かがみ川女子高校スクールアイドル部   作:記録部

85 / 85
Side:乃々羽


2025/04/10:Day 365+1(Side:乃々羽)

 2025年4月10日15時。

 乃々羽は、ひとり屋上庭園で新入生がやってくるのを待っていた。

 

 みゃー先輩がいないひとりきりの屋上庭園も、いつの間にか日常になっていた。

 ラブライブ!全国決勝大会が終わり、みゃー先輩が引退したあの日から──乃々羽は、来年の決勝大会に実力で立つことを夢見て、変わらず黙々と練習を重ねている。

 

 とはいえ、いつだって完全なひとりぼっち、というわけではない。

 練習をしていれば、誰かがふらりと見に来てくれたり、声をかけてくれたりすることも多い。

 それに、千絵ちゃん先生や服飾部、Re-Arise、その他の委員会の人たちも。何か困ったことがあるときは、いろんな人がスクールアイドル部に手を貸してくれる。

 

「今年からは晴れて部費も出るようになったし」と、乃々羽はひとりごちる。

 金額は一万円。それでも、遠征費や備品の足しにはなるし、何よりも部として正式に認められたようで、嬉しかった。

 

 学校代表として、学内イベントや地域の催しに出演する機会も増えた。

 

 こうして改めて俯瞰してみると、今のスク部はちゃんとかがみ川女子高校に「スクールアイドル」として定着しつつある。そんな実感が、乃々羽にはあった。

 

 学外の繋がりも増えている。

 セン学とは変わらず仲良くさせてもらっているし、ラブライブ!の後は市内のほかのスクールアイドル部からもたくさん声をかけてもらえた。

 三学期は積極的に他校の練習に参加させてもらって、春休みには市内のスクールアイドル部の一年生たちと一緒に遊びにも出かけた。ちょっとした横のつながりができたことも、嬉しかった。

 

 応援してくれる人も、仲間も、着実に増えている。

 だけど、スクールアイドルを一緒にやってくれる部員は、いなかった。

 

(このままじゃ、ソロスクールアイドル一直線だよ)

 

 ストイックに練習を積み重ねるのは、乃々羽の性に合っている。だから、ひとりでやること自体に不満はない。

 でも、スクールアイドルは「始める」ことと同じくらい、「続ける」ことが大切なのだ。

 

 自分が卒業しても、その先もかがみ川女子高校スクールアイドル部が続いていかなければ。

 あの一年。みゃー先輩と過ごした、奇跡みたいな時間も──きっと、どこかで忘れ去られてしまう。なかったことに、されてしまう。

 

 だから今日、始業式後に行われた新入生向けの部活紹介では、本気で頑張った。

 短いパフォーマンス時間でも、しっかりとスクールアイドルとして魅せられた自信はある。

 

 けれど。

 

 廊下で耳にした、新入生の会話を思い出す。

 

「ノノちゃん先輩、めっちゃ可愛かったけど、あのレベルはうちらには無理だよねー」

 

 そんな言葉が胸がちくりと刺した。

 

(初心者歓迎なんだけどなぁ。ちょっと張り切りすぎちゃったかも)

 

 部活紹介の最後には、「15時から屋上庭園で練習見学会をやります!」とちゃんと伝えたのだが。

 待ち受け画面が15時を表示しても、屋上庭園に新入生の姿はなかった。

 

(完全初心者のみゃー先輩を一年であそこまでのスクールアイドルに仕上げた実績はあるんだけどな)

 

 そんな風に考えつつも、あれができたのはみゃー先輩に天賦の才があったからだというのは、誰よりも乃々羽が理解していた。

 

 正直なところ、今となっては技術や表現力の細かな部分でさえ、みゃー先輩の方が乃々羽の上をいっていると思うことも少なくない。

 自信を持って勝ってると言えるのは、体力と筋力くらい。

 

(あっという間に追いつかれて、追い越されちゃったなぁ)

 

 みゃー先輩は三月から御代先輩とルームシェアしていて、大学ではふたりでカレッジアイドルを始めると聞いている。

 つい先日も、瑠璃先輩と一緒に練習していたらしく、その様子がインスタに上がっていた。

 フォロワー数も、気づけば数十万人に届いていて、まるで雲の上の存在のように感じることもある。

 

 みゃー先輩がすごいのは、パフォーマーとしての才能だけじゃない。

 誰とでもすぐに打ち解けられるコミュニケーション力。決めたことに一直線に突き進める行動力。

 アイドルに必要なものを、自然と身につけている人だった。

 

 今でもLINEを送ればすぐに返信がくるし、言葉のひとつひとつに変わらない優しさがある。

 だけど、どこか近くて──どこか遠い。

 乃々羽の中にあるその感覚は、じわじわと濃くなっている。

 たった数ヶ月前までは、横並びで走っていたはずなのに。

 気づけば、みゃー先輩だけがはるか彼方を走っている。

 

 みゃー先輩と一緒に走って、一緒に叶えたふたつの夢。

 

 ──スクールアイドルになる夢

 ──アキバドームに立つ夢

 

 それは乃々羽がずっと憧れてきたものであり、みゃー先輩が叶えてくれた大切な夢だった。

 

 けれど、今はもうその先を見据えないといけない。いつまでも叶った夢にすがりついてはいられない。

 みゃー先輩に置いていかれないように。

 かがみ川女子高校スクールアイドル部の二代目部長として、その夢の続きを、自分の手で紡がなければならないのだ。

 

 ──かがみ川女子高校スクールアイドル部を次の世代に繋いでいく夢

 ──そして、今度こそ、ラブライブ!全国決勝大会の出場校としてアキバドームに立つ夢

 

 スクールアイドル部の裾野を広げたいという想いと、ラブライブ!で勝ちたいという願い。

 一見すれば、矛盾するふたつの目標。

 それでも乃々羽は、どちらも追いかけたいと思っている。

 

 ──欲張りすぎ、かな

 

 そんな疑問が、胸の奥で顔を出しかけた──そのときだった。

 きりんちゃんの顔が、不意に思い浮かぶ。

 

 今年、セン学には10人以上の新入部員が入ったと、きりんちゃんは誇らしげに語っていた。

 決勝大会への久々の進出。彼女たちがつかみとったその輝かしい実績が、スクールアイドルとしてアキバドームに立つことを目指す子たちを引きつけたのだろう。県外からの越境入部も例年以上に多く、それは実力者が入ってきていることを意味していた。

 ラブライブ!全国決勝大会二年連続出場。その夢に向かって、彼女たちはすでに現実的な一歩を踏み出している。

 

 そのセン学のセンターにいるのが、間違いなく、きりんちゃんだった。

 

 去年の「最優秀新人スクールアイドル賞」受賞者。

 これからのセン学を引っ張っていくのは彼女なのだと、誰もが疑わない。

 四月の定期公演でも、センターを任されることが決まっているらしい。

 

 この前の合同練習で見た彼女のパフォーマンスは、出会った頃の比じゃないくらい磨かれていて──ただただ、まぶしかった。

 

 乃々羽が叶えたい夢。

 それらをきりんちゃんは、自分の手で掴もうとしている。

 

「ののっちはうちのライバルやき!」

 

 会うたびにそう明るく言ってくれるのは、素直に嬉しかった。

 だけど──どこか胸の奥に、小さなざらつきのような感覚が残るのも、事実だった。

 

 ──今の自分では、もうライバルとしては力不足かもしれない

 

 口に出せばすぐに崩れてしまいそうなその気持ちを、乃々羽は黙って飲み込む。

 

 みゃー先輩にも、きりんちゃんにも。

 そして、全国で走り続けているスクールアイドルたちにも。

 

 ──わたしだけが置いていかれてしまったみたい

 

 そんな焦りが、ゆっくりと胸の奥を掠めていった。

 

 ふと、LINEの通知音が鳴った。

 スマホに目を向けると、みゃー先輩からのメッセージが届いていた。

 

 ──カレッジアイドル同好会はいった!

 

 添えられていたのは、御代先輩と見覚えのない金髪の女性と一緒に並んだ写真。

 みゃー先輩の楽しそうな気持ちが、画面越しにも伝わってくる。

 

 ──ノノちゃんも勧誘ファイト!

 

 続けて送られてきた応援のメッセージに、乃々羽はスタンプを一つ返した。

 

(そうだ。わたしだけがここに留まってなんていられない)

 

 365日前のあの日、始業式のあと。

 見ず知らずのわたしに声をかけて、スクールアイドルに導いてくれたみゃー先輩。

 今度はわたしが、あのときのみゃー先輩になる番だ。

 新入生と一緒に新しいかが女スク部で夢を叶える。

 

 そのはじまりの日が、きっと今日だ。

 

 そう思って、気合いを入れようと立ち上がった瞬間──

 

「あ、あのっ!」

 

 背後から勢いのある声が降ってきた。

 振り返ると、制服姿の女の子がふたり、ちょっとだけ緊張した面持ちで立っていた。

 

 背の低いどこか愛嬌のあるツインテールの子と、背の高いちょっとクールな印象の長髪の子。

 ネクタイの色からして、ふたりとも新入生らしい。

 

(……あれ、どこかで見たような)

 

 既視感に引っかかりながら記憶を手繰った瞬間、ぱっと脳裏に一枚のイメージが浮かんだ。

 

 ──去年の秋のオープンスクール

 

「たしか、オープンスクールで声かけてくれた子たちだよね?」

「覚えてくださったんですか!」

 

 小柄な子が、ぱっと顔を輝かせた。

 

「うん! 無事受かったんだ、おめでとう!」

「あ、ありがとうございます! あの日、先輩たちのパフォーマンス見て、絶対にかが女に行きたいって思って……受験勉強、頑張りました!」

「わざわざ挨拶に来てくれたの? ありがとう」

「はい! あ、じゃなくて……」

 

 隣の長身の子が、肘でそっと小柄な子をつついた。

 

「しずか、まずは自己紹介でしょ」

「あ、そうだった。ごめんごめん、かのちゃん」

 

 そう言って、彼女は慌てて姿勢を正す。

 

「宮本しずか、南中出身です」 「同じく、南中出身の辻かのとです」

 

 ふたりそろって、ぺこりと頭を下げる。

 

「しずかちゃんとかのとちゃんだね。えっと、わたしのことは知ってるかもだけど、二年の沢渡乃々羽です。スクールアイドル部の部長をやってます。よろしくね!」

「もちろん知ってます! ラブライブ!決勝大会も未来ミラーのMVもドキュメンタリーも、めちゃくちゃく見ました!!」

「しーずーかー。本題、入ろ?」

「は、そうだった。ごめんごめん、かのちゃん。あの、沢渡先輩」

 

 かのとに促されると、慌ててしずかは鞄をごそごそと探る。そうして、一枚の紙を取り出した。

 そんなしずかを横目に、かのとも同じ用紙を取り出す。

 

「これ、受け取ってもらえますか!」

 

 差し出された紙には「入部届」と書かれていた。

 その三文字を目にした瞬間、乃々羽の胸が──トクン、と音を立てた気がした。

 

「わたしたち、かが女に入ったら絶対にスク部に入るって決めてたんです。未経験者で、先輩の足を引っ張っちゃうかもですけど……一生懸命頑張るので、一緒にスクールアイドルさせてください!」

 

 先に口を開いたのは、しずかだった。

 勢いに満ちたその声は、どこまでもまっすぐで。

 

 続いて、かのとが小さく息を吸って、それから言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。

 緊張しているのか、その声はほんの少しだけ震えていた。

 

「……私も最初はしずかに誘われただけだったんですけど、先輩たちのステージ見て、かっこいいなって思って。ちょっと無愛想なタイプなので、アイドルなんて上手くできるか自信がないんですけど……それでもよければ、スクールアイドル部に入れてもらえると嬉しいです」

 

 ふたりの言葉が、春風に乗って乃々羽の胸に届く。

 まっすぐすぎて、まぶしいくらいのその想いが、胸を打つ。

 

 嬉しさのあまり、思わず涙をこぼしそうになるのをぐっとこらえて。

 乃々羽はアキバドームのステージで見せた以上の笑顔を、ふたりに向けた。

 

 あの日、みゃー先輩が手を引いて、夢に導いてくれたように。

 今日、同じ場所で、ふたりが乃々羽を次の夢へと後押ししてくれている。

 

 でも、今はもう、ただ背中を押してもらうだけの存在じゃない。

 次は、わたしが引っ張っていく側だ。

 

 勇気を出してここに来てくれたふたりを──

 今度は、わたしがスクールアイドルにしてあげたい。

 

 かがみ川女子高校スクールアイドル部、第二章のはじまり。

 乃々羽はまっすぐにふたりを見つめて、晴れやかに言った。

 

「──ようこそ、かがみ川女子高校スクールアイドル部へ!」

 

 




沢渡乃々羽の2024年度のスクールアイドル活動を、そして初代かがみ川女子高校スクールアイドル部の活動を、最後まで応援していただきありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。