かがみ川女子高校スクールアイドル部   作:記録部

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Side:深夜


2024/09/22:テレスト学院スクールアイドル部合同合宿Day1

「すっごく美味しそうですね! いただきます!」

 

 乃々羽は目をキラキラ輝かせながら、両手を合わせ、箸を手に取った。その前には山盛りのご飯が盛られた茶碗、ジューシーなチキンソテー、おひたし、ぎっしり詰まったサラダの平皿、そして並々と注がれた豚汁の椀が並んでいる。軽く見積もっても、深夜の倍以上の量だ。一見すると運動部の男子高校生でも通用しそうなボリュームだった。

 乃々羽が大食いであることは深夜もよく知っていたが、改めてこの食事の量を目の前にすると、小柄な彼女の体のどこにこれだけの食べ物が入るのか、不思議に思えてくる。向かいに座っているはじめと櫻子も、その量に少し圧倒されているのか、じっと乃々羽の皿を見つめていた。

 

「うちらも結構食べる方やと思うけど、沢渡ちゃん、めっちゃ食うねぇ」

「今日の練習がハードだったので、お腹ぺこぺこなんです!」

 

 乃々羽は目を輝かせながら、箸を止めることなく、皿と口の間を忙しなく往復させている。

 

「ん、これ美味しいですね!」

「テレストの寮食は美味しいことで有名なんですよ。テレビにも何度か取り上げられたことがありますし、レシピ本も出てるくらいです」

 

 櫻子の言葉に深夜も豚汁を一口すする。少し濃い目の味付けが、練習後の体に染み込んでいく。身体の芯から温まり、ホッとする味だった。

 

「それにしても、ついに合同合宿できてホッとしたがよ」

「そうっすよねー。最初は体調不良で、次は台風だっけ? 今回も台風来そうとか言ってたから、またできないんじゃないかってめっちゃ焦ったわー」

「これで今回の合宿も延期になってたら、私たち、すれ違うしかない運命だったんじゃないかって思っていたところです」

 

 そう言って櫻子が口元に手を当てて笑う。その仕草があまりに上品すぎて、深夜は思わず見惚れてしまった。

 その視線に気づいたのか、櫻子はにこりと微笑み返す。慌てて深夜は視線を誤魔化すように、周りを見渡した。

 6人がけのテーブルが並んだ広い食堂は、天井が吹き抜けになっていて開放感がある。座席は半分ほどが埋まっていて、やけにガタイのいいラグビー部の男子生徒や、陸上のユニフォームを着た女子生徒たちが、少し離れた席で固まって座っていた。彼らの賑やかな笑い声が、食堂内に響いている。

 テレスト学院は全寮制の共学校で、全生徒がこの食堂で食事をとるそうだ。19時過ぎのこの時間帯は、ちょうど遅くまで練習していた運動部の生徒たちが戻ってくる時間帯なのだと、はじめが言っていたことを深夜は思い出す。

 

「テレストって、スク部以外の部活も結構強いんですよね?」

「せやね。全般的にどの部活も強いセン学とは違って、少数精鋭で特定の部活に絞ってる感じやけど」

 

 広大な敷地にたくさんのグラウンドや建物があったセン学に比べると、全体的にテレストのつくりはこぢんまりとしていて、かが女と敷地の広さはそれほど変わらない。ただ、生徒数は共学校にもかかわらず、かが女の半分以下で、一人あたりの施設充実度が高いのだろう。

 今日使わせてもらったスクールアイドル部の設備にしても、全体としてはセン学ほどではなかったが、これを普段2人で使っていると考えると、むしろセン学より恵まれているように感じる。

 

「テレストは勉強特化の特進コースと部活特化の競技コースに分かれていて、特進コースは普通に東大や京大、医学部などに行くレベルの人が揃っていて、競技コースは全国大会常連ばかりが集められているんです」

「つまり、私たちもそのレベルってわけ」

「今日の練習でそれはようわかったがよ」

 

 深夜は今日の練習を思い出す。千絵ちゃん先生の運転で昼過ぎに到着すると、早々にスタジオに案内され、18時過ぎまでほとんどノンストップで練習に明け暮れたのだった。同じく強豪校であるセン学との合同練習もハードだったが、テレストの練習は人数が少ない分、休む暇がなく、さらに細かい部分にまで指導が行き届くため、より密度と強度の高い練習だったように感じた。

 

「東雲パイセンは高2まで帰宅部やったんよね? それであそこまでついていけるんやったら、十分やと思うけど」

「そうですよ。まだ本格的に練習を始めて半年も経っていないのにあそこまでできるのは、すごくスクールアイドルの才能があると思います」

「そーなんです! みゃー先輩はすごいんです!!」

「普通に7月に見た時より上手くなってたし」

「ですよね! みゃー先輩の上手くなり具合をわかってもらえて嬉しいです!」

「乃々羽ちゃんは東雲さん大好き勢なんですね」

「あと、沢渡ちゃんも普通にヤバいわ。櫻子が推してた理由がよくわかったわ。君、エグいね」

「そうですかね?」

「上手いのもそうだけど、体力オバケすぎへん?」

「私たちでも結構ついていくのに必死な練習に、ケロッとした顔でついてきてましたし」

 

 金曜日にあった体育祭のことを深夜は思い出す。乃々羽は並いる運動部生を押しのけて選ばれた選抜リレーで、一年生のすごく速い陸上部の子とほぼ互角の勝負を繰り広げたのだった。その他の競技でも、すべてで高いパフォーマンスを見せ、全校生徒の注目を集めていた。

 

「パフォーマンスレベルも全ス選セミナーの時よりさらに上がってたように感じました」

 

 櫻子の評価は、深夜も感じていたことだった。8月中頃、ちょうど乃々羽が東京に帰ってきた頃から、彼女のパフォーマンスレベルが一段上がったように感じていたのだ。乃々羽は東京で何があったのか話してくれなかったが、東京行きによって彼女の中にあった迷いが吹き飛んだように深夜には見えていた。

 

「あの渋木マネが目を輝かせてましたもんね」

「沢渡ちゃん、下手したら帰りにスカウトされるで」

「うちのノノちゃんはどこにも渡さんがよ」

「マネージャーさん、すごくピリッとした雰囲気で的確に指摘されるので、練習中はずっと気が抜けなかったです」

「わかる。人殺しそうな目してるよな、あの人。四季組時代もあんだけ厳しい指導者はいなかったし、国内最恐指導者なんちゃう?」

「清学の重野先生も厳しい人でしたけど、また違ったベクトルの厳しさを感じました」

「マネージャーさんも校内に住んじょったりするが?」

「校内じゃないですけど、近くの教職員向けの宿舎に住んでるはずです」

「じゃあ、うちの千絵ちゃん先生も今日はそこに泊まっちゅうがやろうか?」

「ゲスト用の部屋があるって聞いたことがあるので、そこだと思います」

「まあ、今頃はマネジに飲みに連れてかれてるんやない?」

「そうなが?」

「渋木マネは酒豪ですからね……どこかと合同で練習したら、必ず向こうの先生を連れて飲みに出かけるので。今日の練習中も、楽しみなのを隠しきれない感じでちょっとウキウキしてましたし」

「あれで!?」

「あれで、です。須藤先生が同じ年くらいなので、お会いできるのを楽しみにしていたみたいですよ。お二人ともこの業界の指導者としてはお若いですからね。普段は色々気苦労もあるでしょう」

 

 櫻子の言葉に、深夜は言われてみればそうかもしれないと納得する。全ス選で見た他の学校の顧問たちも、だいたいが30半ば以降という印象で、千絵ちゃん先生が一際若く見えた。

 

 千絵ちゃんまだまだ若手やき、色んなとこで気を使わせちゅうがかもしれんね。

 

 深夜は千絵ちゃん先生に対する感謝の気持ちがいっそう強くなった。

 

「マネージャーさん、おいくつくらいなんですか?」

「たしか28くらいのはず。元々はプロアイドル系の事務所でプロデューサーをしていて、人気アイドルも結構生み出しててん、あの人」

 

 はじめがいくつかグループ名を挙げる。乃々羽はそれらを知っているようで驚いていたが、深夜にはあまり馴染みのないグループばかりだった。

 

「そのお眼鏡にかなったのが、おふたりというわけですね」

「ま、そうやね」

「ラブライブ!ではオダルリさんに、全ス選ではセン学さんに負けるレベルですけどね」

「でも、お二人とも7月と比べるとすごく変わったように感じました」

「うちもそれ思ったがよ。7月の時と比べて、ふたりがなんかぴったりハマっちゅう気がする」

 

 今日はユニットパフォーマンスをしたわけではないのだが、7月の全ス選セミナーの時に感じたふたりの間のギスギス感がなくなっていることに、深夜は気づいていた。

 

「まあ、色々あってん」

 

 はじめにしては歯切れの悪い回答だ。

 

「はじめと殴り合いの喧嘩をしたんですよ」

「殴り合い!?」

「私の顔ばかり執拗に殴り続けたんです、あの女」

「な、殴ってへんって!」

「ふふ、冗談ですよ。まあ、ほぼ殴り合いみたいな、本気の喧嘩を一回したんです」

 

 ニコニコした笑顔で櫻子はさらっと怖いことを言った。

 

「そこでお互い腹を割って話し合えたのが良かったのかもしれませんね」

「キレてるさくらこちゃんは想像できんがよ」

「キレ櫻子はマジでヤバいから気をつけた方がええで」

 

 ふたりの呼び方が櫻子とはじめになっていることに、今さらながら深夜は気づいた。それは彼女たちの関係が深まったことの証左なのかもしれない。

 

「簡単に言えばお互い長所を生かしてユニットとして戦う覚悟ができたという感じですね」

「うちとしてはどちらかというと最高の自分と最高の櫻子でぶつかればそれでいいんちゃうって感じに割り切れた感じやね。前は変にユニットを意識しすぎててん」

 

 ふたりの言っていることは真逆だったが、なぜだか同じ方向を向いて強く結びついていることが伝わってきた。

 

「ということで、明日のステージ練はリベンジさせてもらうで」

「リベンジ?」

「全ス選のときに情けないパフォーマンスをお見せしたので、そのリベンジです」

「じゃあ、うちらも最高のかが女スク部をみせんといかんね」

「楽しみにしていますね♪」

 

 ライバルっぽいやりとりに深夜は少しだけテンションがあがる。

 はじめと櫻子は深夜と乃々羽のことを単体のスクールアイドルとしてはそれなりに評価してくれているようだったが、かがみ川女子高校スクールアイドル部としてはまだちゃんとその眼中に入ってはいない気がする。明日はそのイメージを払拭するようなパフォーマンスを見せたいと深夜は心の中で誓った。

 

「あ、あの盛り上がってるところ申し訳ないのですが……おかわりって出来るんですか?」

 

 いつの間にか空になっていた皿を前に、乃々羽がおずおずと訊ねる。

 深夜は思わず笑ってしまった。つられて、櫻子とはじめも笑い出す。

 

「おかわり自由ですよ」

 

 櫻子の返答に、乃々羽は満面の笑みを浮かべてトレイをもってカウンターに駆けていく。その軽やかな後ろ姿をみつつ、深夜たちは再び明るい雰囲気で会話を続けるのだった。

 

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