乃々羽は、帰宅してからずっと自室に引きこもっていた。
泣きすぎたせいで、目はパンパンに腫れ上がり、鏡を見る気力すら湧かない。
ずっと追いかけてきた夢が終わっても、涙ひとつ流せないような冷めた人間だと思っていたのに。
『もし、明日からはじまる新しい生活で、また何か好きなものに出会えたとして。それが今回みたいに終わりを迎えたとき、また同じように何も変わらないんじゃないかって。変われないんじゃないかって』
半年前、乃々羽を悩ませていたその考えが、今思えばどれほど浅はかなものだったのか。
本気というのは、ただ時間やリソースをたくさん割くだけのことではない。
気持ちをどれほどそこに込めているのか、なのだ。
そんな当たり前のことに、ようやく乃々羽は気づいていた。
清学でのスクールアイドル活動は一生懸命だった。けれど、本気ではなかった。
だから、夢をあきらめても涙ひとつ出なかったのだ。
そして、今。
夢破れて、涙を止めることができない自分がいる。
本気だった。
本気で、かがみ川女子高校でスクールアイドル活動をしていた。
本気で、みゃー先輩とアキバドームのステージに立つつもりだった。
たった半年という短い時間が、乃々羽の中でこれほどまでにかけがえのないもにになっていたことに、終わってみて改めて気づく。そして、その想いに今さら気づいたところで、今日の結果が覆ることはない。
今日の動画はまだ見返すことができないでいる。
それでも、今日のパフォーマンスそのものには、一切の後悔はなかった。
あのステージで、自分たちはやれるすべてを出し切った。そして、観客たちはそのすべてを受け止めてくれた。
スクールアイドル沢渡乃々羽として見れば、あれは間違いなく人生最高のステージだったという自負がある。
でも、結果には後悔しかない。
本気だったんだ。
これが、本気なんだ。
──アゲイン。もう一度。
ふと、頭の中で「&GAIN!!!」のサビが響く。
もう一度は、もう二度とない。どんなに願っても、どんなに本気だったとしても。
スクールアイドルとして、かがみ川女子高校スクールアイドル部として、みゃー先輩と一緒にステージに立つことはない。
明日からは一人っきりで、かがみ川女子高校スクールアイドル部を続けていくのだ。
その事実が、乃々羽を深く打ちのめす。
じわりと滲んでくる涙を、乃々羽は拭おうとすらせず、枕に顔を埋めた。
もう一度だけでも、みゃー先輩と並んで、かがみ川女子高校スクールアイドル部としてステージに立ちたい。
あきらめきれない想いが、どうしようもなく胸を締め付ける。
けれど、その願いが二度と叶わないことは、乃々羽が一番よく分かっていた。
どれだけ涙を流しても、どれだけ後悔しても、時間は戻らない。
(終わっちゃったんだ……)
静まり返った部屋の中で、その言葉だけが胸の中に何度も響く。
手を伸ばしても掴めない、消えてしまった夢の残響。
乃々羽は、枕に顔を埋めたまま動けなかった。
涙が枕を染めていく感触さえも、今はただ虚ろに感じる。
明日が来ることが、怖かった。
あの日は何も変わらない、変われないことが怖かったけど。
今は明日が来て、すべてが変わってしまうことが、何よりも怖かった。
それでも時間は無情に過ぎていく。
どんなに泣いても、どんなに願っても、時計の針は止まってはくれないのだ。
乃々羽は、涙の重さに押しつぶされるように、静かに目を閉じた。
枕の中で響く嗚咽が、夜の闇にゆっくりと溶けていった。