かがみ川女子高校スクールアイドル部   作:記録部

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Side:乃々羽


2024/10/20:オープンスクール

 にぎやかな金管楽器のハーモニーが空気を震わせたかと思うと、ピタリと一斉に鳴り止んだ。静寂を取り戻した講堂に、遅れてまばらな拍手が響く。

 客席には、色とりどりの制服に身を包んだ中学生たちが100人近く座っている。つい一年前までは自分もあの子たちと同じ中学生だったんだと思うと、不思議な感覚が乃々羽の胸に広がった。

 

「ちょっと反応少なめですね」

 

 乃々羽はステージ脇から覗かせていた顔を引っ込めて小声でつぶやいた。横に立っているのは、ステージ衣装をバッチリ着こなした深夜だ。その特徴的なデザインが、深夜のもつ中性的な魅力を引き立てている。ステージをまっすぐと見つめる整ったその横顔を、乃々羽はまじまじと見つめてしまう。何度も見た衣装姿の彼女だけど、見るたびによりスクールアイドルとしての完成度が増している気がする。

 

「まあ、中学生ちゃんたちもちょっと緊張しちゅうがじゃない? それに朝からずっと見学とかしよったがやろ」

 

 会長から聞いた話によると、彼女たち中学生は朝から体験授業や部活見学、学食での食事会など、ぎゅうぎゅうに詰め込まれたスケジュールをこなしてきたらしい。

 そういえば、午前中に乃々羽たちが屋上庭園で練習していたときに校舎の出入り口からちらちらと視線を感じたのだが、今思えばおそらく見学に来た中学生たちだったのだろう。遠巻きに見ているだけだったのは、ふたりが集中して練習していたせいで近くで見学するという雰囲気に見えなかったからかもしれない。

 

「この時間はお腹もいっぱいになって、うつらうつらしはじめる頃やしねえ。このあとまだ個別相談会も控えちゅうらしいし、パフォーマンスタイムはひと休みタイムなんかもね」

 

 深夜の推測に、乃々羽も頷く。先ほどの吹奏楽部のパフォーマンスは全国大会常連の実力を感じさせる素晴らしいものだった。その上、セトリに中学生受けしそうな最近の流行曲を取り入れる工夫までしていたにもかかわらず、反応は控えめ。やっぱり彼女たちはお疲れなのかもしれない。

 

 ステージ上から吹奏楽部のメンバーが次々と舞台袖へとはけてくる。狭い舞台袖は瞬く間に人でごった返し、すれ違うたびに「お疲れさまです」と短い挨拶が交わされている。

 舞台袖には、ドキュメンタリー制作のために密着取材を続けてくれている映像研のメンバーたちの姿もあった。彼女たちはこちらにレンズを向けて、淡々と撮影を続けている。そんな中、乃々羽は、最近映像研に入ったみことの姿を見つけ、軽く手を振った。それに気づいたみことも、少し照れたように手を振り返し、再び他の映像研メンバーたちと何やら熱心に話し合いを始める。その、普段のおちゃらけた姿からは想像できない真剣な表情が、乃々羽には印象的だった。

 

「吹奏楽部のみなさん、素敵な演奏をありがとうございました。続いて、スクールアイドル部のパフォーマンスになります」

 

 ステージ上の会長が、やや熱のこもった調子でスクールアイドル部を紹介する声が、スピーカーを通して講堂に響き渡る。

 

「スクールアイドル部は今年の4月に創部した出来たばかりの部活ですが、今月行われたラブライブ!高知県予選を見事に勝ち抜き、アキバドームで行われる決勝大会を目指して、高知県代表として中四国地方大会に臨みます。可愛くて、楽しい、スクールアイドル部のパフォーマンスを是非楽しんでください!」」

 

「ちょっとハードルあげすぎじゃない?」と深夜が耳打ちしてきたので、「そのハードルを越えるパフォーマンスを見せないとですね!」と乃々羽はウインクしてみせた。

 

「そうやね。かがみ川女子高スクールアイドル部ここにあり、ってとこ、中学生ちゃんたちに見せつけようか!」

「はい!」

 

 言葉とともに、深夜が乃々羽の手をしっかりと握ってくる。その慣れ親しんだ温もりに、かがみ川女子高校スクールアイドル部の沢渡乃々羽としてのスイッチが入る。乃々羽もその手をぎゅっと握り返し、二人は息をそろえてステージへと歩き出した。

 

 ***

 

「以上をもちまして、パフォーマンスタイムを終了します。みなさん、パフォーマンスをして下さった先輩方に、今一度拍手をお願いします」

 

 拍手が響き渡る講堂で、乃々羽はほかの部活の子たちと一緒にステージを降りた。

 

 スクールアイドル部としてのパフォーマンスは、それなりのものを見せられたという自負があった。ステージに立つ前は、初めて立つステージ×アウェイの空気感ということもあり、深夜が全ス選予選のトラウマを思い出さないかと少し心配していたのだが、ふたを開けてみれば完全に杞憂だった。

 むしろ、MCでは乃々羽以上に中学生たちの反応を上手に引き出し、夏前から取り組んできた「アウェイをホームにする」という目標をステージ上でも生き生きと実践していた。今日の彼女のパフォーマンスは、もはやベテランのスクールアイドルの域に達していると言っても過言ではなかった。

 

 とはいえ、中学生たちの反応はやはり控えめだった。それでも、クラップをしてくれる子や、簡単なコールをしてくれる子たちがちらほらいたので、少しは楽しませることはできたように思う。

 今日の目標は「中学生たちに、かが女の魅力を伝えること」。最低限の成果は出せたと感じていた乃々羽は、少しだけほっとしていた。これで、色々とお世話になってきた生徒会にも、少しは恩を返すことができたように思う。

 

 そんなことを考えながら戻り支度をしていたところ、

 

「あ、あの!」

 

 背後から大きな声が降ってきた。

 振り返ると、同じ制服を着た中学生が二人、並んで立っていた。友達同士なのだろう。背の高い子に促されるように、もう一人の小柄な子が一歩前に出る。どうやら先ほどの声の主はこの子らしい。

 彼女はしばらくもじもじと足元を見ていたが、やがて意を決したように顔をあげ、大きな声で言った。

 

「さっきのパフォーマンス、すごくよかったです!」

 

 先ほどまでの緊張した様子からは想像もつかない、よく通る声だった。周りにいた部活の子たちが、何事かとこちらを注目する。

 

「ありがとー! スクールアイドル好きなが?」

「いえ、そういうわけじゃ。あ、もちろん知ってはいました! でも、ちゃんと見るのは今日がはじめてで、それで……先輩たちがめちゃくちゃキラキラしてて!」

 

 彼女のたどたどしいながらも一生懸命言葉を紡いでいく様子が健気で微笑ましい。どこか小動物のような愛らしさを感じさせる。

 

「じゃあ今日をきっかけに、スクールアイドルに興味をもってくれたら嬉しいです!」

「うんうん。それで、もし来年かが女に来たら、スクールアイドル部に入ってくれたら嬉しいがよ」

 

 深夜の言葉に、小柄な子は驚いた様子で顔をあげた。

 

「わたしがスクールアイドルですか!? そんな、滅相もない……! わたし、ずっと帰宅部だったし……」

「うちがスクールアイドル始めたんは今年の4月やし、それまでは帰宅部やったき、全然心配せんで大丈夫よ。来年うちは卒業しておらんなるけど、初心者のうちを半年でここまで鍛えあげたノノちゃん先輩がばっちり指導してくれるきね」

「スクールアイドル部は初心者大歓迎ですよ! もし少しでもやってみたいと思ったら、遠慮せずに是非見学に来てくださいね」

「か、考えてみます!」

「しずかは、その前に受験勉強頑張らないとね。この前の模試の判定も微妙だったたじゃん。そもそもかが女に受かんなかったら、スクールアイドル部に入れないよ」

 

 もう一人の友達が諭すように言うと、しずかと呼ばれた子は顔を赤くして慌てて答えた。

 

「は、そうだった! まずは受験勉強を頑張ります!」

 

 その可愛らしい宣言に重なるように、「見学者のみなさんは事前に指定された教室への移動をお願いします」とアナウンスが流れる。

 

「先輩方、ありがとうございました。では、失礼します!」

 

 もうひとりの大人びた子は両手を揃えて丁寧にお辞儀をすると、スタスタと教室に向かって歩き始めた。しすかは「あ、し、失礼します! まってよ、かのちゃーん」と言いながら、慌ててその後に続いた。離れていくふたりの「優しい先輩たちでよかったじゃん」、「うん! わたし絶対かが女にいくよ!」という、ほっこりする掛合いが聞こえてくる。その背中が見えなくなるまで、乃々羽は彼女たち見送った。

 

「あの子たち、来てくれるとええねえ」

「そうですね」

 

 深夜の静かな声に、乃々羽は心の中で大きく頷いた。

 たとえラブライブ!で優勝したとしても、半年後には深夜はかが女を卒業して、スクールアイドル部は乃々羽ひとりきりになるのだ。ふたりで作ってきたスクールアイドル部の火を繋いでいくためにも、彼女たちのような新入生が入ってくれるのは願ってもいないことだった。

 彼女たちの目にスクールアイドル部が少しでも魅力的に映るためにも、今は文化祭とラブライブ!に全力で集中しよう。そう、改めて乃々羽は思うのだった。

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