PERSONA3×Blue Archive~Re:Tales Of Our Youth Days   作:花極四季

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できるだけサクサク読める文章にしたいのですが、どこまで簡略化して通じるかが悩みどころ。
クロスオーバー作品って二作品分の知識が相手に要求されるけど、それ前提で書くと片方しか知らないって人が置いてけぼりになるので、匙加減に悩むところ。


20話

 あれから特に目立ったイベントが起こることもなく、マイペースに施設内を探索することができた。

 冷静になってみると、モモイ達と接触したときもそうだが、思いのほか自分のことを気にする人間はいないことが意外だった。

 

 今日一日を通じて、ヘイローを所有する生徒は例外なく女性ばかりで、逆にヘイローどころか自分のような男性型の生徒は一人として確認することができなかった。

 これほどまでに巨大なビル内で、すし詰め状態になるほどの人だかりを長期的に体験した上で、それでも一人も見かけないというのはあまりにも不自然が過ぎる。

 加えて、それほどまでに希少性のある存在であろう自分が、通りすがりどころかきちんと面と向かって交流をしたモモイ達にすら動物園のパンダが如く扱われなかったことも謎だ。

 性別単体だけならば柴大将のように種族は異なるが確認できているし、何なら機械人なんてものが市民権を得ているキヴォトスの常識では、もしかすると個性の範疇でしかないのかもしれない。

 

 思えば今まで接してきた生徒達もそうだったし、何ならシロコやヒナといった獣耳やら羽やら生えている生徒が身近にいたことを思えば、この仮説も割と正鵠を射るものかもしれない。

 自分の中の常識を盲信せず、同時にキヴォトスの常識をちゃんと学ばないと、いつか恥をかきかねない事態を招きかねない。

 そんな一抹の不安を抱えつつも、お祭り騒ぎのような一日は終わろうとしている。

 

夕食と風呂も済ませ、備え付けのPCでキヴォトスについて調べるべく無作為にネットを漁っていると、来客を伝えるブザーが鳴り響く。

 来客の予定もなければ夜遅い時間ということもあり、警戒しながらインターホンカメラを覗く。

 視界に映る予想外の人物に驚きながらも、電子ロックを解除し入室を促す。

 

「ご、ごめんねっ。こんな夜遅くにいきなり訪ねてきて」

 

 そこには、柴大将を除いて唯一の大人の知り合い。アビドス高等学校の卒業生、梔子ユメの姿があった。

 初めて会ったときと同じデザインのスーツを着崩し、山登りにでも使いそうな大きなリュックサックをパンパンにして背負っており、そのアンバランス加減に多少面喰らう。

 

「それは構いませんが……どのような要件で?」

 

「あー、えっと。説明の前に取り敢えず荷物下ろしていい?流石にキツくなってきたかなって」

 

 特に不都合もないので許可を下すと、ユメはすぐさま重量感ある音を立ててリュックサックを床に落とす。

 珍客とはいえ見知った相手。簡単なもてなしぐらいは出来るだろうと、客間の椅子に案内し飲み物を差し出す。

 喉が渇いていたのだろう、乾いた砂が水を吸い込むかのようにあっと言う間にコップが空になる。 

 

「ごめんね、いきなり訪ねたのに手間かけさせちゃって」

 

「いえ、それよりも……」

 

「なんでここに来たかだよね。うん、実は――この寮の管理人をすることになったんだ」

 

ユメの口から放たれた言葉は、まさしく青天の霹靂であった。

 

「管理人、ですか」

 

「うん。と言っても実質名義貸しみたいなもので、基本的に管理そのものは居住者に任せてる感じかな。だから紫関ラーメンはそのままバイト続けるし、もしかしたらあまり顔合わせする機会はないかもしれないけど、ごめんね」

 

「仕方ないですよ、社会人なんですから」

 

 そこまでユメの話を聞いて、取り敢えず事情は納得する。

 とはいえ、そんな大事な要件が事前に伝わってなかったりと、それ以外にも色々と違和感を感じなくはないが、少なくとも彼女自身に悪意あってのことではないだろうことはわかる。

 連邦生徒会長として多忙であろうリンの立場を思えば、この程度の伝え忘れを指摘するのは人間性を疑われかねないし、再三尋ねるほどの中身でもないと、疑問を飲み込み素直に事実を受け入れることにする。

 

「つまり、あの荷物は」

 

「私の私物。仮にも管理人だからね。色々迷惑かけることも多いと思うけど、精いっぱい頑張るからね」

 

 ユメのなんとも頼りない宣言を聞き届けたあと、すぐさま身体を縮みこませて何か言いたげに上目遣いにこちらを何度も一瞥し出す。

 

「……それで、なんだけど」

 

「はい」

 

「お風呂、入りたいなー、って……」

 

 そう言うが否や、ユメの方から大きな腹の虫が鳴る。

 それを聞かなかったフリをし、会話を続ける。

 

「……女性用の風呂を俺が用意するのは流石に」

 

「結城君しかまだ入居者はいないんだよね。だったら、私は別に気にしないよ?」

 

 おおよそ年頃の女性がする反応ではないとか色々思うところはあるが、この場で寮の構造を誰よりも把握しているのは自分であることは事実。

 物の配置すらまともに把握していない彼女に任せたところで、無駄に時間がかかるどころか結局自分が手伝う羽目になる光景がありありと想像できたので、諦めて彼女の意見を汲むことにする。

 湯舟を張っている間に管理人用の部屋へ荷物を移動させ、彼女が風呂に入っている間に簡単な夕食を用意する。

 完成してからしばらくして、水玉模様のパジャマを着たユメが緩んだ表情で姿を現し、用意された食事を前に目を輝かせる。

 特別手の込んだものではなかったが、当のユメは過剰とも呼べる喜びようで終始笑顔のまま食事にありついていた。

 

「ご馳走様、すっごく美味しかったよ!」

 

「それはどうも。……それで、俺はそろそろ自室に戻ろうと考えていましたけど、ユメさんはどうします?」

 

「私は、もう少しやることあるから起きてようかな。結城君は遅くならない内に寝た方がいいよ、若いからって夜更かしすると後に響くからね」 

 

 そんな有り触れたアドバイスを口にした後、ユメは思い出したかのように言葉を続ける。

 

「夜中、もしかしたらうるさくするかもしれないけど、結城君は気にせず寝てていいからね!」

 

 どこか念を押すような口調でそう言われてしまい、反射的に頷く。

 単純にこちらを心配してのことだと判断し、調べもので時間を潰す予定だったところをキャンセルし、大人しく床に就く。

 思わぬ入居者が出来てしまったが、時間帯を抜きにすれば元々遅いか早いかの違いでしかなかったし、何百人分と部屋が用意された巨大な空間に独りというのは、日中の落差も相まって嫌でも寂寥感を覚えてしまう。

 

 ふと、机の上に置かれたヘッドセットを見る。

 思えば、キヴォトスに来てから音楽なんてまともに聞いていない。

 聞く余裕なんて幾らでもあったのに、ただのアクセサリーと化している。

 自分にとって特別なものであることは漠然と理解しているのだが、それなのに関心が薄い。

 記憶を失ったことで、それを大事にしていた理由も同時に失われたのだろうか。

 果たしてそれが良いことなのかは不明だが、気にしたところで詮無いことだ。

 それとも――無意識に見ない振りをしていたのか?自分の記憶にまつわるパーソナルを。

 

 思考に没頭しているうちに眠気で意識が落ちそうになったので、素直にその流れに従うことにした。

 そうして徐々に深く、深く意識が微睡んでいく感覚に身を委ね――唐突な地響きによって急速に意識が浮上した。

 

 ぼんやりとした意識のまま周囲を見渡すと、部屋の中が真っ暗になっていた。

 ただの暗闇とは違う、底冷えするような空気を纏ったそれに覚えがあった。

 時計を見ると針は0時ちょうどを指しており、小針も同様に同じ方向を向いたまま静止している。

 間違いない、今自分は【影時間】の中にいる。

 寝る前の記憶が確かなら0時までは一時間以上空いており、眠ったという自覚すら薄いレベルで記憶が地続きになっているが、そこは重要ではない。

 

 今も散発的に感じる地震のような衝撃。

 震源地は下ではなく上――つまり、地上で何かが起こっているという証明。

 その何かとは十中八九シャドウに纏わることなのだが、それにしては疑問が残る。

 過去の例を聞いた限り、シャドウは人気のある場所では出現したという話は出ていない。

 確かにビル単体でいえば無人と言って差し支えないだろうが、都市部の中に建てられていることもあり周辺は真夜中でも人通りは絶えず、条件が成立する環境とは思えないのだ。

 類を見ない例ということもあり、放置すれば何かしらの人的被害が起こり得ると考えるも、たった一人で立ち向かうのは無謀が過ぎる。

 シロコを始めとしたペルソナ使いに連絡したくても、影時間の中では機械通話なんて出来ないし、出来たとしても交通機関も止まっている状況では援軍を期待するのも難しい。

 

 どうするべきかと思案していると、突如ヘッドホン同様机に置いていたシッテムの箱が独りでに光り出す。

 暗闇の中一層煌々とする画面を覗き見ると、慌てた様子のアロナが画面の中心に居た。

 

『マスター、無事ですか!?』

 

「うん、今のところは」

 

 自律起動できる事実に多少の驚きはあれども、本題はそこではない。

 

「アロナ、君の方で身を護る以外で何かできることはある?例えば、他のメンバーに連絡するとか」

 

 曰くシッテムの箱は対シャドウに関する機能が備わっていると以前アロナから聞いており、しかし詳細を把握していなかったことを思い出す。

 

『影時間外ならともかく、現状の機械類に干渉するのは無理ですね。電源どころかプラグそのものが引っこ抜かれているのと同じなので』

 

 アロナが申し訳なさそうに項垂れるも、何気に聞き捨てならないことをさらっと言った気がする。

 しかし、こちらがそれを指摘するより早く、アロナが跳ねるように顔を上げて力説し出す。

 

『で、ですが!事前に済ませていた周辺のマッピングと、マッピングデータにシャドウの位置を反映させて数の把握はできます!』

 

アロナの姿が画面から消えたかと思うとC.A.N.A.A.Nの三次元マップが表示され、その中に大量の動く黒点がリアルタイムで動いている。

 その黒点こそがシャドウであることは明白で、同時にそのマップを埋め尽くさんとする量を見て事態が如何に深刻であるかも理解する。

 戦力は自分のみ、アビドス砂漠とは違い閉鎖的な環境。

 シッテムの箱によるバリア機能が存在するとは聞いているが、依然耐久限界は不明のまま。

 電力を変換しているということで、バリアの耐久値に限らずマッピング機能やアロナのアドバイスさえバッテリー便りとなることから、突貫による脱出も現実的とは言い難い。

 幸いこちらの存在には気付いていないのかそれらしい動きはないが、シャドウが鼠算式に増えればいずれここに辿り着くのは想像に容易い。

 影時間がいつ終わるかも定かではない現状、息を潜めて大人しくすればやり過ごせるというわけでもない。しかし、打って出るにはあまりにも博打が過ぎる。

 進退窮まったまさに詰みと呼べる状況を打破すべく思考を回転させていると、アロナが突然叫び出す。

 

『マスター、見てください!シャドウ反応が物凄い勢いで消失していきます!』

 

 アロナの言う通り、画面全体を覆い尽くさんとした黒点がまるで修正液で上書きしたかのように綺麗に消失していく。

 そして、その軌道の起点と思わしきところにシャドウ反応とはまた異なる青点が観測される。

 黒点は青点に向けて進軍するも、距離を詰めるたびに反応が消えていく。

 殲滅速度という点においては、下手をすればあれほどの大立ち回りを見せたヒナ達すら凌駕するのではないだろうか。

 

「青点の正体はわかる?」 

 

『いえ、少なくともシャドウではないことぐらいしか』

 

「そうか……なら、加勢しに行こう」

 

『えっ、だ、大丈夫でしょうか』

 

 不安そうな声色のアロナ。

 こちらとしても穴熊を決めたいのが本音だが、青点がすべて終わらせてくれるなどという都合の良い考えは持っていない。

 

「幸いシャドウを引き付けてくれているおかげで合流自体は問題ないし、マップ上の変化を見る限り圧倒的な差はあるけど、シャドウ自体は影時間中無尽蔵に湧いてくる以上いずれ限界は来る。それなら、少しでも青点の人をサポートできるように動いた方が、安全圏の確保という意味でも都合が良い」

 

「で、ですが相手が友好的とも限らないのに」

 

「そうだとして、シャドウよりは対話の余地があるだけマシだと思う」

 

『……わかりました、ですがくれぐれも!慎重に行動してくださいね』

 

 そう言い切ると、アロナは不承不承といった様子でこちらの意思を汲んでくれたので、シッテムの箱と召喚器を手に静かに寮から出る。

 ドアを開けた途端に先程とは比ではない騒音とシャドウの悲鳴が響き渡る。

 騒音とマップを頼りに台風の目へと足を運ぶ。

 その移動速度に追いつくのも必死になるも、あまりにも騒動の中心が苛烈故にシャドウからは一瞥もされない。

 それだけ青点が脅威であると認識されている証左なのだろう。

 

『目標、目視範囲に到達。正面です!』

 

 アロナの声に従い視線を動かした先には、あらゆる意味で想像を絶する光景があった。

 

「こ――のぉっ!!」

 

 台風の目、その中心に居たのは梔子ユメだった。

 頭部以外を特殊部隊が着るようなタクティカルアーマーで固め、手には所謂タワーシールドを思わせる反りのある長方形の板を構えている。

 先程までの記憶にあったユメからはまるで想像もできない雄々しい様相と、彼女がもたらす損害のギャップでたまらず思考が停止する。

 こちらの混乱を余所に、ユメはシールドの端をバットを構えるかのように持ち上げ、一切の体幹のブレなくシャドウへ全力で振り抜く。

 瞬間、ボールとなって打ち出されたシャドウに巻き込まれて射線上のシャドウがモーセの海割りが如く塵となる。

 しかし、シャドウも負けじと炎や氷といった多種多様な魔法を放つ。

 数的不利の前にすべての魔法を捌き切れるはずもなく、四方八方から飽和攻撃を受け続ける。

 

「効かない、よっ!」

 

 にも関わらず、まるで堪えた様子もなく猛進し包囲網を強引に突破する。

 まるで拳銃で戦車を相手取るかのような構図。

そしてその戦車側が、あの成人でありながら垢抜けないふんわりぽやぽわとした人格の女性だというのだから、驚くなという方が無理な話だろう。

 圧倒的なまでの暴力によってシャドウが巻き上がっていく光景を見て、モモイがこの場にいれば「こんなの無双ゲーじゃん!」などと口走りそうだと軽い現実逃避に浸る。

 

 しかし、これほどの圧倒的な差を見せつけられているにも関わらず、以前ヒナ達がペルソナを披露した際の戦いと比較して、不安感が拭えずにいる。

 素人目線でしかないので一概にどうとは言えないが――有体に言えば、下手なのだ。戦い方が。

 先程彼女を戦車と形容したが、言うなれば戦車の装甲に物を言わせ爆走し踏みつぶすだけで、機銃も砲弾も一切使用していないようなイメージだ。

 

 ――そういえば、と。

 かつてホシノが語っていた、連邦生徒会がアビドスが抱えていた8億相当の借金を肩代わりした理由。

 断定していたわけではなかったが、話の流れからして十中八九それは梔子ユメ個人を理由にしてのことであることは想像がつく。

 それなのに、自分は勝手にユメは影時間とは無関係な存在だと記憶をすり替えていた。

 何故かと問われれば、彼女があまりにもホシノが語った人物像とかけ離れていたからに過ぎない。

 平時では戦いとは無縁な穏やかな気質で、雰囲気だってシロコ達と比較しても明らかに平和主義者といった感じだ。

 それが影時間限定とはいえ、ヒナを始めとしたキヴォトスの強者をものともしないという言葉とどうやって彼女と符号させることができるというのか。

 そして極めつけに――彼女の頭にはヘイローが浮かんでいない(・・・・・・・・・・・・)

 つまり彼女はペルソナに覚醒していないのにこの身体能力を発揮しているという、ここ数日で積み上げてきた根拠、その前提を崩すイレギュラーであるということだ。

 

『――ッ、マスター!ビルの外に大型シャドウ反応!それも、二体分です!』

 

 夢うつつだった思考にアロナの逼迫した声で冷や水を被る。

 マップではひと際大きなシャドウ反応が観測されており、巨大シャドウを中心に大きな空白が生まれている。

 

「――えっ、結城君!?」

 

 おおよそ周囲の殲滅を終えた頃、ようやくこちらに気が付いたユメが目を見開いてこちらを凝視している。

 しかしそれも数瞬。文字通りの一足飛びでこちらの目の前にまで跳躍し、重量感のある音を立てて着地する。

 着地の衝撃で軽く地面が揺れたのは、それほど彼女が重武装で身を固めているからであり、同時にそんな重量をものともせず常人離れした跳躍を行ったことで、改めて彼女の異常さが際立つこととなる。

 

「結城君、どうしてこっちに来たの?怪我はない?」

 

「ええ、貴方がシャドウを引き付けてれくていたおかげで」

 

「そっか。――いや、駄目だよ!今すぐにでも部屋に戻って!」

 

「お言葉ですが、下手に籠城するよりも貴方の傍に居た方が安全だと思います」

 

 彼女の目の届く範囲にいるだけで、単独で行動するよりも安全性は大きく保証される。

 彼女頼りとなってしまうのは申し訳ないが、現状前衛としてこれ以上相応しい相手はいない。

 

彼女も葛藤する表情を一瞬見せるが、状況がそれを許さないと理解してかまっすぐこちらに視線を向けて頷く。

 

「わかった。早速だけど、これからどうしたらいいと思う?」

 

「……それなんですけど」

 

 そう言葉を切り出し、シッテムの箱の能力で巨大なシャドウ反応が観測されている事実のみを告げる。

 信用に値するかという問題は残っているが、詳しく説明する時間もない。

 

「……そっか。なら、放置はできないね」

 

「ですが、二人だけでは流石に無謀では?」

 

 意外と物分かりが良い反応を見せるも、思いのほか好戦的な態度におもわず意見する。

 

「うん、でも見逃すとたくさんの人が被害に遭うかもしれない。なら、やるしかないよ」

 

 そう静かに告げる瞳に一切の揺らぎはない。

 純然たる善意、正義に基づく動機。

 困っている人の助けになりたいという、真水の如く透き通るような優しさに溢れた意思。

 その意思を挫く言葉を、自分は持ち合わせていない。

 

「……わかりました。ですが、ひとつだけ約束してください。俺が後方で戦術指揮を出しますので、それに従うこと」

 

「うん、わかった」

 

 逡巡する様子もなくそう答えるユメに、逆にこちらが戸惑う。

 何せ、それすなわち相手に自分の命を預けるという行為であり、その能力次第では逆に足を引っ張ることだってあり得る。

 故に、本来ならそこに疑心を挟むのが当然だが、彼女にはそれがない。

 単純に議論する時間が惜しいだけという線も捨てきれないが、こと彼女に至ってはそんな打算などなく信頼している可能性もあるのが悩ましい、

 

 それに、戦術指揮に関しては無理難題を押し付けて行動を抑制したかった、なんて場当たり的な考えによるものではない。

 ――と、断定できれば格好もついただろうが、実際は非常に曖昧な根拠を盾にした交渉である。

 ふとした拍子に脳裏を掠める、失われた自分のと思わしき記憶の光景。

 そこでは自分が戦闘指揮を執っている光景もあり、そういうポジショニングでシャドウと対峙していたこと。

 自分すら騙せない、酷く不確かな根拠と呼ぶことすらおこがましい理由。

 しかし、漠然とできるという自信が胸中に渦巻いているのも事実で。

 混乱している、と言われればそれまでな理由で、命を預けてくれという最低な行為を彼女の善意にかこつけて敢行しようとしている。

 

 ――だが、それでも。

 どんな無茶苦茶な理由を挙げてでも、彼女の手綱を握っておかないと、いつか取り返しのつかない結果になりそうな気がして。

 自分自身すら知らない自分へ縋ってでも、これは絶対為すべき選択だったと自身に言い聞かせる。

 せめて、彼女の信頼に報いられる程度の能力はあってくれ、と心の中で祈る。

 

「――では、行きましょう。非常階段からなら外に出られる筈です」

 

 後ろめたい感情を隠すように、変わらず真っ直ぐにこちらを見つめるユメの目を見つめ返し、静かにそう告げる。

 それから、電子扉は使えないということで裏の非常口から外に出る。

 電気も通らず光源が限りなくゼロだったビル内と違い、外は不気味なほど存在を主張する満月によって燦然と世界を照らしており、そのせいかシャドウの姿が一切確認できなくなる。

 しかし依然としてマップのアイコンには巨大シャドウの存在が確認されており、警戒しながら目標のポイントへと近づいていく。

 

 そうして【C.A.N.A.A.N.】の正面玄関に辿り着くと、巨大シャドウは反応通り確かにそこに居た。

 しかし、その今までのシャドウとは異なる姿形に思考が停止する。

 

「ネズミの……ピエロ?」

 

 ユメが呟いた言葉の通り、目の前のシャドウはこちらの倍はある体積でありながら、まるでネズミのピエロを模した着ぐるみのような姿をしている。

 それでいて、そんな着ぐるみが足場としているのは戦車二台分はある巨大なボール。

 辛うじてシャドウである要素といえば、その顔半分に張り付いた仮面ぐらいのもので、それ以外はサーカスのマスコットと形容しても通じるぐらい、今までのシャドウの常識から逸脱した姿形をしていた。

 

 そこまで観察して、違和感に気付く。

 アロナは間違いなく、反応は二体分だと言っていた。

 だが、目の前には一体のみ。

 ならば、もう一体はどこへ――

 

「――危ない!!」

 

 瞬間、ユメが眼前に躍り出たかと思うと、巨大な何かを盾で受け止め勢いをそのままに後方へと受け流す。

 木々に激突して静止したそれは、遊園地のアトラクションでは定番のティーカップであった。

 ユメが防御してくれたから無事だったものの、直撃していたらどうなっていたか。

 

「今度は、カラスのマジシャン?」

 

 ネズミのピエロの後方から高笑いと共に現れたのは、カラスの着ぐるみがマジックショーのパフォーマーのような恰好をした、ネズミのピエロと大玉を足したほどの巨大なシャドウだった。

 例に漏れず、カラスのマジシャンもまた片面が仮面で覆われており、ネズミのピエロの仮面を分割したような構図となっている。

 ネズミのピエロが前衛となり、カラスのマジシャンが後方に位置するその陣形は、奇しくもこちらと同じものである。

 しかし、実力まで五分であるかは――いや、間違いなくこちらが不利だ。

 

 ユメの実力の一端は確認したが、それはあくまで木っ端のシャドウ相手の結果であり、これほど巨大なシャドウーーしかも一体ではなく二体ともなれば、楽観視など出来るはずもない。

 やはり、勇み足な行動だったか――そんな後悔を掻き消すように、ユメがこちらを庇う体勢をそのままにこちらに語り掛ける。

 

「大丈夫だよ。――キミは絶対に、私が守るから」

 

 安心させるように優しく、しかし芯の通った強い言霊が耳朶を打つ。

 ――そうだ、反省すべきは今ではない。

 反省も後悔も、今を乗り越えなければすべてが無駄に終わるのだから。

 

『巨大シャドウ二体、来ます!』

 

 アロナの言葉に促されるように懐から召喚器を取り出し、覚悟を乗せて自らの側頭部を打ち抜いた。

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