かがみ川女子高校スクールアイドル部   作:記録部

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Side:乃々羽


2024/11/23:ラブライブ!中四国地方大会本番直前

「港南台商業高校スクールアイドル部でした!」

 

 深々と礼をするスクールアイドルたちからカメラが引いて、体育館全体の様子が画面に映し出される。

 観客席は沢山の観客で埋め尽くされていた。みなお揃いのTシャツを着ていて、その周りで全ス選でも見かけた港南台のマスコットキャラクターの着ぐるみが踊っている。「せーのっ!」という掛け声に合わせて観客たちが一斉にボードを掲げると、「行くぞアキバドーム!」という文字が浮かび上がった。

 

(わたしは好きだけど、こういう演出は結構好き嫌いが分かれるよね)

 

 スクールアイドル部と学校の団結力は強調される一方で、演出が少々過剰だと感じる層も一定数いそうだ。そんなことを考えながら、乃々羽はスマホ画面に視線を戻す。画面は運営スタジオの様子に切り替わっていて、投票を促すメッセージが表示されていた。

 乃々羽はメッセージをタップして、4点と入力するとスマホを鞄にしまった。

 

「ノノちゃんもう採点おわったが?」

 

 部室の向かいの席には深夜が座っている。既に衣装に着替えていて、メイクもバッチリだった。ピンクのアイシャドウが少し切れ長な深夜の目を強調していて、アイドル感が強くなっている。その整った顔立ちに、乃々羽は思わず見惚れてしまいそうになる。

 

 先ほどまで衣装を整えてくれていた雅と空はすでに屋上庭園に移動していて、室内には乃々羽と深夜の二人だけが残されていた。二人も本番前最後の必須採点校である港南台の採点が終わり次第、屋上庭園に移動することになっていた。

 

「はい、終わりました。みゃー先輩は?」

「うーん、悩み中。採点ってむずない? 正直うちの目から見たら、どの学校も5点満点に見えるがよねぇ」

「それならそれで良いんじゃないですか?」

 

「じゃあ、そうするかー」と言いつつも、深夜はまだ悩んでいるようで、スマホ画面の上で指を行き来させている。

 

 地方大会の採点システムは県予選と大きくは変わらない。異なる点といえば、オンライン視聴者の投票が結果に反映されることくらいだ。それがどの程度の重み付けになるかは明かされていないが、一校分程度の得点になるという噂がまことしやかにささやかれている。

 

 深夜が採点に悩む理由は、乃々羽にも理解できた。これまで6校のパフォーマンスを採点してきたが、県予選に比べて全体的にレベルがあがっている分、パフォーマンスそのものでの点差をつけにくい。加えて、各校がまったく別の環境でパフォーマンスを行うため、単純比較が難しいという問題もある。

 

 それでも、と乃々羽は思う。

 

(テレストには迷うことなく5点つけちゃったんだよね)

 

 2番手でパフォーマンスを行ったテレストのことが脳裏に浮かぶ。

 乃々羽たちも立ったあの大ホールでのパフォーマンスは、圧巻だった。プロが使うレベルのコンサートホールで行われた、プロ顔負けのパフォーマンス。スクールアイドルの舞台というより、プロアイドルのコンサートを有料配信で見たかのような完成度に、乃々羽は画面越しでも圧倒されてしまった。

 

(覚悟はしてたけど、あれが今年の中四国大会勝ち抜きの基準になるんだよね)

 

 そんなことを考えていると、乃々羽はやけに手先が冷たいことに気づいた。昨日よりは若干冷え込んで秋の涼しさはあるものの、ここまで寒く感じるほどの気温ではない。

 

 ──緊張。

 

 その二文字が頭をかすめる。全身から血の気が引いていくような感覚に襲われた。乃々羽は小さく頭を振るが、その仕草がかえって意識を集中させてしまって、手が小刻みに震えはじめた。

 

(なんで……)

 

 これまで数え切れないほどステージに立ってきた。もっと大きな舞台も経験済みだ。たとえばジュニアスクールアイドル全国決勝大会では、1万人近くの観客の前でパフォーマンスを披露した。それなのに、緊張なんて一度もしなかった。

 けれど、今日は違う。体が思うように動かず、心が締め付けられるように苦しい。

 

(こんなの初めてだ……)

 

 理由は単純だった。これは、乃々羽にとって本当に「初めての経験」だったからだ。

 

 清学時代、勝ち抜くのは当たり前だった。強豪校の一員として、敗北の可能性を考えたことすらなかった。

 かが女での最初の挑戦だった全ス選は、そもそもスタートラインに立てていない状況だったため、「負けて当然」と割り切っていた。一方で県予選は準備も万端で、勝てるという確信があった。

 でも、今回は違う。勝つか負けるか分からない。そんな状況で乃々羽が大会に臨むのは、これが初めてなのだ。そのことに、乃々羽自身はまだ気づいていない。

 

 喉が渇き、視界から色が消えていくような感覚がする。

 それらをどう扱えばいいのか、乃々羽は分からなかった。ただ、戸惑いと焦りだけが心を満たしていく。

 

「こんにちはー!」

 

 部屋の外から聞こえて大きな声が、少しだけ乃々羽を現実に引き戻す。

 

「始まったねぇ」

 

 深夜が立ち上がた。スマホは机の上に置かれていて、乃々羽が気づかないうちに採点を終えていたようだった。

 

 外では生徒会長がマイクを通して観客たちに注意事項を伝えている。その声に負けじと観客たちの歓声が沸きあがる。

 アップから部室に戻ってきた時にもいろんな人とすれ違って声をかけられたことを乃々羽はぼんやりと思い出した。集合時間がすぎてもう少し多くの人が集まっているのかもしれない。

 

「ノノちゃん、そろそろいこっか?」

「は、はい!」

 

 ぱっと目をあげると、いつの間にか深夜は扉の前に立っていた。乃々羽は立ち上がろうとするが、足に力が入らない。椅子の背に手を置いてゆっくりと立ち上がると、ふわふわとした浮遊感に包まれる。

 

 屋上庭園に行って、

 スタンバイして、

 最終確認して、

 パフォーマンスする。

 

 乃々羽はこれからの流れを頭の中で繰り返す。

 

「カバン、置いていかんと」

 

 深夜に声をかけられて、乃々羽は自分がカバンを肩から提げていたことに気づいた。慌てて鞄を机の上に置いて、入り口で待つ深夜の元へと向かった。

 

「ノノちゃん、ちょっと緊張しちゅう?」

 

 深夜の問いかけに答えられないでいると、深夜は乃々羽の手をとって微笑んだ。冷え切った指先が、ほんのりとあたたかくなる。深夜はそれ以上何も言わなかった。

 

 乃々羽は深夜に手を引かれて、部室の外へと足を踏み出した。

 

 その瞬間、空気が変わった。

 

 たった扉を一枚隔てただけで、声の圧力が一気に強くなる。軽快な会長のトークと笑い声やつっこみの混じる生徒たちの声。それは想像していたよりもずっと大きなものだった。

 乃々羽は気づいたら深夜の手を離して、階段を駆け下りていた。

 

 乃々羽は廊下の窓から体を乗り出す。

 

 屋上庭園の中心に作られたステージは、昨日の放課後にみんなが力を合わせて設営してくれたものだった。立派な木組みのステージの上で、会長がマイクを持ちつつ、みことや空と一緒にサビの振り付けを教えていた。

 ステージを囲むように、屋上庭園は制服姿の生徒たちでひしめきあっている。ざっと見てもゆうに100人以上。各々、楽しそうに振り付けを真似していた。その手にはみことたちが観客用にと用意してくれたケミカルライトが握られている。すでに折ってしまった人もいるのか、観客の中で青やピンクの光がちらほらと揺れていた。

 

 それだけではない。向かいの新校舎の廊下にも、生徒や先生たちの姿がひしめいている。校舎の窓からは色とりどりの垂れ幕や横断幕がつるされていて、風を受けて揺れていた。その中で、乃々羽の視線は一枚の横断幕に吸い寄せられる。

 

「高知県最強スクールアイドル 沢渡乃々羽」。

 

 ピンク色の横断幕。その右下には「1年B組一同」の文字が記されていた。

 クラスメイトたちがこんなものを用意してくれているなんて、乃々羽は知らなかった。

 

 ──これが、ラブライブ!地方大会。

 

 清澄白河女学院スクールアイドル部の一員だったころ、応援する側として地方大会に参加したことはあった。それに、大好きな「&GAIN!!!」の映像を見て「これが地方大会の醍醐味だよね」なんて知った風な口で感想をつぶやいたことも一度や二度ではない。だから、乃々羽は地方大会がどんなものなのか「知っている」つもりだった。

 

 知っていた。けど、本当の意味で理解して(わかって)なかった。

 ステージに立つ──応援される側としてこの光景を見るのは、想像していたものとはまったくの別物だった。

 

(ここで、スクールアイドルとしてパフォーマンスするんだ)

 

 その瞬間、一気に世界が色を取り戻す。

 心臓がドクンと力強く脈をうち、頭に、足先に、そして指先に、あたたかな血が巡っていくのを感じた。

 乃々羽は拳を握ってからゆっくり開き、足元の廊下を強く踏みしめた。

 

 ──はやく、あのステージに立ちたい

 

 心の底から湧き上がるワクワクが、冷え切っていた胸を一気に熱くする。

 

 そのとき、背中にぽんと軽い感触があった。振り返ると、深夜が目をキラキラと輝かせながらステージを見つめていた。

 その表情を見て、乃々羽は思う。

 自分もきっと、今同じ顔をしているに違いない。

 

「みゃー先輩、はやくいきましょう!」

 

 乃々羽は、今度は自分から深夜の手をしっかりと握り、ステージに向かって駆け出した。

 

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