りなく感じたテレスト。

 

 どの学校も深夜から見たら十分優勝に値するくらいすごかったのだが、それでも順位がつくのが大会だ。改めて大会というものの厳しさを深夜は実感する。

 

「かっこいいとこ見せるとかイキっときながら、準優勝はダサいよなぁ」

 

 ため息とともにはじめが口を開く。

 

「完全に力負けですね」と櫻子が続いた。

 まだまだ歴の浅い深夜でもセン学とテレストの差を感じてしまったのだ。歴の長いふたりならその差はよりはっきりと自覚できるのだろう。

 

「二人もかっこよかったけどねぇ」

「沢渡ちゃん的にはうちらのパフォどう見えたん?」

「えっと」

 

 乃々羽は回答に困ったのか、黙り込んでしまった。その沈黙は、テレストのパフォーマンスに対する彼女の正直な感想を雄弁に物語っている。少なくとも、彼女にポジティブな印象を与えることはできなかったのだろう。

 

「正直なところを言うと、もったいなかったなって思いました」

「もったいない?」

「はい。あんまりうまく言語化できないんですけど、なんだかお二人とも上手く魅力をいかしきれてないんじゃないかなって思ったんです。スクールアイドルの魅力って、ユニットになることで個の魅力をどう増幅させるかだと思うんです。今日のお二人のパフォーマンスはそれがなんだか上手くいってないように見えました。す、すいません、内情とか知らないのに出過ぎたことを言ってしまって」

「乃々羽ちゃんの言う通りですね。今の私と咲良さんは、お互いを上手くいかしきれてない」

「ぶっちゃけ、マネージャーにも似たようなこと言われてんねんなぁ。このままやと、今年のラブライブ!、またオダルリ(アイツ)にボコされるやん」

「決勝大会にたどり着けたらの話ですけどね」

「たしかに。セン学にも負けたし、そっからか」

 

 いつものような軽口の掛け合いは影を潜め、会話は真面目なトーンで進んでいく。二人の会話に深夜は入り込むことができず、ただ静かに聞き耳を立てることしかできなかった。

 

「お疲れ様」

 

 二人の会話を遮ったのは、低い女性の声だった。

 深夜が顔を上げると、一人の女性が立っていた。第一印象は中性的でかっこいい、仕事のできそうなクールな大人。長袖のシャツとパンツスタイルだというのに、この暑さにも関わらず汗一つにじんでいない。アッシュグレーの刈り上げベリーショートと耳元の黒いピアスのコントラストが抜群に似合っている。

 

 年齢的には須藤ちゃんと同じくらいかね、と深夜は思った。

 

「「お疲れ様です」」

 

 はじめと櫻子が立ち上がって挨拶をする。その瞬間、ピリッとした緊張感があたりに漂った。二人の態度から察するに、この人がSaku2のマネージャーなのだろうと、深夜は理解する。

 深夜も慌てて立ち上がり、軽く頭を下げた。

 

「お疲れ様。優勝逃したみたいね」

「すいません」

「終わったことは別にいいの。最近のあなたたちを見てると、この結果も当然って感じだしね。まあ、栴檀学園があそこまでレベルアップしてたのは、さすがに想定外だったけど」

「すいません」

「謝る必要はないわ。反省を生かして、ラブライブ!予選までにしっかりと仕上げるだけのことよね?」

「「はい」」

 

 はじめと櫻子は同時にうなずく。

 特に声を張るわけでもないのに、一つ一つの言葉が重くて、ずっしりと響いてくる。須藤先生や櫻木先生とはまた違ったタイプの指導者だ。

 

「そちらの二人は?」

 

 マネージャーの視線が、深夜と乃々羽をとらえた。

 

「かがみ川女子高校スクールアイドル部三年の東雲深夜です」

「同じく一年の沢渡乃々羽です」

「ああ、あなたたちが。Saku2のマネージャーをやってます渋木(しぶき)です。一応役職上は、テレスト学院スクールアイドル部のコーチということになっています」

 

 渋木は鞄から名刺入れを取り出し、深夜と乃々羽に名刺を手渡してきた。深夜にとって大人から名刺を受け取るのは初めての経験だった。正しい受け取り方などわからなかったが、お辞儀をしながら両手で受け取って、名刺をポケットにしまい込んだ。

 

「東雲さんと沢渡さんだっけ」

「はい」

「ふーん、なるほど」

 

 渋木の視線が深夜の頭の先から足先まで移動する。まるで心の中まで見通すかのような鋭い視線に、深夜は背筋が凍る気がした。

 

「うん。いいわね。うん」

 

 何が良いのかわからなかったが、少なくとも悪い印象は与えなかったらしい。深夜は内心で安堵の息をつく。

 

「あの、ええってなにがええがですか?」

 

 口に出してすぐ、聞かなくて良かったかもと深夜は後悔した。

 

「プロアイドルとしてってこと」

「ぱっと見ただけでわかるがですか?」

「ぱっと見ただけでビビッとくるかどうかって案外重要なのよ。プロアイドルって、アマチュアと違って興味ない人に対して数分間、下手したら数秒間で訴求(アピール)しないといけない職業なの。その一瞬で、相手の興味を引きつけられるかどうか。それが何よりのプロアイドルの資質。たった一枚の写真で成り上がる人もいれば、努力し続けても何一つ成し遂げられない人もいる。プロアイドル業界ってそういうシビアな世界なの。そういう意味で、あなたたちは第一段階は合格ね」

 

 なぜ突然プロアイドルの話が出てきたのか、深夜にはさっぱりわからなかった。しかし、渋木の言わんとしていること自体はなんとなく理解できる。はじめも櫻子も、そういう意味では特級の「一瞬」を作る存在だと深夜は思ったからだ。

 

「あー、そうだ。そういえば合同練習したいってはじめと櫻子に話してたのって、あなたたち?」

「はい、そうです」

「そうね、あなたたちなら、うん、いいわ」

「ホントですか?」

「夏休み中はずっと学校に泊まり込みで合宿してるから、一泊二日でも二泊三日でもどうぞ。テレストには無料で使える外部用の宿泊施設もあるし。興味があったら顧問の先生を通じて連絡してもらえる? 連絡先はさっき渡した名刺に書いてあるから」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、連絡待ってるわね。はじめ、櫻子、帰るわよ」

 

 そう言うと、颯爽と渋木は踵を返した。はじめと櫻子も、慌てて荷物を担いでその後に続く。

 

「じゃあ、東雲パイセン、沢渡ちゃん、合宿で!」

「失礼します」

 

 その背中を見送りながら、深夜は思う。あのレベルの二人でさえ、夏休み中合宿をしてラブライブ!に挑むのだ。そして、今一度、決意する。同じくらいの努力はできないかもしれないけど、深夜も後悔がないよう精一杯やれることをやって、ラブライブ!に臨みたいと。

 

「ノノちゃん、ラブライブ!まで全力で頑張らんとね」

「もちろんです、みゃー先輩!」

 

 乃々羽は力強くうなずいた。

 その返事を聞いて、深夜は胸の中に温かい感情が広がるのを感じた。仲間がいる。一緒に目標を追いかける仲間がいる。だからこそ、自分も全力を尽くさないといけない。

 

 深夜はふと感じた。ずっと恋い焦がれていた「青春」の物語を、自分がいつの間にか歩いていることに。今はただ、この瞬間がずっと胸の中に刻まれることを、その先に続く未来を信じていた。

 

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