「ノノちゃんのお弁当、今日はちょっといつもと違う感じやね」
「あ、わかります? ママが〆切近くで忙しいので、今日は私が自分でお弁当作ったんですよ」
土曜日の家庭科室。気温が一番上がる13時前、乃々羽たちは練習を切り上げて、遅めの昼食をとっていた。暑さのせいで体力を消耗しきっていた彼女たちは、ようやく一息つけるこの時間にほっとしている。
家庭科室の大きなテーブルを囲んで、乃々羽の横には深夜が、向かいには雅と須藤先生が座っていた。
乃々羽の目の前に広がるのは、自分で作った彩り鮮やかなお弁当だった。オムライスは小さめに成形されていて、ふんわりとした卵の中にチキンライスが詰まっている。脇にはベーコンとアスパラの炒め物が並び、軽く焼き色がついたベーコンの香ばしさと、アスパラの鮮やかな緑が映える。さらに、色とりどりのサラダも加わり、バランスの良い一食に仕上がっている自信がある。
「ノノちゃん料理もできるがやね」
「自信を持って作れるのは決まった何品かだけですけど」
「それでもすごいがよ。うちなんか料理は全然やき。今日も昨日の晩ご飯の残り物つめてきただけやしね」
深夜の弁当箱は、乃々羽とは対照的に渋い和食でまとめられていた。しっかりと焼き色のついた魚の切り身が中心に鎮座し、その隣には煮物が詰め込まれている。ほくほくとした里芋、味が染み込んだ大根、そしてちくわと人参の煮物が綺麗に並び、全体に和の落ち着いた色合いが漂っている。彩りは控えめだが、どこか安心感のあるお弁当だ。
「先輩のお弁当、いっつも美味しそうですよね」
「うちは両親共働きで普段は忙しいき、近くに住んじゅうおばあちゃんが結構つくってくれるがよね。やき、ベーシック和食系が多いがよ」
「いいですね。須藤先生も毎朝作られてるんですか?」
「私はだいたい毎週日曜日に一週間分だいたい作り置きしちゃうかな」
「できる大人の女って感じですね」
「ま、一応家庭科教師だしね」
「千絵ちゃん先生のお菓子めっちゃ美味しいもんねぇ」
須藤先生の呼び方は、校内で少しずつ変わってきている。最初は須藤先生と呼ばれていたのだが、そのうち生徒たちの間で親しみを込めて「須藤ちゃん」と呼ばれるようになり、さらに最近では「千絵ちゃん先生」と呼ぶ生徒が増え始めた。今ではこの「千絵ちゃん先生」派が最大派閥となっており、その筆頭にいるのが深夜だった。
一方で、乃々羽はどうもその呼び方に抵抗があって、いまだに「須藤先生」と呼び続けている。少し堅苦しく感じるかもしれないが、乃々羽にとってはその方がしっくりくるのだ。
「みやびーは今日は焼きそばパンじゃないがやね」
「たしかに宮下先輩はいっつも焼きそばパンなイメージですよね。お好きなんですが?」
「す、好きというか、小さい頃に見たアニメで購買で焼きそばパン買ってるの見て憧れて、ずっとやってみたかったんだよね……うちの学食で売ってたからつい」
「なんてアニメなが?」
「実はアニメ自体はあんまり覚えてなくて……イメージだけが残ってる感じです。古いやつの再放送だった気がします」
「そういうのってありますよね。私もちっちゃい頃見たスクールアイドルちゃんに憧れて、青い服しか着なかった時期ありました」
「ま、まあ、わたしの場合けっこう一つのことにハマったらずっとそれに固執しちゃうっていうか……入学してから、学食が開いてる日は昼ご飯はずっと焼きそばパンだったり」
「もう一年半ちかくほぼ毎日焼きそばパンが昼ご飯なが!?」
「は、はい。なので、学食のおばちゃんたちに焼きそばちゃん、とか呼ばれてたりします」
そういうと、照れ隠しなのか雅は頭をかいた。ほんのりウェーブがかかった色素の薄い髪が揺れて、その姿を見た乃々羽の頭の中には、なぜか『たしかに焼きそばっぽい』という失礼な考えが浮かんでしまったが、頭を振ってすぐにそれを追い払った。
「それにしても9月に入っても全然秋にならんねぇ」
「まだまだ真夏ですよね」
スマホを見ると、気温は35度を示していた。昼休憩前にほんの少しだけ小雨がぱらついたが、涼しさを期待する間もなく、湿気だけが増していた。気温が下がる気配はまったくなく、空気は蒸し暑さを増すばかりだ。
「この後も少し雨が降るみたいだけど、それでも30度くらいまでしか気温は下がらないみたいね」
「まだまだ午後は室内練中心の日が続きますね」
「できるだけ外で広さ使って練習したいがやけどねぇ」
「できることをやっていくしかないわね。熱中症」
「おふたりとも、こんな中でも外で練習するのすごいですよね……わ、わたしなら10秒くらいで倒れると思います」
「逆にうちらはみやびーみたいにずっと服作り続けたりできんきねぇ」
「そうですよ! 家庭科室に来る度に、服がどんどんできあがっていくのみると、本当に宮下先輩はすごいなぁって思います」
「そ、そうかな……」
「ほんと、宮下さんの才能はすごいわよ。私は服飾系は授業で教えられるくらいしか知識がないけど、まあ控えめに言ってもプロの所業よね、これ」
そう言いながら、須藤先生は家庭科室の後ろに並べられたトルソーに目を向けた。そこには、雅が作っているラブライブ!用の衣装が掛けられている。藍色と淡いピンクをベースにしたかが女の校章を思わせる色合いで、セーラー服を大胆にアレンジしたアイドル衣装だ。乃々羽と深夜の衣装はそれぞれ微妙にデザインが異なり、ふたりの身長や体型にぴったりと合う仕様になっている。
乃々羽の目にはすでに完成しているように見えるが、雅によればまだ最後の微調整が必要なのだという。この連休でなんとか仕上げるつもりだと雅は言っていた。
「校長先生が結構アドバイスをくださるので、た、助かります」
「アイドル衣装を作るのってやっぱり難しいですか?」
「う、うん。普通の服と違って、激しく動いた時のことも考えなきゃだし、あとやっぱり舞台で着る衣装と普段の服だとデザインが全然違うからね……」
「たしかに」
「ま、まあ、ラブライブ!の衣装レギュレーションは露出度くらいしか規定がないから、その点は個人的にはやりやすかったかも」
「そうながや」
「その、水着とか下着を連想させるのはダメみたいな感じです」
乃々羽には当たり前に聞こえるが、その当たり前がルールとして明記されているということは、過去に誰かがその「当たり前」を破ってしまったことがあるのだろう。乃々羽はその事実に少し驚きつつも、「きっとすごく個性的なスクールアイドルがいたんだろうな」と想像を巡らせた。
「レギュレーションと言えば、さっき楽曲審査通過と登録受付完了報告がラブライブ!実行委員会の方から届いてたわよ。これで正式な出場権が確定したことになるわね」
「絶対通ると分かっていても、ほっとしますね」
「わかる。でも、なんで楽曲審査なんてあるが? クオリティとかの問題ながやろうか?」
「クオリティについてはルールブックには書かれていないので、基本的にはパクリじゃないかの確認と歌詞にヤバいメッセージや単語が入ってないかの確認をしてるみたいですね」
「へー」
「まあ、パクリについては今は完全オリジナル楽曲であってもSIM上で作らないといけないルールになっているので、SIMの方で事前にAIが剽窃チェックしてくれるんですよね。なので、形式上の審査って感じだと思います。だからどっちかというと歌詞チェックがメインですかね」
「ということはもし落ちちょったらうちの歌詞のせいってことになっちょったがやね。こわい、こわい」
「まあ、ルールブックの禁止事項に触れていなければ、基本歌詞も大丈夫なんですけどね」
乃々羽はポケットから分厚いルールブックを取り出し、みんなに見せた。そのルールブックは、毎年少しずつ改訂されるたびに厚みが増しており、今ではちょっとした生徒手帳ほどのサイズになっていた。
「なんか、ルールルールでがんじがらめやねぇ」
「ルールも事前審査も悪いことばかりじゃないわよ。ちゃんとルールに従ってくれれば外部から批判とかが来たときにラブライブ!実行委員会が守ります、っていう宣言でもあるのよ。最近はSNSで誹謗中傷とか批判とかされる頻度も上がってきたし、そういうときに毅然とスクールアイドルたちを守るって立場をとってくれるっていうのはある種ちゃんとした運営だと私は思うけどね」
「それに、意外にルールが厳格な方がカルチャーって醸成されるんですよ」
「どういうこと?」
「みんな、そのルール内で最大限できることをやろうと努力するから、いろんな新しいものが生まれやすいんです。実際、ほとんどルールがなかった初期のラブライブ!の方が、実は王道パフォーマンスばかりでバリエーションが少なかったんですよ」
「たしかに自由って聞こえはいいけど、よっぽど才能がある人以外は身動きがとれなくなる言葉よね」
「ですね」
「まあ、何はともあれこれで名実ともにラブライブ!に向けてラストスパートしていくことになるわけやね」
「け、県大会っていつでしたっけ?」
乃々羽たちの話を黙って聞いていた雅が、おずおずと口を開いた。
「10/6の日曜日にオレンジホールやね」
「県大会の上位2校が地方大会に進めるんですよね? か、勝ち抜けそうですか?」
「まあ1校はほぼほぼセン学で確定やき、残りの1枠をとれるかどうかやね」
「全ス選予選の時のパフォーマンスとか見る感じだと、正直、今の私たちは県内でセン学以外に実力で負けてるとこはない思います。ただ、油断はできないです。たまに突然、これまで全然表に出てなかった野良の怪物みたいなのが現れることがあるので……まあ、どちらかというと、今年の高知の他の学校にしてみたら私たちがその野良の怪物っぽい感じにうつるのかもしれないですけどね」
乃々羽は、自分たちが全ス選の予選でパフォーマンスを失敗したことを思い返しながら、現状を冷静に見つめていた。あの失敗がある以上、かがみ川女子高校がラブライブ!の県予選通過候補として注目されているとは到底思えない。
ただだからこそ、乃々羽には「かが女が今年の高知県大会の台風の目になる」という確信があった。
「まあ、舞台には魔物がおるって言うき、当日まで気は抜けんけどね。また、
「県大会を勝ち抜いたら、次は地方大会なんですよね」
「はい! ラブライブ!の花形、地方大会です!」
「花形なんですか?」
「もちろん世間的に一番注目を集めるのはアキバドームで行われる決勝大会なんですけど、地方大会がそれあぞれの学校内でパフォーマンスを行ってそれをライブ配信する今の形式になってからは、地方大会がスクールアイドルらしさが一番あって好きって人も結構多いです」
乃々羽も、その一人だ。彼女にとって、スクールアイドルの「スクール」の部分がもっとも強調される地方大会は特別な意味を持っている。地方大会では、学校ごとの特色や個性が前面に押し出され、その違いがはっきりと見える。それが乃々羽には何よりも魅力的に感じる。
「&GAIN!!!も地方大会でバズった曲ながよね」
「そうですね。イズニナも地方大会敗退で決勝大会には行けなかったんですけど、ちょうど密着ドキュメンタリーとかがあったことで一躍有名になったんですよ。今や&GAIN!!!はその年のラブライブ!優勝曲より圧倒的に有名な曲になっちゃいましたしね」
「&GAIN!!!は作詞作曲が学校名なんもええよねぇ」
「わかります! 廃校になってなお、そこには校名が残り続けてるのがエモいですよね」
乃々羽の言葉に深夜も大げさにうなずいている。
「じゃ、じゃあ、もし地方大会に進んだら
「はい、そうなりますね」
「11/23は勝ち抜いた時にパフォーマンスできるように大講堂もちゃんと前日から使えるようにおさえてるわよ。休日大会申請も許可を取得済」
「「ありがとうございます!」」
乃々羽と深夜はそろって須藤先生に頭を下げた。
「で、地方大会を勝ち抜けたらいよいよ年明け1/13に聖地アキバドームでの決勝大会ですね。各地方大会の上位2校、狭き門をくぐりぬけた14校だけがあのステージでのパフォーマンスを許されるんです」
「うちらは中四国ブロックやき、9県18校の中から2校に選ばれないかんがよね」
「そうですね。参加高校数としては中部ブロックと並ぶ最多のブロックになります」
「厳しいんですね」
「とはいえ一番勝ち抜きが厳しいのは東京ブロックだと思いますけどね。地方大会の参加高校数は最小ですけど、実際はどの学校も他のブロックを勝ち抜いてもおかしくないレベルの学校だけで構成されていますから。とはいえ、東京ほどではないと言っても中四国地方ブロックを勝ち抜くのも普通に大変なんですけどね」
「地方大会は勝ち抜けそうなんですか?」
「正直なところ、今の私たちだと厳しいですね。去年でいうと、セン学が勝ち抜けなくてテレストが勝ち抜いたのが中四国地方大会のボーダーラインになるので。今年も勝ち抜くには、最低でもセン学かテレストのどちらかに勝たないと絶対に勝ち抜けないですし、他の県にその二校と同じくらいの実力の学校がいないとも限らないですからね」
「厳しいですね」
「でもうちらもやる前から負けるつもりはないし、やるからには決勝目指すがよ! 」
「ですね!」
乃々羽は深夜の言葉に力強くうなずいた。かが女としてスクールアイドル活動を始めた当初、勝利を目指す気持ちは薄く、ただ「楽しめればそれでいい」と思っていた。しかし、今は違う。今では、心の奥底から「決勝大会に行きたい」と強く願っている。
ただ、それは単なる「勝ちたい」という競争心からではなかった。乃々羽の中にあるのは、深夜と一緒に、一日でも長くスクールアイドルとしての活動を続けたいという純粋な願い。そして、深夜とともにあの
「そういえば、勝ち抜きってどうやって決まるんですか?」
「うーん、それが簡単には説明できないんですよ。一応、基本になるのは人気投票システムです。どの大会も、大会の参加校が他の学校のパフォーマンスをみて5点満点で点数をつけて、その点数をもとにランク付けされるんです。ただ、単純に総合点で決まるわけじゃなくて、記入された得点からランダム抽出されるとか、上位と下位の点が切られるとか、不正チェックのために審査員の先生がつけた基礎点と大きな差がないか確認されるとか、色々な得点処理がされるという噂です」
「噂なが?」
「正式な得点集計方法については今は公開されていないんです。得点調整プログラムみたいなのがあって、そこに各校がつけた得点と審査員の基礎点をいれると最終的な得点が出てくるという話みたいなんです。実際そのプログラム内でどういう内部処理がされているのかは実行委員会も含めて誰も知らないというのが、まことしやかにささやかれているラブライブ!都市伝説ですね」
「そうながや」
「過去に大規模な投票不正があったから仕方なく今のスタイルになったのよ。当時は全ス選みたいな審査員制にしようって声もあったみたいなんだけど、それでもラブライブ!の「みんなで選ぶ」っていうコンセプトを残すことが重要視されて、結果として今みたいな複雑なシステムになったのよね。まあ、基本的にはちゃんと実力と人気が反映されるようになってるって言われてるみたいだけど」
「私も最近は「あのパフォーマンスでここが落ちたの!?」みたいな結果をみたことはないですね」
「じゃあ、まあ、今のシステムにみんな納得しちゅうがやね」
「どうですかねぇ……実際にブラックボックスな部分が多かったり、複雑であることには変わりないので。そういう意味では決勝大会のオープニングアクト選考が、一番投票システムとしてはわかりやすいですね」
「オープニングアクト?」
「20周年記念大会から導入された制度です。地方大会敗退校を対象にweb人気投票が行われて、純粋な得票数が一番多かった学校が、決勝大会前にアキバドームのステージでオープニングアクトパフォーマンスを披露できるんです」
「じゃあ、もしうちらが地方大会まで行ってそこで敗退したとして、ワンチャンアキバドームに行ける可能性が」
「ないですね」
「ないわね」
「即答!?」
「純粋な得票数で競うので、基本的にコアファンの多い知名度の高い学校か、有名なスクールアイドルちゃんがいる学校か、その年めちゃくちゃバズった学校のどれかが選ばれるんです。なので私たちにとっては地方大会を勝ち抜く100倍くらいオープニングアクトに選ばれるのは難しいと思います」
「なるほど……それにしても不思議な制度やね」
「それこそ&GAIN!!!がすごくバズったので、そういう学校を拾い上げてパフォーマンスをするチャンスをあげたいっていうのがオープニングアクト制度制定のきっかけだったみたいですよ」
「そうながや 」
「まあ、色々先のことを考えるのも良いけど、まずは県大会に向けて着実に練習することが大切だからね。本番まであと3週間しかない訳だし」
「もちろんです!」
乃々羽は力強く答えると、空になった弁当箱を洗って午後の練習に向けて準備を始めようと立ち上がった。