PERSONA3×Blue Archive~Re:Tales Of Our Youth Days 作:花極四季
第一部隊は、静寂の荒野を往く。
乾いた大地。足音を殺し、影を殺し、呼気の一滴すら惜しむように進む。
開けた視界の中でそれを成立させるのは、常軌を逸した集中力を要する所業だ。
シャドウの双眸に映れば、それで終わり。それだけの話だった。
アビドス砂漠の時とは違う。敵影は無限に等しく、費やせる時間は有限だ。故に、浪費は死と同義に他ならない。
第二部隊はおそらく、こちらとは真逆の光景を展開しているだろう。
マコトという女は、隠密を美徳としない。――否、できない。あの気質が、そもそもそれを許さないのだ。
だが彼女達には、それを現実に変える実力がある。この目でしかと目撃したのだから、疑いようなどありえない。
仮にシャドウが有限であるとするならば、第二部隊が大立ち回りをすればするほどこちらへの警戒は希薄になる道理。
カヤがそこまで読んで部隊編成を組んだとすれば、その的確な采配に感嘆するほかない。
仲間の状態を適宜確認しながら歩み続けること、体感にして一時間。
目的の廃墟が、ようやくその全貌を眼前に晒した。
誰もが、呼気すら音にすることを厭うように進んでいた故に蓄積された緊張と疲労。
その糸が解れた瞬間、ミヤコを除く全員の口を通して、積み重なった心労が音という形を借りて溢れ出す。
ミヤコ自身は疲労の色こそ面に浮かんではいるが、消耗の質が根本から異なるのか、そのような反応は示すことなく泰然としている。
SRT。連邦生徒会直轄の特殊部隊養成学校。その門を潜り抜けられるだけの研鑽の果てが、そこにあった。
「防衛室長の言葉通り、ガードロボットは停止しています。あれだけの数が起動していれば、シャドウより余程厄介な障害となっていましたね」
廃墟の周囲を埋め尽くすように配備された、多種多様な対侵入者用ロボット群を前に、キリノが静かに呟く。
固定砲台どころか、榴弾砲らしき機構まである。その視界を縫う隙間など、どこにも存在しない。
如何に銃撃への耐性があろうとも、これだけの戦力を相手取ろうものならば、入口に辿り着く頃には全員が満身創痍であることを免れまい。
数はシャドウ、質はロボット。どちらが明確に劣るという話ではありえない。どちらも等しく脅威であり、比較するという行為自体に意味はない。
ペルソナは確かに超人的な力をもたらす。
だが、こちらが強靭になったからといって、敵が軟弱になるわけではない。
その道理を失念した者から先に斃れる。決して履き違えてはならない。
ミヤコが拳に余るほどの石塊を拾い上げ、ガードロボットの正面へと放物線を描くように投擲する。
ロボット群の射線上を横切るも、その銃座から弾丸が放たれることはなく、石塊は静かに大地へと落ちた。
「無機物には感応しないようです。影時間の性質上あり得ないとは思いますが……万が一を考慮し、射線は可能な限り避けましょう」
ミヤコの言葉に誰一人として異を唱えない。
彼女の経歴は既に共有されている。こういった局面における一日の長を、皆が自然と認めていた。
これがマコトのような人物が一人でも混じっていれば、不和は免れなかっただろう。
だが今この場において――本来のリーダーたる自身にとっても、それは渡りに船だった。
役割を放棄したいわけではない。ただ、記憶を喪失した自身の指示には、どうしても説得力という重みが足りない。
適材適所。言葉にすれば陳腐だが、文字通り命懸けの場においては、それは絶対の理として機能する。
実戦かつ即席の部隊を指揮するならば、それに見合った能力の持ち主に委ねるべきだ。
ガードロボットの包囲網を潜り抜け、廃墟の入口へと到達する。
電子ロックが施されていたはずのドアは無防備に開放され、スライドドアの収納部には重石が置かれていた。
原始的な手段だが、オーバーテクノロジーの墓場と化したこの場においては、むしろその原始性こそが有効に機能していた。
「ここからは閉所です。シャドウとの会敵は現実的に避けられない。放置できたとしても、次もそうとは限らない。それどころか、見逃したシャドウが援軍として舞い戻る可能性もある。故に、可能な限り殲滅を優先します。戦闘時は味方との物理的接触に注意。陣形は――」
ミヤコが廃墟内での指針を淡々と語り続ける。
誰も口を挟まない。その静けさが心地よいのか、面の表情はそのままに、声の調子だけが僅かに上がっていた。
「SRTに入れるだけあって、ミヤコさんって本当に凄いですね!」
「いいえ。教本を忠実になぞっただけで、特別なものなど何一つありません。対人想定のマニュアルですから、シャドウに通用するかどうかも定かではない。それでも――あるとないとでは、動きの幅が変わりますが」
キリノの称賛をミヤコは謙遜という形で受け流すも、どこか喜色を隠し切れないでいる。
彼女を中心に、少しずつ部隊が纏まっていく。
その事実を認識するたびに――漠然とした不安が、輪郭を持たぬまま胸底に積み重なっていく。
「改めて、侵入前に各自の確認を取ります。私の武器はトマホーク。ペルソナは【アルテミス】――物理と補助で構成されています」
「私キリノは支給の特殊警棒と、ペルソナ【アスラウグ】!氷結と打撃属性が使えます!」
「私も氷結。お揃い」
「シロコさんもですか」
「武器はナイフ、ペルソナは【レト】。氷結の他にスクカジャも使える」
どこか誇らしげにそう告げるシロコ。
【シッテムの箱】でステータスを確認すると、以前はマハブフしか記載されていなかった項目が、宣言通りに更新されている。
如何なる機序でデータベースが更新されるのかは依然として謎だが、一目で照合できるのは有難い限りだ。
「えっと、私のペルソナは【アグネス】――光属性と回復魔法を扱えます。武器は……これです」
差し出されたのは、渦状に纏められた一本の紐。全長、二メートルはあるそれは、紛れもなく――
「――鞭、ですか」
「は、はい」
ミヤコが静かに呟いた瞬間、サクラコは鞭を抱き締めるようにその身へと引き寄せた。
「銃以外で他者を攻撃するものを用いたことがなく、戦闘行為自体も決して得意ではありません。護身用の域を出ないとはいえ、扱えないものを携行しても足枷にしかならない。真逆の性質を持つ様々な武器を試してみたものの、どうにもしっくりこなくて途方に暮れていたところ、同じシスターフッドの下級生の方々が意見を出してくださって――最終的に、これに」
照れくさそうに、それでいて嬉しそうに経緯を語るサクラコ。
物腰の柔らかさ。丁寧な立ち居振る舞い。組織の頂点に立ちながら下級生に親しまれているという一点だけで、その人格の輪郭が十分に浮かび上がってくるあたり、彼女という人間の誠実さが窺い知れた。
「鞭は軽く、携行しやすい。非力であっても威力を発揮でき、リーチも確保できる。ただし動作に独特の癖があり、使いこなすには相応の技量が必要とされる――それをこの場に持ち込んでいるということは、そういう理解で相違ありませんね」
「はい。『サクラコ様にはこれがお似合いです!』と太鼓判を押してもらったこともありますが、実際に扱ってみるとしっくり来て。彼女達には感謝しかありません」
そうはにかんで見せるサクラコとは対照的に、ミヤコの双眸に僅かに影が差す。
羨うような――否、渇望するような色が、その視線の奥底に揺れていた。
一瞬だけ。だが断じて、見間違いではない。
……いや。これは良くない思考の流れだ。
ミヤコが悪いわけではありえない。問題は自身の側にある。
朧げな記憶の残滓に引き摺られ、たった三度言葉を交わしただけの彼女に、勝手な像を重ね合わせている。
それは――あまりにも無礼な所業だ。
自分という物差しで他者を定義することの傲慢さを自戒し、その思考を断ち切った。
「――では最後に、リーダーの番です。お願いします」
ミヤコに促され、口を開く。
武器は剣。だが身体能力の差異から基本は後方支援に徹すること。
そしてペルソナ――ワイルドという特異な性質を持ち、複数のペルソナを行使できること。
それぞれの特性を説明し終えた頃には、三者三様の反応が返ってきた。
「複数のペルソナ……。ペルソナとは一人につき一体という認識を、私達は無意識に前提としていましたが――そのような在り方もあるのですね」
感嘆するように、サクラコが呟く。
「……シャドウには個体別に明確な耐性と弱点が存在する。その前提で考察すれば――結城さんがリーダーとして抜擢された理由も、自ずと腑に落ちます。リーダーが幅広い弱点攻撃で牽制し、一気呵成に総攻撃へと繋げる。短期決戦を想定するならば、これ以上の戦術などありえないでしょう」
そう口にしながら、ミヤコは既に次なる手筋を組み立て始めていた。
完成するまでの僅かな時間、見計らったかのようにシロコが一歩こちらに踏み出す。
「……あの時、オルフェウスしか見せてくれなかったけど、手加減してた?」
眉をひそめ、無言の圧とともにこちらへ詰め寄るシロコ。
その気迫に微かに身体が仰け反る。
「今度、じっくり見せて。あと、勝負したい」
言い訳など言わせないといわんばかりに食い気味で言葉を続けるシロコ。
彼女の何がそうさせるのかは不明だが、この様子では仮に拒否をしても粘着されそうだ。
「見せるのはともかく、何故勝負を?」
「強くなるため。それと、殴り合えば友情が育まれるってネットで見た」
「それは語弊が――」
「シロコさん、どうどう。声が大きいとシャドウに感知されますよ」
キリノがやんわりとシロコを諌め、シロコもそれに渋々ながらに従う。
――今後こういう構図が定着するのだろうという確信が、根拠もなく芽生えた。否、根拠などなくとも、そういう予感がした。
「とにかく、方針を確認します。リーダーである結城さんを護るため、前後に二人ずつ配置する陣形を基本とする。側面が開く地形では左右に一人ずつ分散し、リーダーを包囲する形へと移行します」
ミヤコの言葉に全員が同意する。
こちらとしては、彼女達を盾として機能させているという事実に思うところがないわけではない。
だが、合理的な反証を持たない立場では、せめてリーダーとしての役割を全うすることで貢献するしかできない。
記憶の中の自身は、仲間と共に最前線で刃を交えていた。故に――この立場を受け入れることが、余計に厭わしく感じられるのかもしれない。
しかし状況が違う。立場が違う。ならば、適応するしかありえない。
「じゃあ、行こうか」
その宣言とともに、ミヤコとサクラコが先行して廃墟の内部へと踏み込む。
内部は老朽化が進み、瓦礫が散乱していた。長期間、人の手が触れた形跡は存在しない。
にも関わらず、廃墟と定義するには内部は整然とし過ぎている。
アビドス砂漠に打ち捨てられたビル群とは比較にもならない。同じ廃墟という言葉で括ることがおこがましいほどに
僅かばかりの吹き抜けを残すばかりの廃墟の中では、月明かりは照明として機能しない。
踏み込むほどに、闇が質量を持って迫り来る。
ミヤコがポーチから折り畳み式の松明を取り出し、火を点けた。
煌々とは言い難い。しかし、あるとないとでは天地の差だ。
それでも、この暗闇でシャドウと接触すれば――そう脳裏を過った、その瞬間だった。
「――ッ!!」
開けたフロアへと踏み込んだ刹那、網膜が灼けるほどの閃光が奔る。
天井に輝く複数の照明が、フロア全体を白く塗り潰していた。
ありえない。――だが、想定の範囲内でもある。その矛盾した認識が、同時に奔流した。
影時間において、機械は沈黙する。しかし自身は知っている。青輝石の影響下では、それが覆ることを。
カヤの言葉が蘇る。ミレニアムサイエンススクール発足当時から廃墟であったにも関わらず、急激な発展に大きく寄与するほどのテクノロジーが埋没していた土地。
影時間の只中で照明が点灯するということは、たかだか照明機能のために、屑石と呼ばれる水準の青輝石すら惜しみなく消費できるほど、この場所が潤沢である可能性を示唆している。
或いは、照明はあくまでオマケで、本命を駆動させるための燃料として機能しているのか。
なんにせよ、骨折り損な結果に終わることがなさそうでそこは安心だ。
「……アタリかな?」
「まだ断言はできません、が――ハズレを一緒に引いたのは確かですね」
シロコの呟きにミヤコが答えた刹那、フロア一帯にシャドウが溢れ出した。
静寂が瓦解する。シャドウの輪唱が、空間という空間を塗り潰していく。
「ん、盗掘発見。倒してお宝ぜんぶ私達のものにする」
「人聞きの悪い言い方はやめましょう?」
そんな百は下らないシャドウの軍勢を前に、変わらぬ調子で軽口を叩くシロコ。
かつて影時間のアビドス砂漠で共に戦った時を思い出す。
あの時の数と比べれば確かに余裕ともいえる戦力差だが、それ以外にも条件は大きく異なる以上、油断は許されない。
だが、その変わらぬ彼女の態度が緊張していた身体をほぐしてくれる。
「情報にない新個体のシャドウが確認されています。既知のシャドウを討伐次第、新個体の対処にあたります」
ミヤコの端的な指示の終わりとともに、そのまま彼女は果敢に先陣を切る。
助走すら要さない一足飛びでシャドウとの距離を瞬時に接近。
大上段に構えたトマホークが重力ごと叩き落とされる。
破砕音とともにシャドウは仮面ごと両断され、断面から塵となって霧散した。
「エネミーダウン!」
声が届く前に、ミヤコの体は次の獲物へ向かっていた。
ペルソナを召喚する素振りすら見せない。肉体と得物だけで、次々とシャドウを屠っていく。
一体。また一体。こちらを振り向くこともなく、ただただ眼前の敵を仕留めていく。
その光景に、勇ましさと頼もしさを感じると同時に、朧げな危機感が灯る。
特殊部隊の戦い方というものは、創作の中でしか知り得ない。
それでも、そこに描かれる人物達は得てして合理的かつ効率的に動いていた。
戦いというより処理。作業と言い換えても差し支えない。
一切の感情を排した、冷徹とも呼べる所業。まさにプロフェッショナルと呼ぶに相応しい、ある種の芸術とも呼べる統制。
それと比較して、ミヤコの立ち回りは真逆に近かった。
勇ましさとは即ち、荒々しさでもある。
一見してネルやツルギと似た動きをしているように見えて、どこか違う。
動きの苛烈さで言えばネル達の方が上。しかし、受ける印象は対照的。
シャドウとの戦いそのものではなく、別の何かに追われるような焦燥感が見て取れる。
それは隊列の乱れとなって、如実に現れていた。
気づけばミヤコの背中は、味方の誰からも手の届かない位置にある。
「ミヤコさん!」
サクラコの叫びに、戒めの色が滲む。
彼女は躊躇なく自らのヘイローを砕いた。透き通るような破砕音とともに、後光が迸る。
顕現した【アグネス】は、子羊を胸に抱いた幼い少女の造形だった。
傷一つない白磁の肌。揺れる金の睫毛。無垢、という言葉がこれ以上なく相応しい姿。
しかしその佇まいから放たれたのは、慈愛などではなかった。
「【マハコウハ】!」
瞬間、光が降り注ぐ。
鋭く研ぎ澄まされた神聖な柱が無数に天蓋を割り、ミヤコを取り囲んでいたシャドウの群れを上から貫く。
断末魔すら上げる間もなく、串刺しにされたシャドウが次々と崩れていく。
磔となるも辛うじて存在を保っていたシャドウへ、サクラコが間髪入れず鞭を一閃。
謙虚な自己評価とは真逆に、その動きに無駄が一切ない。扱いづらいと称される得物を、扱いにくさを微塵も感じさせずに振るう。
才能か、研鑽の賜物か。――あるいは、その両方か。
他の三年生に違わず、彼女もまた相応の実力者であることは疑う余地がない。
「私達も続こう」
「は、はい!」
シロコがキリノの隣に並び立ち、静かに促す。
キリノの動きは緊張で幾分強張っているが、警棒を握る手に迷いはない。奥歯を噛んで、自らを奮い立たせている。
シロコは対照的に、呼吸するような自然体。実戦を重ねた者だけが持つ、戦場への馴れ。
「「――ペルソナ!!」」
声が重なり、二つの力が同時に顕現する。
レトとともに、キリノの背後に【アスラウグ】が姿を現した。
薄布を纏う女性の背後には、身の丈ほどもある巨大な竪琴が浮かんでいる。左右に大きく分かたれた弦が羽のように広がり、その姿は儚さと神秘性の合一。
「マハブフ!」
無数の氷弾が、シャドウの軍勢へと解き放たれる。
しかし狙いはシャドウではなかった。弾丸は群れの合間、地面や壁へと次々と突き刺さり――そこから氷が急速に生長する。柱となり、壁となり、瞬く間に迷宮を形成する。
孤立しかけていたミヤコの周囲に障壁が築かれ、雪崩込もうとしていたシャドウの波が分断される。
氷壁によって一か所に押し込まれた群れの頭上で、跳躍したシロコの影が翻った。
「ブフーラ!」
逃げ道を塞ぐように放たれた吹雪が、密集したシャドウを一網打尽にする。
「ん、ナイスサポート。このままよろしく」
着地とともにシロコがサムズアップを向けると、キリノはどこか複雑そうに口元を歪めた。
「あー……はい、ありがとうございます?」
称賛の意図は伝わっているはずだが、素直に受け取れない何かがあるらしい。
それでも有効な戦術であると理解はしたようで、続けざまに同様の連携でシャドウを翻弄していく。
そんな二人のサポートをミヤコは知ってか知らずか、脇目も振らずただ前だけを見て猛攻を加え続けていた。
ミヤコが暴れることで敵の意識が集中し、その間隙を他のメンバーが縫う。
事前の打ち合わせによる戦術ではない。その場しのぎで辛うじて成立しているだけの、薄氷を疾走するが如き所業。
果たしてこれが、仮にも特殊部隊を志願した少女が描いた絵図と言えるだろうか。
――否。ミヤコは明らかに、周りが見えていない。
前だけを見ているのではなく、前しか見えていない。
結果的にどうにかなっているだけで、一つ歯車が狂えば崩れ落ちるのは自明の理。
そしてその綻びは、戦いが長引くほど、確実に広がっていく。
「――ッ、そこ!」
シャドウの周辺に浮遊する剣からの一撃を、ミヤコはトマホークで滑らせるようにいなす。
返す刀で逆袈裟の一撃を叩き込むも、浅かったのか仕留め切れず。
あわや反撃といったところを、サクラコの援護で事なきを得る。
「ミヤコさん、下がって!」
「――いえ、まだいけます!」
呼吸も荒くなり、汗の量も相当なもの。
それでも気迫は衰えることなく、サクラコの言葉を無視して再びシャドウへと躍り出る。
むしろ後退の指示を受けたことで発奮したのか、徐々に精細を放ち始める。
頑なにペルソナを使わず、己が身ひとつで戦い続けるその様子に疑問符しか浮かばない。
――結局、ミヤコはペルソナを使うことなく戦闘は終了。
殆どが彼女達の戦績によるもので、乱れた陣形の穴を埋めるよう後方で立ち回っていた自分は比較して消耗は少ない。
対してミヤコは終わる頃には肩で息をするほどに消耗するにまで至っており、彼女へ負担が集中していたことは明白だった。
「ミヤコ」
「――……はい」
そんな彼女に近づき、問いかける。
恐らく、この場に居る全員が抱えていた疑問。
「どうして、ペルソナを使わないの?」
その問いかけに答えるべく二、三度の深呼吸で動悸を落ち着かせるミヤコ。
こちらの様子に気が付いたシロコ達も集まってきて、必然的にミヤコに視線が集中する形となるも、それに怯む様子はない。
「信用ならないからです」
「――信用?」
オウム返しのように出た言葉に対し、居住まいを正したミヤコが持論を語り出す。
「私は、SRTを志して研鑽を重ねてきました。そして、それに裏打ちされた実力があると自負しています」
「確かに、凄まじかった」
「文字通り斧一本での大立ち回りでしたからね」
関心と称賛の混ざった評価をするシロコとキリノに対し、静かに目を閉じたまま耳を傾けるサクラコ。
「確実に任務を遂行するうえで最も重要なのは、自分と周囲の状況をどれだけ客観的かつ高い精度で把握できるかにあると、私は考えています。任務達成に必要な条件を満たせるかどうかを、戦場全体を俯瞰して判断すること。完全に達成できるのか、特定の条件のみ達成可能なのか、それとも達成は不可能で撤退するしかないのか――秒単位で状況が変化する戦場においては、こうした判断を瞬時に下すことが何より求められます」
心当たりがあるのだろう、ミヤコの言葉を聞いて小さく頷く面々。
幸か不幸か、銃社会とされているキヴォトスで今に至るまで銃撃戦になど巡り合ったことがない。
彼女達にとっては銃撃戦は日常の一部であり、ただの学生だろうと特殊部隊の卵だろうと、根本的にやっていることは同じ。
だからこそミヤコの発言に同調できる部分が多く、より強い共感を生んでいるのだと思われる。
「ただの喧嘩で用いられる銃撃戦とは違い、連邦生徒会直轄のSRTは漫然とした結果など許されない立場です。任務の成否は連邦生徒会の名誉と権威に影響を及ぼします。無論、与えられた任務の確実な達成は前提ではありますが、それでも不測の事態は得てして起こりうるもの。人の意志が介在する以上、その可能性はより高まるでしょう。それ故に、可能な限りの不確定要素は排することで、より確実な任務遂行を可能にする。それが私の考えです」
「――だから、ペルソナは信用ならない、と?」
ミヤコは静かに頷く。
「私がペルソナを発現したのは、おおよそ一週間前です。連邦生徒会の指示のもと影時間適応者を集め、ペルソナを発現できる人物を探す政策で運良くその才能にありつけました。その力は筆舌に尽くしがたく、連邦生徒会が重要視することも頷けます。ですが――」
「あまりに超常かつ常識外れな事象ゆえに、それを未熟な状態で扱うことは貴方の哲学に反していた――そうですね?」
そこまで無言を貫いていたサクラコが、言葉を被せるようにミヤコの真意を射抜く。
サクラコの真摯な眼差しを前に、たまらず僅かに視線を逸らすミヤコ。
「……はい。先程も言いましたが、私がペルソナを発現したのは一週間程度。如何に優れた能力であろうとも、それを実践導入するにはあまりにも不確定要素が多すぎます。皆さんはごく当たり前に使用していますが、私からすればいつ暴走してもおかしくないものを、この重要任務で扱うことには抵抗しかありません」
「暴走……」
ミヤコの言葉になにか思うところがあったのか、シロコが小さくそう呟く。
「ですが、この作戦はペルソナ能力ありきのものでは?」
「ええ、そうでしょうね。だからこそ、私の都合でそれを制限する以上、誰よりも身体を張らねば釣り合いが取れない――違いますか?」
「違います」
ミヤコの融通の利かない言い分を、サクラコが瞬時に切って捨てる。
反撃を想定していなかったのか、意表を突かれ瞠目するミヤコ。
対するサクラコは、どこまでも穏やかで慈悲深い微笑で迷える子羊と向き合っている。
……そんな彼女を見て、シロコとキリノは何故か身体を強張らせいた。