PERSONA3×Blue Archive~Re:Tales Of Our Youth Days 作:花極四季
予定より進んでないけど、割といつも通りの流れなので諦めてる。
でも、GW中にはもう一話ぐらい出したいなぁ。
時刻は深夜0時を跨ごうとする直前。
場所はアビドスの砂漠地帯。周囲は闇で覆われ、月光と一面に敷き詰められた砂の色彩が輪郭を捉える一助となっているのみ。
現状、影時間の出現に向けて、指定された地点へ移動している最中だ。
この場所を選んだ理由は、万が一大きな被害が起こっても影響の少ない地帯であるという点。
事前情報では、影時間で現実にあった物質が破壊されても現実に影響はないとのこと。
いわば写真の中に入るようなもので、写真に落書きしようが燃やそうが現実に同じ現象が発生しないのと同じらしい。
だが、例外はある。
曰く影時間に侵入した生物が影時間内で受けた現象は、終わった後でもなかったことにはならない。
というよりも、影時間による時間停止の影響を受けない森羅万象が対象、と言うべきかもしれない。
自分は軟禁状態の時には規則正しい睡眠時間を遵守されていたため気付けなかったが、当然のように自分も影時間の影響は受けていなかったらしい。
影時間の影響を受けた人間は棺桶のようなオブジェに変質するとのことで、これもまた現実に影響が出ないらしい。
つまり、部屋内を監視カメラか何かで四六時中観察されていたと宣言されたようなものだが、予想の範疇だったしこちらとしても後ろ暗いことは何もないので別段驚きはない。
どちらかというと、肉眼で判別できないレベルの監視カメラが搭載されているキヴォトスの技術レベルに舌を巻いた方だ。
そして、例外がただのひとつしか起こりえない保証などない。
故に、万が一の時を考えて、出来るだけ周囲の被害や注目を気にせずにおける場所として選ばれたのが、ここだったということ。
同行者はシロコ、ヒナ、マコト、ヒフミ、ネルの五名。
残りのメンバーだが、影時間やシャドウの存在は認知していても適性がなくてあえなく断念したらしい。
その代わり、影時間内でも作動できる特殊な通信機器で遠隔対応するとのこと。
「……確かに机ぶっ壊したのは悪かったけどよ、あたしだけのせいじゃねぇだろ。陰険な手段でアイツを追い詰めようと計画してた生徒会や鳥女にも非はあるだろうが」
「キキキ……その通りだな。それで怒りに任せてテーブルを破壊した代償に【C&C】に請求されれば腹も立つのも当然だ。もっと言ってやれ」
「いや、お前らの茶番のせいで無駄に時間延びそうだったのも含めてイラついてんだが」
「待て、流石にそれは言いがかりが過ぎる!とってつけたような八つ当たりはヤメロ!!」
「割とガチだぞ。……なんかまたムカついてきたから取り敢えず一発殴らせろ」
「よ、よせ。ヒナ!私を助けろ!この流れはお前も同罪だろう!?」
「マコト」
「な、なんだ?」
「私の分も殴られておいて。上司は部下のために責任を取るのも仕事よ」
「なっ、ふざけ――あっ、痛い!普通に痛い!待て、【万魔殿】のトップである私に盾突くのが何を意味するか――ちょっ、やめっ、ヤメロぉぉぉおおお!!」
砂漠に埋もれた道路を先行して歩くヒナ、マコト、ネルの三人。
マコトの近所迷惑になるレベルの絶叫が響くが、幸いにもそれを咎めるような人間が居る環境ではない。
見渡す限りが砂漠で埋もれ、かつて栄華を誇っていたであろう名残が墓標のように突き立っているばかりで、夜という境遇も相まってとても退廃的で物悲しい雰囲気で満ちている。
今は辛うじて残っている道路の上を歩いて進んでいるが、場合によっては砂上を歩くことも考慮しなければならない。
彼女達は基本的に身体スペックが高いらしいので問題はないだろうが、自分が果たしてどこまで耐えられるか。
……それともここを選んだのは、身体能力の差と地形で有利を取ることで自分が暴走したときに動きやすくするためかも、などと邪推してしまう。
あの会議での発言の手前、信用する努力をしてくれようとはしているのかもしれないが、こちらで出す結果次第では幾らでも破棄できる空手形に過ぎない。
彼女達があの場で各学校の代表として集まった以上、その地位がまったくの下っ端であるなどはあり得ない。
相応に権力が動かせる立場か、あるいは代表の代理として選ばれたか。何にせよ、信頼と実績を持つ人物であることは想像がつく。
だからこそ、あの場での発言は相応の責任が伴い、ともすれば発言次第では学校の信用問題にまで発展する可能性も決して無いとは言えない。
つまり、心情はともかく表向きは平和的な対応を取らなければ、次に弾劾されるのはこちらを害しようとする実行犯となる。
三国志における
最も厄介なのは、如何にも人が良さそうな顔をして信頼を得て懐に入り込む獅子身中の虫であり、むしろナギサのような態度に出る人物は対応がしやすい。
三人のやり取りを後ろからついていく形で眺めているのが、自分以外にシロコにヒフミで三人。
ヒフミは自分の学園のトップが色々言われているからか、気まずそうに苦笑している。
「……ナギサ様も悪い人ではないんですよ?ただちょっと、最近は色々な対応に追われて忙しいようで、それでカリカリしてると言いますか」
「人間性や境遇はともかく、清濁併せ呑む気概がなければ上に立つのは難しいだろうし、対応としては自然だと思うよ」
今の自分は性善説によって自由を許されているに過ぎない、非常に危うい立場にある。
彼女達が無垢な【子供】だからこの程度の判断で済んでいるのであって、底知れぬ悪意の坩堝の前では学級会レベルの所業。ままごとでしかない。
何故、記憶のない自分がそう確信を持って言えるのかはわからない。
陳腐な表現ではあるが、記憶ではなく魂が告げているというのが一番説明がつくだろうか。
自分が【ペルソナ】や【シャドウ】だなんて非現実的な現象に関わっていたというなら、必然命のやり取りだってしていた筈。
そんな過酷な環境に身を置いておきながら、清廉潔白かつ純粋無垢でいられるなど不可能に等しい。
【死】と対峙して、まともでいられる人間などいる筈がないのだから。
「……結城くん」
ヒフミとの会話の隙間を縫うように、シロコがこちらの名前を呼ぶ。
「なに?」
「ごめん、あの時庇ってあげられなくて」
シロコの耳が感情と連動してか伏せられている。
あの時、というのは会議の場でのことだろう。
「気にしなくていいよ。口裏合わせてた訳でもないし」
「それでも、言いたかった。――私も、記憶喪失だから」
シロコの思いがけない発言に、一瞬足が止まる。
「えっ、そうだったんですか!?」
ヒフミがこちらの心境を脚色なく代弁してくれる。
「うん、特別話すことじゃなかったから言ってなかっただけ」
「そ、そうですよね。それにしても、まさか同じ境遇の人が2人もいるなんて、なんか運命みたいですね!」
ヒフミなりに話題を盛り上げようとしたのだろうが、立場が立場なだけに些か反応に困る。
「実は流行の最先端なのかも。トレンドの先取り」
「あ、あはは……」
しかし、シロコは意にも介した様子もなく自虐風味な返しをする。
シロコ本人が感情をおくびにも出さないこともあり、ヒフミも答えに窮して愛想笑いをするしかなくなっている。
「――ねぇ、記憶喪失ってどんな気持ち?」
会話が一瞬止まり、シロコが合間を縫うように質問を投げかけてくる。
「シロコもそうなんじゃないの?」
「結城くんの気持ちに興味がある。私は、よくわからないから」
「わからない?」
「私は、アビドスの先輩に拾われて、そこで色々と良くしてもらって、友達もできて、今とても充実してる。だから、過去なんてどうでもいいと思ってる。だから私は、恵まれているんだと思う」
そこでシロコの言葉が止まる。
眉を顰めながらも唇だけが左右に揺れる様は、躊躇いを感じさせる。
「でも、貴方は違う。右も左もわからないときから知らない記憶のことで詰められ、敵意や疑心を向けられて、きっと今も心から信頼できる相手は一人もいないと思う。だから今の貴方の気持ちが知りたいって、そう思わず聞いたけど……すごく最低なこと言ってるね。ごめんなさい」
シロコは声のトーンを下げながら小さく項垂れる。
確かに、配慮に欠ける質問ではあるだろう。
ともすれば、境遇の落差からマウント取って見下していると思われても仕方ないだろう。
表面上冷静な風に見えるが、思いのほか直情的というか、本能が先行するタイプなのかもしれない。
「別にいいよ。俺は気にしてないから」
「……本当?無理してない?」
「してない。というか、どうでもいいから」
「どうでも、いい?」
二つの怪訝な視線に晒されながらも、怯むことなく持論を展開する。
「誰から好かれようと嫌われようと、俺のことをどう思うかなんて個人の自由だし、こっちとしても他人の顔色伺ってまで好かれたいとも思わないし、嫌われたならそれはそれでいいかなって」
これは、本心からの気持ちだ。
好意的に見られれば嬉しいし、嫌われれば傷つくが、別に親しくもない相手にどう思われたところで大した問題ではない。
だからといって進んで嫌われるような言動をするつもりもないから、結局無難で当たり障りのない回答に落ち着くだろう。
いっそ無関心でいてくれたらとさえ思うが、それを周囲は許さない。
こちらの思惑など関係なく台風の目となってしまったからには、相応の立ち回りが求められる。
だからといって、媚びへつらったりしてまで迎合したいとも思わないし、その結果立場が悪くなったとしてもそれは望んだものであり、受け入れるほかない。
「――そんなの、おかしいです」
絞り出すようにヒフミが反論してくる。
そう返されることもわかったうえで、こう返す。
「うん、おかしいと思うよ。でも、おかしいと言われたからって考えが変わるわけじゃない。ヒフミだって、ペロロを好きなんて幼稚だって他人から言われて、素直に受け入れられる?」
「無理、ですね」
「同じことなんだよ。自分の中にある信念というか、生き様はそう簡単には曲げられない。誰かにとって歪でも、自分たちにとってはそうじゃない。記憶喪失の自分が言っても説得力ないかもだけど、余分なものがないからこそ、これが本心だって言えるんだ」
「……それでも、自分を大切にして欲しいと思ったり、それを伝えたりするのは我儘なんでしょうか」
「我儘だね。でも、自我を通すことなんて全部我儘だし、そんなこと気にしてたら何も言えなくなるしで、受け入れらるか拒絶されるかなんてその時にならないと分からないんだから、まずは言葉にしないと」
立場や考えは個人によって千差万別。同じ考えを持つ相手と巡り会えるなんて稀な話で、大抵はどこかで食い違いが起こる。
多少のことなら折り合いをつけられるかもしれないが、社会の中で生きる限り考えが衝突する局面というのは、よほど主体性のない人間でもない限りは避けられない状況だ。
善悪二元論では語れない、答えのない問答によって対立することもままあるだろう。
関心や接点の薄い相手なら対立を避ける選択肢もあるが、譲れない主張をしたい相手というのは得てしてその真逆の存在であることが多い。
意思を汲んでほしい、理解してほしいからこそ主張に熱がこもり、声は大きくなり、感情を爆発させる。
自分を肯定して欲しい――多かれ少なかれ、そんな子供みたいな感情が根底にあるからこそ、対立は起こる。
究極的な話、自分の世界を護りたいだけなら他の世界に干渉されないようにすればいい。
自分の意見ひとつで世界が動くなんてまず有り得ない。個人がいくら努力しても個人の範囲でしか影響はなく、世は並べてこともなしが常だ。
だから、無難に生きるだけなら意志の主張は無駄な行為でしかない。
対立したことで傷つけ傷つけられた先に、望んだ未来がある保証などない。それどころか、もっと悪い方向に傾くことだって有り得る。
俺は、それが怖い。失うことが、怖い。
記憶喪失だからこそ、これ以上失うことを恐れているのか、記憶以外の要因があるのかはわからない。
だけど、自分にとっての大切を失いたくない。失うぐらいなら、最初からそんなものいらない。
そんな慟哭に似た衝動が、心の中で渦巻いているのが理解できてしまう。
だから本当は、ヒフミの思いやりも切って捨てるべきなのに、それができない。
それは、失うことが怖いのと同じで、他者に思われることが嬉しいから。
どっちも本当の気持ちで、捨てられるものではない。だからこそ苦しい。
こうして客観視してはみたが、自分は相当面倒くさい奴だなと思い知らされただけな気がする。
記憶喪失だからここまで俯瞰した目線で客観視できるのか、同じ境遇のシロコと擦り合わせてみたくはあるが、偉そうに語った手前進んでデリカシーのない質問はできないので、胸の内に留めておくに終わった。
「おーい、そろそろいいんじゃねぇか?」
先行していたネルがこちらに大きく手を振って呼びかけてくる。
彼女たちの背後には、車両6台が横並びで走行できるほどのコンクリート製のアーチ橋が、三日月の光に晒されている光景が広がっていた。
砂漠の風に煽られて所々風化しており、アーチ部に取り付けられている電灯はただのガラス玉としてしか機能していない。
道なりを視線でなぞっていくと、道中が倒壊しているせいでまともな手段では渡ることは不可能になっている。
かつては繁栄の象徴のひとつとしてアビドスを彩っていたであろうそれは、今や栄枯盛衰を象徴するオブジェと化しているのは皮肉という他ないだろう。
「ここなら、足場の安定感と広さも申し分ないだろう。万が一橋から飛び降りても、砂がせりあがってるから多少のダメージで済むだろうしな」
そう得意げに語るネルだが、飛び降りるに関しては首を傾げたくなる。
なにせ、砂がせりあがっていると言っても建物でいえば三階程度の高度はある。
如何に砂のクッションがあろうとも、受け身を失敗すれば痛いでは済まないだろう。
「待ちなさい、美甘ネル。今ならともかく、流石に影時間では私たちも無傷では済まないわよ」
「んあ?囲まれてボコられるよりはマシだろ。下にシャドウがいれば踏みつぶせばいいしな」
事も無げにそう言い放つネル。
一見考えなしの無鉄砲な発言だが、あくまでも彼女基準という前提がつくが、ちゃんとした根拠があるのだろう。
【C&C(Cleaning & Clearing)】――ミレニアムサイエンススクールに存在する組織で、表向きはメイドとして奉仕する集団だが、その実態は凄腕のエージェント集団。
彼女はそこでメイド長――つまりリーダーを務めているようで、その時点で彼女の実力は保証されていると言ってもよいだろう。
エージェントとしての側面は秘密扱いではあるらしいが、良くも悪くもその功績や活躍ぶりから知名度が高まり過ぎた結果、公然の秘密と化しているようで、だからこそ自分のようなキヴォトスに来て日が浅い自分でも知ることができた。
「私たちはともかく、キヴォトスでも上から数えたほうが早い実力者の基準を彼に当て嵌めるのは、正直関心しないわね」
「別に、そんなつもりはねぇよ。けどな、それぐらい動けなきゃシャドウに太刀打ちなんざ出来ねぇってことぐらいは分かってるだろ?」
「そうだな、奴らの厄介さを担保しているのは、何よりもその数の多さだ。その名の通り、影のように所かまわず無尽蔵に出現する性質は、個人の武力が如何に優れていようと軽視してよい問題ではない」
「だからこそ、アタシたちは何よりも生存を第一に重視しなけりゃならねぇ。数で劣り本来の実力を発揮できない環境下では、一人でも戦力が欠けるだけで致命的になる」
「仮に結城の持つ力が我々にとって起死回生の一手になり得ようとも、まさか無尽蔵な力ではあるまい。窮地で縋るのはいつだって【神秘】などではなく戦闘技術を始めとした経験であり、そこを間違った奴からくたばるのはどこだって一緒だからな」
「へぇ……案外理解あるじゃねぇか。【万魔殿】の長の椅子を尻で磨いているだけじゃねぇようだな」
「ふん、政治も解せない愚昧どもがマコト様をどう吹聴しているかは知っている。別に私は奴らのご機嫌伺いがしたくて【万魔殿】のトップに君臨したわけでもないし、こっちはこっちで好きにやらせてもらうだけだ」
「その小間使いとして【風紀委員】を度々使うのはやめてくれないかしら。同意したうえでの関係とはいえ、それはあくまで私個人との話。下らないことに【風紀委員】まで駆り出されてアコ達に嫌われ過ぎてストライキでも起こされたら、いくら私でも庇いきれなくなるわよ」
溜息をつくヒナに、マコトは不遜に返す。
「なら、貴様に見限られない程度には配慮してやろう。元より貴様ありきの組織だ、多少のご機嫌伺いで尻尾を振るなら安いもの」
「いえ、その時は真っ先に私が先導して叩き潰すから。取り敢えず日頃の恨み10倍返しスタートで」
「それだけはヤメロ!悪かったから、ガチで配慮するから!」
そして、一転して必死にヒナへ頭を何度も下げるマコト。
言葉の端々からは上下関係が明確にあるように見えて、決してそうではない。
傍から見れば非常に奇妙な関係だが、隔意なく巫山戯合っている様子は、どちらかと言えば気の置けない友人関係という言葉がしっくりくる。
「まったく、ヒナの奴……。っと、脱線してしまったが、結城理。何を語るにしても、まずはお前の【神秘】を見なければ始まらない。時間も0時に差し掛かる。準備はいいか?」
「問題ないよ」
マコトの指示に従う形で、手渡されていたアタッシュケースを開く。
【神秘】という言葉は先程も当然のように会話に出ていたが、状況的に聞くに聞けない。
恐らくは言葉通りで、超常現象を包括した意味合いとして使われているのだろうが、当たり前のように口にしていた辺り、【神秘】はキヴォトスにおいて普遍的概念なのだろう。
事実、ヘイローなどという明らかな異質を目の当たりにしてしまっているからには、それに類する何かが存在していたとして納得するしかない。
「さぁ――来るぞ」
ネルが忌々し気に空を見上げた瞬間、世界が色を変えた。
瘴気のように朧雲が空を敷き詰めたかと思うと、空の色も薄緑に変質していく。
雲間を裂くように君臨し鎌首をもたげる三日月も合わさって、まさに異世界と呼ぶに相応しい変貌を遂げていた。
変化は視覚だけに留まらない。
心を微かに揺さぶる怖気、張り詰めた空気。影時間に至ってから、明確に触覚が鋭敏に危機を伝えてくるのがわかる。
「これが、影時間……」
あまりにも魔的で、おぞましい。
ここは人がいるべき場所ではないと本能が訴えている。
しかし、それと同時に懐かしさを覚えていることに気付く。
記憶ではなく肉体が、何よりもこの世界の危険性を訴えているのだとしたら。
やはり自分は、記憶喪失の以前にここに訪れていたということになる。
そして、それを証明する手段が、今手元にある。
月明かりに照らされ、アタッシュケースから取り出した拳銃――【召喚器】が暗がりから露わになる。
銃口には樹脂が埋め込まれており弾丸は入っていないそれは、何をどう足掻いても【死】を想起させるに至らない玩具でしかない。
なのに――影時間に入ってからは、握っているだけで恐怖を加速させてくる。
理屈ではなく、本能が。玩具でしかないこれを、本物であると錯覚させてくる。
「――早速お出ましか」
餌に群がる蟻のように、影の化け物――【シャドウ】が四方八方から湧いて出てくる。
誰が言うでもなく、彼女たちは円陣を組むようにこちらに背を向け武器を構える。
「さぁ――見せてみろ、お前の価値を!お前自身で、居場所を勝ち取れ!!」
ネルの激励の咆哮に背中を押され、自然と召喚器を握る腕に力が籠る。
知り合って間もない筈なのに、何故彼女がここまで心を砕いてくれるのかはわからない。
しかし、ここまでお膳立てをされて尻尾巻いて逃げるほど薄情ではないし、愚か者ではない。
召喚器を側頭部に突きつける。
一層湧き上がる恐怖に舌を噛みそうになるのを、歯を食いしばって堪える。
瞳を閉じ、深く深呼吸をする。
暗闇に染まった網膜の裏側に、一枚のタロットカードが映る。
それは、アロナが見せてくたうちの一枚――【愚者】を司るカード。
【自由】【旅のはじまり】【未知なる可能性】――それらを包括し、未来へ進む原動力としての意味を持つ一枚。
果たしてそれは祝福か、呪詛か。答えは進んだ先でしか見えない。
ならば、踏み出さなければ始まらない。
スターターピストルを引くように、召喚器の引鉄に触れる。
撃鉄の音は、走り出すための合図。
ならば、これ以上に相応しい演出はないだろう。
叫べ、その名を。心の底に潜む「もう一人の自分」を指す言葉を。
「――【ペルソナ】!!」