最後の学校のパフォーマンスが終わってから30分が経った。大講堂はにぎやかなざわめきに包まれている。
乃々羽たちの出番から既に2時間近くが経過しているにもかかわらず、講堂には100人以上の関係者が残ってくれていた。床に座ったり立ち話をしたり、思い思いに過ごしている中で、乃々羽と深夜はステージ前の中央で二人並んで腰を下ろして結果発表を待っていた。
汗だくになった衣装からは着替えて、今の二人は制服姿。夕方にかけて気温が下がり、シンとした冷え込みが足元からじんわりと靴下越しに伝わってくる。
やりきった──そんな充足感が今の乃々羽の胸の内にある。
憧れたステージで、憧れ以上のパフォーマンスを披露できたという達成感。
スクリーンには先ほどから「集計中」の文字が浮かんでいる。
乃々羽が深夜に話しかけようと思ったその瞬間、スクリーンの映像が切り替わり、スタジオの様子が映し出された。
「ただいまより、第31回ラブライブ!中四国地方大会の結果発表を行います」
アナウンサーの透き通った声が講堂内に響き渡る。その瞬間、会場内のざわめきがさっと静まった。
「まずは各校の受賞発表です」
乃々羽は思わず祈るように手を組んだ。手のひらにはじんわりと汗が滲んでいる。淡々と進む各校の発表に耳を傾けているうち、ついに
「10番、高知県代表かがみ川女子高等学校」
祈る手をぎゅっと握りしめ、額に当てる。
「ゴールド、金賞」
スクリーンに「金賞」の文字が映し出されると同時に、大講堂内に歓声がわき起こった。乃々羽は隣に座る深夜の手をぎゅっと取る。
(まずは、ゴールド金賞)
最初の関門を突破したことで、一瞬だけ安堵の気持ちが胸をよぎる。けれど、ここが目標ではない。乃々羽たちが目指すのはアキバドームのステージ。あの舞台に応援してくれたみんなを連れて行きたい。
あっという間に各賞の発表が終わる。
金賞をとったのはテレスト、セン学を含めた5校だった。
2番、テレスト学院
7番、自由が丘学園
9番、倉敷女子
10番、かがみ川女子
16番、栴檀学園
この中から、2校だけが
「続きまして、全国決勝大会進出校を発表します」
呼吸が自然と速まり、胸が張り裂けそうなほど激しく鼓動を刻んでいた。
「2番、徳島県代表テレスト学院高等学校」
スクリーンの中継画面がぱっとテレスト学院に切り替わる。大ホールの壇上に立つはじめと櫻子が、小さくガッツポーズをする姿が映し出された。
順当な結果だ。
残された枠はあと1校。
「じゅう……」
その三文字が発せられた瞬間、世界がスローモーションに切り替わる。
決勝大会進出は
──お願い
────お願いだから
「……ろく番、高知県代表栴檀学園高等学校」
スクリーンはテレストから歓喜に沸くセン学の大講堂に切り替わる。涙で顔をくしゃくしゃにして抱き合う倫が御代の姿が大きく映し出された。
かが女の大講堂では、どこからともなく拍手が起こり、そのあたたかい音が乃々羽を包み込んだ。
──終わったんだ
──みゃー先輩とはじめた第1期かがみ川女子高校スクールアイドル部は、ここで終わるんだ……
やりきったという満足感は霧散して、ただ、全国決勝大会にいけなかったという現実が乃々羽を強く打ちのめす。
気づいたときには、大粒の涙があふれ出していた。それは県予選が終わったあとのような歓喜の涙ではなく、終わりを迎えたことへの悔しさと悲しみの涙。
応援してくれた人たちの手前、泣いてはいけないと頭の中で分かっているのに、どうしても涙を止めることができない。
ぽん、と肩に手がのる。
「ノノちゃん。終わるまでがスクールアイドルやきね。最後まで、笑顔、笑顔」
乃々羽はポケットからハンカチを取り出して顔を拭う。それでも涙は止まらなかった。
深夜が先に立ち上がり、後ろを振り返った。すると、「お疲れさま!」という声とともに大きな拍手が深夜に向けられる。
乃々羽ものろのろと立ち上がった。目尻をハンカチで押さえることで精一杯で、嗚咽が漏れそうになるのをどうにかこらえることしか出来ない。それを察したのか、深夜が口を開いた。
「みんなのおかげで金賞とれた! ありがとう!」
深夜の声は後悔一つ無い、晴れやかなものだった。
「けんど、全国決勝大会には行けんかったねぇ。みんな最後まで残って応援してくれたのにゴメン」
「そんことないよ!」「素敵なステージをありがとう!」「スクールアイドル部最高!!」
深夜に答えるように、いろんな声がとんでくる。
「でもうちは全然悲しくないがよ。誤解せんとってな。うちだってそりゃアキバドーム行きたかったがよ。でもね、今日は本当に、めっっっっちゃ楽しいパフォーマンスができたがよ。正直、個人的には今日の屋上庭園はアキバドームやったと思っちゅう。こんな素敵なステージをみんなで作ってくれて、本当にありがとう。うち、かがみ川女子のスクールアイドルで良かった!!」
深夜の叫びが大講堂にこだまする。
割れんばかりの拍手が深夜に向けられる。
「今年のスクールアイドル部の活動はここまでやけんど、かがみ川女子高校スクールアイドル部はまだまだこれからもつづいていくきね。来年はうちの横におるノノちゃんを中心に、次こそはアキバドームにみんなをつれて行くき、1年生と2年生はこれからもスクールアイドル部をよろしくね」
深夜の声が、大講堂に響き渡る。それはどこまでも晴れやかで、どこまでも力強かった。
拍手と歓声が講堂全体を包み込む中、乃々羽は視界が涙で歪むのを止められなかった。深夜の言葉はまっすぐに耳に届くのに、それを飲み込む心が追いつかない。悔しさ、悲しさ、ほんの少しの満足感──複雑に絡み合った感情が胸の奥で渦を巻き、乃々羽の中を埋め尽くしていた。
(わたしも、ちゃんと……)
感謝の気持ちを伝えたかった。応援してくれた人たちに、背中を押してくれた友だちに、そして深夜に。それでも、今はその言葉を形にする余裕は乃々羽になかった。乃々羽はハンカチをぎゅっと握りしめて、ただ、深夜の背中を焼き付ける。それが今の乃々羽にできる精一杯だった。