後輩たちがはしゃぎながら作業に取り組む姿を見て、思わず深夜の口をついたのは「いやぁ、ええ光景やねぇ」という、どこか年寄りじみた感想だった。家庭科室はまさに青春のひとコマといった様子で賑わっている。キックオフミーティング以降、昼休みは屋上庭園ステージイベントの面々が自然とここに集まるようになっていて、深夜たちの日課にもなっている。
今週は修学旅行中の二年生たちが不在のため、今ここにいるのは、深夜を除けば全員一年生だ。みんな会長が作ってくれた指示書をもとに、備品の整備やリストの作成に取り組んでいる。
「くらちゃん、そっちのスピーカーは大丈夫そ?」
「おけおけだいじょうぶいです」
ジャグリングでステージイベントに参加する空も、すっかりこのグループに溶け込んでいた。今ではまるで以前からの友人のように乃々羽や他の子たちと、自然に言葉を交わしている。自然と言っても、彼女の独特な言葉遣いは相変わらずなのだが。
表情の変化に乏しい空だったが、接してみると感情そのものはむしろ豊かで、ユーモアあふれるタイプだということが深夜にもわかった。今も、手にしたミニスピーカーでジャグリングをするそぶりを見せて乃々羽をからかい、周囲の笑いを誘っている。
「ねーねー、ノノ、これってどうしたらいい?」
「あー、どこだろ。雫ちゃーん、ちょっと見てもらえる?」
乃々羽が声をかけると、わらわらと生徒会の子たちが集まってきて、ケーブルを手に取りながら何やら話し合っている。その輪の中心で、ちょっとオドオドした様子でいるのはもう一人の
(ああ、青春やねぇ)
深夜はそんな青臭い感想を抱いてしまう自分に、思わず口元を緩ませた。
「にぎやかで良いですね」
突然聞き覚えのある声が降ってきてた。反射的に振り返ると、深夜はぱっと振り返る。深夜のすぐそばに少し小柄な年老いた女性が立っていた。誰でも出入りしやすいように家庭科室の扉は開放していたので、いつの間にか彼女が入ってきていたことに、深夜はまるで気づかなかったのだ。
そのどこかで見覚えがある顔に一瞬だけ誰か悩んだものの、
「校長先生……!」
すぐに校長先生であることに思いいたった。一年生たちにも伝えようと慌てて立ち上がろうとした深夜の肩に、そっと校長先生は手を置いた。
「楽しそうにしているのを邪魔するのは悪いですからね。どうぞ、そのままで」
そう穏やかな口調で言うと、校長先生は隣の椅子に静かに腰をおろした。
「3年の東雲深夜です」
「ええ、もちろん知ってますよ。こう見えてもほとんどの生徒さんのことは頭にインプットされているんです。それに、東雲さんはスクールアイドル部で大活躍されていますからね。話はよく耳にしますよ」
「まさか、悪い噂じゃないですよね?」
「ふう、いいえ。もちろん、良い話ばかりですよ。そもそも悪い噂しかない子を、うちの代表として指定校推薦の枠に選んだりしませんよ」
校長先生はくすくすと笑った。
「文化祭の準備は順調ですか?」
「あー、どうながでしょう。初めての試みなんで、実際どこまで準備したら十分ながかはわからんがですよね。でも、みんなで色々頑張っちゅうき、なんとかなると思います!」
深夜が答えると、校長先生は「うまくいくことを祈っていますよ」と柔らかい声で言った。
「それで、先生は今日はどうして家庭科室に来たがです?」
校長先生は服飾部の顧問なので服飾部関連かとも思ったのだが、二年生の雅が修学旅行で不在であることは校長先生なら当然知っているはずだ。
「ファッションショーの準備が順調かのぞきにきたんです」
「宮下さんいないのにですか?」
「彼女は緊張しぃですからね。私が顔を出すと、萎縮してしまうでしょう? だからこうやって、ときどき宮下さんがいないときにこっそり進捗状況を覗きに来てるんですよ」
校長先生を見てド緊張して衣装作りが手につかなくなる雅の姿は容易に想像できた。
「先生、服飾部のこと気にかけてくれちゅうがですね」
「そりゃそうですよ。服飾部は私が作った部ですからね」
「そうながですか!?」
「東雲さんが沢渡さんとスクールアイドル部を作ったように、私もお友だちと一緒に服飾部を作ったんです。文化祭のファッションショーを始めたのも私たちだったんですよ」
校長先生は遠い目をして、当時のことを懐かしんでいるようだった。その瞳には優しい光が宿っていた。
「ですから、貴女たちがこうやって服飾部とファッションショーを再開してくれて、服飾部OGとして本当に感謝しているんです。ありがとうございます」
「うちらは大したことしてないがですよ。全部みやびぃ──宮下さんが頑張っただけです」
「彼女の背中を押して、導いてくれたのはスクールアイドル部でしょう?」
「そうですかね」
「そうですよ。今ここに一年生たちが集まっている光景だって、貴女たちが作り出したものじゃないですか」
一年生たちはにぎやかに騒ぎながら備品についてあーだこーだ言い合っている。あまりに盛り上がっているので、まだ誰一人として校長先生が家庭科室に入ってきたことに気づいていないようだった。
ここにいる子たちとは、スクールアイドルを始めていなければ関わり合いになることはなかっただろう。それが今では、自分を先輩として慕ってくれている。
こうやって仲間が増えて、何かをいっしょに作りあげていく──それは、深夜が心の中で思い描いていた「やりたかった理想」そのものだ。しかし、それを本当に自分たちが作り出したのかと問われると、深夜にはまだ実感が湧かない。
「本当に実感がないがですよ。うちはただ自分が楽しくてこの半年いろんな人まきこんで突っ走ってきただけながです。そしたら、みんなの協力のおかげでいつの間にかこんな風になっちょったがですよ」
「この半年、本当にいろんな生徒や先生から貴女たちの話を聞きました。みんな口を揃えて『かが女にスクールアイドル部ができて良かった』って言っていましたよ。私もこの前の昼休みミニライブを見させてもらいましたけど、生徒さんたちと一緒に楽しんでパフォーマンスしている貴女たちは、本当に輝いて見えました」
「改めて褒められると照れますね」
「ラブライブ!地方大会も楽しみにしていますよ。そちらの準備も順調ですか?」
「地方大会は大雨が降らんかったら、屋上庭園でパフォーマンスする予定ながです。やき、今回の文化祭の準備がそのまま地方大会に繋がるがですよ。それに昼はまだまだ暑いので外で練習するのは危険ですし、文化祭までは文化祭準備に使うことに決めちゅうがです。でも、朝と放課後はみっちりラブライブ!に向けて練習しちゅうので、安心してください!」
テスト明けに、乃々羽や須藤先生と一緒に県予選のパフォーマンス映像を見返す機会があった。改めて冷静に振り返ると、まだまだ成長の余地がたくさん残されていることに気づかされた。地方大会は、県大会レベルのパフォーマンスでは到底通用しない。全国決勝大会に進むためには、セン学やテレストと真正面から渡り合えるレベルが求められるのだ。正直に言って、県大会のパフォーマンスを振り返ると、セン学やテレストとの間には歴然とした差があった。
それでも、深夜たちは地方大会のステージに立つ瞬間まで決して諦めるつもりはない。限られた時間の中でできる限りの練習を積み、少しでもあのレベルに近づいてみせるつもりだ。
ふと、にぎやかな声が一層大きくなった気がして、深夜は一年生たちの方に目を向ける。おしゃべりに夢中だった彼女たちが、やっと校長先生の存在に気づいたらしい。
「校長先生! い、いつからいらっしゃってたんですか!?」
「ひょっとして、ずっと見られてた!?」
慌てふためきながら一年生たちは一斉に立ち上がり、「こんにちは!」と元気な挨拶が家庭科室にこだました。
校長先生は微笑みながら手を振り返し、「みなさん、準備頑張っているようですね」とねぎらいの言葉をかけた。その優しい笑顔に、一年生たちはますます盛り上がりを見せる。
その時、家庭科準備室の扉があいて、慌てた様子で須藤先生が顔を出す。校長先生という言葉に反応したらしい。お弁当を食べている途中だったのか、口をもごもごとさせていた。
「みゃー先輩、校長先生が来られてるんだったら教えてくださいよ!」
「ごめんごめん、校長先生とナイショの話しよったがよ」
「えー、何を話してたんですか?」
「それは乙女のヒミツやき教えられんねぇ」
思わせぶりな深夜の言葉に反応して、一年生たちが次々と深夜と校長先生を囲むように集まってくる。須藤先生も、慌ててその輪に加わってきた。
5限を知らせるチャイムが鳴るまでの間、家庭科室はかしましい笑い声と賑やかな空気に包まれていた。