PERSONA3×Blue Archive~Re:Tales Of Our Youth Days   作:花極四季

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筆が乗りに乗ったせいで、予定よりまた文章が多くなって投稿が遅れてしまった。
深夜に書くとトランス状態になって集中できるけど、日中がつらいねんな……。


7話

 分厚い硝子を砕くような発砲音が聞こえた瞬間、背後から青白い光が射し込む。

 この光を見たのは二度目。あの時は恐ろしく感じた光なのに、今では安心と高揚すら覚える。

 にじり寄ってきていた【シャドウ】も、光に怯えるように身をよじらせ進軍を止めていく。

 その隙を吐く形で、背後の青年――結城理の方へと視線を向ける。

 彼は一度目の再現をするように、まったく同じ光景を繰り広げていた。

 悠然と彼の背後で浮遊する、竪琴を持つどこか彼に造形や雰囲気が似ている巨人。

 溜息を吐きたくなるほどに神秘的な光景、そしてその次に訪れるのは地獄の顕現――その筈だった。

 しかし、待てどもあの棺桶の化け物が悲鳴と共に竪琴の巨人の内側から現れることはなく、未だ形を保っている。

 これは、私達の誰もが知らない展開。或いは、あれこそがイレギュラーで、今の状態こそ正常なのかもしれない。

 

 あれが現れる瞬間【ペルソナ】と彼は叫んでいた。

 私達が漠然と定義している【神秘】とは異なり、明確な意味を宿し紡がれたそれは、やはり私達の知る神秘とは似て非なる概念なのだろう。

 恐らく【神秘】が潜在する力であるとすれば【ペルソナ】は顕在する力。

 視覚が、肌感覚が、本能が。明確な形で【力】が出力されたことで、目の前の巨人の脅威を訴えてくる。

 実力で名を馳せたキヴォトスの生徒と戦った経験は少なくないが、その時には湧き上がることがなかった感情。

 【神秘】が適応されない影時間での出来事だからなのか、それとも別の要因があるのか。

 どちらにせよ、今この瞬間から彼は正しく産声を上げたと言っても過言ではない。

 私が――砂狼シロコが、アビドスの先輩に拾われたときのように。

 

「【アギ】」

 

 巨人が結城の背後から離れ、私たちを護るように前に出る。

 おもむろに巨人が手に持つ竪琴を鳴らした瞬間、一帯の【シャドウ】が断末魔とともに灰燼と消えた。

 動線は無く、文字通り【シャドウ】そのものが火種となったかのような発火現象。

 回避不可能としか思えないそれは、まさしく奇跡の具現。

 それこそ【魔法】としか形容し難い現象を、僅かな動作で起こしてみせたのだ。

 【シャドウ】に意思や知恵があったとして、自分に何が起こったか理解できないままに苦しんで消えたことだろう。

 自然と身体が身震いする。

 あの魔法がこちらに向けられたらと、一瞬でも考えてしまった。

 彼を信じたいと気持ちを固めていた筈なのに、そんなものはあっさり反故にしてしまった自分の心の弱さが酷く恨めしい。

 【神秘】に護られていた時ならば、グレネードや焼夷手榴弾の時みたいに軽い火傷が関の山であろうそれを今受けてしまえば、果たしてどうなってしまうのか。

 知らないが故に無限に想像が働き、知らない筈なのに残酷な結果ばかりが脳裏を支配する。

 痛みではなくその先にあるもの。言葉としては知っていても、知覚したことはなかった概念――【死】が、確かに目の前にある。

 

「『――皆さん、大丈夫ですか?』」

 

 イヤーカフから聞こえてきたヒマリの声で、意識が引き戻される。

 それと同時に、巨人の姿も粒子となって消えていく。

 

「え、ええ……問題ないわ。それより、機器の調子はどうなの?」

 

「『会話の交信程度ならば問題ありませんが、シャドウ反応等に関しては以前とは比べられないほど精度が落ちています。感知までには数秒のラグが生じる上、感知範囲も考慮するとリアルタイムでの状況判断は難しいですわね。現場に行くことが出来ればどうとでもなるのですが……』」

 

「貴方にも影時間適性があるのは調査済みだけど、肝心の移動手段がね……」

 

「『――っと、結城さんは私のことをご存じでないと思いますので、今更ながら自己紹介を。私はミレニアムサイエンススクール所属で【全知】の学位を持つ、超天才病弱美少女ハッカーの明星ヒマリ。ホワイトハッカーの集まりである【ヴェリタス】の元部長で、今は主に【I.F.I.C,】の機械関係を扱う嘱託として後方支援させてもらっていますわ』」

 

「キキ……声だけの相手に美少女を名乗ってもな」

 

「『あら、私の真冬の早朝に漂う空気のように澄んだ声を聴けば、自ずとイメージは掴めるというものでしょう?答え合わせは、後ほどのお楽しみということで』」

 

 いっそ傲慢ともいえるほどの高い自己評価をするヒマリだが、それが決して虚妄ではないことは一目見れば明らかなので何を言っても反論の材料にはならないのだが、それはそれとしてその態度に辟易している人は少なからず存在している。

 病弱というのも嘘ではないのだろうが、それを思わせない不遜さと活発さもあり、割と雑に扱われている印象のある人だ。

 どうやらそれは結城もだったらしく、心底どうでもよさげに眉をひそめている。

 

「それより……事前に聞いてはいたが、先程のペルソナとやらが、貴様の【神秘】に似た力か。さも当たり前にやってのけたが、その辺りの記憶は思い出せたのか?」

 

「基本的なことは」

 

 そこからペルソナの発現の仕組みについて簡単な解説が入る。

 拳銃は召喚器と呼ばれるペルソナを召喚するための道具で、表の人格を擬似的に殺すことで、裏の人格、つまりペルソナを喚び出すということらしい。

 

「人格……その言い方だと、文字通りアレは貴方でもあるということなのかしら」

 

「そうらしい。詳しい理屈まではわからない」

 

「らしいって、よくそんなものを土壇場で使えたな」

 

「使えるという確信はあったからね」

 

 彼の記憶云々はともかく、私達は実際にその目で1度見ているので、出来ないということはまず考えていなかった。

 それはそれとして、ペルソナについてはまだまだ謎が多いことに変わりは無い。

 特に、竪琴の巨人の内側から出てきた棺桶の化け物について。

 彼の言い分を素直に受け止めるなら、アレもまた彼自身の別側面であるということになる。

 その暴力性、残忍性を詳細に報告した後でそんな重要な事実が露見してしまったことで、必然的に彼への警戒が強まることになるのはほぼ確定となってしまった。

 事前に把握していればもう少しやりようがあったけれど、過ぎたことを後悔しても仕方がない。

 だが、その情報を伝えた結果、棺桶の化け物の情報は決して口外しないように箝口令が敷かれたと考えれば、やはり選択としては間違っていなかったのかもしれない。

 アレの存在を切っ掛けに思い出した記憶が、とてつもない災厄のトリガーとなってしまうかもしれない。ならば、決して表沙汰にしてはならない、と生徒会長からも厳命されている。

 彼の安全と価値を保証するという点において、総合的に見るとむしろマイナスに下がった可能性さえあるのが悔やまれる。

 

「……なぁ、気になったんだけどよ。そのペルソナ?っての、アタシ達でも使えるのか?」

 

 ふと、ネルがそんな疑問を呈してきた。

 誰もがその発想の前に目を丸くし、自然と彼女へと視線が集中する。

 

「な、なんだよ。結城はあれを人格のひとつだって言ったからよ、それが本当ならアタシ達にだって適応するだろ?」

 

「……まぁ、そうだな。で、実際どうなんだ?」

 

「多分、としか」

 

 予想通りの返答だったのか、残念そうではあるが特別不満そうではない。

 

「なら、ものは試しだ。ほら、貸せ」

 

「別にいいけど」

 

 あのような強力な神秘を発現させる道具とは思えないほど、簡単なやり取りで手渡される召喚器。

 ネルは召喚器を手に取った一瞬しかめっ面になるも、すぐにいつもの表情に戻る。

 そのまま皆と距離を取り、結城の動作に倣い召喚器を側頭部にあてがう。

 数秒の静寂。ゆっくりと引鉄は引かれ――金属の擦れる乾いた音が響いた。

 

「――何も出ないな」

 

「そうね」

 

 マコトとヒナの残念そうな反応にムキになったのか、ネルは何度も引鉄を引くも反応はない。

 

「『ふむ……ネルさん、少しよろしいでしょうか?』」

 

「あ?なんだよ」

 

「『ネルさん、召喚器を持った時何か感じましたか?』」

 

「何って……別になにも。微妙に不快感を感じた気もしたが、気のせいかってぐらいあっさり消えたよ」

 

「『なるほど……。では、私の推測を語っても?』」

 

「何かわかったの?」

 

「『結城さんからの情報と、ネルさん――というよりも、私達の境遇と照らし合わせた上での解釈となりますが……恐らく私達では、結城さんの取った方法でペルソナの召喚を行うことは難しいかと』」

 

「何故だ?」

 

「『私達にとって当たり前すぎて見落としがちな、しかし単純な道理です。私達にとって銃は【死】を想起させる道具足りえない、ということです』」

 

「……あっ、そっか。キヴォトスでは銃弾を受けても痛いで済むけど、キヴォトスの外の人はそうではない、と」

 

「『我々も外の住人との交流は初であり、その生態の差異は知識として知っていても、空想の域を出ない常識外の話でした。ですが、今回の件で図らずも証明された形になりますね』」

 

 ヒマリの言う通り、キヴォトスに住む人々にとって銃弾は口径の小さいものならば、痕すら残らないダメージしか受けないもので、まかり間違っても【死】と直結する道具ではない。

 逆説的に、外の世界――というよりも【神秘】を宿さない結城の肉体は非常に脆いものであり、私達もまた影時間においては同じ条件であることが確信に近い部分まで至った。

 しかし、それを理解した上でなおネルが引き金を引くも、ペルソナが発現する様子はない。

 それはつまり【死】に対する認識の差異が原因であるという、ヒマリの推測が当たっているという証明に他ならない。

 

「『一応皆さんも試してもらって、それで駄目でしたら……』」

 

「【死】の認識の問題か、そもそも私達にその適性がないかのどちらかってことだな」

 

 ヒマリの推測に促される形で各々が同様に試してみるも、結果は悪い方向で予想通りに終わった。

 

「チッ、アタシ達もあれが出せるなら、シャドウなんざ目じゃねぇってのによ」

 

「『何かしら別のアプローチによって類似の現象を再現することは不可能ではないでしょうけれど、それを検証するには些か準備不足ですわね……』」

 

「ないものねだりしても仕方ないでしょう。今は彼が貴重な戦力となる事実を知れただけでも喜びましょう」

 

「……あ、あの。今更な話ですけど、結城くんが私達と一緒に戦うのって確定なんですか?」

 

 消極的ながらも、しっかりとした声色でヒフミがそう誰にでもなく問いかける。

 

「『――今回の件で結城さんの能力と価値は証明されました。これをもって、連邦生徒会は彼を正式に【I.F.I.C.】のメンバーとして活動を義務付けられるでしょうね。例え彼に何の責も咎もなくても、キヴォトス全土を巻き込んだこの問題を解決するために、あらゆる手段をもって彼を囲い込む算段を立てていることでしょう』」

 

 あまりにも残酷な現実を、一切の慈悲を乗せることなく告げる。

 或いは、都合の良い甘い夢を見させないための、ヒマリなりの慈悲なのかもしれない。

 

「『付け加えるなら、唯一の影時間適性者かつペルソナ能力者という口実を利用して【I.F.I.C.】のリーダーという名の枷を嵌めようだなんて考えているかもしれません』」

 

「そ、そんなの断れば――!」

 

「断ることは可能だろうが、腹が立つのがこれがコイツにとってもメリットがあるって点だな」

 

「え……?」

 

 ヒフミの反論を制するように、ネルが吐き捨てるように言葉を挟む。

 

「現状のコイツの立場は、はっきり言って非常に不安定だ。言いたかないが、とっくの昔に牢屋にぶち込まれてても不思議じゃないぐらい怪しい立場のコイツがここまで自由を許されているのは、ひとえにペルソナが影時間で現状唯一無二の対策として見込まれているからだ。そして、今しがたアタシ達がその証人となった」

 

「……彼が今後キヴォトスで生きていくなら、連邦生徒会の後ろ盾は間違いなく強力なカードになる。例えその結果、子飼いとして酷使されようとも、それ以上にカードの価値の方がメリットになるでしょうね」

 

「選択肢があるように見せかけて、事実上の一択。それでも敢えて結城に選ばせることで、それを言質として奴の責任とする……キキ、まるで【大人】のやり口だな」

 

 羅列される最悪を事態を前にしても、結城は特に問題にした様子もなく平然としている。

 最初からそれすらも想定していたのか、それとも先程彼が話していた「どうでもいい」がそうさせているのか。

 前者ならともかく、後者なら――そんな馬鹿な話があるか、と。

 納得ではなく諦観の果てにある許容なんて、ロクなものじゃない。

 そんなのまるで――借金を連邦生徒会が肩代わりしたことで、【シャドウ対策委員会】として事実上の連邦生徒会の子飼いとなってしまった元【アビドス廃校対策委員会】と同じではないか。

 

「結城君……」

 

 思わず伸びそうになった腕を、慌てて引っ込める。

 なんて声をかけるべきかわからない。

 何を言ったところで状況が好転するわけでもないし、彼が現状を受け入れているなら私達が何を言ったところで慰めにすらならない。

 それどころか、ある意味で私達も彼にとっては加害者だ。

 分際を弁えず慰めを口にしたところで、偽善以外の何物でもない。

 

 自我を通すのは我儘だけど、それでも言葉にしなければ何も変わらないのだから、必要なら言うべきだと彼は言った。

 理屈はわかる。それでも、喉元から言葉がつっかえて出てこないのは、私の心が弱いから?

 アビドスのみんなに護られるように生きてきた私は、きっと自分が思っている以上に幼い。

 誰よりも境遇が近い私が一番に彼の傍に立つべきなのに、それができない。

 変化を受け入れることはできても、自分の選択で変化をもたらすことを恐れている。

 それは間違いなく、安穏と護られる立場を享受していた弊害で、何よりも乗り越えなければならない壁だ。

 

「――待て、この気配……来るぞ!」

 

 マコトの宣告と同時に、シャドウが再び地面から滲み出るように現れる。

 数こそ先程と同数程度だが、何か違和感がある。

 

「なんだ……?仮面の形が違うぞ」

 

「ハッ、仮面舞踏会でも出るつもりか?」

 

 ネルの言う通り、シャドウの被る仮面は能面のようなものから目元だけを隠すようなマスクに変わっている。

 

「結城、また行けるか?」

 

 マコトの言葉に無言で頷き返し、再びペルソナを召喚する。

 

「【オルフェウス】!」

 

 果たして、それはペルソナそのものを指す名前なのか。

 それを叫んだ瞬間、呼応するように巨人は姿を現し、シャドウに炎を食らわせる。

 あわやシャドウは先程と同じ末路を遂げる――筈だった。

 

「なっ――!!」

 

 その光景を前に、誰もが絶句した。

 炎を受けたシャドウ達は、等しく顕在。

 燃え痕すら付着した様子はなく、まるで掻き消えたかのように炎は霧散したのだ。

 

「まさか、効いてない?」

 

「くそっ、学習したってのか!」

 

「そもそもシャドウに関しては未知数なことばかり、こんな事態も想定して然るべきだった」

 

「『みなさん、何があったのですか?前例のない個体反応が複数ありますが――いえ、まだ増えていきます!』」

 

 焦燥は伝播し、こちらの動きに乱れが生じる。

 それに反してマスクのシャドウは数を増やしていき、絶対的優位は完全に失われた。

 

「武器を構えろ!結城、お前もこれを持て!」

 

 結城はマコトから手渡された飾り気のない直剣を、慣らすように数度振るう。 

 初めて使うとは思えないぐらいに様になった構えを見て、彼ばかりに意識を向けてはならないと改めてシャドウと対峙する。

 影時間では、誰も彼もが平等にシャドウの脅威に晒される立場にある。我が身を盾にして庇うなんて余裕なんてあろうはずもない。

 

「食らえやぁ!!」

 

 ネルが先陣を切り、鎖を横薙ぎに鞭のように振い露払いを行う。

 

「ヒナ、続け!」

 

「言われなくても――!」

 

 その一撃により隙間ができた瞬間、マコトが刺突剣で追撃しヒナがその背中を護るように背後のシャドウを突き穿つ。

 三年組はやはり戦士としての熟練度が頭ひとつ抜けており、声をかけずとも連携を取って不足を戦う姿は頼りになる。

 それよりも、問題は自分たちにある。

 ヒフミも私も銃での戦闘経験はともかく、近接戦闘においては彼女たちに遠く及ばない。

 加えて、不確定要素である結城の存在もあって、三年組ほど攻める力はなく、均衡を保つので手一杯だった。

 

「結城くん、ペルソナって炎の他にも出せないんですか!?」 

 

「出来るかもしれない、だけどそれを確かめる余裕はないよ」

 

 縋るようなヒフミの問いかけは、にべもなく返されるに終わる。

 とはいえ、ヒフミもそこまで期待していなかったのか、涙目になりながらもすぐにシャドウの迎撃に意識を切り替えている。

 三人揃ってようやく均衡を保っている現状、一人でも戦線を一瞬でも離れればどうなるか。

 ましてや、かもしれない程度の認識で賭けに出られるほど、甘い相手ではない。

 何せ、一度炎が効かないという結果を見てしまったからには、乾坤一擲で放ったペルソナの別の力が効かない可能性も考えてしまうわけで。

 そのような博打を打てるほど進退窮まってもいなければ、窮地を愉しむ余裕もない。

 

「はぁっ!」

 

 結城がシャドウの一体を仮面ごと切り伏せ、背後から飛びかかってきた別のシャドウを目視することなく再度ステップで回避し、返す刀で切り伏せる。

 その無駄のない動きは、明らかに素人の動きではない。

 正面だけならともかく、四方八方から現れるシャドウを相手にするのは素人ではまず不可能。

 銃撃による戦闘経験がある私達でも、背後からの奇襲はそう簡単に捌けるものではない。

 ましてや一撃が致命的なダメージになりかねない以上、恐怖が身体を鈍らせることもあるだろう。

 しかし、彼からはそんな不安要素を一切感じさせない。

 まるでそれが当たり前かのように、流れる動作でいなしていく姿は、下手をすれば私やヒフミなんかよりよっぽど――

 

「シロコちゃんっ!!」

 

 ヒフミの声が聞こえた瞬間、肉体に衝撃が走る。

 痛みこそないが、シャドウの突撃によって吹き飛ばされたと知り、絶望する。

 二人との距離が離れ、その隙間を埋めるようにシャドウが出現したことで、完全に孤立してしまう。

 離脱を試みようとするも、それを許さないと言わんばかりにシャドウが周囲から迫りくる。

 一人で四方八方からの攻撃を捌ける筈もなく、一撃防ぐたびに三つの傷が増える。

 極限状態が生み出したものか、幾ら攻撃を受けようとも痛みはない。

 それでも、所詮それは錯覚でしかなく、次第に意識が朦朧としてくる。

 誰かの叫ぶ声がするが、その正体すら判然としないぐらいに聴覚はぼやけている。

 

 ――もしかして、これが【死】?

 知覚した瞬間、途轍もない恐怖で支配される。

 冷たい底なし沼に意識が沈むように、ゆっくりと肉体が重くなり冷えていく感覚。

 終わりへと近づいているはずなのに、それが心地よいとさえ感じてしまう、そんな甘い毒のようなひと時。

 このまま身を委ねてしまえば、どんなに楽だろう――何よりも自分自身の内側から、意思に反した誘惑が這い出てくるという事実が恐ろしくてたまらない。

 死にたくないのに、【死】そのものが手招きして待ち構えている。

 あたかもそれが、最良の選択であるかのように。

 

 そんなこと、ある訳がない。

 【死】が救いのように扱われるなんて、あってはならない。

 それがたとえ、いつか来る果てにあるものだとしても。

 生きることがまるで無意味かのように、簡単に死ぬことを受け入れて良いはずが無い。

 【死】がたとえ、逃れられない運命だとしても。

 死に方ぐらいは、私が決めたい。

 死ぬなら、めいいっぱい人生を楽しんでから死にたい。

 私の人生の舵取りは、私がする。

 少なくとも、こんな理不尽の果てにある結果じゃない――!!

 

 分厚い硝子の砕ける音が聞こえた瞬間、視界の大半を埋めつくしていたシャドウが吹き飛ばされる。

 シャドウがいた場所は直線上に空白が生まれており、砂埃の舞う先を見据えると、オルフェウスが肩を前に突き出すような姿勢で静止している。

 恐らくは、オルフェウスがその巨躯を利用した突進が、この結果をもたらしたのだろう。

 

「シロコちゃん!」

 

 躓く勢いで駆け寄ってきたヒフミに支えられる形で、立つのもやっとな肉体を預ける。

 

「結城くんが頑張ってくれたお陰で、なんとかペルソナを召喚することは出来ましたが、そのせいで彼が……」

 

 結城へと視線を向け、朧気になりつつあった思考が明瞭になる。

 致命傷こそ免れているが、全身に負傷痕が刻まれており、下手をすると私よりも酷い怪我である。

 対してヒフミには怪我らしいものはほとんどなく、彼女の戦闘スタイルが中距離とはいえ、如何に彼が前線で奮闘していたかを理解させられてしまう。

私の一瞬の油断が招いた結果であり、幾ら私の身にも代償が刻まれたといっても帳消しになる問題ではない。

 

「三人とも、大丈夫か!?」

 

 ネルがシャドウを踏み台にしながら、鎖で蹴散らしてこちらに近寄ってくる。

 

「別に、問題ないよ」

 

「嘘つけ馬鹿野郎!揃いも揃って立ってるのもやっとだろうが!」

 

 明らかな虚勢を発する結城に、ネルが怒り心頭な様子で声を荒らげながらも、彼の腰に手を回して支えようとする。

 しかし、虚勢でもなんでも張らないと、途端に身体がくずおれてしまうぐらいに消耗しているのも事実。

 だからこそ、それ以上は何も言わずに彼を支えることに注力しているのだろう。

 

 均衡は崩れ、最悪こそ免れたが状況は絶望的。

 今この瞬間もシャドウは増殖していき、結城が固定砲台としてペルソナを暴れさせてはいるが、それもいつまで保つか。

 あらゆる事象に言えることだが、エネルギーの総量は決して無限ではない。

 潤沢なまでに湧いている井戸水も、汲み続ければいずれ枯れ井戸になる。

 それが何十、何百年先の話であろうとも、結果だけ見れば確かに有限であることに違いは無い。

 つまり、ペルソナの力もまた、何かしらを消費して発現していると考えることができる。

 

 ペルソナとは別側面の自分だと彼は言った。

 そうすると、エネルギーを持ってくる先は外側からではなく内側からと考えるのが自然だろう。

 そして、ペルソナを召喚するにあたっての手法と心理。

 擬似的な【死】を再現するとして、形だけで整えたところで何の意味もない筈。

 召喚者自身が正しく【死】を認識して初めて、召喚が成立するのだろう。

 そうでなければ、肉体的に瀕死であるはずの彼がその都度引き金を引く必要があるのか。

 言うなれば、彼は【死】の恐怖を自らに撃ち込んでいるようなもので、その恐怖が薄れる度にリロードしているのだろう。

 

 喜怒哀楽問わず、感情とはそれを感じた瞬間が頂点であり、振れ幅の程度はあれどもいずれは冷めゆく熱でしかない。

 溶岩のように燃え滾る怒りも、深海を思わせる深い悲しみも、それ以上の刺激を受けなければ自然と平常に戻っていくのが自然の摂理。

 如何なる感情であろうとも、維持するには相応のエネルギーを消費する。

 エネルギーは使えば消費され、継ぎ足さなければいずれ枯渇する。

 【死】の恐怖も同様で、どれだけ危険な目に遭おうとも、その瞬間に味わった精神的苦痛は時間とともに忘却してく。

 思い出として回顧することはあっても、その時味わった感覚まで思い出せるわけではない。

 だから彼は、まるで自分に燃料を継ぎ足すように、何度も【死】の恐怖を弾の出ない拳銃に乗せて撃ち込んでいる。

 そしてそれは、単なる形式的なものではなく、繰り返すたびに確かに恐怖を抱くからこそ、その強い感情がペルソナ召喚のエネルギーへと変化する。

 それはつまり、彼の精神は間違いなく引き金を引くたびに消耗していることに他ならない。

 

 忘却する暇もなく、連続で撃ち込まれる【死】の恐怖をエネルギーに顕現するペルソナは、確かに強力な力ではあれど、召喚者への負担もそれに類するものだろう。

 肉体どころか精神もボロボロなはずなのに、ネルに支えられながらも泣き言ひとつ言わずに今もシャドウと対峙している。

 対して、私はどうだ?

 この窮地を引き寄せた張本人でありながら、肉体がボロボロになっただけでまともに身動きが取れないでいる。

 それどころか、今だにじり寄る【死】を前に足がすくんでさえいる。

 呼吸は次第に短く連続としたものになり、痛みと恐怖で冷や汗が溢れ、底冷えした身体からは微かな震えが湧き上がってくる。

 支えてくれているヒフミがこちらに大丈夫かと問いかけてくるも、それに反応する余裕さえない。

 

 ――情けない。悔しい。腹立たしい。

 

 諸々の事情があったとはいえ、アビドスの代表として背中を押して見送ってくれたみんなに合わせる顔がない。

 彼女達の信頼を、こんな形で裏切る結果となってしまったことが許せない。

 記憶の始まりから今に至るまで、いつまでも護られる立場でしかない弱い自分が憎くてたまらない。

 すべての感情は、須らく自罰へと回帰する。

 

 このままでは、死んでも死にきれない。

 後悔を抱えたまま、何も成し遂げられないまま終わるのは嫌だ。

 私は、私が望む最期を迎えたい。

 

 どれだけの業を重ねようとも、行き着く果てが【死】であるという運命を変えることはできない。

 それでも、ただ死ぬために生まれてきたとは思いたくない。

 死ぬことを前提とした【生】を肯定するということは、【生】そのものはただの呼び水ででしかなく、【死】に至るまでの過程は蛇足でしかないと決めつけるようなもの。

 私は、望むままに生き、望むままに死にたい。

 誰かに強制されるわけでもなく、あるがままの【生】を謳歌したい。

 

 記憶を失い、パーソナルのほとんどが喪失した私が持つ世界は、非常に狭い。

 だからこそ、その狭い世界を何よりも大切に考えることが出来る。

 そんな狭い世界の核である、アビドスの先輩や友人たち。

 私が今ここで死ねば、彼女達は悲しむし、送り出したことを後悔する。してくれると思う。

 たとえほんの少しでも、私の【死】が彼女達の心に傷を残すかもしれない。それを思うだけで、不思議と活力が漲ってくる。

 

 ――否、それは決して錯覚などではない。

 この感覚には覚えがある。

 当たり前に享受していた恩恵。特別を特別と認識しないまま、失ってその偉大さを知った【神秘】の力。

 失われていた【神秘】が全身を包み込み、淡く光らせる。

 光はやがて天に昇るように頭上へと浮かんでいき、【神秘】の象徴へと形を変える。

 

「シロコちゃん――えっ、どうして……?」

 

「……なんで、ヘイローが」

 

「『この反応、結城さんの時と同じ――?』」

 

 闇夜を切り裂くような閃光が、頭上から迸る。

 今の私では直にその形を拝むことは出来ないが、明確な肉体の変化がその存在を克明に告げている。

 何故、こうなったのかはわからない。

 わからないことだらけだけど――今、確かにできることがある。

 理屈ではなく、本能で。私は、手のひらを頭上にかざし、ヘイローが存在するであろう箇所を思い切り握り、私はその名を叫んだ。

 

「――ペルソナ!!」

 

 硝子細工が砕けるような、儚くも美しい音色が響く。

 砕けたヘイローは粒子となり、新たな姿へと変成していく。

 それは【死】の恐怖を超え、【生】への執着へと反転した結果掴み取った奇跡の具現。

 生きたいという強い【生】への欲求――【死】に抗う心が形を成し、内なる自身を呼び起こす。

 

『我は汝……汝は我……』

 

『我は汝の心の海より出でし者……双神の狼母「レト」なり!』

 





魔術師:レト

STORY:ギリシャ神話における女神の一柱であり、ゼウスの血を引く太陽神アポロンと月の女神アルテミスの母。ゼウスの神託により身籠った子供達は、その権威が届く土地では出産を許されることはなく、出産が出来る土地へと放浪の旅を余儀なくされることとなる。一説として、ヒュペルボレオイの国から牝狼の姿で訪れ、出産を行ったとされている。

 
    
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