2024/11/30:指定校推薦試験前日
「受験前日やのにこんなに遊びよってええがやろうか?」
「良いんじゃないですか? 明日は寝坊せずに会場にさえたどりつければ実質合格ですし」
「御代って意外に肝座っちゅうね」
「合理的って言ってください」
向かいの席に腰掛ける御代は、セン学のペンライトを窓際にかざして、アキバドームを背景に写真を撮っている。その姿は、明日受験面接を控えた受験生には到底見えなかった。
同じ大学の指定校推薦を受ける御代と一緒に、試験前日に東京入りした深夜がいるのは、アキバドーム近くにある大観覧車のゴンドラだ。ホテルにチェックインした後、スクールアイドル聖地巡礼ツアーを満喫して、最後にこの観覧車に乗り込んだ。高知市内にある小さな観覧車しか知らない深夜にとっては、大観覧車の大きさに圧倒されていた。はしゃぐ御代を横目に、深夜もゴンドラの窓から下を覗く。
目の前に広がる風景は、見慣れた高知とは全く違う。人の数、建物の数、そしてその高さまで。辺りはほんのり薄暗くなり、灯りが次々とともり始めると都会らしさがさらに色濃くなる。想像以上の煌びやかな光景に、深夜は息を呑んだ。
無事に合格すればこの大都会で春から暮らすことになるのだが、目の前に広がる光景はどこか遠い異世界のように映っていて、その事実がなかなか実感として湧いてこない。
「ほんとに実家からじゃなくて良かったが?」
御代も深夜と同じ試験会場近くのホテルに宿泊している。彼女の実家は神奈川なので通えるはずなのだが。
「一緒にスクールアイドルめぐりできるって楽しみにしてたのはわたしだけだったんですね……」
「う、うちも楽しみにしよったよ! って、メインは受験やろ。まさかここで遊ぶためにわざとホテルとったがじゃないろうねぇ」
「そんなことないですよー。
「そうながや。うちはてっきり、田舎者のうちのこと心配して御代がついてきてくれたがやって思いよったがやけど」
「まぁ、それもありますね。深夜ひとりだと、受験会場すらたどり着けなさそうですし」
「うちだって、スマホがあったらなんとかなるき」
「今日はなんとかなってなかったじゃないですか」
御代が笑いながら言う。その通りだった。電車の乗り継ぎで迷ったり、快速と各停を間違えたりするたびに、御代が正しい方向へ誘導してくれたのだ。
こんなんで4月から本当にやっていけるのだろうかと深夜は少しだけ不安になる。
御代がペンライトを鞄にしまうと、かかっていた小さなぬいぐるみキーホルダーが揺れた。ラブライブ!30周年を記念したマスコットキャラクターのキーホルダーだ。同じ物が深夜の鞄にもついている。観覧車に乗る前、二人で訪れたスクールアイドル記念館で購入したものだった。
記念館ではラブライブ!の歴史に焦点を当てた特設展が開かれていて、御代は目をキラキラと輝かせながら、展示を一つ一つじっくりと見つめていた。普段はあまりスクールアイドル好きを前面に押し出さない彼女だったが、このときばかりはその内に秘めた「ガチ勢」らしさが垣間見えた気がした。
展示自体は非常に丁寧に作られていて、ラブライブ!について漠然とした知識しか持ち合わせていない深夜でも十分に楽しめる内容だった。何より、若かりし頃の日向先生とけーちゃん先生が並んで写る写真を見つけた瞬間は、ふたりで大きな声をあげて盛り上がってしまった。
記念館を出る直前、御代がラブライブ!グッズを身にまとった海外の観光客に声をかけられ、一緒に写真を撮っていたことを思い出す。後から聞いたところによると、その観光客は御代のことを知っていたのだそうだ。ラブライブ!全国決勝大会進出校のエースとして、御代の存在感は海外勢にまで響いているらしい。その場の御代は、まるでプロのアイドルのような立ち居振る舞いで、深夜は少しだけ誇らしい気持ちになった。
そんな出来事を思い返しているうちに、いつのまにかゴンドラは観覧車の頂点に到達していた。眼下には、アキバドームの全景が広がっており、その堂々たる姿に深夜は改めて息を呑んだ。
「御代、来月あそこに立つがやもんね」
「そうですね……まだ全然実感ないですけど」
「年明けまでずっと練習なが?」
「お正月だけ1日お休みです。あとはずーっと練習ですね」
「セン学はストイックやねぇ」
「でも、地方大会のあとに『気が抜けてる』って、けーちゃん先生にお説教くらいましたけどね」
「そうなが?」
「アキバドームに立つのが今年の目標だったんで、みんなあそこでちょっと満足しちゃったんですよね。それを見抜いたけーちゃん先生に『中四国地方の代表としてアキバドームに立つんだから、地方大会以上のパフォーマンスを見せなくてどうするの!』って一喝されちゃいました」
けーちゃん先生が淡々とした口調で説教している姿が目に浮かぶ。その厳しさがあったからこそ、セン学はアキバドームに立てたのかもしれない。
「深夜は、もうスクールアイドルの練習はしてないんですか?」
「してないねぇ。正式に引退したわけじゃないけんど、今週は受験もあったきねぇ。あと、万が一も考えて合格発表まではちゃんと受験生しようと思ってね」
合格発表は12月12日。指定校推薦の面接は形式的なものなので基本的に合格が前提とはいえ、絶対ではない。今さら付け焼き刃の勉強でどうにかなるとは思えないが、地方大会が終わってから一応受験生らしく共通テストに向けての勉強を再開していた。
深夜は自分の頬にそっと手をあてる。どことなくふっくらしている気がして、少しだけため息が漏れる。練習をやめてたった1週間。昨日、何気なく体重計に乗ってみると、地方大会前と比べて1キロ近く増えていて思わず声を上げてしまった。いつの間にか食事量が「運動部仕様」に慣らされていたらしい。
運動量が減ったのだから、食事量も合わせて減らせばいいのだろうが、一度拡張された胃袋はそう簡単には元のサイズに戻ってくれない。
(高知に帰ったら、朝のランニングは再開せんとね……)
心の中で自分に言い聞かせながら、深夜はふたたび窓の外の景色に意識を向けた。
「冷静に考えたら
「ヤバいですよ。プロアイドルの中でもあの箱を使える人なんて、ほんの一握りですし。私があそこに立つのは、これが最初で最後になるかもしれないですね」
「うちもあっこに立ちたかったなぁって、こうやって見るとちょっと思うねぇ。まあ、うちには御代らみたいに『絶対にアキバドームに立つ』っていう強い思いがあったわけじゃないけんど」
「まだチャンスはあるじゃないですか」
「チャンス?」
「オープニングアクトですよ」
「あぁ……」
地方大会敗退校の中からオンライン投票で1校だけ選ばれるオープニングアクト。決勝進出枠ではないが、確かにそれならステージに立つことは可能だ。
ただ、「立てる」と「立つ」は近いようで遠い。
「でも、あれってだいたい有名校とかめっちゃバズった学校が選ばれるがやろ?」
県予選前に、乃々羽がルールを確認しながら口にした言葉を思い出す。
『基本的にコアファンの多い知名度の高い学校か、有名なスクールアイドルちゃんがいる学校か、その年めちゃくちゃバズった学校のどれかが選ばれるんです』
できたばかりで特にバズった経験のないかが女は、実質的にノーチャンスだ。
「それはそうですけど、可能性はゼロじゃないですからね。投票は明日からです! 必ず毎日忘れず投票ですよ!」
「ひとり1日1票やったっけ?」
「そうです。それが3週間ですね。なので、1人あたり最大21票投票できます。
御代が勢いよく計算を披露する。
御代たちのように友だちや先生、家族──身内は、かが女に投票すると口を揃えて言ってくれている。それでも、正直なところ数千票いけば良い方だろう。
オープニングアクトに選ばれる学校は、軽く10万票以上は集めると聞いたことがある。単純計算で、少なくとも5000人以上が投票していることになる。毎日投票しない層まで考慮すると、1万人以上が投票していてもおかしくない。そう考えると、ますます聖リリのような有名校以外には可能性が薄いと感じてしまう。
「明日の12時に特設サイトがオープンですからね。試験が終わったら最初にやることは投票です!」
──Coming soon 2024.12.1 12:00
と表示されたスマホ画面を御代は突き出してくる。その文字を見て、深夜は映像研のドキュメンタリーのことを思い出した。
「投票開始と同じ時間にうちらのドキュメンタリーがYouTubeにあがるき、良かったらそっちも拡散してくれん?」
「ドキュメンタリー? ああ、例の映像研が作ってくれてるって言ってたやつですか。もうできたんですね。部のLINEグループでも共有しておきますね!」
「ありがとう。一生懸命作ってくれたき、一人でも多くの人に見てもらいたいがよね」
少しでもオープニングアクト投票の足しになればと、きらりたちはドキュメンタリーの公開をオープニングアクトの投票開始に間に合わせてくれたのだ。このために映像研の面々はこの1週間ほとんど寝ずに編集作業を行ってくれたらしい。その頑張りを思うと、深夜の胸にじんと温かいものが込み上げてきた。
「うちも受験終わったら、最後にひとあがきせんとね」
御代にしろきらりにしろ、オープニングアクトに出る確率を少しでも上げようと力を貸してくれている。そんな中で、当の本人である深夜が簡単に諦めてしまうわけにはいかない。望みがゼロでない限り、最後まで足掻く。それがどんなに小さな可能性であっても。
とはいえ、深夜にできるのは拡散や投票のお願いくらいなのだが。
「じゃあ、せっかくですし、あそこに一緒に立てるように願掛けで写真撮りましょう!」
御代はアキバドームを指差しながら提案する。
「えっ、ここで? 狭ない?」
「狭い方が逆にいいんですよ。ほら!」
そう言いながら、御代が隣に移動してくると、ゴンドラが軽く揺れる。その勢いで肩と肩が触れ合うほど近づき、ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐった。
御代はスマホを持ち上げ、画面にふたりとライトアップされたアキバドームがきれいに収まる位置を探している。
「じゃあいきますよー、せーの、『アキバドーム』!」
予想外の掛け声に少し戸惑いながらも、深夜はなんとか笑顔を作る。少し遅れてスマホのシャッター音が響いた。
画面には、ほんのり頬を赤らめながらも柔らかな笑みを浮かべるふたりの姿が映し出される。背景にはアキバドームが幻想的に輝いていた。御代は写真加工アプリを立ち上げ、なれた手つきでスタンプやコメントを追加していく。
「じゃあ、送るんでちゃんと待ち受けにしてくださいね!」
御代の言葉に、深夜は静かにうなずいた。
送られてきた画像には、「絶対一緒にここに戻る!」という力強い文字が書き込まれていた。
「どうです? 良い感じですよね?」
「うん……良い感じやね」
深夜は待ち受けにした画像をじっと見つめて、ふたたび窓の外に目を向けた。
ゴンドラはゆっくりと頂点を過ぎ、すでに下降を始めていた。それでも眼下に広がる煌びやかな都会の夜景は、幻想的で息を呑むほど美しいままだった。
「またここに戻ってきたいねぇ」
深夜は小さくつぶやくと、もう一度煌々と輝くアキバドームをじっと見つめた。