サブタイトル:ユメノトビラ
「雨降らんくてよかったー」
昼過ぎからどんよりとした曇り空になっていたものの、放課後までなんとか雨が降ることなく天気は保ってくれていた。
「私、昨日の夜てるてる坊主作りましたから」
「お、ののちゃん、やる気にあふれちゅうね」
「初練習ですからね! 気合い入ります!」
旧校舎と新校舎の3階をつなぐ本館の屋上庭園。旧校舎側の通行の邪魔にならない場所に陣取って、二人はストレッチを始める。
昼休みは多くの生徒たちで賑わいを見せる屋上庭園だが、放課後はそれほど人通りは多くない。崩れそうな空模様の今日はいつも以上に生徒の姿はまばらで、新校舎側のベンチに数人の生徒が腰掛けているだけだった。
人目が気にならんのはええね。
背筋を伸ばしながらそんなことを深夜が考えていると、乃々羽と目が合った。
眼鏡を外してコンタクトにした乃々羽は、大きな瞳をいつも以上にさらに大きくキラキラ輝かせながら笑っていた。ストレッチにあわせて、短いポニーテールがゆらゆらと揺れる。乃々羽の小さな体からは「楽しい」があふれていた。
ののちゃん、スクールアイドルがほんとに好きながやねぇ。
「ののちゃん、そのTシャツどこのなん?」
乃々羽が着ていたのは見慣れない、胸元にはロゴらしき色とりどりの文字が躍る白地のTシャツだった。
「一昨年のラブライブ! 公式Tシャツです。練習の時は好きな服きるとアガります!」
「うちも次からは好きなやつにしよ」
部活動の経験がほとんどないので無難に体操服を着てきたのだが、次からはお気に入りのTシャツとか着てこようと深夜は決意する。
「そう言えば遠足楽しめた?」
「植物とか全然興味なかったんですけど、行ってみたら見たことない花とかたくさんで、すごく面白かったです! 写真もたくさんとっちゃいました。クラスの子たちとも仲良くなれましたし、楽しかったです。あ、先輩にお土産買ってるんで、練習終わったら渡しますね!」
「うちもののちゃんにお土産買っちゅうき、あとで渡すね」
放課後の屋上庭園におだやかな空気が流れている。ただストレッチをしているだけなのだが、なんとなく青春している気持ちになってくる。暑すぎず、寒すぎず、快適な天気なのも最高だった。
「じゃ、そろそろ練習始めようか」
「はい。じゃあ、とりあえず&GAIN!!! 一回流して見ましょうか」
乃々羽はスマホを部室から持ってきた椅子の上に立てて、&GAIN!!! を流し始める。
深夜が家から持ってきたワイヤレススピーカーから、何度聞いたか分からないあの特徴的なメロディーが流れてきた。
「いやぁ、何度見てもええねぇ」
「ですよねぇ」
「でも実際やってみると、思った以上に難しいがよね」
深夜は昨日の夜、練習してみたことを思い出す。
振り付け動画を見ながら、見よう見まねで踊ってうたってみたのだが、思っていた以上に難しかった。
そもそも振り付けが全然覚えられんがよね。
「とりあえず、やってみましょうか?」
「じゃあ、うちからやってみようか」
乃々羽が深夜のスマホを撮影用の三脚にくっつけて、位置を調整する。深夜は乃々羽の言われる通りのポジションに移動して、一回大きく深呼吸した。
スクールアイドル、東雲深夜の初舞台やね!
「先輩準備オッケーですか?」
深夜は親指を立てた。
乃々羽のスマホから、イントロが流れ始める。
歌い出しは歌うだけやき、さすがに大丈夫。
「だからもう一度、またねを伝えたい わたしとあなた、みんなでつむぐ この歌はアゲイン」
あれ、
あれれ?
ここの動きどうやったっけ。
右足?? 左足??? 手は????
あれ、歌詞は?
「待って待って」
「大丈夫ですか?」
乃々羽が撮影を止めて駆け寄ってくる。
「全然ダメ。完全に振り付け飛んだ。そして、踊りにつられて歌詞まで飛んじゅう」
深夜の泣き言を乃々羽うんうんとうなずいて聞いている。
「最初はそうなりますよねぇ。歌うのは結構普段から何気なくやってますし、ダンスも授業とかである程度はできるようになりますけど、歌って踊る機会ってほとんどないですもんね」
「カラオケで歌ったりするのは得意やし、ダンスの授業も成績は悪くなかったがやけど、パフォーマンスするってなったら全然違うがやねぇ」
もっとうまくできると思ってたがやけど、想像以上にダメやった。
「まずは振り付けをしっかり覚えるところからやってみましょうか。振り付けが体に染みついたら、歌いながら踊るのもそれなりにできるようになると思います!」
そういうと乃々羽は練習動画をもう一度流し始める。
ここはこうします。ここはこうです。と丁寧に説明してくれる乃々羽の姿を真似してみるが、正直なところ頭にはあまり入って子かなった。
「じゃあ、今度は動画を見ながらで大丈夫なんで、真似しながら踊るのだけやってみてください」
またイントロが流れ始める。
深夜は動画にあわせて、手をふったり、ターンしたり、見よう見まねで踊りをあわせる。今度はお手本があるので、なんとか一番を通して踊りきることができた。
「どうやろうか」
すっかり上がってしまった息を深呼吸で整えつつ、乃々羽に講評を求める。
「悪くないですよ!」
「ちょっとうちにも撮った動画見せてもらえる?」
乃々羽の肩越しにスマホの画面をのぞき込む。そこに映っていたのは、自信なげにヘロヘロな舞いを舞う変な女子高生だった。
え、これ、うち?
思っちゅうのと全然違う……
なんか動きかくかくやし、全然踊れよらんし……
「いやぁ……これ、酷くない?」
「イメージと実際の動画って結構ギャップありますよね。でも、振り付けの全体的なイメージはおさえられてますし、初心者が数日間でここまで覚えられたら十分合格点ですよ!」
あきらかに気をつかった慰めだった。
後輩に気をつかわせるくらい下手なん、うち?
「もっと簡単にできるもんやと思いよったけど、実際やってみたら全然違うがよね……あと、普通に体力的にもきつかったがよ」
いつの間にか額からにじみ出していた汗をタオルで拭く。すごしやすい今日の天気で、たった数分踊っただけでこれなのだ。夏になったらと考えると、深夜は少しだけゾッとする。
「わかります。最初は結構びっくりしますよね。スクールアイドルは複数楽曲パフォーマンスすることがほとんどないので、商業アイドルさんたちと比べると体力はいらないですけど、それでも衣装着てスポットライト浴びて一曲歌って踊ってフルパフォーマンスするのって想像以上に体力使うんですよね」
「ステージでやるもはもっと大変ながかぁ……」
「体力づくりもスクールアイドル活動の重要な要素ですね。少しずつ体力アップも目指していきましょう!」
「なんとなくスクールアイドル部って文化部やと思っちょったけど、完全に運動部やね」
「ですです」
乃々羽はスマホを三脚にセットしなおした。
「じゃあ、次は私の番ですね」
「ののちゃんは練習動画は見んでええが?」
「大丈夫です! 大好きな曲なんで、完コピ済みです。それにかが女スク部としての最初のパフォーマンスは、みゃー先輩に向けてちゃんとパフォーマンスしたいので」
乃々羽はポジションにつくと軽く足を開いて、深呼吸して、ぱっと深夜に顔を向ける。
その瞬間、乃々羽の表情が、目の色が明らかに変わった。
「だからもう一度、またねを伝えたい」
すんだ声が屋上に響いた。
遠くの方でキャッキャと騒いでいた子たちにも届いたのか、すっとあたりが静かになる。
「わたしとあなた、みんなでつむぐ」
のびやかで、それでいてやわらかい、高音。
「この歌は」
ぱっと笑顔が輝いて、まっすぐうちの目を見て。
「&GAIN!!!」
声が、笑顔が、踊りがびしびし伝わってくる。
それは画面越しに見たホンモノのパフォーマンスと遜色ないもので。
いや、あれとはまた違う「ホンモノ」がそこにあった。
ひとつひとつの手の動きが、ステップが、声が、うちとは全然違う。伝わってくる。ののちゃんがこの曲が大好きなことが。伝わってくる、この曲をうちのためにパフォーマンスしてくれてることが。
気づいた時には3分近くある曲がいつの間にか終わっていた。
「どう、でした?」
全力全開のパフォーマンスだったにもかかわらず、乃々羽は息一つあがっていないように見える。
「ノノちゃん、すごいねぇ! ホンモノのスクールアイドルやったよ!!」
「えへへ」
「すごすぎて正直びっくりしちゅう。スクールアイドルが好きって気持ちだけで、ここまでできるがやね……」
「完コピできるようになるまで昔めちゃくちゃに練習してたので。最近は全然やってなかったんですけど、ちょっと月曜からもう一回おさらいして、なんとかそれなりに形になるところまではいけました」
「さっきのでそれなりなが?」
「個人的には85点っていうところですね。ところどころ手先とかステップ幅の意識があまかったですし、ちょっと表情管理ミスっちゃいましたし、歌も少し走っちゃったり音ズレしちゃったりしてたので」
「いやいや、これが85点やったらうちなんて0点やん」
「先輩ははじめたばっかりなんで、できなくて当たり前なんですよ。これから頑張ればいいんです!」
「うち、ノノちゃんレベルになれる気がせんがやけど」
「みゃー先輩は初心者としてはかなり筋が良い方だと思うので、大丈夫ですよ! あとは練習あるのみです!」
ファイトです! と声がけしてくる乃々羽にうなずいて、深夜は練習を再開することにした。
***
下校時間のチャイムがなる頃にはあたりはだいぶ暗くなっていた。屋上庭園にはすでに乃々羽と深夜以外の人影はなくなっている。
途中、休憩をはさみつつではあるものの、2時間の練習時間はあっという間に過ぎてしまった。
「いやー、スクールアイドルって難しいがやねぇ」
練習は一小節ごとに乃々羽の振り付けを真似する形で、ゆっくりと進んだ。1番だけでみたら振り付けはそれっぽさが若干あがって、0点から5点くらいにはなったかもしれない。でも、ちゃんと踊れるのはまだ最初の数小節だけだった。
「難しいけど楽しくないですか? 歌ったり、踊ったりするのって」
「楽しいがやけど、体が楽しさに全然ついていかん。もうヘトヘトやわ」
わかりますと乃々羽は同調してくれたが、正直まったく疲れてなさそうに見えた。汗だくの深夜とは対照的に乃々羽は汗一つかいていない。
ずっとお手本を踊ってくれよったのに。ノノちゃん、細い見た目に反して案外体力お化けかもしれん。
ちょうど目の前に乃々羽のおなかがあったので、深夜は何気なしにTシャツ越しに腹筋をさわってみた。
「ひゃぁ! ど、どうしたんですか、みゃー先輩!」
「ノノちゃん、腹筋かっちかちやね」
「腹筋ですか?」
「見ていい?」
「いや、別にいいですけど、ここでですか?? 着替えの時で良くないですか??」
「今見たいがよね」
ちらっとTシャツの裾をまくる。
白いすべすべの肌。形の良いおへそ。そしてバッキバキに割れた腹筋。
「すご……」
「も、もう十分ですよね!」
乃々羽は顔を真っ赤にしてTシャツの裾を戻した。
ノノちゃんはスクールアイドル好きのオタク系女子やと思いよったけど、バリバリ体育会系の筋トレマニアなのかもしれんねぇ……
「うちなんか、ぽよぽよやよ」
「体幹の筋肉はパフォーマンスには重要ですからちゃんと鍛えた方がいいですよ」
「うちもそのうち、ノノちゃんみたいな美腹筋になっちゅうかもしれんね」
うんうんとうなずいている乃々羽を尻目に片付けをはじめる。といってもスピーカーやスマホをスクバにしまうだけなのだが。
「えっと来週の月曜日がセン学の定期公演やっけ」
「13時からオレンジホールですね」
「12時半すぎくらいにホール前で待ち合わせにする?」
「了解です! 服は制服ですかね?」
「一応部活動として行くきき、制服にしようか」
「わかりました! 公演楽しみですね!」
乃々羽は目をキラキラ輝かせている。深夜も初めて生でみるスクールアイドルのステージが正直なところ楽しみで仕方がなかった。とはいえ、相手は同じ高知県の高校生な訳で。実際見たらそんなにでも無い可能性もそれなりにある気もする。
アゲインを口ずさみながら椅子を運ぶ乃々羽のあとをついて、深夜は部室に向かった。