2024/10/10:オープンスクールの相談
「お忙しいところお呼びたてしてしまい申し訳ありません」
生徒会室に入るや否や、会長がそう言って頭を下げた。スクールアイドル部をはじめてから、生徒会室を訪れることは、深夜にとっては日常のひとつになっていた。最初の頃は生徒会という響きに少し緊張したものだが、今では部室、家庭科室に次ぐ「第三の部室」といった感覚だ。
「テスト前の部活禁止期間で昼練がなかったき暇やったがよ」
「テスト勉強は大丈夫なんですか?」
「指定校推薦の校内選考通ったきね! あとはもうウイニングランながよ」
深夜が軽く笑いながら応えると、「おめでとうございます!」と会長は拍手で返した。
今週の月曜に発表された指定校推薦の校内選考結果。深夜は上智の推薦を無事勝ち取ることができた。あとは忘れないように出願を行い、12月1日に行われる面接を通過すれば、晴れて受験生という肩書きを返上することができる。
推薦書やレポート課題の〆切が文化祭とかぶるので来月頭まではそれなりに大変な日々が続くことになるが、そこさえ乗り切れば受験から開放されて、地方大会に全力で集中できる。校内選考を通ったこと以上に、今の深夜にとってはそれが何よりの安心だった。
「会長ちゃんはテスト期間中も生徒会活動?」
「生徒会も基本お休みです。ただ、たまに学校からお願いされて、ちょっとした活動はしてますけどね」
いつもは生徒会メンバーでにぎわっている生徒会室は、今日は会長ひとりだけでしんと静まり返っている。普段は少し狭く感じる部屋が、今日は逆に少し広く感じた。
会長は学校からお願いされた用事とやらを処理するために、ひとり活動しているのかもしれないと深夜は推測する。
「会長ちゃんも大変やねぇ」
「好きでやってるので、全然大変じゃないですよ! スク部のみなさんと一緒です!」
会長はそう言うと、胸の前で小さくガッツポーズをつくってみせた。言葉だけでなく、態度からも生徒会活動が大好きだと伝わってくる。 その仕草が微笑ましく、深夜もつられて笑みを浮かべた。
「県予選、応援に来てくれてありがとうね」
「招待状いただきましたからね! まあ、いただかなくてもファン1号としては当然応援に行ってましたけど」
会長の視線が、壁にかかったコルクボードに向かう。そこには深夜と乃々羽が作った招待状が、丁寧に飾られていた。深夜は少しだけ照れくさい気持ちを覚える。
「生徒会の他の子たちも来てくれて、めっちゃ嬉しかったがよ。ステージからファンサしたの気づいた?」
「バッチリです! もうぶんぶんサイリウムふっちゃいました!」
会長は鼻息あらくサイリウムを振るような動きをしてみせる。
「最高のステージでした……かがみ川女子高校の名を冠したスクールアイドル部が、ラブライブ!であんな素晴らしいパフォーマンスを披露する姿を見れて、生徒会長として感無量でしたよ……それに、創部 一年目初出場での県予選突破ですからね。これは快挙ですよ、快挙!」
ラブライブ!県予選を突破することの意味を、県予選前の深夜は「14校のうちから2校選ばれる」という程度にしか考えていなかった。それが「快挙」と呼ばれるにふさわしい価値を持つことを、今週に入って深夜は痛いほど実感していた。
実際、ラブライブ!の影響力は凄まじかった。
県予選の夜には、親戚から小中学時代の友人まで、あらゆる知り合いから予選突破を祝う連絡がひっきりなしに入った。どうやら、ローカルニュースで閉会式後に深夜が受けたインタビューの映像が流れたらしい。深夜自身はリアルタイムでは見逃してしまったが、きらりがグループLINEに映像を共有してくれたおかげで、あとから確認することができた。テンションが上がりすぎてまくし立てる自分の姿を冷静な目で見るのは、正直なところ少しだけ恥ずかしかった。
そして、今週。行く先々で、会う人会う人から声をかけられた。それも、知り合いにとどまらない。他クラスの子や先生、果ては近所の人たちからも「予選突破おめでとう」と祝われ、休み時間になると深夜を一目見ようと下級生たちが教室に押し寄せる始末。中には色紙を手にサインを求める子までいて、深夜はあまりの状況の急激な変化に、ただただ目を丸くするしかなかった。
「人生でサイン書くことになるなんて思ってなかったがよ」
しみじみとこぼす深夜に、会長が机の引き出しから色紙を取り出し、手渡してきた。
「私にもサインお願いします!」
「会長ちゃんも!? ええけど」
深夜は色紙とペンを受け取ると、今週になって何回書いたかわからないサインを丁寧に書き入れた。サインは乃々羽と相談して急遽決めたデザインだったが、短い時間で作った割にはなかなか可愛らしく仕上げられたと思っていて、結構気に入っている。
「そういえば、先生方が、来週には校門横の塀に県予選突破の垂れ幕をかけるって言ってました」
「どんどん大ごとになってくるねぇ」
「それだけのことを成し遂げたんですよ、スクールアイドル部は。地方大会は
「ありがとー。今、演出プランとか色々考えちゅうがやけど、とにかく人手がたくさんいりそうながよ。やき、生徒会が手伝ってくれるとめちゃくちゃ助かる」
県予選突破に全力を注いできたこともあり、地方大会に向けた準備はほとんど手つかずの状態だ。千絵ちゃんの尽力で大講堂は確保できているのだが、逆に言えばそれ以外はほぼ何も決まっていないに等しかった。
地方大会は、各校が自分たちの学校でパフォーマンスを行う。その姿がリアルタイムで配信され、参加校からの投票で順位が決まるシステムだ。ステージのパフォーマンス力はもちろん、学校におけるスクールアイドル部のあり方そのものが評価される大会──乃々羽は地方大会をそう評していた。
深夜がスクールアイドルの道に引き込まれるきっかけとなった「&GAIN!!!」も地方大会でのパフォーマンスだった。あの頃は自分がどうしてあの映像に引っかかったのか深夜にはわからなかったが、今はなんとなく理解できる。単なるスクールアイドルのパフォーマンスではなく、学校が一体となって作り上げる熱気──それが深夜をあれほどまでに惹きつけたのだ。
今の深夜たちに
そのためにも、地方大会の前に成功させなくてはならないことがある。
文化祭の屋上庭園ステージイベントだ。
「文化祭の屋上庭園ステージイベントも、しっかりやらんといかんがよね」
「出演者、確定しました?」
「テスト明けの来週いっぱいで募集終了予定やけど、ちょこちょこやりたいって声はきちゅう」
「じゃあ、文化祭についてはテスト明けに改めて相談しましょう」
「助かる!」
羽南から聞いた話では、文化祭実行委員会イベント班の中には、屋上庭園ステージイベントに反感を持っている子たちが少なからずいるらしい。そのため、文化祭実行委員会として屋上庭園ステージイベントを表立ってサポートすることは難しいと、羽南は言っていた。
深夜にも彼女たちの気持ちは理解できる。深夜がスクールアイドル部に全力を注いできたように、彼女たちは文化祭に向けてこれまで必死に準備してきたのだ。そこにスクールアイドル部が突然「屋上庭園ステージイベント」という奥の手を使って割り込んできたとなると、面白くないと思ってしまうのは無理がない。
だけど、深夜にも屋上庭園イベントを成功させたいという強い思いがあった。スクールアイドル部をこれまで支えてくれた
ただ自分たちのワガママを通してしまった以上は、最低限、文化祭実行委員会には迷惑だけはかけないようにしないといけないという決意も深夜の心の中にはあった。そのためにはイベント運営で不備やトラブルがあってはならないのだ。とはいえ、イベント運営の経験がない深夜たちだけではいかんともしがたいことも多い。だからこそ、実績十分の生徒会による支援の申し出は、何よりもありがたかった。
「それで、今日は何か用事があったがじゃないが?」
時計を見ると、お昼休みが終わるまであと少し。会長と話すのは楽しいが、わざわざ呼び出されたのだから、世間話だけで終わるはずはない。
「実は、来週の日曜日に行われるオープンスクールでスクールアイドル部にパフォーマンスをお願いしたいんです」
「オープンスクール?」
「中学生のとき参加されませんでした? かが女を検討してる子たちに向けた、学校説明会みたいなやつです」
「うちはおねーちゃんズがかが女やったき、そういうのは参加せんかったねぇ」
「中学生向けに体験授業や学校案内、部活見学などを行うイベントです。例年、結構たくさんの中学生が来てくれるんですよ。うちに入学する子の半分くらいがオープンスクールを体験したことがあるというデータもありますし」
「へえ、全然知らんかった」
「オープンスクールの目玉のひとつとして、うちが誇るいくつかの部活のパフォーマンスを見てもらう時間を設けているんです。今のところ今年は吹奏楽部、和楽器部、書道部がパフォーマンスをすることになっているんですけど、そこで是非、スクールアイドル部にもパフォーマンスをお願いしたくて」
「来週の日曜日は普通に練習で学校におる予定やったき、パフォーマンスするんは別に問題ないけど。うちらでええが?」
会長が先ほど挙げた部活は、どれも全国大会常連のかが女を代表する文化部ばかりだ。そこに並ぶことに、深夜は少しだけ引け目を感じた。
「スクールアイドル部がいいんです! なんてったってラブライブ!高知県代表ですからね。ラブライブ!って中学生たちにも結構影響力あるんですよ。ちなみにこれ、私発案じゃなくて生徒会顧問の宮崎先生のご提案なんです。つまり、学校としてもそれだけスクールアイドル部の高知県予選突破を高く評価しているってことです!」
「うちらとしてはパフォーマンスの機会がもらえるんはシンプルにありがたいき、むしろこちらからお願いしたいくらい」
「じゃあ、決まりですね! 詳しいことはまた改めて連絡させていただきます」
生徒会やかが女にスクールアイドル部として何か貢献できることがあるという事実が、深夜には嬉しかった。
「スクールアイドル部のパフォーマンスを見て、『来年わたしもかが女でこんな風にスクールアイドルをやりたい』って思う子が出てくるかもしれませんよ」
会長の言葉に、深夜は来年の春を想像する。自分が卒業したあと乃々羽が部長になって、そこに新入生たちが加わって二代目かがみ川女子高校スクールアイドル部が動き出すのだ。彼女たちが屋上庭園でMIrAI/I∀ɹIWを練習する光景が、ぼんやりと頭に浮かっだ。
自分たちが作ったスクールアイドル部が、自分がいなくなったあとも続いていく──その想像は、深夜の胸をじんわりとあたたかくする。
「そうなるように、中学生ちゃんたちに最高のパフォーマンスを見せんとね!」
そう宣言する深夜の声が、高らかに生徒会室に響き渡った。