かがみ川女子高校スクールアイドル部   作:記録部

76 / 85
Side:深夜


2024/12/12:オープニングアクト投票中間発表

 家庭科室の扉を開けると、ほんのり懐かしさが胸に押し寄せてきた。たった二週間足が遠のいただけなのに、ここでわいわいとスクールアイドルの活動に取り組んでいた時間が、もうずいぶん昔のことのように感じられる。

 

「千絵ちゃん先生―」

 

 深夜の声が静かな家庭科室に響いた。応答を待つ間、室内の空気にほんの少しの静寂が漂う。

 しばらくして控え室の扉が軽やかな音を立てて開くと、千絵ちゃん先生が姿を現した。今日は白いタートルネックニットに藍色のデニムというシンプルなコーディネート。だが、その鮮やかなコントラストはどこか凛としていて、千絵ちゃん先生らしいオシャレさが醸し出されている。

 

「久しぶりじゃない。地方大会以来?」

「です。合格発表まではさすがにこれんかったがですよ」

「あら、その口ぶりだと」

「合格でした!」

「おめでとう」

「指定校推薦やき落ちんって分かっちょっても、実際発表見るまではちょっとドキドキやったがですよね」

「落ちることはないって分かっていても、意外に緊張するのよね。私も顧問としてぎりぎりまで東雲さんに部活させてたから、正直ちょっとだけ心配してたのよ。受かった今だから言えるけど、もし指定校推薦枠で落としちゃうようなことがあったら、さすがに学校から叱られちゃうからね」

「あー、そういのもあるがですね。先生のクビがとばんで良かったです」

 

 深夜の冗談に、千絵ちゃん先生はくすりと笑った。

 

「わざわざ合格の報告にきてくれたの?」

「先生にはお世話になったんで、なるべくはやく伝えたかったがです」

「沢渡さんにはもう話したの?」

「まだです。家族以外で伝えたんは、先生がはじめてながですよ」

「友達にもまだなの?」

「受験生の前では大っぴらには喜べんがですよ。あとでLINEとかで伝えるつもりです」

「それは賢明ね。でもそれだと、これから卒業式まではちょっと肩身が狭いんじゃない?」

「ですねぇ。あんまりはしゃがんようにせんと」

 

 十二月に入った教室は、受験を控えた緊張感で満ちていた。マスクをつけて体調管理に気を遣う生徒が増え、休み時間でさえ参考書や問題集に向き合う姿が目立つ。まるで「受験」の二文字が、教室全体を重く覆っているかのような印象だ。

 

「バズった件もねぇ」

「いやぁ、想像以上やったがですよ……」

 

 先週の木曜の夜、突然、きらりたちが作ってくれたドキュメンタリーがバズった。

 いったん火がついた動画の再生数は、とどまることを知らないかのように、ぐんぐんと増えつづけた。ドキュメンタリーだけではない。かがみ川女子高校スクールアイドル部関連動画がことごとくバズりはじめたのだ。地方大会のパフォーマンス映像の再生回数はすでにハーフミリオンを突破し、肝心のドキュメンタリーは150万再生に迫る勢いだ。

 

 バズの実生活への影響は、深夜の想像をはるかに超えるものだった。

 

 先週金曜日の時点では、まだバズったことがそこまで広がっていなかったからか、数人に声かけられる程度だった。それが月曜の朝、登校すると、事態は一変していた。

 下駄箱から教室に行くだけで15分以上もかかったのだ。道中はありとあらゆる人に声をかけられ、動けば人だかりがついてくるような状況だった。その中で写真や動画を撮られたり、サインを求められたり──様々な対応を求められた。ラブライブ!高知県予選を突破した直後に少し似たような経験をしたことはあったが、今回はその比ではなかった。

 それだけではない、休み時間の度にこれまでスク部に興味がなかった子たちまでが、大挙して教室には押しかけてきた。

 

 当然ながら、その浮ついた空気と受験を控えた三年生たちのぴりついた緊張感は最悪の相性だった。

 

「三年のエリア、結局、卒業式まで部外者完全立ち入り禁止になったがです」

 

 深夜自身も友人たちに迷惑をかけたくなかったので、学校側がルールを設けてくれたのはありがたかった。

 さすがにルールを破るような生徒はいなかったが、ひとたび三年エリアを出ると、すぐに下級生たちに囲まれる状況は変わらない。それどころか、動画の再生数が増えるにつれて囲む人数は日に日に増え続けていた。

 

 最初は丁寧にひとりひとり対応していた深夜だったが、次第におっくうさが勝り、隠れるすべを自然と身につけるようになっていた。

 

(バズってアカウントを消した羽南の気持ちが、よーわかったがよ)

 

 今日も四限が終わった瞬間、教室を飛び出してダッシュで家庭科室に逃げ込んできたのだ。誰にも声をかけられることなく、無事にここにたどり着けたのは幸運だった。

 

「先生、せんせーい!!」

 

 そんなことを考えていると、廊下から大きな声が聞こえてきた。

 聞き慣れた、少し高く良く響く声だ。

 勢いよく扉が開き、バタバタと上履きをはためかせながら乃々羽が飛び込んできた。肩を大きく上下させ、息を切らしている。体力オバケの乃々羽にしては珍しい。一階の教室からここまで駆け上がってきたのだろうか。あるいは、深夜と同じようにファンから逃げてきたのかもしれない。

 

「8位、8位でした!!」

 

 乃々羽は深夜に気づいていないのか、まっすぐ千絵ちゃん先生のもとへ駆け寄り、スマホを勢いよく突き出した。そのあまりの迫力に、千絵ちゃん先生が少したじろぐ。

 

「ノノちゃんひさしぶりー」

「みゃー先輩!?」

 

 ぱっとこちらを見た乃々羽。その頬は興奮のせいか、それとも駆け上がってきたせいか赤みを帯びている。今日の乃々羽は眼鏡をかけていて、制服姿だ。どうやら昼練の予定はないらしい。

 深夜は乃々羽に合格のことを伝えようと口を開きかけたが、先に話し始めたのは乃々羽だった。

 

「みゃー先輩、見ました!?」

「何を?」

「オープニングアクトの中間発表ですよ!!」

 

 乃々羽の言葉を咀嚼するのに、深夜は少し時間を要した。

 

「あれって、今日が発表やっけ?」

 

 乃々羽は大きくうなずきながら、「さっきです!」と熱を帯びた声で答える。

 深夜は中間発表のことなどすっかり忘れてしまっていた。合格発表に気を取られていたこともあるが、そもそも自分たちには芽がないだろうと最初から期待していなかったのが主な理由だ。

 

「8位だったんですよ!!! わたしたちの順位!!!!」

「8位……?」

 

 ぱっと数字が頭に入ってこない。

 乃々羽に手渡されたスマホの画面をスクロールする。

 

 1位:聖リリ

 2位:御堂筋

 

 超名門校の名前がまっさきに目に飛び込んでくる。どちらの学校もすでに10万票を超えており、深夜が想定していたボーダーラインを中間発表の時点で超えてしまっていた。さらに画面を下にスクロールすると、深夜でも知っているような名門校がずらりと続いている。

 

 そして、

 

「8位、かがみ川女子高等学校、69,529票」

 

 あまりにも場違いな名前がそこにあった。深夜は思わず、声を漏らした。

 

「これ、間違えじゃないがよね……?」

 

 もう一度票数に目を落とす。

 

 ──69,529票

 

 一の位から慎重に数え直しても、数字は変わらなかった。

 

「間違えじゃないですよ!」

「なんで?」

「動画がバズった影響だと思います。バズってから私のインスタアカウントとかもフォロワーが万単位で増えましたもん。みゃー先輩もそうじゃないですか?」

「うちは、SNSは全部鍵垢やきねぇ」

 

 羽南がバズったのをきっかけにアカウントを削除した話を聞いて以来、深夜は自己防衛のためにSNSをすべて鍵付きに設定していた。そのせいで、バズりの実感は「動画の再生数」や「直接声をかけられる人数」でしか感じられず、「フォロワーが爆増する」というレベルのインターネットムーブメントを自分ごととして理解するには至っていなかったのだ。

 

「これ、もしかして、うちらがオープニングアクトに選ばれる可能性ある?」

「……ワンチャンあるかもですね」

 

 中間発表の時点で1位の聖リリとの差は3万票ちかく。普通に考えたら追いつける票数じゃない。

 深夜は、いったん状況を整理しようと決めた。

 

「中間発表って昨日までの票数が発表されちゅうが?」

「昨日の昼までの集計結果だと思います」

 

 ホワイトボードの前に立って、マーカーを手に取り、黙々と数字を書き始める。

 

 聖リリ:101,389票

 12/1~12/11:10日間

 →10,000票/日くらい

 

 うち:69,529票(たぶんバズったあとの票がほとんど)

 12/6(バズりはじめ)~12/11:5日間

 →13,000票/日くらい??

 

 13,000-10,000=3,000票/日くらい詰めれる?

 

「投票終了っていつやっけ?」

「12/22の正午ですね」

 

 12/11~12/22:11日間

 →33,000票くらい詰められる??

 

 現在の票差:101,389-69,529=31,860票

 

 33,000 > 31,860

 

 腕組みしながら自分で書いた数字を見つめる。

 

「あるかもねぇ……」

 

 実際にオープニングアクトに選ばれる確率は、良くて0%が5%、10%くらいになった程度だろう。

 それでも、当初は妄想ですらなかった「オープニングアクト」が、少しだけ現実味を帯びて、深夜の中に形を作り始めているのを感じたていた。

 

「……練習、再開した方がええかね」

「そうした方が良いわね。ちょうど東雲さんも合格して受験のこと気にしなくて良くなったわけだし」

 

 千絵ちゃん先生が冷静に提案する。

 

「え、みゃー先輩合格したんですか!?」

「うん、さっき合格発表されたがよ」

「おめでとうございます!」

「ありがとう」

 

 乃々羽からの祝福に、深夜は小さく笑みを返した。

 それでも、さっきまで心の中を満たしていた合格の安堵感と喜びは、すでに片隅に追いやられていた。その代わりに芽生えつつあったのは、「オープニングアクトに出られるかもしれない」・「まだスクールアイドルとしての延長戦があるかもしれない」という期待感だった。

 

「全国決勝大会のステージ構成なんかも調べておかないとね」

「たしかセンターステージもある構成だったと思います」

「なら地方大会のフォーメーションがそのまま使えるかもしれないわね。ちょっと、私、調べてくるわね」

 

 そう言うと、ぱっと踵を返して、控え室へと足早に姿を消した。

 一見、冷静沈着に見えた千絵ちゃん先生だったが、その言葉には隠しきれない熱が宿っていた。

 

「じゃあ、さっそく今日の放課後からかがみ川女子高校スクールアイドル部再始動ですね!」

「2週間でだいぶ体力落ちたき、お手柔らかに」

「何言ってるんですか、みゃー先輩! 仮にアキバドームに立つとなったら、あと一ヶ月しかないんですよ! スパルタでいきますからね!!」

「えぇー」

 

 口では不満を漏らしながらも、深夜は自分の声に隠しきれない嬉しさが混じっていることに気づいていた。

 この一年捧げてきたスクールアイドル部が、もう一度動き出す。それがたとえ、結果発表までの2週間程度の淡い夢に過ぎなくても──残された時間を全力で楽しみたい。

 

 最後は、文化祭や地方大会で目指した「みんなのためのかがみ川女子高校スクールアイドル部」ではなく、深夜と乃々羽──二人だけのためのスクールアイドル活動にしよう。

 

 ホワイトボードに嬉々として練習メニューを書き込んでいる乃々羽の姿を横目に、深夜は心の中でそう静かに誓った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。