「合宿延期やってー」
「そりゃそうなるがね。台風直撃コースやき」
ここ数日、深夜はスマホを開くたびにお天気アプリをチェックしていたが、台風10号が明日以降四国を直撃することが確実となっていた。リビングのテレビも、先ほどから鹿児島が暴風域に入ったことを何度も繰り返し伝えている。
先週の天気予報では、今頃には台風は四国を通り過ぎているはずだった。そうであれば、週末に予定されていたテレスト学院との合同合宿も問題なく実施できたはずなのに。深夜はそのことを思い出して、ため息をつく。予想よりも台風の速度が大幅に遅かったため、合宿のスケジュールと完全に重なってしまったのだ。
須藤先生やテレストの先生たちも、なんとか夏休み中に合宿を実施できるように最後の最後まで調整してくれていた。しかし、最終的には学校側からの許可が下りず、合宿は再度延期となってしまった。
「結局合宿はいつになるが?」
キッチンから母が深夜に呼びかける。
「今、須藤ちゃんが調整してくれちゅうがやけど、来週末か次の三連休が今のところ候補ながやけど、まだ決まらんがやって」
「そうこうしちゅううちにまた台風来るがじゃない」
「流石に三回目の延期はないってー」
真昼が冗談交じりの口調で言うので、深夜は笑って返した。
テレスト学院との合宿は、ラブライブ!予選に向けて必須ではないものの、必ずしも行わないといけないイベントではない。それでも、せっかく全ス選で仲良くなれたのだから、できればどんな形であっても実現させたいという気持ちが、深夜の心の中には強くあった。
窓を叩く雨音は静かで、風もそれほど強くは吹いていない。これから台風が直撃するとは思えない、文字通り「嵐の前の静けさ」だ。
「部活も禁止やってー」
明日以降、9月2日の始業式まで部活動も一切禁止との通達が、ちょうど回ってくる。この知らせによって、深夜の高校最後の夏休みは、家の中でダラダラ過ごすというなんとも味気ない終わりを迎えることが確定したのだった。
「あんた、まさか部活行くつもりやったが!?」
真昼がスマホをテーブルの上に置き、驚いた表情で深夜を見つめる。その視線に対して、深夜は悪戯っぽく笑って答えた。
「雨風が大したことなかったら、ワンチャンいこうかなって」
「ひえー、部活中毒過ぎやろ」
「最近深夜は、口開いたらスクールアイドルのこととラブライブ!のことしか言わんきね」
母が笑いながらキッチンから缶ビールとグラス二つを持ってきた。真昼と遅めの晩酌に興じるつもりなのだろう。
「まあ、指定校推薦の校内枠もちゃんと取れたし、心置きなくラブライブ!に全集中できるきね!」
深夜は胸を張ってこたえる。
「スクールアイドルはじめる前は、深夜がこんなに部活にハマるとは思っちょらんかったねぇ。なんでもそつなくこなすけど、なんでもあんまりハマるタイプじゃないイメージやったのにねぇ」
プシュッという音が響き、グラスに琥珀色のビールが注がれていく。姉と母はグラスをカチンとならして、雨音を肴に早速飲み始めた。
「まあ、ノノちゃん可愛いき、一緒にやってて楽しくなるのもわかるわねぇ。この前の浴衣もよう似合っちょったし、うちの子になってくれんかしら」
「ノノちゃんええ子よねぇ。東京育ちやから垢抜けちゅうし、礼儀正しいし」
東雲家での乃々羽の評判は上々だった。深夜も、自分が褒められているわけではないのに、なんだか嬉しい気持ちになる。末っ子の深夜にとって、乃々羽は初めてできた妹のような存在で、単なる部活の後輩以上の関係だと感じていた。
「ラブライブ!の曲もノノちゃんが作ったがよね?」
「うん。で、うちが歌詞をつけて、須藤ちゃんが振り入れてくれて完成」
「なんて曲やったっけ? なんか、Aがひっくり返ったやつとか変わった文字入っちゅうやつよね」
「読み方は未来/ミラーやね」
かがみ川女子からとった
乃々羽のスクールアイドル愛をぎっしり詰め込み、王道の青春と未来への希望を歌詞にのせたこの楽曲は、スクールアイドルらしさに溢れていると深夜は自負している。さらに、曲や歌詞の随所には、かがみ川女子高校の校歌をオマージュした部分も散りばめられており、かが女生なら聞けば少しだけにやりとするような工夫が施されている。
長い生みの苦しみを味わった分、完成した楽曲への愛着はひとしおだった。「最高の曲ができたねぇ」と深夜は心の中で呟きながら、気づけば未来/ミラーのサビを口ずさんでいた。
「また、この子は歌っちゅう」
「もう1000回は聞いたき、自然に口から出るがよ」
「ほんまにその曲、大好きなんやねぇ」
姉が感心したように言うと、深夜は少し照れたように笑ってみせた。だが、その瞳には自信と誇りが宿っている。未来/ミラーは深夜にとって単なる一つの曲ではない。乃々羽や支えてくれる仲間たちと歩んできた
深夜はまた、未来/ミラーを歌い始める。
「キラキラ光る 今をつかんで
一緒に世界 追いかけよう
鏡の向こう 最高の未来」
雨音が静かにリズムを刻む中、深夜の歌声は力強くリビングに響いていた。
台風だけは、どうしようもないです……