かがみ川女子高校スクールアイドル部   作:記録部

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Side:深夜


2025/04/10:Day 365+1(Side:深夜)

 伝統的なレンガ造りの建物と革新的なビルが混在するキャンパスを、深夜は御代とふたり歩いている。

 入学式の時には満開だった桜は部分的に緑が混ざるようになっていて、石畳の道には舞い落ちた花びらが薄桃色の模様を描いていた。

 

 御代のロングスカートが、春風にふんわりと揺れる。クリーム色の薄手のニットと相まって、ようやく訪れた春らしい陽気にぴったりの服装だった。

 

 上京してきて一ヶ月。大学生活が始まって一週間。

 最初は「大学生らしいな」と新鮮に感じていた御代の装いも、気がつけばすっかり見慣れたものになっていた。

 

 時刻は、14時を少し過ぎたところ。

 午後は特に授業が入っていないふたりは、まだ決めきれずにいるサークル選びのため、いくつかサークルを巡っている。

 

「カレッジアイドル研究会はなんかちょっと違うかったねぇ」

 

 深夜がそうこぼすと、隣を歩いていた御代は「うんうん」と静かに頷いた。

 

 学内には、カレッジアイドルに関するサークルが二つある。

 週末の新歓イベントでふたりが最初に訪れたのが、そのうちのひとつ──カレッジアイドル研究会だった。

 

 誘われるがまま、月曜夜の新歓コンパに参加し、昨日は全体練習、今日は部室にまで顔を出した。

 けれど、深夜の胸にはどうにも"しっくりこない"という感覚が残っていた。

 

「活動自体は、結構精力的にやってるみたいですけど」

 

 御代が手にしたチラシを、春風にひらひらと揺らす。

 明らかにプロの手が入ったデザインからも、その本気度が伝わってくる。

 

 実際、カレッジアイドル研究会はかなり活発に活動しているようだった。昨年度の活動実績を見ても、学生主体のショーやイベントを多く開催しており、いわゆる“名ばかりサークル”とは一線を画しているのがわかる。

 設立からまだ数年しか経っていないにも関わらず、メンバーは50人近く。さらに、新歓で説明してくれた先輩曰く、他大学まで含めれば、実際には数百人規模のグループとして活動しているという。その規模の大きさも、彼女たちの熱心さを裏付けていた。

 

 ただ、どうにもその熱心さそのものが、深夜の求めていたカレッジアイドルのイメージとは、少しズレているように感じられるのだ。スクールアイドル時代に感じたアイドル像の延長線とは、かなり趣が違っているように思えて仕方がない。

 

「あれってカレッジアイドルっていうがかね。なんか広告研究会とかやない? やっちゅうこと」

 

 深夜の口調には、どこか釈然としないものが混じっていた。

 

 綺麗な人たちがたくさん集まって、意識の高いSNS発信やイベントを開催して。

 その先に見据えているのは、就活でのアピールや、インフルエンサーとしての活躍、さらには芸能界デビュ──。新歓で説明された活動内容やサークルの雰囲気から深夜が感じ取ったのは、アイドル活動を“将来への足がかり”として捉える空気だった。

 

 先輩たちの話も、◯◯コンテストで優勝しただの、◯◯業界とのつながりがどうだの──正直、その手の話ばかりだった。

 

 もちろん、その方向性そのものを否定する気はない。

 けれど、深夜がやりたいのは、そういう“キャリア構築のためのカレッジアイドル”ではないのだ。

 

 彼女がやりたいカレッジアイドルは、「スクールアイドルのその先にあるもの」。

 あのステージ(アキバドーム)で見た景色の延長線上で、もう少しだけ夢を追いかけるための場所──それが深夜が求める活動場所だった。

 

「カレッジアイドルは、スクールアイドルほどちゃんとした定義がないですからね。それに、厳密に言えば、わたしたち、そもそもカレッジじゃなくてユニバーシティーですし」

 

 御代は口元に手を添えながら、くすっと笑った。

 そのゆるんだ横顔を見ていると、彼女が深夜に心を許してくれていることが伝わってくる。

 

 今、ふたりは大学からそれほど離れていない防音マンションで、一緒に暮らしていた。

 大学に入ったらカレッジアイドルとしてふたりで活動することは、上京する前から決めていたこどだった。それを念頭においていろいろと調べた結果、練習のたびにスタジオを借りるより、防音マンションをシェアしてしまった方が、結局は安くつくことが分かったのだ。

 もちろん、親を説得するのは簡単じゃなかった。けれど、最終的にはふたりの熱意に折れて、一緒に暮らすことを認めてもらったのだった。

 

 はじめての東京。

 はじめての大学。

 はじめてのふたり暮らし。

 

 慣れないことも多いけれど、どこか不思議と、御代とはずっと前から一緒だったような気がしている。御代との暮らしは、そんなふうに自然にしっくりと深夜の中に馴染んでいた。

 

「深夜、すっごく勧誘されてませんでした?」

「インスタとTikTokのフォロワー数見られたきねぇ」

「今、どれくらいでしたっけ?」

「あわせて30万人くらい。で、先輩がコラボしようとか、すっごいアグレッシブやったがよ」

 

 ラブライブ!全国決勝が終わってから、深夜は練習動画を投稿したり、他のスクールアイドルとコラボしたりと、本格的にスクールアイドルとしてSNSを使うようになった。先月末にはオダルリちゃんとの練習コラボ動画がめちゃくちゃバズって、それ以来またフォロワー数がぐいぐいと伸びている。

 

「御代はどうなが?」

「私はまだ1万人ちょっとですね」

「はじめたばっかでそれはすごいがよ」

 

 御代がSNSのアカウントを開設したのは、4月に入ってからだった。

 セン学時代は、けーちゃん先生の方針で個人アカウントの開設が許されていなかったらしい。

 

 それでいて、たった一週間足らずで1万人のフォロワー。

 さすが、昨年度の「ファンが選ぶ今年のスクールアイドルランキング5位」だなと、深夜は自分のことのように誇らしく思う。

 

「もうサークル入らんと、オダルリちゃんとかの練習に混ぜてもらって、アマチュアアイドルとして活動するんでもええ気がしてきたねぇ。うちらの知名度使ったら、そこそこちゃんと見てもらえるがやない?」

「それもいいかもですね。でも、一応カレッジアイドル同好会も見てから決めませんか?」

 

 カレッジアイドル同好会──研究会と名前は似ているが、もうひとつの学内カレッジアイドルサークルだった。

 

「そっちの方が古いがやっけ?」

「ですね。青学のカレッジアイドル同好会といえば、カレッジアイドル業界では結構有名ですよ。たしか、カレッジアイドル選手権で優勝したことがあるはずです」

「へー、それって大学生版ラブライブ!みたいなやつ?」

「そこまで大規模じゃないんですけど、まあまあ大きな箱でやってた記憶があります」

「やってた?」

「3年前くらいになくなっちゃったんです」

「そうながや」

「正直なところ、カレッジアイドル自体はそこまで市場が大きくないんですよね。スクールアイドルあがりでアイドル続けたい人は、だいたいプロアイドルになっちゃうので」

「たしかに、うちがラブライブ!で知り合った子たちの中にも、卒業してすぐにプロの事務所に所属した子も結構おるもんね」

 

 週末にはそのうちのひとりの初ステージを、御代と一緒に見に行く約束をしている。

 

「今はカレッジアイドルって言っても、いくつかの大学とかが集まった小さな合同イベントに出るか、地下アイドル的なセミプロ活動を並行してやってる人がほとんどですね。あとは、それこそ研究会の人たちが出てるカレッジアイドルコレクションみたいな、オシャレな複合イベントで活動したりとか」

「まあ、たしかに本気でアイドルやりたいがやったら、別に大学にこだわらんでもええがよね」

 

 大学生でアマチュアアイドル活動を続けるのは少数派なのだと、いつか乃々羽が言っていたのを思い出す。

 

「同好会はどっちかというと本格的なアイドル活動をしてたみたいですけどね……ただ、今はインスタとかの更新も完全に止まってて、正直どういう活動をしているのかよく分かりませんね」

「新歓にもおらんかったよね。まだ活動しちゅうがやろうか?」

 

 先週末の新歓イベントでは、何度行き来しても“カレッジアイドル同好会”の姿は見つからなかった。

 ブースを構えて大人数で熱心に勧誘していた研究会とは、あまりにも対照的だった。

 

(もう活動休止しちょっても、おかしくないかもね)

 

 そんな思いが深夜の頭をかすめる。

 

「一応、大学ホームページとか新歓でもらったサークル一覧にはまだ載ってるので、存在はしてると思うんですけど……」

 

 そうこう話しているうちに、ふたりはキャンパスの中でも少し古びた建物の前にたどり着いた。

 大学のホームページによれば、この建物の一部が百近いサークルや部活動の部室として使われているらしい。記述を信じるなら、この中に“カレッジアイドル同好会”の部室もあるはずだった。

 

 建物の中に入ると、いくつもの笑い声や、何かを練習しているような音が響いてくる。

 その懐かしい賑やかさは、深夜にかが女時代の放課後を思い出させた。

 

(今頃、ノノちゃんは勧誘頑張っちゅうがやろうね)

 

 今日は、かが女の始業式。

 本格的に、第2期かがみ川女子高校スクールアイドル部が始動する日だ。

 

(新入部員、ちゃんと入ってくれるとええがやけど)

 

 そんなことを考えながら、部室が並ぶ雑然とした廊下をふたりで歩く。

 扉に貼り出されたプレートには、古美術研究会、英国茶会愛好会、スカッシュ愛好会など、一癖も二癖もありそうなサークル名が並んでいた。

 

 さっき訪れた、研究会の入っているピカピカの新部室棟とはまるで雰囲気が違う。

 ここには肩肘張らない空気と、歴史の積み重ねみたいなものがあって。

 深夜は、こっちの方がずっと好きだった。

 

「あ、ここですね」

 

 先を歩いていた御代が、立ち止まる。

 視線の先には、色あせたプレートが掲げられていた。

 

 ──青学スクールアイドル同好会

 

 中はのぞけないようになっていて、人がいるかどうかも分からない。

 けれど、扉全体からどこか、「開けるな」とでも言いたげな、妙な圧が漂っていた。

 

「どうしましょうか?」

 

 御代が少し不安そうにこちらを見た。

 

「まあ、せっかくここまできたき、入ってみん?」

 

 まだ戸惑いを見せる御代にかわって、深夜は意を決して扉に手をかける。鍵はかかっていなかったようで、力を入れると──すっと、音もなく扉は開いた。

 

「失礼しまーす」

 

 扉を開けた瞬間、どこか懐かしい匂いが深夜の鼻腔をくすぐった。

 

 ──かが女の部室と、どこか似た匂い

 

 続いて視界いっぱいに飛び込んできたのは、所狭しとハンガーに吊り下げられた衣装の海だった。

 セン学の衣装室にも劣らない、いや、密度でいえばそれ以上かもしれない。

 

 壁には、ラブライブ!やカレッジアイドル選手権のポスター、誰のものか分からないサイン色紙、アイドル衣装に身を包んだ女の子たちの写真などが、これでもかというほどに飾られていた。

 床には、スクールアイドル関連の雑誌が無造作に積み上げられている。

 

 深夜に遅れて部室に入った御代は、その光景に一瞬目を丸くし──そして、すぐにキラキラと瞳を輝かせた。

 

「誰だー?」

 

 少しハスキーな声が奥から聞こえる。

 衣装がわずかに揺れ動いたかと思うと、金髪の女性が顔をのぞかせた。

 

 彼女は、ふたりをいぶかしむような視線で見たあと、「新入生か?」とぼそっとつぶやいた。

 

「はい!」

「スクールアイドル研究会はここじゃないぞ。17号館の方だ」

 

 気だるげな口調でそう言いながら、彼女はそのまま衣装の奥へと戻っていこうとする。

 

「あの、うちら同好会見にきたがですけど……」

 

 深夜の言葉に金髪の女性はぴたりと動きが止めて、それからゆっくりと振り返った。

 

「お、そうなのか。てっきり、いつもの研究会と間違えてきたパターンだと思ってしまってな。悪い悪い」

 

 そう言って出てきたのは、思っていたより背の低い女性だった。

 身長でいえば、乃々羽と同じくらい。

 その低身長にもかかわらず、不思議と大人びて見えるのは、彼女の立ち居振る舞いと着こなしのせいだろうか。Tシャツにジーンズというシンプルな格好ながら、どこか洗練された雰囲気を纏っていた。

 

「しかし、君らもうちをわざわざ見にくるなんて、だいぶ物好きだな……って、まさか、かがみ川女子の東雲深夜か!? そっちは栴檀学園の小椋御代じゃないか! 」

 

 突然の大声に、深夜は思わず身じろぎしてしまう。

 

「うちらのこと、知っちゅうがですか?」

「当たり前だ! スクールアイドル好きなら、ラブライブ!決勝大会進出校のメンバーくらい空で言えて当然だぞ。まあ、東雲君は厳密には決勝大会進出ではないがな」

 

 さらりと釘を刺しつつも、彼女の口ぶりに悪気はない。むしろ、純粋な“推し愛”が先に立っているように深夜は感じた。

 

「ふたりとも、アキバドームでのパフォーマンスは素晴らしかったからなぁ。オダルリとかサクサクを推す世間の評価も、まあ分からんではないが──今年のラブライブ!でスクールアイドルイズムを体現してたのは、間違いなくかがみ川女子と栴檀学園だったよ」

 

 どこか誇らしげにそう断言すると、ふいに思い出したように彼女は手を叩く。

 

「そう言えば、ふたりともうちに進学するって話をどこかで見た気がするぞ……スクールアイドルデイズの高知県特集だったか……?」

 

 そう言いながら、床に積み上がった雑誌の山を、がさがさと漁り始めた。

 

(この人、ノノちゃんとおんなじスクールアイドルガチ勢の匂いを感じるがよね)

 

 深夜は、隣に立つ御代の様子をちらりと見る。

 

 その瞳は、衣装に釘付けになったままキラキラと輝いていた。

 

(ここにもおったがよ、スクールアイドルガチ勢)

 

「この衣装ってもしかして、FORTUNE⭐︎FUTURE(ふぉーちゅんふゅーちゃー)の衣装ですか?」

 

 御代が指さした先には、真っ赤なラテン風ドレス衣装が二着、飾られていた。

 他の衣装とは明らかに分けてディスプレイされていて、素人目にもそれが“特別なもの”だということが伝わってくる。

 

「そうだぞ。うちの偉大な先輩」

「ふぉーちゅん?」

「カレッジアイドルからプロになって、アキバドームで単独ライブまで成功させた、伝説のカレッジアイドルです」

 

 御代の声には、少しだけ熱がこもっている。

 

F⭐︎F(えふえふ)がいた頃は、うちも伝統と勢いを兼ね備えたサークルだったんだがなぁ」

 

 同好会の人は、肩をすくめて天井を見上げた。

 

「カレッジアイドル選手権がなくなって、同好会と研究会に分かれてからは、一気に勢いがなくなってしまってな。今や正式に活動してるのが私くらいしかいない、しがない弱小サークルだ」

 

 そう言いながら、彼女は少し自虐的に笑った。

 

「そうだ、申し遅れたね。経済学部の四年生で、この同好会の会長をしてる、新居ムラサキだ。君たちのような輝かしい経歴と才能のあるスクールアイドルが見学に来てくれたのは、正直嬉しい。ただ、見ての通りかつての栄光はここにない。研究会の連中はいけすかんが、奴らのプロモーション能力は間違いなく一級品だ。君たちが一流のカレッジアイドルを目指すなら、同好会(うち)ではなく研究会に入ることをオススメするよ」

 

 この短いやりとりだけでも、同好会と研究会とはあまり仲が良くないことは想像に難くない。

 けれど、それでも深夜たちの将来を思って研究会への入会を勧める新居先輩の姿勢に、深夜は──たしかな“真摯さ”のようなものを感じ取っていた。

 この先輩は、カレッジアイドルに本気で向き合ってきた人に違いない。

 

「新居先輩は、普段どんな活動しゆうがですか?」

「昔はステージに立っていたんだが、2年生の時に膝をやってしまってね。今はまともなパフォーマンスはできないんだ。だから、基本的にはスクールアイドルやカレッジアイドルの情報収集、同好会備品の管理などをしているよ。あとは、頼まれた時に、他のサークルの手伝いとかカレッジアイドル系イベントの運営補助とか裏方仕事もしているかな。ホントは同好会でもちゃんとカレッジアイドルをやりたいんだが、なにぶんここには故障したポンコツ一人しかいないからな」

 

 どこか冗談めいた軽さを漂わせたその言葉の奥に、やはり深夜は感じざるを得なかった。

 新居ムラサキという人の、同好会への熱い想いを。

 カレッジアイドルへの、まっすぐで揺るぎない愛を。

 

 ぱっと見には雑然と映ったこの部室も、よく目を凝らせば、そのひとつひとつがしっかり手入れされていることに気づく。

 特に、吊るされた衣装には、埃ひとつついていなかった。

 

 まるで、またいつその時(ライブ)が来てもいいように、と。

 丁寧に、愛おしむように、整えられている。

 

「御代、あのさぁ」

 

 まだ熱弁を続けている先輩の耳に入らないように、深夜はそっと御代に近いて、耳元でささやく。

 

「わたしも、たぶん深夜とおんなじ気持ちですよ」

 

 それだけ言って、御代は手にしていたカレッジアイドル研究会のチラシを、すっと折りたたむ。

 そして何の迷いもなく、それを鞄の中にしまった。

 

「──あの、新居先輩」

「ん? どうした?」

「うちら──」「私たち──」

「「カレッジアイドル同好会に入部させてください!!」」

 

 東雲深夜、18歳。

 365日前、かがみ川女子高校でスクールアイドルに出会った彼女は、こうして──カレッジアイドルとして、またひとつ、新しい夢を追い始めたのだった。

 




東雲深夜のスクールアイドル活動を、最後まで応援いただきありがとうございました!
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