PERSONA3×Blue Archive~Re:Tales Of Our Youth Days 作:花極四季
食事を満足に終え、幾許かの食後休憩を過ごした後、自分はノノミの案内のもと校舎を歩き回っていた。
リハビリを兼ねたものだが、肉体に痛みはあれど思いのほか動きに支障はない。
恐らくは筋肉が膠着しないように最低限のマッサージとかはやってくれたのだろう。
彼女達の医療知識の程度は明らかではないが、日常的に銃撃戦があるらしいキヴォトスでそれらの知識が皆無とは思えない。
幾ら彼女達にとって実弾がBB弾以下のダメージしか与えられない代物だとして、流石に無傷とはいかない筈。
強度の差はあれど肉体の構造そのものは自分と大差ない以上、医療技術もそのまま流用できる上、彼女達が素人でも【I.F.I.C.】の伝手を利用すれば、セナのようなプロから遠隔からでも口頭でレクチャーを受けることはできる。
だから、自分の肉体状況は決して不自然なものではなく、想定の範囲内のレベル。
とはいえ、三日間彼女達に掛けられたであろう負担を思えば、感謝をしないわけにはいかない。
「三日間、俺の世話をしてくれてありがとう。こうして問題なく動けているのは君たちのおかげだ」
「いえいえ、困った人がいたら助けるのが当たり前ですから。それに、私達にとっては借りを返しているだけのことですし」
「借り?」
「実感はないかもしれませんが――貴方の来訪をきっかけに、私達の周囲に取り巻いていた問題がようやく動き始めたんです。今までは我武者羅に目の前の事態に場当たりで解決していくしかなく、明確な成果というものが得られなかった。漫然とした意識のまま悪化する事態に精神的にも誰にも不安が募っていたとき、貴方が現れた」
後ろ手に組んでゆっくりと目の前を歩くノノミ。
その表情を伺い知ることはできないが、どこか哀愁漂う雰囲気を纏っているように感じる。
「今まともに【影時間】で戦えたのはシロコちゃんぐらいで、ホシノ先輩は私達の中で最も【影時間】の適性がないけど元の実力でどうにかカバーしているって感じで、私含めた三人もお世辞にも実戦レベルとは言えず……。それでも【影時間適性者】自体が希少ということもあり、何かと【連邦生徒会】から小間使いにされているのですが、成果が出ない現状に心身ともに疲れ果てていたと思います。特にホシノ先輩は唯一の三年でありながら、思う通りに結果を出せていないことに苛立っていることも多くて、見ていられませんでした」
果たして、これは自分が聞いても良い内容なのだろうか。
それを問いかける雰囲気でもなく、ただただ案山子となって彼女の独白を受け止め続ける。
「今はまだほんの少しの歩みかもしれませんが、それでも希望を与えてくれたことに変わりはありません。一方的だとわかってはいますが、それでも貴方には感謝しているんです。この程度のことぐらい、お安い御用ですよ」
振り返り、はにかんだ笑みを向けてくるノノミ。
こちらとしては完全に偶然の巡り合わせの産物で感謝されているので、どうにも居心地が悪い。
嬉しいが、素直に受け取るのも違うというか。だからといって安易に拒否して彼女を困らせるのも忍びない。
実際、なんて答えるべきかわからない。
「――どうしてアビドスは【連邦生徒会】に酷使されてるの?」
なので、話題を逸らす。
正直、この話題も割と踏み込んだものだが、別に正直に答えてほしいわけではない。
興味はあるがあくまでも本質は話題逸らしの方便であり、質問内容はおまけ。会話の流れさえ変わってくれればそれでよい。
しかし、予想と違いノノミは顎に手を当てて数秒思考に費やしている。
言うべきか、言うとしてどこまで言ってよいものか。そんなことを考えているのかもしれない。
「――そうですね。簡単に言うと、アビドスが抱えていた借金を連邦生徒会が肩代わりしたんです。金利の膨らみ続ける状況こそ改善しましたが、アビドスの自治権は実質連邦生徒会のものとなり、その権利を私達に返還することを条件に【シャドウ対策委員会】として活動している、という感じです」
「……聞いておいてなんだけど、それって言っていいことなの?」
「良くも悪くも終わった話ですしね。この選択が果たして正しかったのかはまだわかりませんが、あの提案を受けていなければ、返す目途も希望もない膨らみ続ける借金に苦しみ続ける日々を送っていたことは間違いありません」
隷属する対象が変わっただけのようなものですけどね、と果てのない砂漠を見つめながらノノミが呟き、しばらく沈黙が訪れる。
借金など、子供が背負うにはあまりにも根の深い問題だ。
アビドスという国家が抱えていた借金ともなれば、その額は個人単位で抱えられるものではない筈。
キヴォトスの学生が如何に自分の知る学生とはかけ離れた能力を有していたとしても、情緒まで相応に成長しているかは別。
人間性とは人生の縮図であり、才能のような得意不得意の延長で評価できるものではない。
何を見て、何を知り、何を為したか。そして、その過程で何を想いどう受け止めたかで、人は善にも悪にもなる。
彼女達はその道半ばでありながら、歩んだ足跡に不相応なほど重い問題を抱えてしまっている。
それを背負うべきである筈の【大人】は存在しなかったからこそ、その負債が彼女達に流れていったのは自明の理であり、まさに不条理の極みであっただろう。
連邦生徒会に頼るという決断に至るまで、どれほどまで悩み苦しんだかは、部外者でしかない自分にはまるで想像もつかない。
しかし、仮に彼女達の選択が過ちだったとして、いったい誰が責められる?
責められる謂れはない筈だ、本来は。
だが、アビドスという国の未来を背負っての決断ともなれば、その責任も相応に降りかかる。
第三者の認識がどうであれ、決断した彼女達は物理的にも精神的にも開放されていないのが現実だ。
校舎を歩く度に散見される砂だまり、所々破損が目立つ校舎内、まるで見当たらない人影。
そこから推測するに、アビドス高等学校を取り巻く問題の根底にあるのは、廃校――つまり国家滅亡とかそのレベルの規模の話だろう。
連邦生徒会が借金を肩代わりしたことで、アビドスに関する権利は連邦生徒会のものとなり、それを返却する代わりに傘下に収まり連邦生徒会側は必要とあらば彼女達を自由に動かす権利を得る。やってることは完全に植民地化だ。
「君たちの他に生徒は」
「……みんな、転校していきました。借金問題が解決したとはいえ、それで何もかも元通りになったわけではなく、マイナスがゼロに戻っただけです。見切りを付けられても仕方ないかなと」
「じゃあ、在校生は5人?」
「はい」
想定通りの回答だった。
休校日という可能性も万が一にはあったが、この状況を見れば学校としてまともに機能しているとはとても考えられなかった。
如何に学生が主導で運営しているとはいえ、五人しか住民のいない国は国と呼べるものではない。
あまりにも過酷な環境で、彼女達だけでは修復不可能と断言できるほどに詰んでいる状況。
何故、そこまで足掻いてでも維持しようとしているのか。
転校した生徒がいるように、一度所属したらそこに骨を埋めることが絶対というわけでもないだろうに、背負う必要のない苦労を背負っているようにしか見えない。
無価値というつもりはないが、学校なんて所詮は数年の思い出を募るだけの場所。
少なくとも、学生という子供でいられる貴重な時間を悪戯に浪費してまで護る価値のあるものなのか、事情を知らない自分にはわかりっこなかったし、だからこそ踏み込むべきではないこともわかる。
上辺しか知らない自分がどれだけの正論や道徳を述べようとも、その問答は既に彼女達が歩んできた道。彼女達の心を動かすにはあまりにも軽い。
「そっか」
だから、この話はおしまい。
この件で話題を広げようとしても、互いに気まずくなるだけだ。
そして、こちらの心境を読み取ったかのようにノノミのポケットから音楽が鳴る。
音源はスマートフォンからで、どうやら電話だったらしい。
ノノミがこちらを一瞥し軽く礼をした後、小走りで距離を取って通話を始める。
会話は1分程度で終わり、こちらに戻ってきたノノミの表情は先ほどより少し明るさを宿していた。
「シロコちゃんがもうすぐ戻ってくるようです。それで、体調に問題がないのであれば、生徒会室でシロコちゃんのお話を聞きませんか?」
「いいの?部外者だけど」
「学校としてはお客様ですけど【I.F.I.C.】のメンバーと考えれば別に不自然ではありませんし、ホシノ先輩の了解も取ってあるので大丈夫です」
「それなら、折角だし」
現状三日間の空白の中、唯一自分にまつわる出来事に理解のあるのはシロコだ。
確か連邦生徒会に呼び出されていたとのことで、状況からして間違いなく【ペルソナ】が関わっている。
三日で何がわかるとも思えないが、三人寄れば文殊の知恵ともいう。何かしらの知見が得られる可能性はゼロとは言えないだろう。
その答え合わせの意味も込めて、参加することに異議はない。
保健室で一人待ちぼうけしたところで、いずれ耳に入る情報なら早いに越したことはないし二度手間でしかない。
ノノミに案内され生徒会室に入ると、シロコを除いたアビドス在校生全員が既に集結していた。
室内は色々な物資が壁際に寄せられて雑多な印象を受けるが、ここが拠点であることを考えれば致し方ない部分はあるし、机上は綺麗にしてあるので決して普段から散らかしている訳ではないようだ。
「さっきぶり、体調はどうなの?」
「日常生活する程度なら問題ないよ」
「それは良かったです」
空いている席に座ると、アヤネが冷えた麦茶を目の前に置いてくれたので有難く受け取り、一気に飲み干す。
そこまで長時間歩いてはいなかったが、砂漠の気候が生み出すうだるような暑さは確かに肉体を蝕んでいたようで、軽く服が張り付く程度には汗ばんでいる。
熱の籠った肉体は室内のエアコンの冷気ですぐにどうにかなるものではなく、それ故に冷えた麦茶が内側にまで浸透した熱に染み渡る。
その余韻に浸っている間に麦茶が注ぎ足され、再び飲み干すの繰り返し。
思えば三日間の絶食は水分にも言えることで、最低限の水分補給は彼女達がしてくれていたのだろうが、如何に冷房で補っていたとはいえ砂漠地帯という環境は水分を奪うには十分な条件が整っていた。
「よく飲むわね……」
「アビドスの暑さは慣れてないと辛いでしょうし、仕方ありませんよ」
生暖かい視線で注目されることに居心地の悪さを感じつつも、グラスを傾ける動きは止まらない。
一種の飢餓状態から解放されたことでその反動が来ているだけ。いわば生理現象のようなものだが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
そんな針の筵な状況が一変したのは、ドア越しにノック音が聞こえてからだった。
流れに乗るように開かれたドアの先には、肩掛けバッグとアサルトライフルを背負ったシロコが自分の知る無表情で立っていた。
「シロコちゃん、おかえり!ささ、座って座って~」
ノノミがシロコの後ろから肩を押す形で、自分の隣に空いていた席に座らせる。
その時、互いの視線が交差する。
シロコはほんの僅かに笑みを浮かべ、会釈する。
それに釣られる形で会釈を返すと、シロコの下にも麦茶が配られる。
「ありがとう、アヤネ」
「いえいえ、それで、連邦生徒会からはどんな話をしたんですか?」
シロコは麦茶をグラスの半分ほど飲んだ後、淡々と語り始める。
「多分想像ついてると思うけど、私の【ペルソナ】に関する話だった。本格的な調査は彼が復帰してからとはなっているけど、色々とデータ取りはされた」
「データ、ねぇ。如何に彼に比べて安定していたとはいえ、おっとり刀で呼び出して数日間拘束するなんて、本当腹立つね」
鉛のような言葉がホシノから吐き出される。
まさしく唾棄するという表現が相応しい態度に、連邦生徒会への嫌悪感が見て取れる。
「必要なこととわかってはいますが、あまりにシロコちゃんに配慮がないのは一言物申したいですね」
「ん……大丈夫。不便はしてなかったし、むしろ色々配慮してくれた。お菓子とか飲み物とか。あ、これその時のお土産」
バッグから次々と取り出されたのは、如何にも高級品と言わんばかりの梱包がなされた多種多様なお菓子の数々。
自分とノノミ以外の瞳に光が一瞬宿るも、その菓子に込められた意味を察してか力強く頭を振って正気に戻る。
「ふ、ふん。これぐらいして当然なのよ!それこそ、ミラクル5000ぐらい渡すぐらいしてほしかったぐらいだわ!」
セリカが菓子箱のひとつを掴み、乱暴な手つきで梱包を剥ぎ取る。
そのままの勢いでお菓子にかぶりつくと、怒気一色だった表情が一瞬で緩んでいく。
それ以降無言で味わうように食べるようになったので、折角なのでと各々も菓子に手を伸ばしていく。
年頃の少女ともなれば、菓子――しかも高級品の美味しさの前では無力。すっかり軟化した空気で会話が続くこととなる。
「それで、実際どんなことやったの?」
「主に【影時間】での【ペルソナ】の有無による変化、そして発動条件の調査かな。アナログな測定方法で確度も高いとは言えないけど、なんとなく見えてきたものはある、かな」
アヤネがホワイトボードの傍に立ち、シロコの言葉を要約して書き起こしていく。
それでも片手にはスティック状の菓子を手放さない辺り、欲望に抗えない様が見て取れる。
「これが私自身の問題かはわからないけど、私の【ペルソナ】が使う魔法のような力は彼が使ったもの比べて格段に劣る威力だった。炎と氷という差もあるかもしれないけど、それを抜きにしてもエネルギーそのものが比較して劣っていたらしい」
「それはまぁ、初めて扱う力なんだし使い慣れてないのは当然でしょ」
「だけど、明確な変化はあった。私の【ペルソナ】は彼のと違って、一度発動したら長時間そのまま維持することができた。そして、【影時間】の影響で劣化していた身体能力も完全とはいえないけど取り戻すことができた」
「ふむ……結城さん、記憶喪失と承知で尋ねますが、同じ【ペルソナ】使いとしてはどう思いますか?」
「……そもそも召喚方法が違う以上、出力される結果が異なるのはある程度想定の範囲内だけど、比較する限り力の指向性が魔法か肉体かのどちらかに傾いている可能性はあるかな」
「結城さんの魔法が高威力な代わりに肉体への変化は少なく、逆にシロコ先輩は身体能力が高まった代わりに魔法の威力は弱い、と。言われてみれば辻褄は合いますね」
「高威力だけど燃費が悪い結城に、低燃費で身体能力は優れているけど魔法はそこそこのシロコちゃん。なるほど、わかりやすい」
これでシロコ以外のキヴォトスの生徒が【ペルソナ】を発現し、シロコと同じ条件に合致したならば、ほぼ間違いなく特性の違いと結論付けることができる。
「今後私達の誰かが【ペルソナ】を使えるようになって、私と同じような性質ならほぼ間違いなく彼が【I.F.I.C.】の司令塔として動くことになると私は考えてる」
「……いや、確かに戦術としては理にかなってるけど、そんな役目を任せるかしら。記憶喪失とはいえ、外の人間である以上無関係と言えなくもないのに」
「セリカちゃんは優しいですね~。でも、今の連邦生徒会長ならやると思いますよ。使えるものは何でも使うことに躊躇がない。だからこそ、私達の今の境遇があるのですから」
セリカの倫理的な発言に対し、ノノミが冷静な観点からそれを否定する。
自分達が似た境遇に身を置いてるからこそ、言葉の重みも相応のものとなる。
「それに、どういうことかは知らないけど彼は既に【I.F.I.C.】のメンバーとしてデータベース登録されてるみたい。嘘か真か、それに連邦生徒会長は関わってないとも」
「なんだそれ、もっとましな言い訳ぐらい用意できないの?明らかに記憶喪失をいいことに結城を傀儡にする方便じゃん」
不快といった表情を隠そうともせず、ホシノがリンを非難する。
リンのこれまでの実績を鑑みれば、ホシノの発言を否定するには説得力が薄い。
事実、自分にとってもその情報は事前に伝えられていても、それが真実であるかどうかは未だ証明できていないのだから、そんな体たらくで庇ったところで上辺だけの言葉にしかならない。
「ま、まぁまぁ。そうと決まったわけではありませんし、ね?」
「……そうだね」
「はい、ホシノ先輩。あ~ん」
言葉では納得した体だが、明らかに表情はその真逆を表している。
ノノミが半ば無理やりお菓子を食べさせたことで再び雰囲気は軟化したが、リンへの不信感そのものは彼女達共通のようで、誰からもリンを肯定する言葉は出てこなかった。
そして、事ここに至って疑問を抱えたままではいられなくなってきていた。
駄目で元々、答えてくれないならそれでいい。
それでも、知的好奇心が抑えられなくなってきている中、失敗前提で抱えたままで終わるのも座りが悪い。
自分勝手な理由で、彼女達にとって探られたくないであろう問題にメスを入れようとしていることに罪悪感はある。
ノノミ曰くこの問題が既に終わったことだとするなら、たとえ聞いたところで自分に何もできることはない。
だから、これは完全に自分の我儘でしかない。
「――答えたくないなら言わなくていい。だけど、どうしても気になることがあるんだけど」
「ん、何?」
「返済する直前の借金ってどれぐらいあったの?」
「その当時、8億に届くかどうかって段階だった。それが何?」
金額を聞いて、更に疑問は加速した。
8億。個人レベルでいえば途方もない金額だが、国レベルで考えれば端金と言えなくもない。
だが、彼女達五人を囲い込むためだけに払う金額としては法外としか思えない。
金の問題だけではなく、それに伴う周囲への影響を考えれば、やはり異常な選択としか思えない。
「なんで、リンは君達を8億で買収したの?君達の価値を語りたいわけじゃないけど、学生が学生相手にやることじゃない。それが彼女なりの理由があるとして、やり方もスマートじゃないし、俺自身が納得できる理由が思い当たらない。だから、その穴を埋める何かがあるならそれを知りたいんだ」
一息に疑問を吐露すると、シロコ達は互いに顔を見合わせる。
その中で最も視線が集中したのはホシノだったことに気づく。
恐らく、彼女がその核心を知っている。
言うべきか、言わないべきか――眉間に皺を寄せて悩み抜いている中、誰もが沈黙を貫いている。
そんな中、ホシノの携帯から着信音が鳴り、一様に肩を跳ねさせる。
慌てて携帯をポケットから取り出し、部屋の外へと退出していく。
「今の着信音、もしかして……」
「まさかこのタイミングでなんて、凄い偶然じゃないですか?」
「でも、もしかしたら都合が良いかもしれませんね」
また彼女達だけが共有する会話で、蚊帳の外に追いやられる。
しかし、会話の内容からして自分にも無関係という訳ではなさそうだ。むしろタイムリーと言っても過言ではなさそうだ。
そんな会話を眺めていると、ホシノが再び部屋に入ってくる。
彼女が浮かべていた表情は、喜色と憂色がないまぜになった奇妙なものだった。
ホシノは席に戻り、机に肘を立てて両手を汲んだ姿勢で深い溜息を吐いた。
「……で、なんだっけ?借金が法外な理由?」
奇妙な圧を放つホシノの言葉に、反射的に頷き返す。
「まぁ、単純明快な理由だよ。その価値があったから。――正確には、私達はタダのおまけ。たった一点の理由が、8億に相当する価値があったってこと」
「いや、流石にそれは――」
「――【影時間】問題の黎明期、適正者と呼べる概念すら存在しなかった頃。その第一人者となった彼女は、過去現在において未だ比肩する者はいないほどに【影時間】に適性があった。キヴォトスでは普遍的な戦闘力しか持たなかった彼女が、【影時間】では空埼ヒナのような音に聞く強者が集っても敵わないであろうほどに、隔絶した能力を有していた。理由は未だに不明だけど、その能力に目を付けた当時の連邦生徒会長がアビドスの窮状を利用してその身柄を買収。結果として彼女のおかげで被害の大半が防がれたと言っても過言ではな功績を残し、卒業した今でも強い影響力を持つフィクサーとして活動しているんだ」
ホシノから矢継ぎ早に語られる内容は、荒唐無稽の一言に尽きた。
あまりにも突飛すぎて嘘としか思えない内容だが、だからこそ逆に信憑性が出てくるほどだった。
それこそ、嘘を吐くならもっとましな言い訳が用意できる筈だ。
信じ難いが、今は納得するしかない。
「卒業した以上、学園を中心とした問題に表立っては関われないけど、今も定期的に依頼という形で関わってるっぽいんだけど、詳しいことは教えてくれない。心配かけさせまいとしてのことなんだろうけど、あの人絶対に不当な契約結んでるに決まってる。以前だって、変な闇バイトやらいかがわしいお店に勧誘されようとしたところを慌てて阻止したり、あの人には私がいないと……」
ブツブツと独り言のように愚痴を言い始め、不安の表れか貧乏揺すりまで始める始末。
実績に対して個人としては騙されやすいというか、人が良さそうな印象を受ける。
もしかして、その人こそが例の【あの人】なのかと思ったが、受ける印象と嚙み合わないので別人の可能性が高い。
「因みにホシノ先輩、さっきの電話って」
「ん?あぁ、みんなの想像通りだよ。こっちに来てるんだって」
「え、何かありましたっけ今日」
「何もなくてもあの人なら来てもおかしくないわよ」
「自分のことで手一杯のはずなのに、定期的に様子見に来てくれる」
「それは素直に嬉しいですが、もう少し自分を大事にして欲しいですよね」
そんな益体のない会話が繰り広げられていると、大きな足音がこちらへと近づいてくる。
明らかな異変であるにも関わらず、彼女達に動揺の様子はない。まるで、彼女達には音の正体がわかっているかのようで、それは事実なのだろう。
間髪入れずに開け離れたドアの先には、緑掛かった薄い水色のロングヘア―をたなびかせた黒スーツの女性が、荒い呼吸と共に頬を上気させて太陽のような笑顔を浮かべて立っていた。
「ホシノちゃん、みんな!久しぶりだね~!」
「……仮にも卒業したのですから、そんな生徒のような振る舞いは控えて【大人】としての自覚を持って下さいよ――
「え?こうやってスーツだって着てるし、立派な大人じゃない?」
「着るだけなら誰だって出来ます!今の貴方の姿は馬子にも衣裳以外には言いようがありません!」
「ひぃん、ノノミちゃん~ホシノちゃんが厳しいよぉ~」
「あらあら、よしよし。ユメ先輩は立派ですよ~」
「ノノミちゃんも甘やかさない!そんなだからいつまでも立派な【大人】にならないんだから!」
ホシノに叱られ、悲壮に顔を歪めたユメ先輩なる女性が、ノノミの胸に顔を埋める形で慰められている。
シロコは変わらない表情で、アヤネは苦笑い、セリカは溜息と、突如現れた女性の存在によって、場の空気は混沌と呼ぶに相応しい様相を呈していく。
その騒がしくも穏やかなやり取りが収まるまで、ただその喜劇のような光景を見守り続けることしかできなかった。
次回投稿のタイミングで、"ユメ先輩生存"のタグを追加しようと思います。