「次、軽音部さんスタンバイお願いします」
乃々羽に促されて、4人組の制服姿の女の子たちがステージへと上がっていった。
講堂のステージ裏では、「屋上庭園ステージイベント班Tシャツ」を身に着けたメンバーたちが忙しく立ち回り、器材の運搬や人の誘導に追われている。時計を見ると、時刻はすでに14時半。本来なら乃々羽と一緒にクラスの出し物を楽しんでいるはずの時間だったが、今はこうして講堂で手伝いをしている自分がいる。
なぜこうなったのか、深夜は今朝の出来事を思い出した。
***
「みゃー!!」
講堂の入り口で待っていた羽南は、深夜の姿を見つけると駆け寄ってきた。周りでは文化祭実行委員会のTシャツを着た生徒たちが、忙しそうに出入りしている。
「ごめん、突然よびだして」
「ええよー。雨で屋上庭園ステージイベントは中止になったきね。ノノちゃんとぶらぶら見て回ろうかって相談しよったとこやったし」
外は激しい雨が降り続き、講堂の屋根を叩く音が響いている。
時間は10時10分。ついさきほど、校内放送で屋上庭園ステージイベントの中止のアナウンスが流れたばかりだ。その直後、羽南から「すぐに講堂に来てほしい」とメッセージが入って、深夜は慌てて講堂にやってきたのだった。
「で、どうしたが?」
深夜が尋ねると、羽南は何か言いたげに一度口を開きかけ、少し間を置いてから、言葉を絞り出すように言った。
「あのさ。今日一日だけでいんだけど、講堂イベントの運営、手伝ってもらえない?」
深夜はきょとんとした表情で羽南を見つめた。
「うちが?」
「できたら、屋上庭園ステージイベント班で手伝えそうな人たちなるべく多くがいいんだけど……」
羽南の申し出に、深夜は軽く首を傾げた。文化祭実行委員会のイベント班には、講堂イベントを運営するのに十分な人数が揃っていたはずだ。
「なんか人手不足になるようなことでもあったが?」
「それが……」
羽南は簡単に経緯を説明してくれた。
昨晩、文化祭実行委員会イベント班のメインを務める2年生たちを中心に壮行会が開かれたのだが、どうやらその食事が原因で軽い食中毒が発生したらしく、彼女たちの多くが体調を崩してしまったらしい。朝には無理矢理登校してきた子たちもいたらしいのだが、先生たちの判断で、とりあえず今日は下校することという判断が下されたのだという。
「で、イベント班は予定人数の半分以下しか現状いないわけ。他の班から何人か手伝いに回してはいるんだけどさ、他の班は他の班で仕事あるから限界あるし。一応開会式は人数少ないなりになんとか回したんだけど、キャパオーバーになって泣いちゃった1年生がいたりしててさ。もうどうしようもないって感じ……」
はぁぁ、と羽南は重いため息をついた。普段ひょうひょうとしている羽南が、ここまで露骨に焦りを隠さず、追い詰められた様子を見せるのは初めてだった。
「屋上庭園ステージイベントのことは手伝えないとか言っておきながら、今になってこんなお願いするのはさすがに図々しいって分かってるんだけど……ごめん、この通り」
羽南は突然頭を下げた。いつもは丁寧にセットされている茶色の髪が少し乱れているのが、深夜の目にちらりと映る。
「うちら友だちやろ? そんな頭なんて下げんでええって。わかったき、わかったき。とりあえず、グループラインで手伝える人おるか聞いてみる」
「ホントに!? ありがとう! 恩に着る!」
羽南が勢いよく深夜の手を握りしめた。その顔に浮かぶ笑顔は、どこか泣き出しそうにも見えて、深夜は静かに息をついた。
***
結局、グループチャットで呼びかけたところ、屋上庭園ステージイベント班の全員が手伝いに駆けつけてくれたのだった。
クラスの出し物番などで一時的に抜けるメンバーもいるが、みなそれぞれの時間と力を最大限、講堂イベントに割いてくれている。特に、楽器について詳しいRe-Ariseや、イベント運営に慣れてた生徒会メンバーは八面六臂の活躍を見せていた。彼女たちだけではない。初対面の人があまり得意でない雅やマイペースな空なども、彼女たちの出来る範囲で一生懸命協力してくれている。
そういえば、と深夜は思い出す。そろそろ空がクラスに戻らないといけない時間だ。入り口の案内役を空と交代するため舞台袖から客席に向かおうとした深夜は、ふと後ろから声をかけられた。
「東雲先輩、あのっ……」
声の主は文化祭実行委員会Tシャツを着た、ザ・委員会系という見た目の女の子だった。たしか、ステージイベントの説明会で壇上に立っていた子だ。
「えっと、イベント班でサブリーダーやっちゅう2年生の芝崎さんやっけ?」
「あ、はい、そうです」
「どうしたが? なんか手伝ってほしいことある? うちこれから入り口の案内役かわらないかんき、なんかあるがやったら、他の子よぼうか?」
「いえ、そうではなくて……少しだけ東雲先輩とお話させていただきたくて。先輩が屋上庭園ステージイベント班のリーダーですよね?」
「まあ、一応そうみたい」
リーダーといっても、特に誰かが任命したわけではない。唯一の3年生だから、深夜が自然とその役を引き受けているようなものだった。
すると芝崎は「手伝っていただきありがとうございます」と、深々と頭を下げた。
「困ったときはお互いさまやきね。それにうちは単に
深夜が軽く笑って返すと、芝崎はそうじゃないと言うかのように首を横に振った。その眼鏡の奥にのぞく瞳は、なぜか真剣でそのもので──。
「屋上庭園ステージイベントの皆さんには、その、いろいろと……」
芝崎の言葉はどこか歯切れが悪かったが、深夜には彼女が何を言いたいのか、なんとなくわかる気がした。
実行委員会の中には、屋上庭園ステージイベントに対して反発している子が少なからずいる──そんな話を、深夜は羽南から聞いていた。実際、反発するメンバーたちに配慮したことで、羽南が副委員長であるにも関わらず、委員会は屋上庭園の準備にはほとんど協力してくれなかったのだ。まあ、どちらかというと「非協力」というよりは「不干渉」に近い形だったのだが。
その反対派の中心にいたのが、芝崎をはじめとした2年生たちだったのだろう。
自分たちが反対していた手前、今こうして自分たちの失態を尻拭いされる形で助けを借りていることに、芝崎はばつの悪さを感じているのかもしれない。
「なんかあったっけ?」
深夜はわざととぼけてみせた。
実際、彼女たちは特に積極的な嫌がらせをしてきたわけではない。非協力的だったのは確かだが、それも「消極的な嫌がらせ」というよりは単なる「不干渉」だった。正直なところ、その影響で何か深夜たちに困ったことが生じた訳でもない。むしろ、おかげで仲間内だけで気楽に進められた部分もあるし、今はそのスタンスをとってくれて助かったとすら思っている。
「あの、その……」と言いよどむ芝崎に、深夜は軽く肩をすくめて、さりげなく救いの手を伸ばす。
「うち、芝崎さんが何を言いたいがかよーわからんがやけど、みんな文化祭に向けて頑張ってきたわけやし、協力して楽しい文化祭にしようね」
「……はい!」
芝崎はもう一度深々と頭を下げると、ステージの方へと走っていき、スタッフたちに的確に指示を出し始めた。その姿を見ながら、先ほど自分が口にした言葉に偽りがないことを、深夜は改めてかみしめていた。
スクールアイドルとして、深夜が本当にやりたいのは、かがみ川女子高校全体を楽しく盛り上げることだ。たとえ、それが自分たちをよく思っていない人たちを助ける形になったとしても──。
(我ながら、さすがに偽善者すぎるかねぇ)
苦笑いを浮かべつつ、交代を待つ空を待たせすぎないよう、深夜は足早に入り口へと向かった。