オレンジホールはざわめきに包まれていた。全ての学校のパフォーマンスが終わって、すでに30分。あとは結果発表と閉会式を待つだけだ。会場には緊張感はなく、試合後の穏やかな空気が漂っている。
汗で湿った衣装から制服に着替えた乃々羽は、開会式と同じ座席に腰を落ち着けていた。制汗スプレーの爽やかな香りに混じり、ほんのりと汗の匂いが漂っている。
半分、夢見心地のような感覚がまだ抜けない。
憧れのラブライブ!のステージに立ったという事実。
大きなコール、サイリウムとペンライトのキラキラの海の中で、自分たちの曲を披露できた多幸感。
そして、最高のパフォーマンスを出し切れたという充足感。
小学生の頃から、もっと広い会場も含めて様々なステージに立ってきた乃々羽だったが、それでも今日のラブライブ!県予選のステージは別格に楽しかった。
だからこそ、その先の光景を深夜と見たい──そんな願いにも近い思いが、今は乃々羽の胸に静かに広がっている。
「結果発表ってどんな感じなが?」
隣の席の深夜が聞いてくる。結果が気になって仕方がないのか、深夜はさきほどから手元のスマホをせわしなくスクロールしている。
「まず、出番の順番ごとに、それぞれの学校がゴールド金賞、銀賞、銅賞のどれかに当たるかが発表されます」
「ゴールド金賞?」
「銀賞と聞き間違えないように、ゴールドってつけて区別するんです。吹奏楽からきた慣習だって聞いたことがありますね」
「そうながや。賞の数って決まっちゅうが?」
「詳しいことは公表されてないんですけど、最終的に採点結果が5点満点で集約されて、4点以上がゴールド金賞、3点未満が銅賞、それ以外が銀賞になるっていう都市伝説を聞いたことがあります」
「じゃあ、理論的には全校がゴールド金賞になることもあるが?」
「さっきの話だと、そうなりますよね……でも、実際には各賞の割合がだいたい1:1:1くらいになってるので、もしかしたら点数の上位何%がどの賞とか、そういう感じで決めてるのかもしれません」
このあたりは完全にブラックボックスなんですけどね、と乃々羽は付け加える。
「じゃあ今回やと、ゴールド金賞が4校か5校くらい出るってこと?」
「そうなりますね。だから、各校の賞が発表されたあと、県代表校がゴールド金賞の中から2校、最後に発表されるんです」
「ゴールド金賞とっても、地方大会に進めん学校もあるんやねぇ」
「そういう学校をダメ金とか言ったりすることもあるみたいですけど、あんまり好きな言葉じゃないですね」
ラブライブ!に参加することのハードルの高さは、乃々羽自身、今年になっていやというほど実感している。その中で、たとえ地方大会に進めなかったとしても、県大会でゴールド金賞を獲得するというのはさらに大変なことなのだ。それを「ダメ」という言葉で片付けてしまうのは、正直気分が悪い。
「地方大会に進むには、最初の発表でゴールド金賞って言われて、2回目の発表で学校名呼ばれたらええがやね」
「そうなります」
「なんかちょっと緊張するね、やっぱり。かが女の合格発表のときくらい緊張しちゅうがよ」
そう言って深夜は笑う。
「やりきったき進めると思っちゅう気持ちもあるけんど、セン学ほどの自信はないきねぇ」
乃々羽の視線が、通路を挟んで前方ブロックに座っているセン学の面々に向く。彼女たちは、わいわいと楽しそうに話していて、地方大会進出は当然だという自信が伝わってくる。実際、今日のパフォーマンスも圧倒的だったし、地方大会進出は当然と思うのも無理はない。
乃々羽も南国高校以外のパフォーマンスは一通り鑑賞していた。自分たちのパフォーマンスをスコア化するのは難しいが、正直なところセン学以外の学校には負けていないと思う。それでも、どの学校のステージも見応えがあり、「絶対に勝ち抜ける」という自信は乃々羽にはなかった。
「ただいまより、第31回ラブライブ!高知県予選の結果発表を行います」
アナウンスがホールに響くと、会場のざわめきが一気に小さくなった。
日向先生が結果を表示したタブレット端末を手に、ステージへと姿を現す。その立ち姿は、開会式のときと同じく凜としていて、思わず見惚れてしまうほどだった。
「みなさん、大会お疲れさまでした」
「「「「お疲れさまでした!」」」」
「どの学校も非常に素晴らしいパフォーマンスでしたね。そして、会場の雰囲気も最高でした。結果は学校によって異なりますが、まずは今日ここでパフォーマンスされたみなさんに、最大級の讃辞を送りたいと思います。本当に今日一日お疲れ様でした。それでは、これから結果を発表させていただきます」
ホールがしんと静まり返る。誰もが結果も聞き漏らすまいと日向先生の声に集中しているのが伝わってくる。乃々羽も同じように、息をひそめて耳をそばだてた。
「1番、栴檀学園高等学校スクールアイドル部、ゴールド金賞」
拍手が会場内に響き渡る。ゴールド金賞がコールされると、大きな声で喜びをあらわす学校も多いのだが、セン学の面々は静かに結果を受けいれていた。当たり前の結果すぎて、会場全体にも「それはそう」という空気が漂っているように乃々羽は感じる。
「2番、県西三校スクールアイドル連合、銅賞」
賞がコールされる度、拍手やコールされた学校の反応がホール内に反響する。
発表はテンポ良く進んでいき、いよいよかが女の番がやってきた。
「8番、かがみ川女子高等学校スクールアイドル部」
乃々羽は膝の上で組んだ手に力を込める。ドキドキと鼓動が高鳴る中、結果を待つ。
「ゴールド金賞」
「「「おおおお!!」」」
会場のあちこちから、かが女を応援してくれた人たちの歓声が沸き起こる。乃々羽はなんとか冷静さを保ち、喜びの声を飲み込んだ。そして、隣の深夜と目を合わせる。お互いにうなずきあって、ゴールド金賞の喜びを共有した。深夜の向こうには、喜びを噛みしめるようにうんうんとうなずいている須藤先生の姿が目に入る。
第一関門クリア。
全14校の賞の発表は、あっという間に終わった。
「では、最後に中四国地方大会に進出する2校を発表します」
ゴールド金賞は4校。セン学、かが女、南国高校、聖マリア学園。選ばれるのはこのうちの2校だ。セン学はほぼ確定なので、実質残りは一枠。
「1番、栴檀学園高等学校スクールアイドル部」
「よしっ!」
倫の大きな声がホールに響き、隣に座っていたけーちゃん先生に軽くたしなめられている。
代表は、あと一校。
乃々羽は目をつぶり、うつむく。
学校名がコールされるようにただただ強く祈る。
「8番、かがみ川女子高校スクールアイドル部」
「「きゃあああああああああああああ!!!!!!!」」
乃々羽は思わず立ち上がり、大きな声で叫んでしまう。隣の深夜を見ると、彼女も同じように立ち上がって、大きな声を上げていた。二人はそのまま抱き合って、喜びを共有する。そして、ゆっくりと席に座った。周りからの賞賛の拍手がホールに響き渡っていた。
ポタポタと涙が頬を伝って落ちてくる。日向先生が何かを話しているようだが、意味のある言葉として耳に入ってこない。嬉しさが胸の奥でじんわりと広がり、乃々羽はただ、今この瞬間をかみしめていた。
(まだ、みゃー先輩と一緒にスクールアイドルを続けられるだ)
その思いで心がいっぱいになり、乃々羽はあふれ出る涙を止めることができなかった。