PERSONA3×Blue Archive~Re:Tales Of Our Youth Days   作:花極四季

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間隔が空いたぶん、書き溜めを早めに投下。


25話

 得意げな表情を浮かべるモモイ。対照的に、不安の影を宿してこちらを見つめるミドリ。

 その反応の根源がテイルズ・サガ・クロニクルにあることは自明だった。だが、中身を知る者としては、むしろモモイの反応こそが異質に映る。

 

「はい、コントローラー。操作方法はわかるよね」

 

 モモイから手渡されたコントローラーを握り、画面と対峙する。

 隣で悪戯っぽい笑みを隠しきれずにいるモモイの様子から、彼女の求めるものが何となく見えてくる。

 しかし、それに応じる義理はない。いや、モモイの性格を考えれば、仮に応じたところでどんな反応が返ってくるかも想像がつく。そしてそれは、決して面白いものではないだろう。

 

 このゲームの内容は王道のRPGである。少なくとも表層においては。

 王道であるが故にセオリーは大衆に浸透しており、だからこそ制作者の思惑に嵌る。

 モモイもまた、その末路を期待しているのだろう。

 

「あ、あれ、あれぇ~?」

 

 思惑こそ違えど、事の成り行きを見守る才羽姉妹を背に、私は迷うことなく正解を辿っていく。

 理不尽なランダム要素については如何ともし難いが、彼女の思惑を余所にゲームはスムーズに進行する。

 

「――きさま、このゲームやったことがあるなッ!」

 

 モモイの鼻を明かしたところで、一旦コントローラーを置く。

 これより先は初見の領域。ボロが出ると判断したためだ。

 何より、モモイがこのゲームを差し出したのは単純に遊んで欲しいという理由ではない。であれば、これだけやれば話のきっかけにはなるはずだ。

 

「それで、モモイは俺に何を伝えたいの?これをやらせたのも、その一環だよね」

 

「あー……うん、なんて言ったらいいかな」

 

 核心を突く問いに、モモイは意外にも消極的な反応を見せる。

 普段の彼女なら気後れすることなく返してくるところを、らしくもないしおらしさで言葉を濁す。

 思えばここに至るまでの過程は迂遠で、スマートとは言い難いものだった。

 あのモモイが躊躇するほどの話の中身を想像し、一抹の不安を覚える。

 

「……理はさ、このゲーム――テイルズ・サガ・クロニクルを遊んでみて、どうだった?」

 

 モモイが遠慮がちに問いかけると、再び壁際から物音が聞こえる。

 掃除用具入れらしき縦長のロッカーの辺りから響いてきた気配だが、今はそれを気にしている場合ではない。

 

「どう、って?」

 

「いやぁ、感想というか、そういうの?思ったことを知りたいなー、って」

 

 歯切れの悪いモモイに不審を抱き、自然とミドリに視線を向ける。

 

「結城さん、率直な意見で構いませんよ。下手に遠慮されても実になりませんし、私達もそれを望んでいます」

 

 こちらの意図を汲んでくれたミドリの言葉に、素直に従うことにする。

 

「あくまでゲームも作ったことのない、少し遊んだだけの意見でいいなら」

 

「ば、ばっちこーい!」

 

 大げさに胸を叩くモモイ。

 この状況の継続は居たたまれない。さっさと終わらせるべく、思うままに語ることにした。

 

「最初に思ったのは――逆張りが過ぎる、だったな」

 

「うっ」

 

「普遍的なRPGの定石の裏をかくことに執着している。やることなすこと全てがセオリーから外れた展開ばかりで、悪意ありきで作られたのかと疑ったほどだ」

 

「がっ」

 

「システム面も徹底して不親切だ。独自性を出そうとしてか個性的ではあるが、プレイヤーへの配慮を欠いている。細かな挙動の一つ一つがストレスとなり、継続してプレイする意欲を削ぐ。それを乗り越えた先にも、納得し難い即死ギミックが散りばめられ、また同じ行動を強要される。奇を衒うことに意識が向くあまり、ユーザーと向き合っていない。自己満足の域を出ない作品――それが、しばらくプレイして出た結論だ」

 

「ごはぁ!?」

 

 大げさに呻くモモイと、もはや無視できないほど振動するロッカー。

 ここまでの経緯と、三人の部員でありながら不在の一人。そして、小柄な少女なら問題なく入れそうな縦長のロッカー。

 情報は揃った。だが、あえてそれを指摘せず話を続ける。

 

「――でも、俺はこのゲームを通して製作者の自由な在り方と強い情熱を見た」

 

「……へ?」

 

 ロッカーの振動が止み、部室内が静寂に包まれる。

 三つの視線がこちらに集中するのを肌で感じる。

 まるで、こちらの一挙手一投足を見逃すまいとするように。

 

「確かに、誰かにプレイしてもらうことを前提としたゲームで、ユーザーへの配慮を欠いた作りは問題がある」

 

「うっ」

 

「しかし、創作という観点において既成概念に囚われず、やりたいことを貫こうとするのは悪いことではない。誰かの権利を侵害しない限り、その在り方を否定することは誰にもできない。だから、どれだけ世間の評価が悪かろうと、この作品は決して間違いではない――俺はそう思ったかな」

 

 そこまで言葉にして、ふと脳裏に過るのは金髪の少年のこと。

 日本への愛が高じて留学してきた彼は、会長として同好会を立ち上げ、着物制作に没頭していた。

 その情熱は、家族に帰国を迫られた時、その成果物で説得できるほどのものだった。それほどまでに彼は日本を愛し、着物制作に本気だった。

 そして、テイルズ・サガ・クロニクルからは同じ情熱を感じ取れた。やりたいことを本気でやっている――ただそれだけの、しかし創作において最も大切な在り方を。

 

「――やっぱり、わかっちゃいます?」

 

「世間ではこの作品は良い評価を得られていないだろうと思わせる要素ばかりだし、何よりモモイらしくない反応からも予想はついた」

 

「……はい。事実、これをネットにアップロードした際に投稿された感想は、それはもう酷いものでした」

 

「実際、第三者からすれば娯楽目的のツールで苦行を強いられるのは本意じゃないだろうし、物語で何か伝えたい意図があったとして読み進めたくなる動線が悉く潰されているんじゃあ仕方ないことだよ」

 

「仰る通りです、はい」

 

 再び沈む空気。

 どんなにストーリーが素晴らしいと主張されても、先に進める意欲を削ぐ道程では人が離れるのも自然な流れ。

 苦労に見合う見返りが得られる保証もないのに苦難に挑むのは苦行以外の何物でもない。それを好む物好きなど稀だ。

 ゲームも起承転結ありきで構成されている以上、「起」の段階どころか「結」に至ることなく投げ出されては片手落ちどころの話ではない。

 懐に収めておくだけならまだしも、形にして世に出したからには、そのすべてを体験して欲しいと考えていないはずがない。

 にも関わらず、その過程で投げ出すような出来栄えともなれば、酷評が多数を占めるのは当然であり、そうさせているのは間違いなく彼女たちの行動の結果。そこから目を逸らすのは甘え以外の何物でもない。

 

「――モモイ、これを作るうえで君はどれを担当したんだ?」

 

「え?シナリオだけど……」

 

「ミドリは?」

 

「私は、イラストです」

 

「そうなると残り一人は、プログラムというかシステム担当か。ひとつのゲームとして見れば確かに酷評も止む無しだけど――個別で見れば全員自分の役割を全うしていることは俺でもわかる。ただ、全員が明後日の方向を向いて作業をした結果、ゲームそのものの構成が取っ散らかってしまったってだけで、その辺りの欲というか自我を抑えて足並みを揃えるだけでも随分違うと思うよ」

 

 素人目線ながらの意見を終え、用意してもらったジュースを手に取る。

 鳴れない長話で乾いた喉を潤さんと、味わう余裕もなく一気に飲み干す。

 

「テイルズ・サガ・クロニクル」

 

 最初は疑問だった。物語を意味する言葉を三つも並べて、何の意味があるのかと。

 けれど――そこに込められた意味に気づいた時、感嘆せざるを得なかった。

 それは三人の物語だった。

 三人の内なる世界をそのまま外に落とし込んだ結果の、必然のタイトル。

 微に入り細を穿つ物語の造りを見て、彼女たちに才能がないなどと言える筈もなく。

 ただ――皆、やりたいことを優先しすぎた。

 各々が理想を追いかけて、バラバラの方向へ駆け抜けていくばかりで、後ろを振り返ることをしなかった。

 もしも、周囲に配慮し足並みを揃えることができていたなら――あるいは結末は違っていたかもしれない。

 

 そうしてこちらが一息吐いたのとほぼ同時に、ロッカーの扉が静寂を破る軋み音と共に開かれた。

 

 現れたのは、才羽姉妹とほぼ変わらない体躯の少女。ミレニアムのロゴが胸元に刻まれたジャケットと、額を露出させた赤い長髪が特徴的で、そんな彼女はこちらを警戒するように背中を僅かに丸めている。

 

「ユズ、大丈夫なの?」

 

「う、うん。……今なら――今じゃなきゃいけないって、思ったから」

 

 意を決したようにユズと呼ばれた少女が、俯きがちだった顔を上げこちらと視線を交わす。

 

「は、初めまして。一年の花岡ユズといいます。一応、ゲーム開発部の部長、です」

 

 たどだどしくも自己紹介をするユズに名乗り返すと、ユズがいつの間にか用意されていたピンクのクッションに腰を下ろし、ポツポツと語り始める。

 

「……私、昔自分で作ったゲームの出来がひたすら酷評されて、それで人の目が気になるようになって、怖くなって……。そんな時、私だけだったゲーム開発部に二人が来て、色々あって出来上がったのがテイルズ・サガ・クロニクルでした。でも、それも世間では結局クソゲーって呼ばれて、また引き籠るようになってる時、貴方が来た」

 

 ユズが語る言葉には、悲壮が宿っていた。

 その重みは、言葉だけでは決して伝わらない。なぜなら、彼女が受けてきた批判の真実を知らないからだ。そして何より――人の心が持つ許容量は、あまりにも個人差が激しいからだ。

 

 世界には二種類の人間がいる。

 どんな批判も意に介さない、鋼鉄の心を持つ者。

 そして、たった一つの言葉で心が砕け散ってしまう、ガラスの心を持つ者。

 彼女は、間違いなく後者だった。

 

 ユズは間違いなく本気だった。ゲーム作りに対して、創造に対して、表現に対して。

 手応えを感じていたからこそ、世界に向けて作品を送り出した。それは、創造者としての誇りと自信の証だった。

 だが、現実は彼女を奈落に突き落とした。

 彼女の期待とは正反対の結果が、不意打ちのように彼女を襲った。

 批判の言葉は創作の常であり、その覚悟がなかったとは思えない。

 だが、彼女が想定していた以上の批判の嵐に、彼女の心は耐えられなかった。

 だから閉じこもったのだ。あの狭く暗いロッカーの中に身を寄せていれば、悪意から目を逸らしていられると思い込んで。

 

「あれからずっと、非難を見ないようにしてきました。みんなが口を揃えて私たちの作品をクソゲーって言うばかりで、そこに建設的な内容なんてなくて、それなのに言いたい放題ばかりで……。でも、知り合いからも評価は大して変わらなくて、違いは言い方が優しいくらいだったから、世間の評価は間違ってないんだって理解はしたけど、それで非難も素直に受け入れられたわけでもなくて……」

 

 淡々と語るユズの姿を、その言葉の一つ一つを静かに見守る。

 彼女の言葉は、一方的だった。

 対話ではなく、独白。思いの丈を吐き出すための、魂の叫び。

 それは、今まで心の奥底にひたすら貯め込んできた感情の証だった。

 

 言葉にするたびに、記憶は蘇る。

 痛みは新鮮によみがえり、心を再び切り裂く。

 それでも――彼女の言葉は止まらない。何故か。

 それは、彼女なりの決意の表れ。

 過去と向き合う決意。痛みと共に生きる決意。そして、前に進むための決意。

 

「――あなたが初めてだったんです。真っ直ぐ私達に、テイルズ・サガ・クロニクルに向き合ってくれたのは」

 

 ユズが膝に置いた膝を握り締めたかと思うと、俯きがちだった視線を真っ直ぐこちらに向ける。

 

「あなたが言うように、私たちがゲームに込めた想いが何であろうと、見てもらえるように配慮していなければ存在しないものと同じで、残るのはゲームとしての体裁を成していない拷問とさえ評された何かだけ。そんなものに好んで向き合う人間なんているわけないんだから、自業自得でしかないのは分かりきってたけど、分不相応にもこうして向き合ってくれる人が出てくることを望んでた」

 

 だから――と、そう切り出したユズの表情は、今にも泣きだしそうな、しかし確かな喜色に満ちていた。

 

「ありがとうございます。初めて、報われた気がします」

 

「……俺は、そんなこと言われるようなことはしてないよ」

 

 実際、ゲームの中身に触れたのはほんの触り程度で、こちらの言い分は言ってしまえば俄か発言に等しい。

 その癖知った風なことを言って、それでここまで感謝されてしまえば、達成感よりむしろ罪悪感の方が圧倒的に勝る。

 

「それでも、受け取ってください。嘘でもなんでもなく、結城さんの言葉が初めて私たちの作品を肯定してくれたんです」

 

「ユズが自分からこんなに話すなんて、しかも初対面の相手にだよ?これってとんでもなく凄いことだし、そうさせたのは他でもない理の言葉なんだから、誇っていいんじゃない?……それに、私も嬉しかったしさ」

 

 好意的な視線が三方向から向けられる。

 流石に居たたまれなくなったので、無理やり場の空気を変えるべく別の話題を出すことにする。

 

「それはわかったけど、本題はそこじゃないよね。俺は何をさせられるの?

 

「そうだった。えっとね、新作のゲーム開発に協力して欲しいんだ!」

 

「ゲーム開発って……俺はそういったのやったことないよ?」

 

 記憶にこそないが、話題に挙がっても食指に触れるような感覚がなかったことから、記憶喪失以前にもそういったことの経験はなかった可能性が高い。

 あくまでもかもしれないの域だが、安請け合いして戦力にならなかったらガッカリさせるだけなので、断る決断をする。

 

「いやいや、自分から入部してくれるならまだしも、手伝いを頼むのに相手を能力を把握してないわけないじゃん。だから、そういうのとは別のところで頼りたいんだ」

 

「お姉ちゃん、回りくどいよ。えっとですね、私達は貴方にアドバイザーになって欲しいんです」

 

「アドバイザー?」

 

「まぁ、アドバイザーなんてそれっぽいこと言ってるけど、要はキヴォトスの外の話を聞きたいんだ。それを次回のゲーム制作のネタにしたいってこと!」

 

 モモイの言葉で、ようやく意図を理解する。

 なるほど、これなら物理的な技術力に依存することもなく、同時にこちらが選ばれた理由に説明もつく。

 

「というか、俺が外から来たって言ったっけ?」

 

「言ってないけど、私たちと同じ見た目なのにヘイローないからそうだろうなって」

 

「ああ、そういう……」

 

 ――まあ、当然といえば当然の帰結なのだろう。

 こちらが知る限り、この街において男性と定義され、かつ人間と呼べる外見を持つ存在は皆無に等しい。

 対して、キヴォトスの学園都市に在籍する生徒たちは知る限りの範囲では全て女性である。

 この事実を鑑みるに、結城理という個人は――自惚れや自意識過剰でなければ――キヴォトスにおいて相当に異質で目立つ存在であるはずなのだ。

 

 しかし。

 しかし、である。

 こちらの予想に反して、そうした反応を示されることは殆どない。

 むしろ、驚くほど普通の――いや、当たり前の対応をされることの方が多い。

 これはつまり、こちらの知らぬところで同種の存在がキヴォトスに住まっているということなのだろうかと、そう解釈していたのだが――モモイの一言によって、その仮説は脆くも崩れ去った。

 

 キヴォトスの常識を知る彼女曰く、この街において男性かつ人間の姿をした存在は、例外なく外部からの来訪者に限られるという。

 それならば、なぜ客寄せパンダのような扱いを受けずに済んでいるのか。

 自惚れだ、自意識過剰だと言われればそれまでかもしれない。

 だが、この感覚を異常として一笑に付すほど、こちらの認識が歪んでいるとも思えないのだ。

 確かに、キヴォトスの常識は自分の知るそれとは乖離している部分も多い。

 けれど、それ以外の部分に関しては特段の差異もなく――だからこそ、この街での生活にすんなりと順応できたのだ。

 

 そもそも、彼女たちが語っていた「日常が銃撃戦」という話にしても、こちらを茶化すための冗談ではないのかと疑いたくなるほど、そんな光景を目にしたことは一度もない。

 彼女たちの身体能力についても、同様のことが言える。

 結局のところ、圧倒的な女性比率に加えて、獣人やロボットが当然のように市民権を得ているという事実くらいしか、ここが異世界であることを実感させる要素は存在しないのだ。

 

「とはいっても、そんな特別話せることはないよ?面白おかしくとかは期待されても困るかな」

 

 実際、モモイ達キヴォトス人からすればこちらの日常なんて退屈というか、殊更に話題に挙げるようなものはないはず。

 広義的に見れば戦争を始めとした物騒な話題こそあれ、所詮は対岸の火事でリアリティの欠片もないものを彼女は求めていないし、そういったのはゲームで履修済みという確信もあった。

 

「理に言われる前から色々考えてはいたんだ。今度こそみんなに受け入れられるような作品を作るにはどうしたらいいって。でも、大衆向けにすると個性が埋もれちゃうし、それじゃあ意味ないからどうにかどちらのニーズも満たせる何かがないかってずっと考えてたんだけど、どうにもね」

 

「それで、一時期【G.Bible】に頼ろうって案も出たんですけど、ちょっとリスクがありすぎるなって……」 

 

 ユズが突然話題に出したG.Bibleなる言葉に思わず聞き返す。

 

「【G.Bible】?」

 

「は、はい。かつてキヴォトスにいたとされる伝説のゲームクリエイターが(したた)めたとされるゲームマニュアルで、それにあやかれば私達が思いつきもしなかった神ゲーを作れるんじゃないかって」

 

「実際、どこにあるかというところまでは突き止めていて、リスクを鑑みても行くしかないってところまで追い詰められてたんですけど、そこでユウカからコンペの無期限延期宣言があったので、そこまで無理する理由もなくなったという次第です」

 

 要約すると、コンペに出す作品の提出に間に合わない状況にまで追い込まれた彼女達は【G.Bible】なる眉唾に藁にも縋る思いでようやく所在まで突き止めたところ、そうさせた原因のコンペが延期したことで中止と相成ったと。

 しかし、リスクがあると言ってはいたが、よもや窃盗でもしないと手に入れられない場所にあるのだろうか。

 実在すら怪しい伝説のバイブルとなれば、その価値も相応に膨れ上がるのは当然であり、同業者や好事家の手元にあっても不思議ではない。

 

「因みに、それはどこにあるって話なの?」

 

「ミレニアムにある廃墟なんだけど、そこが【連禁区】でガチガチに警備されてるんだ。なんであんな廃墟にあそこまで厳重にしてるんだろうって思ってたけど、【G.Bible】があるって話を聞いてからは納得がいったね。多分【G.Bible】に限らずお宝がたくさん眠ってるんだってこともね!」

 

「最後のは完全に言いがかりだよお姉ちゃん……」

 

 そう悔しそうに語るモモイに、静かに突っ込むミドリ。

 確かにモモイの性格ならば、目の前にお宝があるにも関わらず、それに手が届かないとなれば彼女が悔しがらないはずもない。

 今でこそそれで済んでいるが、もしコンペの期限に変更がなく締め切りに追われている最中だったとしたら――たとえどんな危険が立ち塞がっていても突き進んでいた可能性さえある。

 会計であるユウカにとって今後の予算に影響するコンペの中止は胃の痛くなる話題だろうが、モモイ達の暴走を抑えられたという点ではファインプレーだろう。

 短い付き合いとはいえ、友人が犯罪に走るのを見て見ぬふりするほど薄情ではないつもりだ。

 

「そもそも、その【G.Bible】とやらがゲームクリエイターにとっての虎の巻だとして、モモイ達のような自意識が前面に出るタイプとは噛み合わないんじゃない?」

 

 三人はこちらの疑問に対し沈黙で返す。

 それは自覚あるが故の、反論の余地なき静寂だった。

 モモイたちにとっての創作の概念は、普遍性とは真逆の地平に立っている。

 彼女たちの表現は、あまりにも特異で、あまりにも孤高で、そしてあまりにも歪だった。

 G.Bibleにまつわる噂話だって、結局のところ多数派のクリエイターたちの常識で語られていると想定すると、モモイ達にとって価値ある一品である可能性は低い。

 確かに絶対とは言い切れないが、ハイリスクである点は疑いようもない。

 

「そういう理由で【G.Bible】に頼れないと考えた私達は、インスピレーションを刺激する何かを求めて新築されたビルのゲームセンターに足を運んで、結城さんと出会ったという流れだったんです」

 

「まぁ、それがなくても行ってたかもだけど、時期はズレてたかもだし?だから結構運命感じてるんだよね~」

 

 そういう経緯だったのか、と納得がいく。

 あらゆる偶然が噛み合った結果、こうして友好を結ぶに至ったのだと考えると、中々趣深いものがある。

 

「だからこそ、そんな運命的な出会いをした理こそが私達にとっての【G.Bible】なんだよ!多分!」

 

「雑な理由過ぎない?」

 

「まぁまぁそう言わず!どうか私達に天啓を授けてくれたまえー!」

 

 わざとらしく平伏するモモイを複雑な感情で見下ろす。

 とはいえ、突っぱねるかと言われればそうでもない。

 どこまで本気かは定かではないが、その手の事柄にまったくといって良いほど知識がない相手に向ける期待ではないだろう、とは思う。

 期限に余裕があるということもあって話題作りの一環程度の感覚とは思うが、正直無茶ぶりが過ぎる。

 突発的に問われて湯水の如くネタが出れば苦労はしないし、仮にもシナリオライターであるモモイにできないことを素人に求めるのは如何なものか。

 

「……まぁ、ないわけじゃないけど」

 

「え、マジ?」

 

 完全に期待してなかった風の反応に心が波立つが、気にしたらキリがないので無視する。

 思わず口には出たが、それ自体に嘘はない。

 そもそも、記憶喪失な身の上で出せる彼女達の琴線に触れる話題は限られている。

 ただ、これだけは聞いておく必要がある。

 

「その前に三人は、深夜夜更かししててゲームができなくなったとか、そういうタイミングとかなかった?」

 

「何それ。確かに夜更かしはそこそこやってるけど、そんなことはなかったよ」

 

「そんなことがあったら間違いなくお姉ちゃんが騒ぎ立てますし、そういう事実はありませんね」

 

 才羽姉妹の返答にユズが頷き、三人ともが同じ答えであることを示す。

 つまりは、そういうことだ。

 先の発言が真実ならば、彼女達に影時間への適性はない。ならばシャドウの存在など認知するはずもなく、無気力症の真因を知る由もないということになる。

 

 そう、記憶を失った自分にとって、数少ない刺激的なネタとは――まさしくシャドウ関連のそれに他ならない。

 しかしそれは、キヴォトスに蔓延している問題ではない。記憶喪失以前の、外の世界で起こった同一現象のことを指している。

 

 依然として継ぎ接ぎだらけの記憶ではあるが、時の流れとともに少しずつ思い出してきてはいる。

 仮に克明に思い出していたとして、その内容を詳細に伝え、それを参考にした作品が万が一外に流出し、当事者達の目に触れることになれば……面倒な事態に発展するのは火を見るより明らかだ。むしろ曖昧なくらいが丁度よい、というのがこちらの考えである。

 

 何よりそれ以上に――キヴォトスにも同じ現象が起きているという事実こそが、最大の足枷となりそうだが、言葉にした手前、今更引っ込めるわけにもいかないだろう。

 だからこそ、曖昧に話し偶然似通った何かとして誤魔化すのだ。

 あくまでも一個人が考えた想像の産物――その程度の扱いに留めておくのが、無難な落としどころだろう。

 

「突発的に言われたから骨組みぐらいしか語れないけど、それでいいなら」

 

 そう切り出し、未だ鮮明に至らない記憶を掘り起こし、静かに語り始める。

 日常と非日常の境界を繰り返し行き来し、人知れず世に蔓延る厄災に立ち向かう、少年少女たちの物語を。

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