完成した衣装に身を包み、深夜は鏡の前に立った。家庭科室の後方では、同じく衣装をまとった乃々羽が、雅によって着付けの微調整を受けている。その姿は真剣そのものだ。
一方で、そんな彼女たちをまるで親のような眼差しで見つめている須藤先生が、少し離れた場所で腕を組み、にこやかに見守っていた。
「ど、どうですか?」
雅の不安げな顔が、鏡越しに深夜の視界に入った。その視線は深夜と衣装の間を忙しなく往復している。これまで何度も袖を通してきた衣装だし、もちろんダメなはずはない。深夜は完璧だと伝えようとしたが、ふともう一度鏡の中の自分を見て、視線が止まった。
雅の製作過程をずっと見てきたので、デザイン自体には馴染みがある。しかし、完成した衣装を自分が着て、鏡越しにちゃんと見るのはこれが初めてだった。
深夜の衣装は、濃紺をベースにピンクと淡いブルーをアクセントにした配色で、雅によると校章のカラーをモチーフにしているらしい。トップスはセーラー服風のインナーの上に、ダブルボタンの七分袖ベストを羽織る形。濃紺のベストの胸元には大きなピンクのリボンが目を引き、淡いブルーにピンクのラインが入ったセーラー襟とのコントラストが鮮やかだった。ボトムスはアシンメトリーに切り上げられたスカートの下から、丸みを帯びた濃紺のハーフパンツがちらりと見えるデザインになっている。
手袋やニーソックス、シューズは既存のものをアレンジしているが、まるでこの衣装のために特別に作られたかのように調和している。ベレー帽はピンで髪の毛固定されており、これがまた良いアクセントになっていた。
深夜は鏡に映る自分の姿を見て、少し不思議な感覚に陥った。まるで自分が自分でないように感じられるのだ。
「これはスクールアイドルやね……」
思わず口に出た言葉は、当たり前すぎるものだった。だが、その言葉は特別な意味を持っていた。
全ス選での衣装は、乃々羽と共にアレンジしたもので、ほぼかがみ川女子の制服そのままだった。そのせいか、衣装を着てもそれは単なる日常の延長にしか過ぎなかった。しかし、雅が作ったこの衣装を身にまとった今、深夜はただの女子高生東雲深夜から「スクールアイドル東雲深夜」に変身したような感覚を抱いた。
鏡に映るのは、紛れもなくスクールアイドル。
「みゃー先輩、似合ってますね」
鏡の中に、くるりと乃々羽が入り込んできた。
「ノノちゃんも似合っちゅうね」
乃々羽の衣装は、深夜のそれとデザインが似ているが、ピンクの割合が多く、小さなリボンや花のモチーフが随所に配置されており、より可愛らしさが強調されている。トップスのディテールにもこだわりが詰まっていて、華やかで柔らかい印象が際立つ。一方、ボトムスは淡いブルーのプリーツスカートで、裾には藍とピンクのラインが織り込まれており、軽やかに動きに合わせて揺れた。
乃々羽がその場でくるりと回ると、スカートがふわりと広がり、形が崩れることなく美しく翻った。腰には大きなピンクのリボンがあしらわれており、ポニーテールを結ぶリボンと合わせて、背面の華やかさを一層引き立てていた。
「う、動きやすさは大丈夫そうです?」
深夜は手足を曲げたり、軽くその場で回ってみたりして動作を確かめる。豪華な見た目とは裏腹に、衣装は驚くほど軽く、体の動きに違和感は全くなかった。
「全然問題ないがよ」
「私も大丈夫です!」
二人で確認し合いながら、自然と顔には笑みが浮かぶ。
「それにしても二人で並ぶと映えるねぇ」
深夜は乃々羽の隣に立ち、スッとポーズを取った。それに合わせて、乃々羽は口元にピースサインをあてて、可愛らしいポーズをとる。二人の衣装はモチーフを共有しているが、深夜のボーイッシュさと乃々羽のガーリーさが対照的に仕上がっており、並び立つことで互いに引き立て合っていた。それだけではない。身長差までしっかりと考慮されたデザインは、二人の姿をより一層際立たせている。
「なんか、ずっと見てられるね」
「最高ですよね……」
当たり前のように口をついて出た賛辞。雅はその言葉に恥ずかしそうに頬を赤らめ、視線をそらした。自分の作った衣装を褒められることが、嬉しい反面、照れくさかったのだろう。
「未来ミラー 未来描いて 笑顔で進もう」
衣装を見ていると我慢できなくなってしまい、深夜は「未来ミラー」の歌詞を口ずさみはじめた。それに合わせて、自然と手足が振り付けをなぞる。
「キラキラ光る 今をつかんで」
乃々羽もすぐに続いて、声と動きが一体となる。
「「一緒に世界 追いかけよう」」
二人は向き合って、手と手を合わせる。振り付けに合わせて濃紺とピンク、そして淡いブルーの衣装が美しく舞い、軽やかに、まるでトリコロールの波のように広がった。
「鏡の先の 最高の未来」
勢いよく手を突き出す。
二人の息はぴったりだ。
「すごいええねぇ!」
「振り付け入れても全然違和感ないですね。なんというか、私たちのために作られた衣装って感じがすごくします」
乃々羽の言葉に、深夜も大きく頷く。
「もう、うち今からこの衣装で校内を練り歩きたいくらいテンション上がっちゅう。ほんと、ありがとうね、みやびー」
雅は恥ずかしそうに顔を赤らめ、目を伏せた。
「わ、わたしは趣味で作っただけなので、そんな感謝されるようなことは何も……」
「本当にありがとうございます! こんな素敵な衣装を作ってもらえて、すごく嬉しいです。早く、これでパフォーマンスしたいですね!」
乃々羽の言葉に、深夜も同意する。
「わかる。この衣装に負けないくらいのパフォーマンスをしなきゃいけないって、いっそう気が引き締まったがよ」
「衣装練が何回かできるのもありがたいわね。とりあえず、週末のテレストとの合宿にも持っていきましょう」
深夜たちが賑やかに話しているのをじっと聞いていた須藤先生が、口をはさんだ。
「今度の昼休みミニライブでも、着たいねぇ」
「そうですね! 是非、学校のみんなにも宮下先輩のこの衣装を見てもらいたいです!」
乃々羽の大きな黒い瞳は、きらきらと輝いていた。きっと、この衣装でステージに立つ自分たちを思い描いているのだろう。
深夜は深夜で、テレスト学院との合宿が今まで以上に楽しみで仕方がなくなっていた。この衣装のおかげで、さらに気持ちが高まっているのだ。
今度こそちゃんと合宿ができるように、てるてる坊主でも作ってお祈りしといた方がえいかもしれんね
隣で無邪気にはしゃぐ乃々羽の姿を横目に、深夜はそんな他愛もないことを考えていた。