PERSONA3×Blue Archive~Re:Tales Of Our Youth Days   作:花極四季

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執筆中は主にIt's Going Down Nowをループして聴いてます。


2話

 

 眩むほどの白光に誘われるようにして、ゆっくりと瞼をこじ開ける。

 涙が滲むほどの光に身を僅かに強張らせるも、眩んだ視界が徐々に明確になっていく。

 正面には自分と同じように座る少女がひとり。電車の内部を想起させるデザインの内装と、その窓の外から覗くは青一色。

 それが一帯に満たされた清水が青空を映しているが故の光景だと気づくのに、そう時間は掛からなかった。

 改めて目の前の少女に意識を向ける。

 腰にまで伸びた長髪は裏地にピンクを仕込んだ水色という異彩を放っており、その特徴的すぎる見た目は忘れたくても忘れようがない。

 全身を白で統一した制服は酷く損傷しており、美しかったであろう意匠は見る影もない。

 満身創痍――彼女の状態は、この一言に集約されていた。

 

「――ごめんなさい」

 

 伏し目がちな少女から突如として謝罪の言葉が飛び出す。

 何を、という言葉は決して音を紡ぐことはない。

 どんなに声を出そうと唇を動かそうとしても動く様子はなく、それどころか指一本動く様子はない。まるで金縛りにあったかのような、不可解な状況に内心で戸惑いを感じる。

 そんな心情を尻目に少女は言葉を続けていく。

 

「結局、貴方に全てを背負わせる結果になってしまいました。それでも、私の――私達の歩んだ道が決して無意味で終わらせたくはありません。だから、こうするしかなかった」

 

 それは懺悔か、悔恨か。膝の上で両の拳を震わせる姿はとても痛ましく、しかし自分には手を差し伸べることも返答することも叶わない。

 返答を必要としていない、苦悶と贖罪に満ちたその言葉。

 さながら懺悔室の神父のように、少女の言葉を受け止める役割を果たす。

 

「私のことを【超人】と呼ぶ人もいましたが、どこまで行っても私はただの人間。大きな存在に立ち向かうには小さすぎて、無力で……。そんな当たり前なことに気付かないまま走り続けて、その果てがあの結末だなんて、凡人以下の所業です」

 

 自虐的に嗤う少女の何たる痛々しさか。

 一体どれだけ戦い、どれだけ傷つき、どれだけ絶望したのか。彼女が歩んで来た歴史の重みは、彼女の語りひとつで推し量ることなど出来ようはずもない。

 

「だから、あなたに頼るしかなかった。私たちが失った人々の献身に報いるために、私は責任を放棄して貴方にすべてを託すしかない。物語の主人公など分不相応、私はどこまで行っても【愚者】でしかなかった。そんなこと、今頃気付いたって意味がないのに」

 

 少女は静かに立ち上がり、こちらへと歩み寄る。

 自然と、彼女を見上げる形になり、初めて彼女の顔をはっきりと認識する。

 涙に濡れた顔は、元は美しいはずの特徴が歪み、大人びた姿からは想像もつかない幼さを感じさせる。

 まるで迷子の子供が安堵の涙を流す親にしがみつくように、彼女は私の手を取る。

 そして、彼女は手のひらに何かを乗せ、優しい手つきで握らせる。

 

「これは、貴方の心の裡を刃と鎧に換える【鍵】。【死】を超えた者だけが手にすることのできる、人の心の深淵に潜む異能を呼び起こすための【触媒】であり【陣】。これは、私などではなく貴方にこそ相応しい」

 

 それは、スライド部分に【I.F.I.C】と刻印された拳銃と、10インチほどのタブレット型の端末だった。

 タブレットは画面は暗く一切の光を放っていないが、不思議と温もりを感じる。

 拳銃の方は不思議と手に馴染む感触で、しかしタブレットと対照的に酷く冷たく感じる。

 

「私という個人は消えてしまったとしても、私は貴方の一助となりたい。これはそのための【扉】であり【門】。その先にある精神と物質の狭間に、私の欠片を残します。その導きに従い、どうか――この捻じれて歪んだ先の終着点とはまた違う未来を掴んで下さい」

 

 そう言って少女は一歩後退ると、彼女の身体は蜃気楼のように曖昧なものになっていく。

 

「再び目覚めたとき、貴方はこの時のことを忘れているでしょう。それでも、忘れられないこともある。人の意識は、深く繋がっているから」

 

 無邪気に、しかし強がるように少女は微笑む。

 その光景を見届けると、こちらの意識も少しずつ薄れていくのがわかる。

 意識を底に沈めようとする抗いようのない引力に、ただ身を委ねることしかできない。

 この期を逃せば、彼女と二度と会うことが出来ないかもしれないと言うのに、身体は言うことを聞いてくれない。

 

「――『メメント・モリ カルペ・ディエム (死を忘れることなく 懸命に生きてください)』」

 

 意識を手放そうとした瞬間、少女の姿と入れ替わるようにして現れた小さな輪郭。

 しかし、その正体を理解することは終ぞなく、あっけなく意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 意識を取り戻した瞬間、胸中に去来したのはどうしようもないほどの喪失感だった。

 その感情がどこから来たのかを思い出すことはできず、それを探し求めるように目を開く。

 初めに見えたのは、棒状の蛍光灯と白い天井。

 視線をゆっくりと移動させると、ここが白一色の無機質な個室であること、そして特徴のない最低限の家具が配置されていることに気づく。

 そして何よりも目に付いたのは、ベッドの傍らで椅子にもたれかかって眠っているベージュ髪の少女の姿だった。

 

「すぅ……すぅ……うへへ……ペロロ様が空からいっぱい……」

 

 楽しい夢を見ているのか、端正な顔立ちを恍惚に歪めて何事かを呟いている。

 状況がさっぱり掴めず困惑を隠せないながら、しかし何もしないわけにもいかないと慎重にベッドから起き上がろうとする。

 何故少女がここにいるかは不明だが、幸せそうに眠っているのを起こすのは忍びないと判断しての措置だったのだが、ベッドのスプリングが軋む音が部屋に響いてしまう。

 案の定というべきか、それに呼応するように少女は僅かに身体を震わせて、噛み締めるようなあくびと共に身体を伸ばす姿勢をとる。

 

「ふわぁ~ぁ……いけない、結構寝ちゃってたな――ぁ、」

 

 独り言をつぶやきながら身体をほぐし、ようやく脳が動き始めたであろうタイミングで、視線が交差する。

 緩やかな表情、目尻にはあくびの後の涙を浮かべたその様子は、年相応に幼く愛嬌を感じられる。

 数秒の沈黙の後、脳が状況を理解し始めたのだろう。少女は自分の状態を客観的に見つめ、その事実を咀嚼するのに数秒の時間を費やし、その結果。

 

「~~~~ッッ!!」

 

 少女はトマトもかくやと言った程に顔を紅潮させ、椅子が音を立てることも厭わない勢いで立ち上がり、それを制御出来ない身体は足をもつれさせ、終いには尻から地面に落ちるという喜劇の連鎖が起こった。

 痛みに患部を擦りたくともそれははしたないと言う理性からか、所在なさげにぎこちなく手を空中で揺らすに留まっている。

 傍から見れば喜劇でしかないが、本人にとっては悲劇でしかない。

 

「ねぇ」

 

 とはいえ、こちらからすればそんなことどうでもよく、それよりも現状の把握が急務と判断し、気にせず少女に声を掛けることにする。

「痛たたぁ……って。あっ、はい!すみません!お恥ずかしい所を……」

 

 少女は慌てて立ち上がり、痛みを表に出さないようにこらえた表情のまま姿勢を正す。

 

「それはいいんだけど、何がどうなってるのかさっぱりなんだよね。何で俺はこんなところにいるの?そもそもここはどこで、君は何者?」

 

「あ、えっと……それを説明する前に、ちょっと待ってて貰えますか?貴方は――路上で倒れていて、1週間ほど意識不明だったんです。だから、身体に問題がないかを診てもらうのが先だと思うので」

 

「そういうもの?」

 

「そういうものです!……という訳で、少し失礼しますね。お辛いようでしたら、寝ていても構いませんからね。あ、でも勝手に出歩いたりするのは駄目ですよ。安静第一ですから!」

 

 そう釘を刺し、少女が部屋のドアへと小走りで向かう様子を目にして気がつく。

 先程までは色々ありすぎて見逃していたが、少女の頭頂部の更に上に天使の輪のようなものが浮いているのを発見する。

 彼女の動きに追従することから、彼女と天使の輪が一体であることは明らかだが、しかし自分の想像する天使とはあまりにも様相が異なるどころか、性別以外自分と何ら違いがあるようには見えない。

 そんな疑問を余所に、少女はこちらに一礼して部屋を後にする。

 何もかもを置き去りにされた状態で一人孤独になり、手持ち無沙汰になってしまう。

 仕方ないので、再びベッドに身を投げ出し、天井を見つめながら物思いに耽る、が――何も思いつかない。

 現状あまりにも情報が不足しているために、そもそも起点となる要素を挙げることすらできない。

 この場から窓の外を覗けるならば一気に情報は増えるだろうが、それは叶わない。

 何もわからない状況で、友好的な相手の気を損ねるのは得策ではない。大人しくベッドに横たわり、待つのが最善だろう。

 先の少女の様相にしても、謎が謎を呼ぶだけで混乱するだけに終わるどころか独自解釈からの偏見を持ちかねない。

 

 無味乾燥な部屋を退屈なままに眺めていると、足音らしき騒々しい音が近づいてくるのが聞こえてくる。

 その物々しさに一抹の不安を覚えつつ、身体を起き上がらせると同時に、ドアの前に来たであろうタイミングで音が止む。

 そして先程打って変わって、静かになった空間に乾いたノックの音が響く。

 

「入ってもよろしいでしょうか?」

 

「あー……はい。どうぞ」

 

 凛然とした声にそう返すと、一呼吸置いてドアが開かれる。

 現れたのは、その落ち着いた声にふさわしい凛とした雰囲気を持つ、肩にかかるほどの白いショートヘアーと、そこから延びる特徴的な二本の角に、野戦病院仕様のナース服を着た少女だった。

 彼女の頭上にもデザインの異なる光輪が浮いており、先の少女が特別だったわけではないことは明らかになったが、それ以外は依然として不明なままだ。

 

「おはようございます。体調の方は如何でしょうか」

 

「え?あ、えっと――」

 

「いえ、これは形式的な問いかけなのでお気になさらず。一週間も眠っていて問題が無い訳がない上、患者の自己判断ほど当てにならないものはないので」

 

 にべもなく少女がそう告げると、手持ちの医療器具を手際よく用意していく。 

 雰囲気に違わない仕事人という雰囲気だが、同時にあまり患者に対する態度とも言い難く、二の句を告げることを躊躇わせる。

 先程出て行った少女はどこにいったのだろうか。彼女が目の前の少女を呼んだのは間違いないだろうが、先の足音の勢いから察するに、置いて行かれたのだろうか。

 

「はい、服を捲ってください」

 

 言われるがままに服を捲ると、聴診器を当てられる。

 一瞬その冷えた感触に身震いするも、少女はさして気にした様子もなく作業をこなしていく。

 年齢で言えばおそらく自分と大差ないであろう相手に肌を晒す行為は、何とも形容しがたい気分にさせられる。

 しかし、相手方は医療行為ということもあってか淡々と一連の簡易検査をこなしていくので、こちらも気にする方が馬鹿らしいと言われるがままに指示に従うことにする。

「異常は今のところ見受けられず、と。本格的な検査も後日行いますが、今回の検診は終了とします。ひとまずお疲れ様でした」

 

 そう告げると、淡白な対応を変えることなく仕事道具を片付け始め、終わるが否や踵を返し立ち去ろうとする。

 その一切の躊躇のなさに声を掛けることが出来ず、そのまま見送る形となってしまう。

 一体なんだったんだ、と。そんな疑問を抱く間もなく、再びノックの音が響く。

 休む間もなく訪れる来訪者に軽く溜息を吐きながらも、変わらず許可の返事を出す。

 

「失礼します」

 

 今度の来訪者は、黒髪ロングで眼鏡を掛けた少女だった。

 少女が着ている制服らしき服装を見た瞬間、サブリミナルに映像が脳裏を掠める。

 それが一体何だったのかを思い返す暇などなく、近づいてきた少女に再び話しかけられることで呆気なく埋没されていった。

「今しがたセナさんから貴方の無事を確認しましたが、早足かつ簡潔な説明だけして去って行ってしまったのですが……何かしました?」

 

「なにもしてない。検診されはしたけど」

 

「そうですか……。いえ、疑うような言い回しをして申し訳ありせん」

 

 状況を察するに、セナというのは先程のナースのことだろう。

 そういえば、ベージュ髪の少女しかり、誰の名前を知ることなく話が進んでいた事実に気付く。

 目の前の彼女に関しては先程の2人よりは余程話が通じそうではある。

 

「とはいえ、事情に無知なのはお互い様です。私たちも、善意ばかりで貴方を助けたわけではありませんが、敵対したいわけでもありません。なのでまずは、自己紹介から初めて互いを知るところから始めませんか?」

 

 その提案は、まさに渡りに船だった。

 状況に流されるばかりでなんの実りもない時間ばかりが過ぎていた中で出てきた建設的な提案に、断る理由などあるはずもない。

 こちらが頷いて同意すると、眼鏡の少女は軽い咳払いをして自己紹介を始め出した。

 

「私の名前は七神リン。学園都市【キヴォトス】の行政管理に関わる組織【連邦生徒会】において、連邦生徒会長(・・・・・・・)の地位に属しています」

 

 聞き覚えのない単語が散見されるも、形式だけ言えば決しておかしな要素などない自己紹介。

 そのはずなのに、どうしようもない違和感が脳裏に蠢いている。

 同じ形だけど絵柄の異なるパズルのピースをはめ込んだ絵を見ているような、もどかしい衝動が胸中を巡る。

 

「貴方の名前は……結城理(ゆうき まこと)でいいのかしら」

 

「……そうだけど、名乗ったっけ?」

 

「いいえ。申し訳ないですが、勝手ながら貴方の所有物を改めさせてもらいました。その中にあった学生証からの情報です。ただ――」

 

 リンはこちらの所有物であろう学生証を中身が見えるように突き付けてくる。

 そこには自分のものであろう顔写真に、幾つかの文字列が記載されている。

 

「所属、独立連邦捜査部――」

 

「これは連邦生徒会が秘密裏に結成し本格始動を直近に控えていた、各学校の代表を選抜して作られた組織の名前です。通称【I.F.I.C.(Independent Federal Investigation Club)】。そんな秘密裡な組織の名簿に何故か貴方の名前があるどころか、外部からのハッキングの形跡もなく、まるで身内の誰かがやったかのように自然な状態で連邦生徒会のデータベースに貴方の情報欄が記載されていることも確認済みです」

 

 リンの眼鏡の奥に潜む胡乱な瞳に射抜かれる。

 言葉遣いこそ丁寧さは崩さないが、その語気は虚偽は許さないという気迫を孕んでいる。

 

「結城理さん。貴方、何者ですか?何故キヴォトスに訪れたのか、誰の指示か、背後に誰を潜ませているのか。教えていただけますか?」

 

 一歩、こちらに近づく。

 まるで犯人を追い詰める刑事のようなシチュエーションだが、彼女は真剣そのもの。

 しかし、自分はその期待に応えることはできない。

 

「覚えてない」

 

「……は?」

 

「自分が誰なのか、交友関係とか、そういう自分に関すること。名前だって、言われて確かそうだったぐらいの認識で、正直ハッキリとそうだって言えるほどの実感はないんだよね」

 

 それは、嘘偽りない告白。知覚する限りではあるが、自身を定義するパーソナルのほとんどが欠落しているのだ。

 実際はそれを相対的に判断できる情報すら持ちえないため、どちらかというとこれは感覚的な部分が強い。

 とはいえ、大別するならば記憶喪失の中でもエピソード記憶に欠落はあれど意味記憶に影響はない、はずなのだが。

 

「……冗談ですよね?」

 

「嘘を吐くメリット、ある?自分の立場ぐらい理解してるつもりだよ」

 

 改めて、リンの頭上にも浮かぶ光輪を観察する。

 意味記憶が正常であるとするならば、果たして目の前の非常識はなんだというのか。

 知識としては確かにある。だが、それは神話や空想といった、果たして実在したかも証明が困難な概念。

 創作においては天使や聖人の頭上に浮かぶ表現から始まり死者が冠することもあるように、定義は曖昧な部分はあるが、共通点があるとすれば【死】に関わるという点だろう。

 安直に考えるなら、彼女達は天使か死者のどちらかであり、そんな彼女達がいるここは天国で、ならば自分は死者だということだろうか。

 

 ふと、天使の輪があるであろう自分の頭上に手をかざす。

 手に何か当たる感覚はない。そもそも、実体のあるものなのかすら判然としてないし、鏡もないのであるのかどうかすら見て判断できない。

 

「……そういえば、貴方には【ヘイロー】がありませんね。そもそも、貴方の存在自体がイレギュラー過ぎて、気に留めていませんでした」

 

「ヘイローって、その光輪のこと?」

 

「はい。とはいえ、私自身説明できるほどこれに関する情報は持ち合わせていないのですが……。とにかく、キヴォトスではこのヘイローを所有している人間が生活しており、私の知る限りヘイローを冠するのは例外なく私のような人型であり、獣人やロボットにその傾向はありません。なので、条件の近い貴方がヘイローを所有していない理由は分かりかねます、が――」

 

「が?」

 

「貴方がキヴォトスの外からの来訪者であるとすれば、納得できなくはないんですよね。私たちの常識の埒外から訪れた、同じようで違う存在。所変われば品変わる、だと語弊あるかもしれませんが、まぁ言いたいことはわかってくれるかと」

 

「わかるけど、わからない。そもそもキヴォトスとやらの常識なんて知らないんだから、比較しようもないし」

 

「……ええ、正論ですね。記憶喪失が事実なら、ですが」

 

 リンに疑念ありありといった表情で睨まれる。

 こちらからすれば一方的なその態度に思うところがないわけではないが、連邦生徒会長というのが責任ある立場であることは推測できるので、不審者相手に拘束なしで寝かせてくれていただけ充分温情ある措置なのかもしれない。

 リンが額に手を当てて小さく溜息を吐くと、纏っていた雰囲気が多少軟化する。

 

「取り敢えずこの件は保留しましょう。それよりも、貴方の私物の件で聞きたいことがあるので」

 

「私物?」

 

「ええ、脅すような言い方になりますが、その解答の結果次第で、今後の進退に関わってくる可能性がある、極めて重大な問題です。貴方だけではなく、キヴォトスに住む人々すべてにとって、です」

 

「随分大きく出たね。それこそ冗談じゃないの?」

 

「生憎ですが、こちらはちゃんと根拠があります。その説明も含めて今度貴方に紹介したい方々がいます。とはいえ、彼女たちも暇ではないので都合を合わせる時間が必要ですが、その間に貴方にはやってもらいたいことがあります」

 

「それは?」

 

「難しいことではありませんよ。本格的な健康診断、10日眠っていた弊害を考慮したリハビリ、キヴォトスの常識や知識量の確認を込めた学習、その他諸々。いたって常識的な対応だと思いますが」

 

 その過程で個人情報を堂々と詳らかにする気なのだろうが、こちらとしては本当に痛い腹などないのだから、勝手にすれば良いと思う。

 下手に反発する方が立場を危うくさせるし、こちらとしてもそれか思い出すきっかけになれば幸いと判断し、素直に頷くことにする。

 

「では、まず基本的な動作が出来るかを初めとした運動能力の検査のためにトレーニングルームに向かおうとおもいますが、そもそも歩くことは出来ますか?」

 

「多分、問題ない」

 

 それを証明するようにベッドから起き上がる。 

 多少のふらつきを覚えはしたが、それも一瞬。特に支えの必要もなく動くことができた。

 

「……なるほど、セナさんが貴方の筋肉が固まらないように定期的にリハビリをしていた報告は受けていましたが、まさかここまで問題なさげとは。彼女の実力か、あるいは貴方が特別なのか。何にせよ、手間が少ないことはこちらとしても好都合です」

 

「そういうのどうでもいいから、やるなら早く済ませたいんだけど。この景色も見飽きたし」

 

「貴方、結構遠慮がありませんね……。まぁ、そのぐらいの気概の方がキヴォトスに適応しやすいのかもしれませんが」

 

 そうして、リンに背中を支えられる形で退出する。

 見知らぬ土地と見知らぬ世界を想い、これから巡る旅路に不安と淡い期待を胸に抱いて、かくして世界は開かれた。

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