かがみ川女子高校スクールアイドル部   作:記録部

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Side:深夜
サブタイトル:夢への一歩


2024/04/18:家庭科の須藤先生

「顧問の先生、見つからんねぇ」

 

 職員室を後にすると、深夜はため息をつきながら人通りのまばらな廊下を歩き始めた。生徒会長からもらったリストをもとに、昼休みや放課後に顧問をしてくれそうな先生に手当たり次第声をかけてみたが、顧問という言葉を聞いた瞬間、どの先生も柔らかに、しかししっかりと拒絶の意志を示すのだった。交渉の舞台にすら立てず、リストには×印が増えていくばかりだ。

 窓の外からはにぎやかな運動部の掛け声が聞こえてくる。

 

 帰宅部やったから全然知らんかったけど、ああやって普通に部活するって意外に大変ながやね。

 

「まさかここまで断られるとは思ってなかったです」

 

 ×印があふれるリストを見て、横を歩く乃々羽もため息をついた。深夜に比べると背が低い乃々羽は、歩く度にほのかに甘い匂いを漂わせている。

 

 今日は体育の授業があったって言いよったのに、汗臭さ一つないんはやっぱ東京育ちのノノちゃんは女子力高いがやね。

 

 そんなくだらない考えが頭に浮かんだ。

 

「あと残ってる先生で可能性がありそうなのは……家庭科の須藤先生くらいですね」

 

 乃々羽は「家庭科、須藤千絵」と書かれた行を指さした。

 

「須藤先生に断られたらいよいよ手詰まりやね」

「須藤先生ってどんな先生なんですか?」

「ノノちゃん、家庭科の授業はまだなが?」

「先週は全体オリエンテーションで授業がなかったので、明日がはじめての家庭科なんです」

「そうながやね。須藤先生が今年きた先生やき、実はうちもほとんど知らんがよね」

「あ、始業式で挨拶してた先生ですか。たしか、綺麗な先生だった気がします」

「わかる、できる大人の女って感じやったよね」

 

 そうしているうちに、目的地の家庭科実習室にたどり着いた。

 家庭科室は去年完成したばかりの新校舎3階にある。かが女では家庭基礎を1年生で履修することになっているため、新しい家庭科室に来るのは深夜も初めてだった。

 職員室で聞いたところによれば、須藤先生は家庭科実習室の控え室にいることが多いらしい。

 

「失礼しまーす」

 

 調理や縫製ができる大きな台がいくつも並ぶ広い室内はがらんとしていて、中に入るとさっきまで聞こえていた運動部の声がすっと遠くにかすんでいった。

 室内には人の影はなかった。

 

 深夜がきょろきょろと見回していると、教室奥の扉が開いた。

 

「えっと、はじめましてかな?」

 

 出てきたのは、黒のタートルネックをベージュのグルカパンツにタックインしたおしゃれな出で立ちの女性だった。肩より少し長い外はねの黒髪がおしゃれさをより際立たせている。

 この人が須藤先生なのだろう。

 

「うち、3年B組の東雲です」

「1年A組の沢渡です」

「東雲さんと沢渡さんね。はじめまして今年から家庭科基礎を担当する須藤です。えっと、何か家庭科室に用かしら?」

 

 綺麗な印象にあう優しくて澄んだ声だった。

 

「うちら、家庭科室じゃなくて先生に用があるがです」

「私に? 沢渡さんは家庭科の授業でこれから会うこともあると思うけど、東雲さんは3年生だからもう家庭科の授業もないでしょ?」

「単刀直入に言うがですけど、うちらが作る部活の顧問をやっていただけないでしょうか?」

「あー、なるほどね。そういうことね」

「先生がお忙しいのはわかるがですけど、なるべくご迷惑をかけないようにしますんで。あの、名ばかり顧問でも全然かまわないんで」

「うーん、顧問か。顧問ねぇ……」

 

 これまで嫌というほど見てきた芳しくない反応。

 とはいえ、後がない深夜たちはここで簡単に引き下がるわけにはいかなかった。この場で引き下がれば、スクールアイドル部設立ははかない夢で終わってしまう。

 深夜は乃々羽と目を合わせ、畳みかける。

 

「うちの学校、顧問の掛け持ちはできんがです。だからもしうちらの部活の顧問していただけたら、将来的に面倒な部活の顧問の引き継ぎとかを押しつけられたりせんっていうメリットもあるがです」

 

 生徒会長の受け売り。

 他の先生には通用しなくても、新任の須藤先生には刺さるかもしれない、なけなしの武器だった。

 

「ちなみに、部活は何部?」

「スクールアイドル部です!」

「スクール、アイドル……」

 

 スクールアイドルという言葉に須藤先生が反応を示す。

 ただそれがポジティブなものなのか、ネガティブなものなのかを表情から読み取ることは難しかった。

 

「あの、もしかして、先生、元スクールアイドル部だったりしますか?」

 

 乃々羽が口を開いた。

 

 なるほど、あの反応はそういうことかもしれんね。

 

「あー、うん、まあ一応ね」

「スクールアイドルだったがですか!?」

「とは言っても、ラブライブ!県予選敗退で引退した、たいしたことないスクールアイドルだったけどね」

「じゃあ、先生、是非スクールアイドル部の顧問お願いします!」

「スクールアイドルを誰かに教えた経験はほとんどないし、高校卒業してからは完全にスクールアイドルから離れてたから、正直スクールアイドル部の顧問としての適正は他の先生と大差ないのよね」

「そこをなんとか。先生に断られたら、うちらスクールアイドル部作れないがです……」

「どういうこと?」

 

 かろうじてつながった糸をたぐり寄せようと、深夜は生徒会長から教えてもらった部活に関する校則について丁寧に須藤先生に説明した。

 

「なるほど。それで私に断られたら、部活を作ること自体を諦めるしかないってわけね」

「そうなんです」

 

 乃々羽が顧問候補リストを須藤先生に手渡した。残された先生の名前を見て、須藤先生は「私除いて残ってるのは大御所ばっかじゃない」と漏らした。

 

「うち、スクールアイドル知ったのはつい最近ながですけど、絶対にやりたいって思ったがです。高校2年間、普通に帰宅部だったうちが、ようやく出会えた『高校でやりたいこと』ながです。ノノちゃんと二人で、かがみ川女子高校スクールアイドル部として舞台に立ちたいがです! だから、お願いします」

「沢渡さんはどうなの?」

「私は……私はスクールアイドルが大好きだけど、自分みたいな凡人にはやる資格がないんじゃないかと思ってたんです。でも、深夜先輩に誘われて、やっぱりやってみたいって気持ちがあるのに気づいたんです。だから、深夜先輩と一緒にスクールアイドルやりたいです」

 

 そこに打算はなく、心の底から出た言葉だった。

 深夜と乃々羽は二人して深々と頭を下げる。

 

 少しだけ間があいて、小さなため息が聞こえた。

 

「そういう風に言われると、断れないじゃない」

「ほんとですか!?」

「顧問、やってあげる。でも、指導とかはほとんどできないと思うから、あんまり期待はしないでね」

「全然大丈夫です! ありがとうございます!!」

 

 深夜と乃々羽は顔を見合わせて、手を合わせた。

 

「そのかわり、怪我したり、何かトラブルがあったりしたら隠さずにすぐに連絡してね。あと、校内・校外問わず、スクールアイドル部として何か活動するときは、ちゃんと事前に相談すること。こういうルールをきちんと守れないようだったら、そのときは顧問を辞めるからね」

「「はい!」」

 

 深夜はスクールバッグの中から部活申請書を取り出して、須藤先生に渡した。

 須藤先生はざっと用紙を確認して、顧問欄にサインをする。

 

「それで、当面の活動とか目標はどうするつもり?」

「とりあえず部活作ってからそこらへんは話し合おうと思ってたので、具体的にはまだ決めてないがですけど、一応ラブライブ!を目指して活動しようかなって思ってます」

「新規の部活がラブライブ!を目指すのって結構大変だよ」

「そうながですか?」

 

 乃々羽はうんうん、とうなずいている。

 

「沢渡さんは、スクールアイドルに詳しい感じなの?」

「ノノちゃんはスクールアイドルマスターながですよ!」

「いえ、私なんか、全然。ただのしがないスクールアイドルオタクです」

「オタクでいいじゃない。知識があることは強みよ。それなら最初のうちは、沢渡さんが主導していろいろ決めるのがいいかもね。東雲さんがスクールアイドルに慣れてきたら、そこから本格的に二人で話し合えば良いと思うよ」

「まずは全ス選にエントリーするのが良いかなって思ってるんですけど、先生はどう思いますか?」

「そうね、全ス選は課題曲制だし、どっちかというと競技よりセミナーの要素が大きいから、初心者にはちょうどいいかも」

「ノノちゃん、全ス選ってなに?」

「この前ちょっと話した夏に行われる『全日本スクールアイドル選抜地方大会』のことです。みんな全ス選って略すんですよ。全ス選はオリジナル曲限定のラブライブ!と違って、課題曲のパフォーマンスをして競う大会なんです」

「色々あるがやね」

「あとは、そうね。まずは他校の活動も参考にしてみるといいんじゃない? 今はネットで色々調べられる時代だから練習メニューとかいくらでも出てくると思うし。あと、近隣校の実際の活動を見てみるのも結構良いと思うよ。映像で見るのと、生で見るのは結構違うから」

「私も高知のスクールアイドルについてはそこまで詳しくないので、是非、一回他校の活動も見てみたいです」

「あれ、もしかして沢渡さんはどこかから引っ越して来た感じ? そういえば高知なまりのない標準語だし」

「はい、ついこの前東京から引っ越してきました」

「先生も標準語やき、東京出身なが?」

「私は高知出身だよ。大学と前の勤め先が東京だっただけ」

 

 話がそれたわねと須藤先生は笑うと、控え室に戻って一枚のチラシを持って帰ってきた。

 

「もし他校の活動に興味があるなら、これ見に行ってみたらどうかしら?」

栴檀(せんだん)学園スクールアイドル部定期公演?」

「セン学のスク部って、高知で一番有名なスクールアイドル部ですよね! たしか、ラブライブ!高知県予選10連覇とかだったような」

「10連覇!?」

「よく知ってるわね。入場料が500円かかっちゃうけど、高知県でスクールアイドルやるならやっぱり高知県トップレベルがどんな感じでやってるのか生で見ておくのがいいと思うのよね。あとこういうところに顔出ししたら、他の学校のスク部の子たちと仲良くなれるかもしれないし」

「オレンジホールでやるがですね」

「オレンジホール?」

「高知で有名な大きいコンサートホールやね」

「ラブライブ!県予選の会場がオレンジホールだから、場慣れの意味もかねてセン学の定期公演はオレンジホールでやるのが通例になってるみたい」

「4月29日……祝日か。うちは特に予定ないき行けるよ」

「私も大丈夫です!」

「私はその日は用事があるから引率はできないけど、楽しんできてね」

「「はい!」」

 

 顧問が決まって、あとは用紙を提出するだけ。

 うまくいけば来週には「かがみ川女子高校スクールアイドル部」が誕生することになる。

 

 ようやくはじまるスクールアイドル活動に心躍らせて、深夜は家庭科実習室を後にした。

 

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