かがみ川女子高校スクールアイドル部   作:記録部

43 / 85
Side:深夜


2024/08/24:しなねさん

 狭い参道は大勢の人で賑わっていた。キャラクターのお面をかぶった子どもたちが、参詣者たちの間をすり抜けるように駆けていく。そんな姿を目で追いながら、深夜はふと自分にもあんな無邪気な時期があったなと思い出し、懐かしい気持ちが胸に広がった。

 

 しなね祭。

 

 地元民からは「しなねさん」と親しみを込めて呼ばれるこの祭りは、土佐神社で毎年8月24日・25日に行われる。秋葉神社の秋葉まつり、久礼八幡宮の久礼八幡宮秋季大祭と並んで、土佐三大祭りとして知られており、400年以上も続く伝統のある祭りだ。

 土佐神社が東雲家の近くにあることもあって、深夜にとっては「しなねさん」は夏の終わりを告げる風物詩だった。屋台でウナギを釣り上げたり、転んで浴衣を泥だらけにしたり、姉たちと一緒に夜遅くまで遊んで怒られたり。ぱっと思い浮かべるだけでも数え切れないくらいのエピソードがしなねさんにはある。友だちや家族との思い出がぎっしり詰まった祭りであり、そのひとつひとつが深夜の中で大切に刻まれていた。

 

「東京にいたときはこういう「ザ・お祭り」っていう感じのとこに行ったことがなかったので、すっごく新鮮です」

 

 隣を歩く乃々羽は、ひとつひとつの夜店に目を輝かせていた。焼きそばや綿菓子といった定番の屋台飯から、ヨーヨー釣りやスーパーボールすくいといった懐かしの遊びまで、参道には所狭しと屋台が並んでいる。その光景に、乃々羽はまるで子どもに戻ったかのような純粋な笑顔を浮かべていた。

 

 深夜はそんな乃々羽の様子を横目で見ながら、手に持った玉子焼を口に放り込む。玉子焼といっても、いわゆるふつうの卵焼きではない。甘くてふわふわしたベビーカステラのような焼き菓子で、高知のお祭りでは欠かせない定番のお菓子だ。しっとりとしたその食感と、口の中に広がる素朴な甘さが、深夜の心に懐かしさを呼び覚ます。

 

 祭りの喧騒と共に味わうその味は、何度も味わってきたものだが、今回は少し違う。隣にいる乃々羽と共有するこの瞬間が、深夜にとって新たな「しなねさん」の思い出になっていく気がした。

 

「浴衣着て屋台を見てまわるって憧れだったんですよね」

「うちも久々に浴衣着たけんど、やっぱりこういうこれぞ日本の夏っていう楽しみもええがよね」

 

 乃々羽は、ひまわりがあしらわれた黄色と赤の鮮やかな浴衣を身にまとっている。深夜が中学生になったばかりの頃にねだって買ってもらった浴衣で、すぐに身長が伸びてしまったせいでタンスの奥に長らくしまい込まれていたものだった。久々に取り出してみると、乃々羽にはぴったりのサイズで、乃々羽がもつかわいらしさともよく似合っていた。湿度の高い空気に混じって、かすかに樟脳の香りが漂っているのも趣がある。

 深夜自身は、姉のお下がりである百合の花があしらわれた薄紫の浴衣を着ている。少し大人っぽく感じるその浴衣は、母と祖母が丁寧に着付けをしてくれたものだ。足元の心地よい下駄の感触を味わいながら、深夜たちは参道を練り歩く。

 

 日が沈んでからは少し気温が下がったものの、湿度は依然として高く、蒸し暑さが身体にまとわりついた。深夜は額から伝い落ちる汗をハンカチで拭う。脇に並び立つ杉の木々では、蝉たちがけたたましく鳴き声をあげ、参詣者たちの賑やかな声と混じり合って、宵闇の中に一層の活気を生み出していた。

 

 そうこうしているうちにふたりは社殿前にたどりつく。参詣者たちが夕闇に浮かぶ炎の前に列をなしていた。深夜と乃々羽も社務所でおたいまつを購入して、その列の後ろに続いた。

 しなねさんでは、かがり火におたいまつと呼ばれる松の板を焦がして持ち帰ると無病息災の御利益があるとされている。御神幸のみこしの行列に襲いかかったオオカミを松明で追い払ったという故事に基づくものだと、深夜は昔小学校で習ったことを思い出す。煌々と燃え上がるかがり火は、しなねさんのシンボルでもあり、明日の夕刻まで絶やさず灯される。その炎を見つめるうちに、深夜と乃々羽は自然と無言になる。

 ほどなくしてふたりの番がやってきた。深夜は願いを込めながらおたいまつをかがり火にかざした。パチパチという松の板の燃える音と炎の熱さが、深夜を包み込む。

 

「無病息災……ほんまに大事やねぇ」

 

 深夜がしみじみとつぶやくと、乃々羽は深くうなずきながら「本当に大事ですね」と相づちを打った。

 お盆明け以降、ふたりは相次いで体調を崩し、その後も須藤先生まで体調を崩すという、まるで連鎖するような体調不良にかが女スク部は見舞われた。

 その影響で、もともと予定されていたテレストとの合同合宿も延期になってしまった。ただ、Saku x Sakuのふたりが寮生活を送っているので、スケジュールの再調整が可能だったのは不幸中の幸いだ。延期になった合同合宿が夏休み終了直前の来週末に再スケジュールされたという連絡がちょうどしなねさんに来る前に届いたところだった。

 

「体調管理の大切さが、身にしみました。体調崩してラブライブ!予選に出られないなんて絶対嫌ですし、予選までに残された時間も短いのでこれからは体調管理もしっかりしないといけないですね」

「そうやね。まあ、今日ふたりともちゃんとかがり火やったき、これでひと安心やね」

 

 深夜はかがり火の炎を見つめながら、今こうして元気でいられることに感謝しつつ、ラブライブ!に向けての意気込みを新たにした。

 少し焦げ臭いおたいまつを手に、乃々羽とともに夜店の建ち並ぶ賑やかな参道へと足を向ける。

 

 せっかくだしふたりで写真を撮ろうと深夜は巾着袋からスマホを取り出す。ロックを解除すると開いたままになっていたお天気アプリが、来週直撃すると噂の台風10号の進路情報を表示していた。

 

「そういえば来週台風来るがよね」

「天気予報だと週前半にくるっている話なので、さすがに合宿は大丈夫だと思いますけど、ちょっと心配ですね」

「これで台風直撃してまた延期とかなったら笑えんがよ」

「うちとテレストの合同合宿をはばむ謎の勢力がいるかもしれませんね」

 

 乃々羽の冗談めかした返事に、深夜も自然と笑みがこぼれた。

 

「まあ台風のこと考えたって進路が変わるわけじゃないし、とりあえず今はしなねさんを満喫せん?」

「そうですね! わたし、食べたい屋台ご飯がまだまだたくさんあります!」

 

 ふたりは再び手を取り合い、夜店の灯りが煌めく参道へと歩き出した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。