「お目当てのもの全部買えたが?」
「はい、買えました! 一緒に並んでもらってありがとうございます」
乃々羽は嬉しそうに「2024年度ラブライブ!全国決勝大会」と書かれた袋をあさりながら、鼻歌交じりに言う。
アキバドーム前の広場には物販用のテントが並んでいた。今はそれほど混んではいなかったが、それでも購入まで20分少々並ぶ必要があった。乃々羽によれば、当日にもなると朝から待機列ができるほどの行列になるらしい。
一ヶ月前に訪れたときはクリスマス一色だった飾り付けも、今ではラブライブ!で染まっている。大型モニターではラブライブ!のテーマソングや歴代優勝校の映像が延々とループ再生されていて、広場全体が「ラブライブ!決勝前日」という雰囲気に包まれていた。
「前日物販に来れて良かったです」
「明日はさすがに物販行く時間ないやろうき、今日行く時間があって良かったねぇ。そんなにグッズ買いたかったが?」
「自分が立つステージのグッズを買うのって、なんだか特別な気がしませんか? スクールアイドルとしてこれほど嬉しいことってない気がします」
「その気持ちはなんとなくわかるがよ。うちも付き添いだけのつもりやったのに、結局パンフレットとペンライトを購入したきねぇ」
ラブライブ!や各校のグッズを手にしたスクールアイドルファンたちで賑わう広場を、ふたりは購入したグッズを抱えながら駅の方へと歩いていく。
ちらちらと感じる視線に深夜は気づいた。「あれって」「そうだよね」といった囁きが微かに耳に届く。どうやら、ふたりがかが女の東雲深夜と沢渡乃々羽だとバレてしまっているようだ。私服姿だから気づかれないだろうという考えは甘かったらしい。
物販列に並んでいたときも、後ろに並んでいた子たちに「かが女の『ののみやちゃん』ですか?」と声をかけられ、一緒に写真を撮ったりサイン対応をしたりしたのだった。
まあ、スクールアイドルの聖地にラブライブ!決勝前日に集まるようなコアファンにとっては、それくらい気づけて当然なのかもしれない。
「今日のうちに色々写真も撮れてよかったです。明日は人がたくさんだと思うので」
乃々羽はそう言いながら、さっき二人でアキバドーム正面で撮った写真を見せてくる。
「あとでインスタにあげても大丈夫ですか?」
「ええよー。動画の方はどう?」
「動画も結構良い感じで撮れてます。明日は須藤先生に撮ってもらうようにお願いしておきましたし準備はばっちりです」
「さすがに明日は自分たちで撮る余裕はないろうね」
年明けに映像研からオープニングアクト周りのショート動画を作りたいとの申し出があり、深夜たちはそれを二つ返事で快諾したのだった。とはいえ、彼女たちは予算や日程の都合で結局は決勝大会には来ることが出来なかった。なので、なるべくいろんな写真や動画を撮ってきてほしいと頼まれているのだ。
来られなかったのは映像研だけではない。服飾部も衣装調整のために来たいと言っていたのだが、こちらも実現しなかった。
結局、今回かが女から来ているのは、深夜と乃々羽、千絵ちゃん先生の三人だけだ。三人だけでステージに臨むのは、思い返してみると全ス選予選以来になる。
あれから半年。
「ずいぶん遠くまで来たな」と深夜は感慨深く思った。
「明日が本番やって言うのに、不思議と緊張感ないがよねぇ」
「勝負じゃないからかもですね。もちろん、選ばれたからには良いもの見せたいって気持ちはあるんですけど、予選の時みたいに『2位以内に入らないといけない』みたいなプレッシャーはないですし。勝負に来てるセン学の子たちとは、心持ちがちょっと違いますよね」
「ちゃうよねぇ。みんな独特の緊張感みたいなものがあったきね」
セン学とは同じ便で東京に向かい、そのまま一緒に宿泊所へ移動した。防寒対策も感染対策も万全な彼女たちからは、普段とは違うピリッとした緊張感が漂っていた。宿に着くなり前日最終練習のためにスタジオへ向かうその姿からは、統制の取れた覚悟がにじみ出ていて、部外者の深夜ですら惚れ惚れするほどかっこよかった。
一方で、深夜たちは物販や会場周辺の下見に時間を費やす、のんびりした前日を過ごしている。明日のステージにかける思いが、両者ではまるで違っていることを深夜は改めて感じたのだった。
「セン学の子たち、年始からずっと学校に泊まり込みで最終合宿してたみたいですよ」
「うちもそれ、御代から聞いた。パフォーマンス順が発表されてから、予定時間にあわせたコンディション調整とかもやっちゅうがやろ」
「わたしたちがもし中四国を勝ち抜いていたとしても、そこまではたぶんできてなかったですよね」
「やっぱ名門校の壁は高いねぇ」
「ですね。だからこそ挑む価値があります」
横に並ぶ乃々羽の瞳には、静かな闘志が宿っていた。
地方大会の結果発表で泣きじゃくっていた乃々羽の姿は、もうどこにもない。
深夜はもう「勝負」のためにスクールアイドルの舞台に立つことはない。けれど、二人で歩んできた道の先に、これからの「勝負」に挑むかがみ川女子高校スクールアイドル部を乃々羽が築いてくれる──そんな確信が、今の深夜にはあった。
「明日にはこの中でパフォーマンスするって、実感わかんねぇ」
「みゃー先輩、アキバドームの中に入ったことってあります?」
「中はないねぇ。受験の時に外は見に来たがやけど、中には入れんかったき」
「じゃあ、中に入ったらびっくりしますよ。たぶん、圧倒されます」
「ノノちゃんは何回も来たことあるがやもんね」
「観客としてですけどね」
「楽しみやねぇ」
「楽しみですねぇ」
深夜はオープニングアクトが決まって以来、ラブライブ!決勝や他のアキバドームイベントの映像を何度も繰り返し見てきた。画面越しですらそのスケールの大きさに圧倒されるほどだっただけに、実際にそのステージに立ってパフォーマンスをする感覚がどれほど凄いものなのかは今はまったく想像がつかない。
深夜はオープニングアクトが決まって以来、イメージトレーニングを兼ねてラブライブ!決勝や他のアキバドームイベントの映像を何度も繰り返し見てきた。圧倒的なスケール感と華やかさ。それは画面越しにさえ伝わってきて、心を奪われるには十分だった。その一方で、実際のステージで自分たちがその一部となる──その感覚がどれほどのものなのか、想像してはみたものの結局のところ現実味は薄いままだった。
(あのステージに立つとき、自分はどう感じるがやろう)
深夜の足取りは自然とゆっくりになり、彼女の視線は前方のアキバドームに向けられた。その巨大な建物は、今にも自分を飲み込んでしまいそうなほど圧倒的な存在感を放っていた。
「ほんと、一ヶ月前に御代と来た時にはここに立つとは思ってなかったがよ」
前を歩いていた乃々羽が立ち止まる。
「え、先月って御代先輩と来てたんですか?」
「あれ、言うてなかった?」
「聞いてないです!」
「受験、御代と一緒やったき」
「御代先輩と受験が一緒だったのは知ってます。でも、一緒にアキバドーム巡りしたとは聞いてないですよ。何したんですか?」
「何って、一緒にスクールアイドル記念館行って、それから大観覧車乗って……」
「大、観、覧、車!?」
「突然、どうしたが。そんな大きい声だして」
「私たちも大観覧車乗りましょう!」
「いいけど」
がっと腕を絡められ、強引に大観覧車の方へと引っ張られていく。何がそんなに乃々羽の琴線に触れたのかは深夜には分からなかったが、よほど一緒に大観覧車に乗りたいようだ。
引きずられるようにして大観覧車へと向かおうとする途中、通路の両脇に立てられた数多くののぼりが目に入る。残念ながら、オープニングアクトのみでの出演となるかが女のものはそこにはなかった。
「こういうのもあるがやねぇ」
「ああ、のぼりですか。公式が立ててるのと、各校の後援会とかが立ててるのと2パターンあるんですよね」
そう言われて、深夜は周囲ののぼりに目をやる。統一感のあるデザインののぼりの隣に、個性豊かなデザインが混ざっているのが目に入った。その中の一枚に見慣れた校名をみつける。
薄紫色の小花が散りばめられたのぼりには、「目指せラブライブ!優勝──栴檀学園高等学校スクールアイドル部。OG会一同」と誇らしげな文字が並んでいた。
「知っちゅう学校の名前をみると実感わくね」
「ですよね」
「ノノちゃんは、出ちゅう学校全部知っちゅうがやろ?」
「今年の代表校は、北海道・東北代表が北海道の白瀬女子と宮城の鳴海、関東・甲信越代表が神奈川の湘南海星女学院と山梨のミラージュ、東京代表が日成と清学、北陸・中部代表が石川の金沢桜華女子と愛知の東海城南、関西代表が兵庫のリバティ女子と大阪の高槻西陵、中四国代表がテレストとセン学、九州・沖縄代表が福岡の太宰府天麗と鹿児島の大隅中央ですね」
乃々羽は視線をのぼりから外したまま、代表校の名前をスラスラと挙げていく。
「さすがやね」
「今年はどの地方も有名校の勝ち抜けが多かったですからね。それに、明日のゲスト解説にむけて一応予習しておいたので」
「あー。ゲスト解説のこと頭から追いやってたのに、今のひと言で思い出したやんかぁ」
「もう変えられない未来なので、腹をくくるしかないですよ」
決勝大会のゲスト解説としてかが女に声がかかったのは、ほんの数日前のことだった。想像以上に動画がバズった影響なのか、「ぜひ放送席に」と強い要望が届いたという。深夜たちは一度は断ることも検討したものの、千絵ちゃん先生と話し合った末、最終的にそのオファーを受けることにした。
こんな機会は、きっと人生でもう二度と訪れないだろう──深夜はそう思っていた。
「基本は何か話題を振られたらそれに答えるくらいの対応で大丈夫だと思います。あくまで主役はステージに立つ各校のスクールアイドルたちですからね。出しゃばらないように気をつけないとですよね。私たちは彼女たちのパフォーマンスに少し花を添えるだけという気持ちでいきましょう」
「うー、緊張していらんこと言わんか心配ながよ……」
「大丈夫ですよ」
乃々羽はそう言い切るが、その口調からは彼女自身も少し不安を抱えているのが伝わってきた。
「正直、明日のパフォーマンスよりそっちの方が全然緊張しちゅうがよね」
「気持ちは分かります。わたしも解説なんてやったことないですし、気持ち悪いスクールアイドルオタクの面が漏れ出さないように注意しないとです……」
そう言って、乃々羽は自分に言い聞かせるようにうなずく。
(たしかに、下手したらノノちゃんはアナウンサーたちよりスクールアイドルについて詳しいかもしれんね)
普段はどこか控えめにスクールアイドルオタクの面を隠している乃々羽だが、一度スイッチが入ると止まらないのは周囲では公然の事実として知られている。いったん語り出はじめると、その尋常ではない熱量と情報量に聞く側は圧倒されてしまうくらいだ。
(オタクあふれるノノちゃんがテレビで見れたらそれはそれで面白いがやけど)
深夜はそんな乃々羽の姿を思い出しつつ、くすりと笑った。
「結局、ゲスト解説も含めて明日の流れはどうなるがやっけ」
「会場入りが10時でサウンドチェックとリハーサルの一番手が私たちですね。本番は開場14時・開演15時なので、空き時間は結構あります。でも、他校のリハーサルとか見てたらたぶんあっという間ですよ。ケータリングが用意されてるので、12時半くらいに昼食をとって、ちょっと休んでから13時半くらいにアップを開始して、開演後にメイクや着替えとかの準備して、そのまま本番って感じですかね」
「15時きっかりにオープニングアクトが始まるがよね」
「生放送もあるので、ラブライブ!決勝は基本押さないはずです。で、オープニングアクトが終わったら衣装のままダッシュで放送席にゴーですよ」
「忙しい一日になりそうやね。終演は何時なが?」
「だいたい毎年18時くらいですね。終わったらみんなで写真を撮ったりして、宿泊所に戻る感じです」
「もう一泊するがよね」
「飛行機の最終便が19時くらいなので、飛行機じゃ帰れないんですよね。夜行バスなら帰れなくはないんですけど、結局始発便で帰るのと、到着時間はほとんど変わらないですからね。それに、校長先生が火曜日を公欠扱いにしてくださったので、ラブライブ!決勝が終わったあとのアキバドームの空気を時間を気にせず満喫するつもりです!」
「じゃあ、明日の今頃には全部終わって、余韻の中でここら辺をうろついちゅうがやね」
「そうなりますね」
「ノノちゃん、明日はめいいっぱい楽しもうね」
「はい!」
いつの間にか、乃々羽は深夜の前に回り込んでいた。深夜より頭一つ分ほど背の低い乃々羽。その黒縁のセルフレーム眼鏡越しに映る瞳は、初めて出会ったときと同じようにキラキラと輝いている。
一年間南国で暮らしても変わらず白く透き通った肌は、冬の冷気にほんのり朱に染まっていた。
深夜はその満面の笑顔を見つめながら、胸の奥で静かに思いを固める。
──乃々羽が憧れ続けた、あのステージを。明日は、悔いなく楽しませてあげたい
正直なところ、アキバドームのセンターステージに立てるのは深夜自身も嬉しいし、今も楽しみで仕方が無い。だが、その舞台に対する思い入れでは乃々羽には到底及ばない。10年以上も憧れ続け、一度は手放した夢。それでも再び立ち上がり、ここまで来た乃々羽。
大観覧車への入り口を見つけたのか、乃々羽が小さな背中を弾ませながら駆け出した。その姿を追いながら、深夜はふと微笑み、静かに息をつく。
(ノノちゃんにとって、最高のステージにするきね)
この想いは、あえて言葉にはしない。胸の奥に秘めたまま、ステージでのパフォーマンスで乃々羽に届けるつもりだ。
それが、かがみ川女子高校スクールアイドル部初代部長として、自分にできる最後の、そして最高の贈り物だと、深夜は信じていた。