PERSONA3×Blue Archive~Re:Tales Of Our Youth Days 作:花極四季
意識を取り戻した瞬間に認識したものは、上半身全体からくる軋むような痛みだった。
反射的に身をよじり、その動きで更なる痛みを誘発するという地獄の時間を数秒味わう。
ようやく冷静になった頃には軽い疲労感を覚えながらも、状況を確認する余裕が生まれていた。
数台の簡素なベッドに戸棚の中に陳列されている衛生材料や薬品類と、ここが保健室であると思わせる設備が視界に入る。
微かな機械音と共に冷風を送るエアコンと、それをもってしても時折感じる暑さで不快感が煽られる。
暑さの正体は、窓の外を見れば明らかだった。
窓の外から見えたのは、市街地と思わしき家屋群と散見される黄金色の粒子の数々。
黄金色の正体が、砂が太陽光に照らされたことによる産物であると理解するのに、そう時間はかからなかった。
それは間違いなくここはアビドスであるという証拠であり、それに付随するように意識が戻る前の記憶が蘇る。
【シャドウ】の軍勢との交戦、その物量を前に徐々に押されるメンバー、孤立したシロコを助けるために自分が無茶をして怪我を負ったこと、そして――シロコが【ペルソナ】に覚醒したこと。
そこからの記憶はないが、自分が無事であるということは、死線を乗り越えることはできたのだろう。
「失礼しま――って、えぇ!?」
ノックの音が鳴るも、間髪入れずに部屋に入ってきたのは、黒髪ツインテールと猫耳を生やした少女。
その驚愕の様子から察するに、自分が未だ眠っているものだと判断した上での無遠慮な入室だったのだろう。
その幽霊でも見たような反応にどう返すべきか悩んでいる内に、少女は慌ただしく踵を返し部屋から音を立てて出ていった。
そのあまりにも目まぐるしい状況の変化に軽く呆然としつつ、あの様子なら待っていれば自ずと望んだ流れが来ると判断し、そのまま待つこと数分。
複数の足音と世間話のような雑多な声が徐々に近づき、音がドアの前で止まると再びノックの音が鳴る。
「入ってもよろしいですか?」
先程の跳ねるような声色とは違う、落ち着いた柔らかな声にどうぞと返すと、ぞろぞろと部屋内に入り込んでくる。
「本当に起きてたんですね。セリカちゃんが慌ててやってきたと思っから、ビックリしたんですよ?」
「そっ、それは!三日間も起きなかったんですから仕方ないじゃないですか!」
「セリカさん、怪我人の前ではお静かに。それに、彼も色々と聞きたいこともあるでしょうし」
部屋に入ってきた三人の内、幼さを残しながらも理知的な雰囲気を持つ黒髪眼鏡の少女が、先のツインテールの少女をたしなめると、こちらに向き直る。
「ええと、こうして言葉を交わすのは初めてですね。私は奥空アヤネ、ここアビドス高等学校の一年生です」
アヤネと名乗った眼鏡の少女が軽く一礼すると、ツインテールの少女がそれに続く。
「私は黒見セリカ、アヤネちゃんと一緒の一年よ」
先の一件が尾を引いているのか、気まずそうにそう名乗りを上げる。
そういって最後に残った金髪ロングの少女がセリカの背中から抱き着く。
「ちょっ、ノノミ先輩!?」
「駄目ですよ~セリカちゃん。そんな挨拶だと怖がられちゃいますよ?」
セリカは嫌そうにしながらも完全な拒絶とは違う、言うなればじゃれあうようなやり取りが繰り広げられている。
アヤネはその光景を前に軽い溜息を吐くと、それを合図としたかのように金髪の少女はセリカから身体を離す。
「改めまして、私は十六夜ノノミと言います。私は二年生です!」
太陽のような笑顔で挨拶をした金髪の少女改めノノミは、両の人差し指を頬に添えるポーズを取る。
下手をすればあざといと顰蹙を買いそうな所作ではあるが、彼女の魅力の前では嫉妬による怨嗟としか見なされないだろう。それほどまでに似合っていた。
「シロコ先輩から伺ってはいます。結城理さん、お身体の調子はどうですか?」
「結構痛いけど、多分すぐ慣れる」
実際、起き抜けこそ不意打ち気味に襲ってきたそれに身悶えこそしたが、常に身構えてさえいれば痛みを最小限にするよう立ち回ることはできる。
会話をする分には身体を動かす必要もないし、問題はないだろう。
「辛いときは遠慮なくお伝えください。……それでですが、結城さんは恐らく状況を正しく理解していないと思われますので、その説明をする用意がこちらにはあるのですが、どうでしょう」
こちらとしてもその提案は願ってもないことなので、それに頷いて返すとアヤネは軽い咳払いの後説明を始める。
「まず、結城さんは三日間もの間眠ったままでした。怪我や疲労の諸々が作用してのことと思われますが、セリカちゃんが過剰に驚いていた理由もそこにあります」
「三日……」
「【影時間】から脱出した貴方たちを私たちが回収し、ここ【アビドス高等学校】に運んだ後、貴方とシロコ先輩を除いた方々は所属校へとお戻りになられました。本来ならば貴方も連邦生徒会預かりになる予定でしたが、一向に目覚めない容体から安静にさせた方が良いと判断させ、ここに残ることになりました」
「アビドスは暑いけど冷房でどうにかなるのに対して、長距離移動はただでさえ負担になる上、砂上を車両で横断するのは揺れの問題があるし、ヘリも騒音問題に加えて流れ弾や何やらで墜落するリスクもあるしで、最も安全な選択となるとこれが最善だったんじゃない?」
「最近は銃を持って暴れる人達が減ってきたとはいえ、結城さんは銃弾一発掠めるだけで大怪我になると聞いています。それなら念には念を入れるべきと進言したら、無事通ったというわけですね~」
「ちなみにシロコ先輩は連邦生徒会からの要請で先日より外出なされています。恐らくは【ペルソナ】とやらの関係でのことでしょうが、詳細は不明です」
アヤネの発言を聞き、そういえばと思い返す。
さも当たり前のように流していたが、シロコが【ペルソナ】を発動した時の挙動は、自分のそれとは明らかに異なるものだった。
【影時間】内において消失していたヘイローが出現し、それを砕くことで【ペルソナ】が発現する。
自分は拳銃自殺の疑似体験をトリガーとして召喚しているが、彼女達にとってのヘイローはその代替となるものなのだろうか。
安直に考えるなら、ヘイローが砕けることで彼女達は【死】を実感する。いわば第二の心臓のようなものか、或いは知覚できる生命そのものか。
ヘイローについての知識はほとんどないため、見当違いも甚だしいかもしれないが、自分の常識と照らし合わせれば何かしら生命と関連性のある概念であると想像はできる、
アロナやヒフミの例を見るに、睡眠時のような意識がない状態でヘイローが消失していること、【影時間】内でヘイローの消失に伴い肉体の弱体化が起こっていることから、ヘイローがただの飾りではないことは明白。
とはいえ、それが分かったからといって謎がすべて解明されたわけではなく、むしろより深まったまである。
「えっと、シロコが言ってたんだけど、もしかして君達が【シャドウ対策委員会】?」
「あ、はい。どこまで伺っているかは知りませんが、【シャドウ対策委員会】は全員が影時間適正を有しており、その希少性を買われて連邦生徒会と契約を結んで発足された組織です」
「と言っても、本当に適性があるぐらいで、シロコ先輩に比べたらまともに戦えたもんじゃないのよね……」
「だから主に私達の役目はバックアップというか、シロコちゃんを主体としてそのサポートをするって感じの役割ですね。偵察とか物資の運搬とか、戦闘部隊が十全に動けるように雑用をするのが主かな」
「今回の遠征は本格的な活動ではなかったというのもありますが、何分急遽決まった案件だったもので……」
「特に指示は受けてなかったけど、万が一ということで車両運転のできるアヤネと、その護衛としてホシノ先輩の二人体制で学校待機してたら、案の定って感じね」
「セリカちゃんはバイト、私は家の事情でどうしても空けられなかったんですよね」
「事情は理解したうえで、だからってそんな突発なことでシフトに穴開けて大将に迷惑もかけられないしで悩んだんだけど、こういう時に限って不幸は重なるものよね」
「ま、まぁ。あくまで自主的にやったことですし、結果オーライということで」
セリカの深い溜息からは哀愁と後悔の色が見える。
彼女に非がないのは明らかだが、それでも納得できないといった様子で眉を潜めている。
ノノミやアヤネに比べて距離のある物言いをしてはいるが、それはあくまでも知らない人間への警戒心からくるもので、心根は優しい人物なのだろう、
「ホシノ、って誰?」
「あ、ホシノ先輩は――」
「私の事だよ」
アヤネの言葉を遮るように背後から現れたのは、ヒナと同じぐらいの身長と体躯を持つピンクのショートヘアの少女。
似通っているのは体つきだけではなく、幼い相貌には不釣り合いな鋭い瞳と言い知れない圧を纏っていることも共通している。
「初めまして、私は小鳥遊ホシノ。アビドス唯一の三年生で、だから一応リーダーみたいな立場やってる。まぁ、よろしく」
言葉とは裏腹に、警戒を崩すことなくそう締めくくる。
立場から来るものか、単なる気質の問題か。少なくとも、三人と違って歓迎してくれている様子はない。
「ホシノ先輩、どうでしたか?」
「いつも通りだったよ、今のところはね」
「それは……良いこと、でいいんでしょうか」
「悪い方向に傾くよりはいいと思う。アビドスは人が少ないから目立たないけど、他では結構目に付くようになったらしいし、そろそろ他人事ではいられないかな」
何やら小声でノノミがホシノと話しているが、その内容まではよく聞こえない。
盗み聞きする趣味はないが、自然とそういう立ち位置になってしまうのは気分が良いものではない。
こちらの心境を察してか否か、アヤネがこちらに話しかけてくる。
「そういえば、お腹空いてませんか?あまり大層なものは出せませんが……」
「仮にも病人なんだし、おかゆとか経口ゼリーとかでいいんじゃない?」
「いや、ありがたく頂くよ。贅沢も言える立場じゃないし」
三日間の絶食を経て空腹を超えて何も感じない状態にあるが、だからといって放置するのは良くないので、素直に好意に甘えよう。
「じゃあ、私が準備してきますね~」
「あ、手伝うことありますか?」
「大丈夫ですよ~」
手をひらひらさせて軽快な足取りでノノミが退出する。
部屋内の陽気さを担保していた存在が消えたことで、気持ち空気が重くなった気がする。
「……ねぇ、質問いい?」
「何?」
その空気を形成する理由の大半を占めているホシノが、そう切り出してくる。
切り出したはいいが、本人も言い淀んでいる辺り余程深刻な内容なのか、身構えるように自然と身体が強張る。
「――どっかで会ったことあるっけ?」
そんな雰囲気の中吐き出されたのは、なんとも在り来たりな問いかけだった。
「……え?」
「ホシノ先輩……ナンパはちょっと」
「ち、違うから!なんか、本当に見たことあった気がして!」
顔を真っ赤にして全身で否定するホシノ。
先程までの重い空気は霧散し、彼女自身も年相応な雰囲気を纏うようになる。
とはいえ、そんな光景を眺め続けるのはそれはそれで空気が悪いので、素直に答えることにする。
「俺、記憶喪失だから。もし出逢ってたとしてもわからない」
「記憶喪失……それって」
「シロコ先輩と、同じ……」
「らしいね」
「……」
身内に同じ立場の人間がいることもあってか、その反応は他の人と比べて深刻さを孕んでいる。
「一応聞くけど、冗談ではないよね?」
「吐く理由とそれに伴うリスクを考えればわかると思うけど」
「それは、まぁ……。でも、記憶喪失なんてレアケースがこうも身近に集まるのが信じられなくてさ」
それに関しては理解できるし、だからこそ疑うことも無理はないのかもしれない。
こればかりは、こちらが浅慮だったと言わざるを得ない。
「改めて言うけど、嘘はないよ。証拠になるかはともかく、連邦生徒会側で検査したデータはある筈だから、どうしても気になるならそっちに聞いてみればいい」
「連邦生徒会……いや、やめておくよ。そこまですることじゃない」
連邦生徒会の名前を出した途端、ホシノが僅かに不快感を滲ませる。
否、ホシノだけではない。アヤネもセリカも、言葉にはしていないがどうにも好意的な反応ではない。
どう取り繕っても良好な関係ではないのは明白であり、こちらとしてもその反応に納得できる要素はあるので弁明することは難しいだろう。
「因みに、身寄りとかはどうなってるの?というか、戸籍とか大丈夫?」
「一応キヴォトスの外から来たってことは確定しているから、そういうのは多分ないかな。もしかしたら連邦生徒会の方で何かしら対応している可能性はあるけど、まだ正式な通達はない状態」
「……キヴォトスの学園は学生による自治権があると同時に、その学園に在学するということはそこに帰属することの義務が生じることはご存じですか?」
アヤネの言葉に首を横に振る。
自分の知る学生の在り方とはまるで異なる要素に面食らうも、彼女の説明はそこで終わらない。
「各学園の自治区は生徒が管轄するのですが、生徒会長が自治区の元首に相当し、生徒会は学園並びに自治区周辺にある住宅街や商業施設などの運営も担うのが基本です。アビドスも例外ではないのです、が――」
「シロコ先輩達と一緒に歩いたからわかるだろうけど、御覧の通りアビドスはほとんどが砂漠化してる。昔はキヴォトスの頂点とまで言わしめた規模の学園が、今や突発的な砂嵐の連続によって見る影もなく荒廃してる。はっきり言って、自治とかそういうことが出来るレベルの話じゃなくなってるのよね」
「私の世代よりも前から、学園のみんなでどうにかしようと取り組んでいたようだけど、あまりにも規模が大きすぎて学生ではどうすることもできないって、諦める人や転校する人が続出。規模はともかく無法地帯という意味では、ゲヘナにも負けてない惨状ってわけ」
悲壮感たっぷりにそう語る三人。
それはまさしく、学園とは名ばかりの国家。
そんな規模のものを年端もいかない若者が管轄・運営するというだけでも驚きなのに、そんな学園が何百と存在し成り立っているキヴォトスという箱庭。
何がどうして、そんな歪んだやり方で成り立っているのかがまるで想像がつかない。
国家の運営のことなんてまるで埒外だが、理解していたとして果たしてただの学生が実現できるのだろうか。
出来ているからこそ今があるのだろうが、それにしたって納得できるものではない。
そもそも、本来その役目を担うべき【大人】はどうしているのだろうか。
思えば、記憶の始まりから今に至るまで、【大人】と呼べる存在は一人として出会うことはなかった。
学園都市と銘打っている以上、学生が主体であることは前提として、それでも限度というものがある。
学園の運営だって当然【大人】が担っていると思っていたし、そんなあるべきポジションにすら存在を残していない時点で、色々と嫌な予想が膨れ上がっていく。
しかし、予想はあくまでも予想。無知のまま先入観を抱くのは不味いと判断し、敢えて思考を止めることに努める。
「まぁ……あれだよ。記憶喪失だっていうなら、私としては記憶を探す手伝いをすることも吝かじゃないかな」
ホシノからのまさかの提案を受け、思わず瞠目する。
「ああ、別に善意からってわけじゃないから。シロコちゃんのこともあるし、時期としても決して無関係じゃない可能性だってあるから、そのついで」
「確かに、記憶喪失の人物が二人も出るなんて普通じゃないわよね……」
「まだ偶然と呼べるレベルではありますが、そう楽観視して被害が増えてきた【無気力症】の例がありますから、警戒するに越したことはありませんよね」
そういえば、先の連邦生徒会での会合で、リンが【無気力症】という言葉を口にしていたが、その詳細は知ることなく今に至っている。
状況が状況だけに主題にない部分にまで気を留めている余裕がなかったのもあるが、あの場で話題に出たということは【シャドウ】や【影時間】と何らかの関係があるのではないだろうか。
少なくとも、会話の切り出しに使う程度には、彼女達にとって周知された言葉であるのだろうが、文字列からして穏やかな内容ではないだろう。
「【無気力症】って?」
「【無気力症】は、数年前からキヴォトスに蔓延している症状なのですが、文字通り無気力な状態になるという理由から付けられました。しかし、その症状にも個人差があり、ただ元気がなくなる程度の人もいれば、まるで魂が抜けたように一言も発することも出来ないぐらいに症状が重い人もいますが、その理由は解明されていません。
「この概念は公的に発表されたものではなく【I.F.I.C.】の関係者にのみ伝えられているって話。【無気力症】という概念が形となった段階でこれが【影時間】との因果関係にあると疑っていたから、必然的に秘匿せざるを得なかったんだろうね」
「ただ、確認されている限り【無気力症】になっているのは全員ヘイロー持ちで、獣人やロボットの人達からの発症は確認されていないのが不思議なのよね」
ヘイロー持ち、つまり彼女達のみが罹患する症状。
まるで狙い撃つように特定の存在にのみ適応する病。
数年前という言い回しからして、それ相応のエビデンスは確保していることを考慮すれば、例外はないのだろう。
「最初は日常的に行われている銃撃戦の頻度が減っているという統計が、防衛室より提出されたことに端を発したとのことで。そこから各学園の生徒達の行動パターンを割り出し、消極的になった方達のそうなった時期や傾向を統計した結果、それらに明確な関係性があることを確信するに至ったらしいです」
「それ自体はまぁ、そういうこともあるとか、平和になって良かったな~ぐらいで終わったんだけど、路上にゾンビのように呻きながらただただ佇む生徒が目撃されるようになってから、状況は変わってきたのよね」
「ただ行動が消極的になるだけなら問題の優先度としては低いし、何より連邦生徒会というよりも救護騎士団とかの医療の専門家の案件だったけど、そこで【影時間】が確認されるようになって、自分達の想定よりも根の深い事件であると考えたんだろうね」
「連邦生徒会の動きは迅速で、【I.F.I.C.】の結成まで随分と辣腕を振るったようですが、その過程で随分と強権を行使したものですから、各学園からの不平不満は良く耳にしますね」
「如何に影時間の適正者が少ないことや、銃撃戦による被害が減少したという理由が嚙み合ったとはいえ、あのゲヘナの風紀委員長や【正義実現委員会】の委員長さえ取り込むなんて、余程の無理をしたって誰が見ても分かるわよ」
セリカが発した【正義実現委員会】という言葉に、以前会議室の場で見た資料の内容を思い出す。
確か剣先ツルギと言う名前だったか。顔写真にあった鋭い三白眼に血で作られたようなヘイローは、忘れたくても忘れるのは難しい。
ヒナとは面識があるが、彼女の持つ他の生徒と一線を画した雰囲気を知る身としては、同列に語られるツルギという少女の実力も推して知るべしなのだろう。
彼女達が各学園において重要なポジションにあることは疑いようもなく、そんな彼女達を非公式とはいえ引き抜いたとなれば、その皺寄せが業務に現れるのは必然。不平不満が出ようとも文句は言えない筈だ。
「必要性や利害の一致もあるとはいえ、ともすれば越権行為とすら取られかねないんだけど……多分、あの人がうまくやったんだろうね」
「私達はあの人と長い付き合いではありませんが……なんていうか、物凄くコミュ力高い人でしたよね。あの人なら誰と何処で人脈築いていたとしても納得しかないというか」
「実際、次期連邦生徒会長の最有力候補だったのに、私達のために【建設室】に進んで立候補してくれたのよね。あの人の存在もあるせいで、現連邦生徒会長への風当たりが強いなんて評判も聞くぐらいだし」
三人が「あの人」とやらの話題で盛り上がり始め、図らずも蚊帳の外に追い込まれる。
会話の内容や弾むような声色から察するに、彼女達にとって近しい存在で優れた人格者であることが窺える。
付き合いと呼べるほどの関係ではないが、七神リンが取っ付き難い人物と評されたとしても否定は難しいのはわかる。
彼女なりに立場に見合った成果を出そうと努力しているのだろうが、それが結果的に人心を無視したものになってしまい、しかしそれが合理的であるが故に止めることは出来ず、結果悪循環となっているのではないだろうか。
トロッコ問題のようなもので、質を取るにしても数を取るにしても、犠牲ありきの選択は多かれ少なかれ不満の種を蒔くことに繋がる。
そこからどう軟着陸するかが肝要であり、最初から互いが一切不満のない完璧な対話なんてそうありはしない。
ましてやキヴォトスにおける学園とは表現を変えただけで、国家と呼ぶにに相応しい成り立ちをしている。
つまり連邦生徒会がやっていることは、各国の要人と裏取引して疑似的な引き抜きを行っているようなもの。
これが大げさな例えかどうかは、キヴォトスの仕組みを把握していない自分では判断できないが、自分の知る学園の定義と比較して、各校の生徒会長の持つ権限に途轍もない格差があることぐらいは嫌でもわかる。
風紀委員会もそうだが【正義実現委員会】なんて大層な名前の組織のトップともなれば、それに準ずる権力を有していると考えて然るべきだろう。
どのような話し合いをして納得させたのかは定かではないが、如何に他人事ではないとはいえ単なる利害の一致だけで成立するとは思えない。
そんな困難な案件を折衝できる可能性があるのが、中心人物である連邦生徒会長ではなく、突然出てきた「あの人」とやら。
彼女達から出た少ない情報が確かなら、リンよりも「あの人」が生徒達の人気があり、連邦生徒会に所属するに足る能力も有している。
時期連邦生徒会長を有力視されながら実際は別の生徒が収まったことで、梯子を外されたと思った人は少なからず居たと思う。
そんなポジションに次善という形で収まったリンは、必然的に本来あるべき人物と同程度の能力や資質を求められた筈だ。
何というか、リンの苦労が偲ばれるとしか言いようがないと同時に、対比するように持ち上げられる「あの人」が何者なのかが気になってくるのは致し方ないことだろう。
「ねぇ、あの人って――」
「あの~!誰でもいいので開けてくれませんか~?」
問いかけようとした時、強めの声量で部屋の外から発せられるノノミの要望の言葉に搔き消される。
アヤネが小走りで近づきドアを開けると、肩幅ほどはある大きなトレイを両手にノノミが入室してくる。
「はい、どうぞ~」
ベッドの備え付け台にトレイが置かれると、そこに乗っていたものが露わになる。
卵をふんだんに使用したおじやに、市販のカップゼリーが数個。在り来たりだが、その素朴さは病み上がりの身体にはとても魅力的に映る。
湯気を伴って運ばれる匂いを取り込んだ途端、思い出したかのように腹の虫が鳴る。
「みなさん、あまり騒がしくするのは駄目ですよ?一見元気そうですが、病み上がりなんですから」
ノノミが腰に手を当ててたまま、上半身だけを軽く前のめりにホシノ達に詰め寄る。
言葉だけ見れば確かに叱りつけているのだが、声色はまるで子供を窘めるように穏やかでどこかおどけているようにも見える。
一年生二人はともかく、年上である筈のホシノもバツが悪そうに頬を搔いている。
彼女達のヒエラルキーの一端を垣間見た気がしたが、呼吸をする度に食欲を刺激する匂いが脳を刺激し、自然とそのことよりもノノミの作った食事に関心が向けられる。
「というわけで、私が彼を診ていますので皆さんは退出してもらえますか?まだまだやらないこともありますし、ね?」
無言で三人同時に頷き、そそくさと退出していく。
ドアの閉じる光景を見送って、ノノミが改めてこちらへと向き合う。
「お待たせしました~。手早く作りはしましたが、味は問題ないと思います」
「いえ、ありがとうございます」
咄嗟に敬語で返してしまう。
感謝の意味を込めてでもあるが、そうさせる雰囲気が彼女にはある。
……そういえば、自分の年齢は幾つなのだろうか。
恐らくは彼女達とそう大差はないだろうが、現状確たる情報はない。
連邦生徒会のデータベースに自分の情報があるとリンは言っていた。ならば、期を見て聞いてみるのも良いかもしれない。
「スプーンちゃんと持てますか?難しそうなら、あーんしますよ?」
「いや、そこまでじゃない」
実際は三日間も動かさなかった腕は錆ついたロボットのようにぎこちないが、気合で正常であるように見せかけてスプーンを口へと運ぶ。
「美味しいよ」
「ふふ、おかわりもありますから、いっぱい召し上がってくださいね」
傍にある椅子に座り笑顔を向け続けるノノミの視線に居心地の悪さを感じると同時に、掬い上げられる粥の優しい味わいに安心感を覚える。
一度認識してしまえば、三日間の絶食の揺り戻しが肉体に栄養を求めんとする衝動に突き動かされる。
それを意思と満足に動かない身体によって制御され、辛うじて平静さを保っているように取り繕っている。
精神は削られながら肉体は満足していくという、苦痛と快楽の二律背反に苛まれる時間は、肉体が満足するまで続いた。