かがみ川女子高校スクールアイドル部   作:記録部

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Side:乃々羽


2024/09/23:テレスト学院スクールアイドル部合同合宿Day2

 テレスト学院大ホール。体育館のようなかが女の講堂とは異なり、ホールという名前にふさわしい、商業施設レベルのコンサートホールだ。1000席という座席数はラブライブ!県予選が行われるオレンジホールより若干少ないが、設備レベルでは全く負けていない。

 その最前列センターで、乃々羽は深夜と並んでふかふかの座席に腰掛けている。

 

 午前中はこのステージでを縦横無尽に使って、本番さながらのステージ練に費やすことができた。

 小さい頃からステージでのパフォーマンスを数多く経験してきてることもあり、乃々羽にとってはステージでの練習はチューニングの意味合いが強い。一方で深夜は、普段の練習とのギャップに、最初は戸惑いを隠せないようだった。音や声の響き、照明、スポットライトの熱さ、会場の広さ。ステージでは、何もかもが家庭科室や屋上庭園とは異なる。考えてみると全ス選予選以降、ステージに立ったのはセン学との合同練習の一回のみだ。それも、たった一回&GAIN!!!を披露しただけ。経験の少ない深夜が戸惑うのは無理がなかった。

 だからこそ、ラブライブ!予選前にしっかりと時間をとってステージ練習ができたのは良かったと乃々羽は思う。実際、深夜も徐々に慣れてきたのか、午前練の終わりには普段とほぼ変わらない実力をステージ上で発揮できるようになっていた。

 

 丸一日の合宿は、あっという間に終わりの時間を迎える。合宿の〆は、本番衣装を着てのステージパフォーマンスだ。

 

 準備しているテレスト学院のふたりを待つ間、乃々羽は合宿でのSaku x Sakuについて思い返していた。

 ラブライブ!で勝つことを目標としているセン学とは違い、ふたりはその先を見ているように乃々羽には感じられた。テレストの練習ももちろんラブライブ!に向けたものだったが、それだけではなく2時間とか3時間かけた一連のライブステージを高いレベルで走りきる実力をつけることを目指すような練習になっていたような気がしたのだ。1曲に全力をかけるアマチュアと、1公演に全力をかけるプロとの違いのような。ラブライブ!の先に、Saku x Sakuとしてのプロアイドルとしての活動を見据えているような雰囲気を、乃々羽は肌で感じ取っていた。

 もちろん、それ自体が悪いわけではない。その練習や意識が、ラブライブ!という1曲勝負の場でどう現れるのか、乃々羽は少し楽しみに思ったのだ。

 

 観客席の照明が落ち、あたりが一気に暗くなる。遠くの壁に掛かっている非常灯の緑の灯りが、細々と光っているのが目に入った。観客は乃々羽たちしかいいないけれど、本番さながらの空気感がホールの中に漂う。

 

 はじまる。

 

 スポットライトがステージ中央を照らすとはじめと櫻子がくっきりと浮かび上がった。凜とした立ち姿のはじめと、柔らかくも目を惹く櫻子。そのコントラストが、互いのオーラを引き立てあっている。

 全ス選で見たときも思ったのだが、この二人の存在感はもはやアマチュアの次元にはなかった。

 

「だからもう一度、またねを伝えたい」

 

 はじめの声が広いホールにこだまする。心の底から響かせるような、深く、重く、強い歌声。

 

「わたしとあなた、みんなでつむぐ」

 

 続く櫻子の歌声は対照的に無色透明で、柔らかで耳障りがよい。

 

「「この歌はアゲイン」」

 

 重なり合うと、はじめの圧倒的な声が前面にでて、その裏を櫻子の声が支える。強弱のバランスが崩れているにもかかわらず、不思議と綺麗な旋律を紡ぎ出していた。そのアンバランスなハーモニーに乃々羽の心はわしづかみにされる。

 

 そこからは圧巻だった。

 元々プロのアイドルだっただけあって、はじめのパフォーマンスは目を見張るものがあった。四季組は大人数アイドルだから、個々のパフォーマンスは大したことない。そんな評価を乃々羽も耳にしたことがあったが、そんなのはでまかせだとはじめを見ればすぐにわかる。身長は160cmに満たないのに、ダイナミックな動きがステージ上では彼女を大きく見せていた。一挙手一投足が華やかさを生み出す。

 

 ただ何より圧倒的だったのはその歌唱だ。なんだが窮屈に抑えられていた全ス選の時とは違い、今のはじめの歌声には一切の抑制がなく、その声は文字通り解き放たれていた。

 音程が外れない、上手い。そんな歌唱は乃々羽もいくらでも耳にしたことはある。絶対音感のあるスクールアイドルに出会ったことも、完璧に調律された歌を聴いたこともある。

 ただ、はじめの歌声はそういう次元を超えていた

 

 鼓膜を、脳を、心を震わせる。

 唯一無二の歌声。

 

 はじめのソロアイドルとしての実力は瑠璃先輩に迫るものがあった。

 ただ、それだけでは少し食傷気味になる。彼女の個性は強すぎるのだ。既存曲ですら自分の色にしてしまっている。その強さがゆえのアンバランス。瑠璃先輩のように、強さとバランスがとれた完璧さまでには至れていない。

 

 だからこそ、ステージ上では完全にはじめの控えになっている櫻子の存在が効いていた。

 ハイパフォーマンスのはじめに対して、櫻子はまるで黒子のように舞台に溶け込んでいる。はじめの状況にあわせて、歌声も踊りも、立ち位置も、まるで自我がないかのように、変幻自在に自分のあり方をコロコロと変え続けていた。派手なはじめと比べると存在感が薄く見えるが、逆に彼女もまた、はじめと同じくらいおかしなことをやっている。

 元天才子役のさくらこちゃんにしかできない芸当。

 

 はじめと櫻子。

 二人の得意なことがステージ上で混ざり合って、テレスト学院スクールアイドル部──Saku x Sakuはステージを完全に支配していた。

 全ス選決勝大会でセン学を見た時に感じた「調和の御代と個性の倫」を遙かに凌駕する、圧巻の個性と調和による支配がそこにはあった。

 

 2分30秒はあっという間に過ぎ去った。

 

 アウトロが終わり、ホールが再び照明に包まれる。乃々羽は拍手をすることすら忘れて、ただステージに立つ二人を見る。パフォーマンス中とは違い、彼女たちは対等なオーラを放って、横並びに立っていた。

 

「どうやった?」

 

 マイク越しにはじめに問いかけられて、乃々羽は慌てて拍手をする。隣に座っているみゃー先輩は、まだステージの余韻に浸っているのか、呆けた表情をしていた。

 

「これが、私たちの全力です」

 

 櫻子は胸を張ってそう言った。自信と達成感が彼女の言葉に乗って伝わってくる。

 始まる前の「短時間パフォーマンスへの影響」などという懸念は、完全に吹き飛んでいた。

 

 これが、テレスト学院スクールアイドル部。

 中四国地方最強のアイドル。

 

 まばゆばかりに輝くステージに、乃々羽は息を呑むことしか出来なかった。

 

 ***

 

 ステージ袖の控え室で、乃々羽は深夜とともに本番衣装に着替えていた。

 着替えながら、深夜はなんども「いやー、すごかったね」と繰り返している。

 

 &GAIN!!!に続いて披露されたラブライブ!向けのオリジナル楽曲のパフォーマンスは、彼女たちのために作られた楽曲だけあって、さらに圧倒的な仕上がりだった。

 

「すごかったです」

 

 乃々羽は袖を通して、袖のボタンを留める。控え室は静寂に包まれていて、衣擦れの音だけが微かに響く。

 さきほどまでのSaku x Sakuのパフォーマンスの余韻がまだ頭の中に残っている。それは、初めて瑠璃先輩を見た時に近い衝撃だった。

 

「ノノちゃんまだ時間かかりそう?」

 

 深夜の方を向くと、既にバッチリと衣装は整っていた。慌てて、乃々羽も着替えを急ぐ。

 

「そんな慌てんでええがよ」

 

 深夜が乃々羽の前に回り、襟元に手を添える。少しかがむと、深夜の少し汗ばんだ、それでいてシトラスのような淡い香りが鼻をくすぐる。いつもの匂いに、心が少し落ち着く。

 

「これで、ええね」

 

 襟から手を離した深夜の顔には、緊張の色は見えなかった。

 

「ノノちゃん、緊張しちゅうね」

 

 そう言って、深夜はワハハといつものようににこやかに笑った。

 

「みゃー先輩は緊張しませんか? テレストのおふたりの、あのすごいパフォーマンスを見て」

「うーん、そうやねぇ。たしかにふたりのパフォーマンスはすごかったがよ。うちが生で見たパフォーマンスの中では一番やったと思う。セン学よりもすごかった気がするがよね」

 

 乃々羽も同意する。全ス選決勝で見せたセン学の素晴らしいパフォーマンスですら、絶対値で評価するなら先ほどのテレストのパフォーマンスには及ばないだろう。

 

「でも、別にそれがうちらのパフォーマンスを悪くするわけじゃないきね。むしろ、あんなすごいステージ見せられたら、うちもやっちゃろうって気になるがよね。そう思わん?」

 

 深夜は無邪気に笑った。

 

「うちもノノちゃんもはじめちゃんみたいに歌は歌えんし、さくらこちゃんみたいに舞台を支配できんけんど、でも、スクールアイドルはそれだけじゃないがじゃない?」

 

 深夜は淡々と言葉を続ける。

 

「ノノちゃんもよー言っちゅうろ。スクールアイドルにはスクールアイドルの数だけ形があるって。かがみ川女子高校スクールアイドル部の形を、しっかりテレストのふたりに見せんとね」

 

 乃々羽は自分の視野が狭くなってしまっていたことに気づく。スクールアイドルは別に能力を競い合うバトルじゃない。

 

 4月から半年近くかけて、みゃー先輩と一緒に作り上げてきたかがみ川女子高校スクールアイドル部。

 鏡に映る自分の姿を改めて見る。宮下先輩が夏休みをかけて作り上げてくれた、最高の衣装が映っている。

 自分とみゃー先輩だけじゃない。多くの人の助けがあって、今、ここにいるのだ。

 

 だから、その積み重ねを。

 自分たちが目指してきた「スクールアイドルのかたち」をステージで表現して、伝えたい。

 

 そんな気持ちが、ふつふつとわいてきた。

 

 乃々羽は気合いを入れるために両手で軽く頬を叩く。パンという乾いた音が控え室に響き、乃々羽の中でスイッチが入った。先ほどまでの飲み込まれていた乃々羽そこにはいない。

 

「そうですね。私たちのスクールアイドルをおふたりに見せないとですね!」

 

 乃々羽の言葉に深夜は強くうなずくと、手を差し伸べる。その手をぎゅっと握り返すと、暖かさが伝わってくる。

 

 この人と一緒にステージに立つ。

 憧れのステージをめざして。

 

 ***

 

「そろそろ出発するわよ」

 

 少し離れたところで渋木マネージャーと談笑していた須藤先生がこちらを呼ぶ。

 

「次に会うんは全国決勝大会やね」

 

 須藤先生の車に向かって歩きだそうとした乃々羽と深夜に、はじめが声をかける。はじめの言うとおり、中四国地方大会は配信なので、会うとすれば全国決勝大会まで勝ち抜くしかない。

 

 はじめが差し出した右手を、深夜がしっかりと握り返す。

 

「はじめちゃんたちは全国決勝大会行くろうけど、うちらはどこまで行けるかわからんけんどね」

「始まる前からそんな弱気やったらあかんで、東雲パイセン」

「弱気なつもりはないがよ。うちらは全力でかがみ川女子高校スクールアイドル部をやるだけ。そしたら結果は勝手についてくると思っちゅうき」

 

 はじめと深夜がわいわいと言いやっている姿を眺めていると、いつの間にか横に来ていた櫻子がこっそりと乃々羽に耳打ちする。

 

「はじめはさっきのおふたりのパフォーマンス見て、すっごく感激したみたいなんです。終わったあとすごく興奮してましたから」

 

 櫻子の思いがけない言葉に乃々羽は目を丸くする。内緒ですよ、と櫻子は口元に人差し指をあてた。

 

「私もかが女のパフォーマンス、すっごく好きです。私たちとは方向性が全然違いますけど、だけど、私たちと同じくらい観客に伝わるパフォーマンスだと感じました」

「あ、ありがとうございます」

「でも、中四国地方大会では負けるつもりはないですよ。もちろん、セン学にも。圧倒的な力で全国決勝大会まで駆け上がります」

 

 そう言って、櫻子もはじめのように手を差し出した。

 だから、乃々羽も深夜と同じく、自信を持ってその手を握り返した。

 

「だから、乃々羽ちゃんも負けないようについて来て下さいね」

「はい。アキバドームでお会いしましょう」

「ふたりとも、何してるの。早く帰るわよ」

 

 須藤先生の声に、乃々羽と深夜は急いで車の方に向かう。車に乗り込もうとしたところでもう一度はじめと櫻子を見ると、二人は大きく手を振っていた。乃々羽と深夜も手を振り返してそれに応える。

 車に乗り込みドアを閉めると、車はすぐに動き出す。

 

 アキバドームのステージでまたSaku x Saku(このふたり)と競い合いたい。

 

 そんな想いを胸に抱きつつ、はじめと櫻子の姿が見えなくなるまで手を振り続けながら、乃々羽はテレスト学院をあとにした。

 

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