PERSONA3×Blue Archive~Re:Tales Of Our Youth Days   作:花極四季

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ホシノ*テラーの見た目、多少手を加えたらホシノのペルソナっぽくなりそうと思ったぼく。


12話

「はい、おまちどう!」

 

 快活な声と共に音を立ててテーブルの上に置かれたラーメンは、煮卵、海苔、メンマ、もやし、コーン、チャーシューがふんだんにトッピングされた醤油ラーメンだった。

 

「うんうん、やっぱりここで頼むなら【柴関ラーメン】だよね!」

 

 ユメが頬を緩ませながらおしぼりで手を拭いているので、自分達もそれに倣う。

 屋号にもなっている看板メニュー【柴関ラーメン】は、それに相応しい人気を博しているようで、先程他の客が食べていたラーメンも大半が【柴関ラーメン】だったのを見て、より期待値が高まる。

 因みに自分達は、二つのテーブルに分けて着席している。

 六人ならギリギリひとつのテーブルでもなんとかなったかもしれないが、流石に七人は座れたとしても間隔的に食事に支障をきたすので、致し方なく二手に分かれたのだ。

 自分のテーブルに座っているのは、ユメ、ホシノ、シロコの計四人で、隣にシロコが座っている構図だ。

 

「そう言ってもらえるのは、製作者冥利に尽きるってもんだ。つっても、ユメちゃんはこれから賄いで幾らでも食べる機会があると思うがな」

 

「それこそ大歓迎ですよ。こんな美味しいラーメン食べられる上にお給金までもらえるなんて、まさに一石二鳥!ね?セリカちゃん」

 

「え!?そ、そうですね。大将のラーメンが美味しいのに間違いはないですから」

 

 突如同意を求められ困惑するセリカ。

 ラーメンが美味しいことに嘘はないのだろうが、ユメより長いバイト歴を持つセリカからすれば、食べ慣れたものなのだろう。

 言葉にはしていないが、多少の飽きが来ていても不思議ではないし、多少言葉に詰まったのもそういう理由からだろう。

 

「っと、長話して折角の味を落とすのも馬鹿らしいし、俺は調理に戻るけど君たちは遠慮なくゆっくりしてってくれ」

 

 一同は柴大将の背中を見送り、改めてラーメンへと視線を向ける。

 自然と両の掌を重ね、食前の挨拶を一斉に発する。

 

「いただきます」

 

 最初に手に取ったのは箸ではなくレンゲ。

 ラーメンは麺がメインのように見えて、実際はその麺に絡まるスープこそがメイン。

 スープの味を語らずしてラーメンを語ること能わず。ならば、最初に口に入れるべきはスープであるべきだ。

 チャーシューから沁み出したであろう脂で光るスープをレンゲで掬い取り、口元に近付けて数度息を吹きかけて適温に調整。そのまま音を立てずに口内へと注いでいく。

 どこか馴染みのある醤油味の中に、複雑な食材同士の配合による素人には判別が不可能なほどの深い味わいが染み渡る。

 その美味さに誘われてか、無意識に再びレンゲをスープに沈めていることに気付く。

 今度はその上で漂うコーンの数粒と共に掬い取り、先程の工程を反芻する。

 濃厚な味わいの中に転がる舌触り。それをゆっくりと噛み砕くと、プチプチとした触感と共に微かに甘みが口内に広がっていく。

 飲み干すだけに終わる筈だった工程にアクセントが生まれ、二種の味わいと咀嚼する楽しみが同時に増え、自然と口元に笑みが零れるのを自覚する。

 

「う~ん、美味しい!」

 

「ん、やっぱり大将のラーメンは格別」

 

「私はあんまり来ることなかったけど、相変わらずの腕だね」

 

 三人とも満足そうにラーメンに舌鼓を打っている。

 背中越しだから姿こそ見えないが、セリカ達の時々聞こえる楽し気な声色からこちらと同じ反応であることは想像できた。

 

 女子達の喜色満面の会話を耳に入れながら、箸で麺だけを掴み取る。

 敢えてトッピングを無視するのは、スープの絡まった麺のみを啜ることで【柴関ラーメン】の根幹に触れるため。

 ラーメンというものを最低限定義するならば、麺とスープだけで事足りる。

 トッピングはそれらをより一層楽しむための副菜であり、ラーメンのコンセプト次第で変化するものでしかない。

 故に、ラーメンを構成する上で絶対に欠かせない麺とスープのみの組み合わせこそ、【柴関ラーメン】を見極めるためには避けられない工程なのだ。

 

 下品にならない程度に音を立てて啜る。

 パスタは音を立てずに啜るのが礼儀と言われている通り、ラーメンは啜ることで風味、香り、喉越しを堪能するのが最大の礼儀であり、慣習である。

 とはいえ、それを意識するあまり周囲に不快感を与えるのはマナー違反。なので、最初は控えめにして様子を見る。

 

 ――そんな取って付けたような倫理観を引き剝がしかねないほどの衝撃が、口内を駆け巡った。

 記憶喪失の自分が語っても説得力が薄いが、ラーメンでこれほどの味わい深さを感じたのは人生で初めて――いや、二度目か。

 肉体に刻まれた記憶というべきか、【柴関ラーメン】に比肩するラーメンの味がこの一口によって脳裏に浮かび上がってくる。

 この店と似た雰囲気の、しかし細かな様相の違いのあるラーメン店。

 そこに、自分は暇を見つけては足しげく通っていた。

 友人だろうか、時には誰かと共にその味を堪能したりと、自分にとってそれは大切な思い出のひとつだったのだろう。

 細部こそ靄がかかったように思い出せないが、その記憶を通じて胸の中が温かくなる感じがした。

「結城くん、どうしたの?お箸が止まってるけど」

 

「やっぱり、病み上がりにはキツいんじゃ……。もしそうなら、ユメ先輩の押しが強いせいですよ?」

 

「そ、そうなの?」

 

「……いや、違うよ。美味しくて感動してただけ」

 

「そ、そう?ならいいんだけど……」

 

「もし残しそうだったら、私が食べるから心配しないでいいよ?」

 

「ユメ先輩、でもそれは……でも残すのは確かに……いやでも……」

 

 虚実入り交じった回答でホシノとユメの心配を否定し、再びラーメンへと向き合う。

 ホシノが何故か頭を抱えているが、恐らく大した理由ではないだろうと判断した。

 記憶を思い出したというには限定的過ぎる上に、語れるほどの内容でもない。

 何より、ここで会話の時間を費やして食べ時を逃すのも馬鹿らしい。

 本来ならじっくりと味わいたいが、時間をかけて食べごろを逃すのは本末転倒。

 今生の別れでもあるまいに、また食べる機会はあるのだから食べることに集中するべきだろう。

 そこからは、食欲の赴くままに目の前のご馳走をスープ一滴残すことなく完食した。

 周囲を見渡すと、自分以外のメンバーもほとんどが食べ終わっており、各々が足並みが揃うまで談笑を楽しんでいた。

 

「どうだった?柴関ラーメンは」

 

「美味しかったです、掛け値なしに」

 

 メニュー表を見る限り、こだわりの強さに対して値段は破格と呼べるものだった。

 キヴォトスの物価を把握していないので何とも言えないが、通貨は円を使用しているようで表記もそれに準じている。ならば、想像を超える価格変動は起こっていないと思われる。

 ……いや、そもそも何故キヴォトスの通貨は円なんだ?

 円は日本の通貨。ならば、キヴォトスは日本のどこかにある都市のひとつなのかと言われればそれも違うというか、それを解決するために新たな疑念が無数に生えてくる程度には突っ込みどころがある。

 日本語の看板ぐらいならばまだ外国であろうとも存在しても不思議ではないが、通貨に関しては誤魔化しようがない。

 ヘイローの存在のような超常的な理由に始まり、日本という小さな島国でこれほどの規模の都市を確保できる土地はどうやって手に入れたのかなど、現実的な疑問点も浮上する。

 

 そもそも、キヴォトスとは何なんだ?

 学園都市、学生が学園という名の国を統治する形態で成り立っている箱庭。

 そんな治外法権というか、常識の埒外にある場所で流通している通貨は円。つまり、何かしらの形で日本という国が関わっていると考えるのが自然な流れだろう。

 しかし、自分の知る日本がそこまでの無法を敢行できる資本も政治力も有しているとは思えない。

 いっそ、通貨がドルとかならば銃が流通している点も含めて大いに納得できるのだが、日本はその納得とは真逆の位置に存在する国だ。

 ならば、自分の知らない間に日本がアメリカの植民地にでもなったのか?海底都市でも作ったのか?キヴォトスとは並行世界の日本なのでは?など、そこまで穿った発想になってしまえばもはや収拾がつかない。

 なまじ【シャドウ】なる常識外れな存在を知っていることもあり、まったくの与太話と切り捨てられない点もタチが悪い。

 何にせよ、考察するにしてもあまりにも情報が不足しすぎている。

 知りたい、と思うと同時に、知ることが怖いと感じる。

 ただでさえ記憶が不確かな部分が多いのに、その記憶すら信じられないほどの矛盾点が出てくるのだから。

 故に、思考を無理やり切り替えることに努める。

 足元さえ固まっていないのに、それを揺るがしかねない情報を進んで入手すべきではない。

 それが逃げと言われようとも、知ったところでどうにもならないことは規模を考えれば明白。

 ならば、下手に藪をつついて蛇どころか、それが尾となった獅子が現れかねない問題に手を出すべきではない。

 

「どしたの?」

 

「……いえ、得難い体験だったなと」

 

「――そっか。そう言ってもらえると案内した甲斐があったかな」

 

 明らかに表情と返答が噛み合ってなかったであろうに、ユメは追及することなく会話に乗ってくれた。

 眉間に寄っていた皺を軽くほぐしていると、全員が食べ終わったようで、ユメが伝票と財布の中身とにらめっこしてる姿を一同が見守っている。

 

「ユメ先輩、本当に大丈夫なんですか?」

 

「だ、だいじょーぶ!私、大人だから!」

 

 言葉だけは威勢が良いが、頬が痙攣しているので説得力が微塵も感じられない。

 そもそも大人を名乗ってはいるが所詮は一年間、加えてその立場は正社員どころかバイトなり立ての分際。

 そんな彼女が学生が手を出せる料金とはいえ、ラーメン七杯分をポンと出せるのかと言えば、推して知るべしとしか言えない。

 

「ん?どうしたお前さん達」

 

 食器を回収しに来たであろう大将がお盆を片手に近付いてくる。

 

「な、なんでもないよぉ!?」

 

「いや、流石になんでもないこたぁないだろよ、その慌てようで」

 

「……多分、お金ないんだと思います。私達全員分奢ると息巻いていたから後に引けなくなってるだけで、持ち前はありますよ?」

 

 嘆息しながらホシノがユメが陥っているであろう状況を端的に説明する。

 大将は顎に手を当てて思考に耽ったかと思うと、おもむろに懐のメモを取り出しそこに淀みない手つきで何かを記入したかと思うと、その内容をこちらに見せてくる。

 その内容に、一同は目を丸くした。

 

『なら、ユメの嬢ちゃんのバイト就職祝いってことで俺の奢りにさせてくれねぇか?』

 

「大将、それは――」

 

 勢いよく顔を上げたユメが、そのあまりにも都合の良い提案に大声で反論しようとした時、人差し指を自分の口元に当てて茶目っ気に笑う大将と目が合い、言葉を失う。

 

「せっかく俺のラーメンを食いに来てくれたってのに、悲しい顔で帰らせるのは俺が我慢ならねぇからよ。俺が勝手にしてやりたいってだけだから、気にすんな」

 

 自分達だけに聞こえるほどの小声で、それが当たり前の行動だと言わんばかりの自然体な態度でそう語る。

 

「嬢ちゃんがこの子達に良いところを見せてやりてぇって気持ち、分かるぜ。俺も同じ気持ちだからな。申し訳ねぇが、俺のカッコつけに付き合っちゃあくれねぇか?」

 

 自分を敢えて下げるような言い回しをし、あくまでこれは大将側の我儘であるという前提を添えることで、ユメはその権利を彼に譲ったという大義名分を得ることが出来る。

 客商売をしている大将にとって何ら益のない行動で、同業者でなくとも如何に愚かな選択であるかは明白だ。

 彼が文字通り日夜身を削って利益を算出する努力をしているところに、この不要な損失。

 先程のメモも然り、核心部分は文字で伝えたのは、未だ店内に残っている他の客に要らぬ噂を流布させないためだろう。

 これに関しては大将自身にもメリットはあるが、彼にとってはそれは副産物であり、本命は彼女達を護るための配慮。

 

 彼女達を良く知らない人物からすれば、廃校寸前の学校にしがみついている奇特な奴らという印象は少なからず芽生えてしまうのは致し方ない。

 故に、下手な噂ひとつで彼女達の立場は簡単に揺らぎかねない。

 人の口には戸が立てられないとはよく言ったもので、一度流布した情報は人伝に容易く伝播してしまう。

 善悪に関わらず、一度植え付けられた印象を払拭するのはとても難しい。それどころか、悪印象に傾くほどその傾向はより強まる。

 だからこそ、大将はこのような行動をとった。

 合理性とは真逆の、不利益しか齎さない行動。優しいを通り越して、甘いとさえ言われても当たり前な選択。

 

 その姿を見て――俺は、素直に尊敬に値する人物だと思えた。

 

 恒産なくして恒心なし。似た言葉に衣食足りて礼節を知るというものがあるが、その違いは立場や状況の差でしかない。

 それらに共通することは、自分が満たされていないと他人に手を差し伸べる余裕など持てないということだと思う。

 性善説を語るつもりはないが、誰だって優しさを持つに越したことはないと思ってはいる筈。

 しかし、身の丈に合わない善意は自分自身を傷つけかねないし、善意の裏には打算が多少なり含まれているもの。

 苦労に見合った結果が返ってこなかった場合、それでも良いと思える人間は稀だ。

 ほんの少しの善意ならいざ知らず、規模が大きくなればなるほど苦労も見返りも等しく身に降りかかると考えてしまうのは、人として当たり前の感性だろう。

 とはいえ、苦労はともかく見返りに関しては、大抵理想通りとはいかないのが世の中の常。

 自分自身で勝手にハードルを上げているだけと言われればそれまでだが、誰だって苦労に見合った報酬を得たいと考えるのは自然なことだし、その考えがあるからこそ悪戯に破滅しないようにセーフティが掛かる。

 そして――大将の行動は諸々の要素を考慮しても、釣り合いが取れているとは思えない。

 だからこそ、僅かな時間一考しただけでこの選択を取れる彼には、素直に尊敬の念を抱いたのだ。

 見栄でも虚栄でもない、純然たる善意による施し。まるで聖者の如き所業。

 大げさに見えるかもしれないが、それぐらい評価して然るべき行動であることは間違いない。

 

 ――しかし、同時にその善意には危うさも孕んでいる。

 彼は身銭を切って施しをしているのは明白で、自分達全員分のラーメンの代金を賄うとなればどれだけの損失が出るかなど、まともな就労経験のない自分にはわかりようもない。

 貧すれば鈍する。どれだけの聖人であろうとも、自分の身が危うくなれば窮地を乗り越えるために外道に堕ちることもある。

 仮にも商売人、金勘定に関しては自分などよりもよっぽど精通しているのだから、その匙加減が理解できないわけがない。

 それでも、その善性が祟っていつか詐欺にでも引っかかりかねないと不安になってしまうのは無理からぬことだし、だからこそ誰もが彼の提案に驚きこそすれ、提案を受け入れることができないでいる。

 しかし、ここまで場が整ってしまえば、提案を断ることは逆に彼の善意を否定する無礼な行為となり、ひいてはユメの自尊心を傷つける結果にも繋がってしまう。

 意図してか偶然か、そう思わせる土壌を言葉巧みに大将は作り出した。

 少なくとも、この状況を上手く巻き返す手段は自分達にはなく、将棋でいうところの"詰み"に嵌っていた。

 

「……はい、よろしくお願いします」

 

 がっくりと肩を落とし、誰が見ても明らかなレベルで悲壮感たっぷりに提案を受け入れるユメ。

 彼女の見通しの甘さが招いた結果とはいえ、流石に同情を禁じ得ない。

 

「なぁに、気にすんな!どうしてもって言うなら、これからたっぷりバイトで返してくれりゃあいい」

 

 大将は豪気に笑いながら、景気づけるようにユメの肩を強く叩く。

 【柴関ラーメン】の人気はラーメンの美味しさだけではなく、こういう大将の人柄が大きく影響しているのだろうと思わせる光景だった。

 

 会計を払うフリをし、そそくさと一同は店内から退出する。

 悪いことをしてはいない筈なのだが、後ろめたい気持ちがあるせいで自然と足早に動いていたのだ。

 

「…………」

 

 背中を曲げて先頭を歩くユメから発せられる悲壮感たっぷりな様子に、誰も声を掛けられずにいる。

 その姿はあまりにも居た堪れなく、しかし誰も声を掛けられる立場にない。

 【大人】としての自分を見せるべく背伸びした結果空回りし、無様に転んだところを他人の施しによって救われる。

 当人からすれば、まさに穴があったら埋まりたい気分だろう。

 とはいえ、こちらとしてはどうにかこの空気は変えたいわけで。

 状況を打開すべく縋るように周囲を見渡すと、一人のヘイロー持ちの少女が視界に映る。

 見た目は一言でいえば、スケバンだろうか。

 バツ印の黒いマスクに、藍鼠色一色のロングスカートのセーラー服が目立つその姿は、キヴォトスという発展した都市群の中において異彩を放っている。

 そんな少女だが――今のユメほどではないが、棒立ちの状態で脱力するように俯いている。

 誰が見ても正常とは言い難いし、通りすがる人々もその異様な雰囲気に一瞥した後に足早に去っていく。

 

「あれ、見た限り【無気力症】のに類似してるね」

 

 こちらの視線を察してか、隣にいたシロコが話しかけてくる。

 件の少女を携帯で撮影しそのまま何か操作し始めたかと思うと、携帯の画面をこちらに向けてくる。

 

「【連邦生徒会】に【無気力症】と思われる患者の情報を送信して、新規か重複かを判断してもらってる」

 

 画面内で先程撮影した写真から読み取っているらしく、その結果が映し出されていた。

 結果は――照合データなし。つまり、彼女は【連邦生徒会】が把握していない【無気力症】患者であるということ。

 しかし、自分にとってはその内容よりも端末そのものに関心があった。

 

「それ、スマートフォンって奴?」

 

「そう。もしかして、それも忘れてたりする?」

 

「そういうわけではないんだけど……まぁ、似たようなものか」

 

 スマートフォンは自分も存在は知っていたが、普及が始まったばかりで学生が手に取るには高額だったので実際に手に取ったことはなかった。

 その程度の知識量しかないので一概に比較はできないが、外観に始まり画面内の動作やらを見ている限り、自分の知るスマートフォンとは洗練され具合が段違いに思える。

 日進月歩の境地と言うべきか、地道に改良を重ねた故の必然と言うべきか。

 シンギュラリティとは異なり、一歩ずつ階段を登るように徐々に改良され、最適化された結果の機能美が集約されているように思えてならない。

 そして、その認識が正しいとすれば――微かに残る自分の記憶と途方もなくズレた場所に自分はいることになる。

 それ自体は今更としか言いようのない要素ではあるが、今までは規模の大きさから感性が麻痺していた部分が多少なりあった。

 そんな折、自分にとっても身近なものと自己認識が照らし合わされたことで、ある種の親近感のようなものが湧き、それがリアルな体験としてフィードバックされたのだ。

 今までは漠然と知った風な態度で流されるままに情報を咀嚼していたが、ようやく少しばかり地に足がついた感じがする。

 

 それはスマートフォンに限った話ではなく、ラーメンもそうだ。

 例えるならば、ホームシックのようなものだろうか。

 どこを見ても未知ばかりの世界の中に見つけた数少ない既知の要素は、自分が思っている以上に安堵感を与えてくれていた。

 そういう意味ではノノミが作ってくれた卵粥も然りなんだろうが、不思議とラーメンほどの衝撃はなかった。

 如何なる状況においても冷静であれという心掛けが、表面上は平静を取り繕えていたが、実際はいっぱいいっぱいだったと回顧する。

 むしろ、一度死にかけておいて恐怖心を抱くことなくあっさり日常に回帰している辺り、記憶喪失以前は【シャドウ】相手に幾度死線を潜って耐性がついたのか、単にただ図太いだけか。

 

 ――スマートフォンで思い出したが、【シッテムの箱】――というよりも、アロナはどうしているだろうか。

 【影時間】では電子機器は機能しないという話を聞いていたので部屋に置きっぱなしにしていたが、結果的に数日間放置する形になってしまった。

 あくまでAIであり人間のように自由意志のある存在ではない筈なので、人間相手のようにその辺りの配慮をする必要はない筈なのだが、アロナの対話をした身としてはとてもそうは考えられない。

 人間相手の対話と遜色ないやり取りが出来る上に、見た目通りの幼い情緒から繰り出される感情の数々は、機械信号で表現できるとは自分の常識ではとても考えられないからだ。

 まだほんの数時間の接点しかないにも関わらず、数日間も音沙汰なく放置されたことでアロナがどのような反応をするのか、手に取るようにわかってしまう。

 ……そういえば、寝言でいちごプリンがどうたらと言っていた気がする。

 食の概念まで搭載しているのかとか、なら実物はどう調達するのかかなど色々疑問はあるが、その辺りの解決するための実験もしていくべきかもしれない。

 本来なら今すぐにでもそうしたいが、自分は一文無しなうえ金勘定のことで落ち込んでいるユメがいる手前、数百円とはいえ借りるなどという厚顔無恥な真似はできない。

 

「また、考えごと?」

 

 シロコが下から覗き込むように目線を合わせてくる。

 ガラス玉のように透き通った水色の瞳からは、彼女の心情を伺い知ることはできない。

 それでも、多少なり気を遣ってくれていることぐらいは分かる。

 

「そうだね。目に映るものすべてが新鮮というか刺激的で、それらのことで色々考えたりはしてたかな」

 

「そう。……私も同じだったな」

 

「そういえば、シロコもそうなんだっけ」

 

「ん。記憶の始まりは曖昧だけど、いつの間にか独りでアビドスを彷徨ってた。自分が何者かもわからないまま、空腹と疲労に後押しされる形で目的地もないままとにかく歩き続けた。そして、ホシノ先輩達に出逢った」

 

 言葉にすれば簡潔だが、彼女が孤独で放浪していた時間は数日程度で終わるものではない筈だ。

 仮に数日間の出来事だったとして、記憶喪失に加えて頼る相手どころか実質自分以外が敵に等しい環境で過ごした時間は、永遠に等しい地獄であることは嫌でも想像がつく。

 その点、自分は恵まれている。打算が入り混じった状況とはいえ、記憶の始まりの段階から【連邦生徒会】の保護下に入ることが出来たのだから。

 似た立場でありながら自分より恵まれた境遇の相手を前にして、それでも彼女が一切の妬みを抱いた様子がないのは、そんな辛い記憶を塗りつぶすほどにホシノ達との時間が充実していたからと思われる。

 事実、こちらが思考に耽っている間にもホシノ達とどんな時間を過ごしたのかを語っているのだが、その様子は無邪気の一言。

 アロナのような明け透けな態度とは真逆ながら、しっかり注目すれば変化が分かる程度には喜んでいることがわかる。

 

「シロコちゃん、何話してるんですか~?」

 

 ノノミが突如として自分達の間に割って入るように現れる。

 

「ノノミ達とどんな学生生活をしてたのかを、少しだけ」

 

「そいうことなら、私達も参加しない理由はありませんよね?皆さんも一緒にお話ししましょう!ほら、ユメ先輩も!」

 

 ノノミの鶴の一声で、重苦しかった空気が徐々に晴れていく。

 ホシノ達も最初は困惑していたが、ノノミの屈託のない笑みに中てられて自然と自分達を中心に輪が出来上がる。

 落ち込み気味だったユメもこれ幸いといった様子で笑顔を取り戻しており、これを期に以前のような空気が復活していく。

 和気藹々とした会話が再び繰り広げようになり、その光景を眺めていると突如として頭の中に少女の声が響いてくる。

 

 

 我は汝…… 汝は我……

 汝、新たなる絆を見出したり……

 

 絆は即ち、まことを知る一歩なり。

 

 汝、"魔術師"のペルソナを生み出せし時、

 我ら、更なる力の祝福を与えん……

 

 

 脳裏に響いた聞き覚えのある声にフレーズに、一瞬足が止まる。

 自然と後方にいたアヤネが、こちらの背中にぶつかる形で静止する羽目になる。

 そして、突如止まったものだから自然とこちらに皆の視線が集まる。

 

「ゆ、結城さん。どうしました?」

 

「いや……疲れたからかな。つい足が止まった」

 

「そういえば、病み上がりでしたもんね。一見なんともないように見えてましたけど、やっぱり見えないところは万全ではないんでしょう。もう少しで車に到着しますので、もう少しだけ頑張ってください」

 

「でしたら、私がおんぶしましょうか?これでも私、力持ちなんですよ~」

 

「……いや、そこまでじゃないから」

 

 むん、と笑顔で力こぶを作る動作をするノノミ。

 さも当たり前のようにガトリングガンを背負っている辺り、その言葉に偽りは一切ないのは間違いない。

 ノノミのインパクトで隠れがちだが、ホシノのショットガンやシロコのアサルトライフルだって重量としては相当なものだ。

 それを軽々と背負って欠片も疲労した様子がない辺り、彼女達のフィジカルは熟練の軍人さえも凌駕するものであると確信できる。

 儀式用のため最低限の機能しか搭載していない召喚器と違い、本物は文字通りの鉄の塊であり、そこに弾丸が加われば更に重量は増す。

 実際に身体能力の確認の時にアサルトライフルを試しに持ったりしたが、正直構えを維持するのがやっとだった。

 そこに発砲の反動が加われば、たちまち転倒どころか反動で骨折の可能性さえある。

 幸運にも今のところ目撃していないが、キヴォトスでは銃撃戦は日常的に行われているようで、それこそ挨拶のような感覚で行われているらしい。

 ハッキリ言って、ここで生きていくならば自分の力では命が幾つあっても足りない。

 だからこそ彼女達に護られる形で外出しているわけなのだが、年がら年中彼女達を頼るわけにもいかないし、頼れる保証はない。

 その辺りも含め、今後の身の振り方を考えなくてはいけない。

 幾ら発生件数が減ったという統計が出ているとはいえ、ゼロに抑えられたわけではないのだから。

 

 取り敢えず、アロナに相談してみよう。

 キヴォトスの三大校の一角、科学技術の総本山と謳われている【ミレニアムサイエンススクール】のエンジニア部部長であるウタハにさえ起動すら許さなかった、超抜級の電子機器。

 それの実質的な支配者であるアロナならば、この無理難題を解決する手段を持っている可能性はある。

 ……猶更顔合わせの時が不安になるが、甘んじて受け入れるしかない。

 来る災難を思い憂鬱になりながら、アビドス高等学校への帰路についた。

 

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