PERSONA3×Blue Archive~Re:Tales Of Our Youth Days 作:花極四季
シロコの召喚したペルソナは、彼女の未来を想起させるような長髪と長躯に、太陽と月のデザインが描かれたボロボロの黒の外套を羽織った姿をしていた。
自身から発せられるエネルギーによってたなびく外套の裏からは、純白のドレスを着こなした姿を覗かせる。
太陽と月、黒と白という対比によって彩られる姿は、息を呑むほどに美しい。
そして、結城のペルソナとは決定的に違う要素として、シロコのペルソナの頭頂部では、まるで召喚者の砕かれたヘイローを受け継いだかのように燦然と輝きを放っている。
「レト、【マハブフ】!」
レトと呼ばれたペルソナが、シロコが腕を振るうと同時に祈るように手を合わせる。
瞬間、一帯のシャドウが諸共に足元から凍り付いていく。
オルフェウスの放つ炎のような殺傷力こそないが、例外なくシャドウが氷結して動きを止めたことで反撃のチャンスが生まれる。
「何が何だかわかんねぇが――お前ら、今のうちに総攻撃だ!!」
ネルの歓喜を乗せた絶叫に続くように、誰もが獲物を振るい身動きの取れないシャドウを一網打尽にしていく。
数が如何に多かろうと、動けないならば物の数ではない。
数の暴力で徐々に磨り潰されるだけだった絶望的状況が一転し、不安要素が大きく取り払われたことで迷いのない苛烈な攻めが出来るようになり、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで【シャドウ】の群れを次々と消滅させていく。
その中でも最も変化があったのは、この状況を作り出した功労者であるシロコだった。
精神論による心理的作用などではない。
身動きひとつ取れない蛹が蝶へと羽化し、その羽で自在に宙を舞うかのように彼女の動作は機敏で、優雅で、自由だった。
【影時間】において彼女達は、ヘイローの消失と共に【神秘】も失われたことで、まるで全身に大量の鉛を埋め込まれたかのように動きが鈍くなってしまい、思うままに身体を動かすことが出来なくなっていた。
それだけではない。耐久力や筋力といった、肉体全体の強度と呼べる要素の一切が等しく弱体化したことで、当初はこの空間の感覚に慣れるのに誰もが難儀した。
この場にいる者はそんな苦難を乗り越えていることから、例外なく精鋭であることは疑いようもない。
しかしそれでも、これはあくまでも前提であり、スタートラインに立ったに過ぎない。
サイクリングに行くなら自転車に乗れることが最低条件であるように、出来て当たり前のことを出製来るようになっただけ。
まともに武器を振るうことさえ億劫なほど【神秘】を持たない肉体は脆弱で、ミレニアム製の特殊合金でできた軽量の武器でなくては話にならなかった程。
仮に【影時間】で銃器を扱えたとしても、ハンドガン程度の重さの銃を構え続けることすら困難であり、それどころか発砲した瞬間、反動で転倒するに留まらず肩が外れる可能性さえ考えられた。
あまりにも不自由で、窮屈で、息苦しくて――だからこそ、その枷から解き放たれたシロコは、まるで晴天の空を見上げるように明るい表情を浮かべている。
そんな無垢な表情とは裏腹に【シャドウ】へ向けるのは慈悲なき氷結の嵐。
単純な氷漬けに留まらず、弾丸のように氷を飛ばしたり、退路を断つように氷の壁を生成したりと、今までの鬱憤を晴らすかのように無双の働きを見せている。
「――これで、終わり」
シロコの振るうナイフの軌跡が、残り一体となった【シャドウ】の仮面を抵抗なく断ち切り、たちまち黒い粒子となって影に沈んでいく。
まるで血糊を飛ばすようにナイフを振りぬき、流れる動作で太腿に装備したホルスターに仕舞い込む。
レトが消えると同時に【神秘】で造られた氷も消失し、元通りの哀愁漂う風景が再び現れる。
全てが終わったと誰もが認識した瞬間、シロコが一切の予兆なく膝から崩れ落ちた。
「シロコちゃん!?」
一番にシロコの傍へと近づいたのは、誰よりも被害が少なかったヒフミだった。
次にシャドウに囲まれて孤立していたが、被害は軽微に抑えられていたヒナとマコトが続く。
「大丈夫、シロコちゃん?」
「……ん」
今にも前のめりに倒れそうだったシロコの身体を支え、表情を確認する。
軽い発熱を起こしたように苦悶を浮かべてはいるが、良くも悪くもそれ止まりなようで胸を撫で下ろしている。
「恐らく、ペルソナに覚醒した影響でしょうね。使い方や加減もわからないままにあれだけ派手に暴れていたら、ガス欠もするでしょうし」
「だが、シロコが覚醒に至ったことで、我々にもペルソナが扱えるという決定的な情報が得られた。ハッキリ言って、これは革命だ」
「それと、シャドウにも外見以外での個性があることも発覚したわね。炎が弱点な奴、逆に効かないけれど氷は効く奴。今後私たちがペルソナに覚醒し、どんな魔法のような力を扱えるようになるにせよ、漫然と倒すのではなく、的確に弱点を突く立ち回りというのも考える必要が出てくるわね」
「キキ、それは夢のある話だが……その覚醒の要因が未だ不明瞭となれば、文字通り夢でしかない訳だが」
マコトの皮肉たっぷりな言動と共に、シロコに視線が集中する。
色々と尋ねたいことはあるが、今の彼女をそのままに問い掛ける気にはなれない。
「――おい!そっちはそっちでいいから、こっちにも気をかけろ!」
割って入るように響く叫びに一同振り返ると、結城に背中から押し倒された態勢で腕を振り上げているネルの姿があった。
男女間におけるロマンスといったシチュエーションではなく、単に支えきれなくなった結果の産物であることは、結城の状態を見れば明らかだった。
「おやおや、天下の【C&C】のリーダー様が、なんとも愉快な恰好をしているではないか」
「っせぇ!影時間じゃロクに力出ない上に、タッパの差で支えるのもキツかったんだよ文句あっか!?」
「べぇつに?あるがままの感想を言ったに過ぎん。まぁ、さっきの意趣返しも兼ねてはいるが、な」
潰れて動けないネルの頬を突くマコト。
その指を噛もうと必死に首を動かすも、出したり引っ込めたりの繰り返しで逆に弄ばれる構図が出来上がってしまっている。
そんな光景を遠巻きに眺めて溜息を吐くヒナに、対応に困っておろおろするヒフミと、場違いな緩んだ空気が場を支配していた。
それは絶体絶命の危機を乗り越えたことに加え、キヴォトスの住人がペルソナの覚醒を果たしたという事実が相乗し、過剰な高揚感が未だ抜け切らないことが原因だった。
「……後で覚えてろよテメェ」
「こっちが受けた被害を思えば安いものだろう」
「というか、彼の介抱しないとマズいわよ。私たちは【影時間】が過ぎれば【神秘】の恩恵にあずかれるけど、彼はそうじゃないんだから」
「「……あ」」
しばらくして、ようやく冷静さを取り戻してきたことで、未だ意識を失っている結城に簡易処置を施す流れになる。
その過程で、生徒一同は初の男子の半裸を拝むことに気付き軽く浮足立ったりはしたが、いざその場面になるとあまりの痛々しい殴打や裂傷の痕を前に、そんな色気ある雰囲気は瞬時に霧散することとなる。
同時に、自分達も影時間ではこうなり得るのだという現実を突きつけられ、それでいて彼の心配を余所にふざけていたことを反省した。
「ふぅ……セナが居れば面倒が無くて済んだのだけれど」
「七神の奴が何を思っての采配かは知らんが、過ぎたことは考えたとて無駄だろう。それに、奴も立場ある身で徴集されたのだ。それを悪戯に引き留めれば面倒ごとが増えるとでも思ったのだろう」
氷室セナを部長に置いた【救急医学部】は、通常業務に加えて昨今は【無気力症】患者への対応も熱を入れているため、非常に多忙な立場にある。
患者を通じて傾向と対策を取ろうと躍起になってはいるが、その足掛かりを未だ掴めずにいる。
本人は【I.F.I.C.】の実働部隊として参加したいらしいが、現状本業でのスタートラインにすら立てていない状態で部内で最も医療に秀でた人物の穴をつくることは、必然的に【無気力症】解決の遅延を意味するので流石に自重しているようだ。
無気力症が発生した時期的に【影時間】との関連性を疑ってはいるが、確たる証拠があるわけではないのでその方面でのアプローチはあまり出来ていない。
そもそもペルソナという逆転の一手を得られたことで、ようやく【影時間】の本格的な調査が出来るようになったのだから当たり前ではあるのだが。
「せめてシロコが無事なら、どこか最短で安全なルートを移動できるんだがな」
「こんなだだっ広い砂漠を闇雲に歩いて遭難など目も当てられん。歯痒いが、今動くのは得策ではないな」
「仮に道が分かったとして、こんな不安定な足場で彼を抱えて移動するのは負担にしかならないという問題もあるわね」
そうしている内に【影時間】の終わりを示すように、月を覆い隠さんばかりに立ち込めていた雲は晴れ、薄緑色だった世界も見慣れたものへと戻っていく。
元通りになったことを確認した瞬間、底冷えするような冷気が一斉に襲い掛かる。
夜の砂漠特有の寒さに加え、戦闘後の火照った肉体に冷気に触れることで汗が冷えていき、体温を急激に奪っていく。
勿論、そうなることを踏まえて事前準備を怠ってはいなかったが、それでも戦闘不能になるメンバーが二人も出ることはあまり想定していなかった。
シロコは【神秘】が復活したこともありそこまで問題視してはいないが、結城は応急処置をした程度の未だ意識不明の患者。
まともな体調管理など望むべくもない相手に、こちらが出来ることはほぼ無い。
結城の体力がどれだけ保つかはやはり本人次第でしかなく、最終的には祈るほかない。
それでも、意識を取り戻す可能性を少しでも上げるため何が出来るかと思案し、至った結論。それは――
「おい、もう少し詰めろ。動きにくいだろうが」
「そのぐらい我慢しなさい。子供じゃないんだから」
「いや、確かにこいつは図体は大人染みてるけど、生物学上も中身もガキだぞ」
「見た目がガキな奴が言うことか?」
「……ウルセェよ」
「あら、反撃しないのね」
「……まぁ、そもそもこんなことになってる理由を考えれば、流石に今はな」
結城に毛布を掛け、更にその周囲にヒナ、マコト、ネルの三人で背中合わせで囲うように集まり、重ね着の要領で三人を介して彼を二重に毛布で包むという体勢を組んでいる。
結城に可能な限り冷気を通さないためと、彼女達の防寒を兼ねた間に合わせの策だったのだが、効果はそこそこにあった。
ヒフミはシロコの看病で離れてはいるが、シロコは毛布で包まり、ヒフミは自前の防寒具で対処している。
「通信はどうだ?」
「ダメね。多分またペルソナに影響されて機能不全になったんじゃないかしら」
「チッ、肝心な時に役に立たねぇな」
イヤーカフからは物音ひとつ聞こえることもなければ、呼びかけが返ってくる様子もない。
状況を鑑みるに、今回はシロコのペルソナが覚醒した影響によるものだろう。
オルフェウスがレトに劣っているのではなく、覚醒の瞬間に伴うエネルギーの余波がそうさせたと、それを直に浴びた経験がそう解釈させている。
ヒナやヒフミは二度目ともあってそれをより顕著に感じ取っており、だからこそという側面もある。
「元から完璧な修理ではなかった上に、替えの効かない一品となれば下手に弄ることも出来ないでしょうし、如何にミレニアムの技術者といえども無理は言えないわ」
「だが、これからはそうも言ってられんぞ。シロコがペルソナの覚醒に至ったことで、連邦生徒会は情報を精査し次第、戦力を集めるべく動き始めることだろう。そうなれば、今みたいな場当たり的な動きではなく、明確な目標を持って【影時間】の捜索に当たることになる。そんな時バックアップが不安定では、結局探索はままならないだけだ」
「アタシ達にも問題はあったけど、こんなことしてるのも半分は後方支援が疎かだからってのもあるしな」
「一応専用の救援ビーコンは立てたけど、返答がないとちゃんと届いているのかさえ分からないのは問題ね……」
携帯機器等は【影時間】では使い物にならない上に荷物にしかならないと、バックアップを過信して置いてきたことが仇となった。
こうして振り返ってみると、自分達の見通しの甘さと準備不足が随所に見られる。
幾度とシャドウと交戦はしてきたが、なんだかんだで致命的なミスもなく乗り越えてこられたことが尾を引いて、認識の甘さを無意識に抱いていたのだろう。
個人差はあるが【影時間】の外では銃弾を幾ら受けようとも大した怪我にはならず、それが当たり前だった彼女達の常識はそう簡単には変わらない。
なまじ完全に反転した訳ではなく、表面的な変化は感覚以外は無いことも相まって、いつもの常識に引っ張られて認識が宙ぶらりんになっていた部分も大きい。
だが、流石に今回の一件でその認識は改められた。
「……なぁ、結城のことなんだけどよ」
「藪から棒だな、どうした」
「コイツの身体情報のデータは確認したと思うけどよ、身体能力はともかく【神秘】を持たないから耐久力はアタシ達と比べるまでもないわけだ」
「そうらしいわね。正直実感は薄いというか、今の怪我は【影時間】内で出来たもので、私達も条件は一緒だからというのが大きいのだけれど」
【神秘】を持たない肉体というものを知らなかった彼女達にとって、銃弾一発すら受けられない身体というものは、【影時間】の影響を受ける以前だったら想像もつかないものだった。
今でこそ多少の理解はしているものの、致命的な状況に陥っていなかったこともあり未だ認識は不完全な状態である。
「コイツを支えていたから分かるんだけどよ……ヤバいぜ、正直」
「ヤバいと言われても抽象的過ぎる、何が言いたい?」
「アタシもなんて言えばいいかわかんねぇんだよ。なんつーか、覚悟?胆力?そういう部分がな」
ネルは自らの頭を乱暴に掻き、小さく溜息を吐いてから言葉を続ける。
「コイツにとっての常識では、怪我をする条件は【影時間】の中でも外でも恐らく大差ないわけだ。んで、そんなアタシ達と比べりゃ貧弱な奴が、ボロボロで立ってるのもやっとな状態で、怯えるわけでも目を背けるわけでもなく、震えひとつ起こさず【シャドウ】と対峙していた。ましてや、記憶喪失で自分の足元すら不確かな奴がだぞ?」
「少なくとも、状況に流されるだけの人間が取れる行動ではないわね」
「ふん、偶然にもこのマコト様と同じ名を持つのだから、その程度当然だな」
何故かしたり顔を浮かべるマコトを尻目に、会話は続く。
「コイツの戯言はどうでもいいとしてだ。実際、同じ状況に陥ったとして、同じように出来るか?【神秘】で護られるということが当たり前だったアタシ達が今際の際に立たされたとして、【死】の恐怖に屈しないって言い切れるか?」
ネルの質問に答えられる者はいない。
【神秘】という謎の恩恵を生まれながらに有し、それ故に怪我や病気などには縁遠い人生を送ってきた彼女達にとって、【死】は近くて遠い概念だ。
決して無関係ではないと理解はしつつも、それを意識するなんてことは稀。
銃弾の雨霰に撃たれようと、爆発に巻き込まれようともちょっとした怪我にしかならず、それが当たり前だった彼女達にとって自分が死ぬとイメージすることは、銃に空の薬莢を装填するようなもの。
【死】という概念を知識として理解してはいても、それは上辺だけの理解でしかない。
中身は空っぽでスカスカな軽い器。そんな【死】と限りなく遠い立場の自分達が【死】を語ったところで、言葉も同じ重さにしかならない。
マシンガンのような矢継ぎ早な言葉も、スナイパーライフルのような核心的な一言も、等しく薬莢の落下音を虚しく響かせるに終わるだろう。
ならば、何を語ったところで意味などなく、せいぜい虚栄心を満たすのが関の山。
少なくとも、そんな道化のような振る舞いを是とする者はこの場には一人としていない。
語るにしても、もっと有意義なことを優先すべきだと理解しているからだ。
「アタシは【影時間】を初めて体験した時、途轍もない喪失感を味わった。自分の中身がゴッソリ抜き取られたような不快感、満足に身体を動かせないもどかしさ。でもそれは結城にとっては当たり前の感覚で、アタシ達が特別なだけだったんだと今では理解出来る。お前らもそうじゃないのか?」
「……まぁ、分からなくもない」
「何気取ってるのかしら、散々狼狽していた癖に」
「そこは分かっていて何も言わないのが人情だろうが!」
「怪我人の前で騒ぐな、話の腰を折るな」
小声でいがみ合う二人に睨みをきかせ、ネルは会話を再開させる。
「外の世界、というよりコイツの取り巻く環境は、キヴォトスと違って銃弾が挨拶感覚で飛び交うような場所ではなかったんだろうな。そうじゃなきゃ【神秘】を宿さない外の人間社会はとっくに崩壊してなきゃおかしい」
「だが、コイツの立ち居振る舞いは平和ボケしたそれではない。初見である筈の【シャドウ】に囲まれてなお、欠片も取り乱す様子もなく己が役割を果たした。それほどの胆力、果たして漫然と平穏を享受して生きてきた奴が持ち得るものか?」
キヴォトスの秩序は【神秘】ありきで成り立っている、傍から見ればあまりにも歪な社会構造であり、しかし彼女達にとってはそれが当たり前のことでもある。
人間も獣人もロボットも、多かれ少なかれ【神秘】に護られているからこそ、今がある。
【神秘】無くして現状維持は有り得ず、ひとたび失えば見渡す限りに屍山血河が築かれることは想像に難くない。
ネル当人にしても、【影時間】内で普段の感覚で数メートルの高さから飛び降りようとして、周囲がそれに気付いてギリギリ踏みとどまった経験があるように、常識の変化に簡単に適応できるものはそうはいない。
それは逆も然りで、記憶喪失といえども会話や日常生活が普通に行える辺り、目や耳から入る情報から自分との差異が浮き彫りになる度に、多少なりは違和感を覚えることはある筈。
喜怒哀楽のどれかに関わらず、心の機微は行動に反映されるもの。
感情の振れ幅が大きければ大きいほど、動きも比例して激しくなる。
しかし、彼からはそんなものは感じられなかった。
いつ死んでもおかしくない窮状に立たされてなお、彼の瞳には怯えひとつない。
まるでそれが当たり前であるかのような振る舞い。【影時間】に適応し、【シャドウ】に対抗できる【ペルソナ】という力を扱える特異性。これらを総合して考えられるのは、ひとつしかない。
「……恐らく彼は記憶を失う以前、外で【ペルソナ】を利用して【影時間】の中で【シャドウ】と交戦していた。それも数回程度じゃなく、数えきれないほどに。そうじゃなきゃ説明がつかないことが多すぎる」
「まぁ、そうだろうな。そして、それはつまるところ――」
「――この現象には前例がある、ということでもある」
このキヴォトス全土に広がる未曽有の現象は彼にとって本来は既知であり、その失われた記憶の中に値千金の情報が眠っているとすれば、ますます彼の重要性は上がっていくことだろう。
元から関連性を疑っていないわけではなかったが、彼を起点として奇跡が連続していく事態を見てしまえば、事情を知る者は彼が偶然この時期に迷い込んだだけの異邦人などと思うことはなくなるだろう。
「連邦生徒会は彼に首輪を付けたいでしょうけれど、ここまで重要度が上がってしまえば下手な手出しはむしろ自分の首を絞めることになるでしょうね」
「各学園の首脳陣もこの情報を知ることになれば、どうにかして結城を懐に収めようと画策するだろう。それが無理でも、良好な関係を築くべく接近してくる可能性は高い。そんな中で連邦生徒会が権限を濫用してコイツを独占しようものなら、間違いなくロクな結果にはならないだろう。個人的には、あの澄ました顔が苦悶する姿は見てみたいがな」
政治的なイニシアチブを取りたいと考える学園は数多く存在するが、その中でもより力を持つ学園だけを抜粋するならば、トリニティ、ゲヘナ、山海経、レッドウィンターの四校が挙げられる。
自由と混沌を象徴とするゲヘナの代表であるマコトからすれば、結城は手元に置けるならそれに越したことはないが、無理を通してまで特別欲しい人材ではない。
彼の人となりを知らなければ考えが違っていたかもしれないが、こうして共に死線を超えた関係ともなれば、多少なり情も沸くもの。
感情論を抜きにしても、下手に独占するよりも自由にさせてより多くの経験を積んだ方が、記憶を取り戻すにも都合が良いのではと考えている。
それとは真逆の思想を持つのがトリニティで、笑顔を振りまきながらテーブルの下で足を踏み合うのが日常な彼女達にとって、少しでも派閥が有利になる要素があれば取り込もうと画策し、それが不可能ならば排除しようと動くことさえある。
桐藤ナギサを始めとした各派閥の代表同士が表向き対立していないこともあって、傍から見れば平穏な学園に見えるだろう。
しかし【パテル】【フィリウス】【サンクトゥス】という3つの学園を統合して生まれた経緯に加え、成り立ちからまだ日が浅いことも相まって、派閥同士の対立はどうやっても避けられない問題である。
たとえナギサ達がそれを良しとせず公に対立を避けるよう働きかけようとも、水面下でより陰湿な対立構造が出来上がるのが目に見えている。
それ故に敢えてそのような発言をすることなく、問題が起きても浮上するような水位に留めて監視をしている、というのが現状のトリニティのスタンスだろう。
そもそも、問題は三派閥に留まらず【正義実現委員会】や【シスターフッド】のような組織からの鞘当ても考慮すれば、問題が尽きることはないだろう。
だからこそ、結城が政治のカードとして価値を見出されれば、露骨に態度に出さないにしても相応のアプローチがかかることは明白である。
【山海経高級中学校】に関しては、その中の【玄龍門】と【玄武商会】が関心を持つ可能性がある。
マコトとヒナはかつて情報部に所属しており、そこで培った技術を振るい玄龍門について調べたことがあったが、片手間だったこともあり表向きの活動と構成員ぐらいしか分からなかったが、その情報からもきな臭い雰囲気は滲み出ていることから、直接的な関わりはないにしてもある程度の警戒はしてきた。
ゲヘナとはまた異なる暴力性を感じ取っており、マコトやヒナにしても下手に関わりたくない雰囲気を醸し出している学園である。
【レッドウィンター連邦学園】側は、もらえるなら欲しいぐらいのスタンスを取るだろう。少なくとも表向きは。
力はあるが、それがクーデターという形で内向きにしか働いていないにも関わらず秩序が保たれている辺り、トップのチェリノとその周囲は素行や態度に反してかなりの曲者だとマコトは踏んでいる。
何せクーデターによる政権交代が常態化し、チェリノ当人も幾度とその立場を追われているにも関わらず、いつの間にか返り咲いているのだ。
たとえクーデター発起の理由があまりにくだらないものだとしても、その意見に賛同する者が多いからこそクーデターは実現するのであり、それをひっくり返すならば相応のシンパが居なくてはありえない。
現体制になってからは、チェリノと十把一絡げなクーデター側のいたちごっこという形になっているが、逆に言えばチェリノ以外に筆頭と呼べる存在はいない状態であり、個人レベルで彼女に対抗しうるカリスマを持つ存在もいない。
そもそも遊び感覚でクーデターが起こること自体がおかしいのだ。
内容も行動の過激さに反して幼稚だったり、ゲヘナもかくやという内部紛争が日常的に行われているのに、何故か秩序が保たれている。
本当に何故?というしかないほどに絶妙なバランスであの学園は成立している。まるで示し合わせたかのように。
つまり、何が言いたいかというと――クーデターそのものがただのパフォーマンスであり、自らを道化として本質を覆い隠す隠れ蓑としているのではないか?とマコトは考えていた。
ああいう道化や昼行灯な振る舞いを常としている輩ほど厄介なものはない。
考えすぎ、と思わせること自体が罠であるとすれば、それこそ思うつぼである。
学園の運営の難しさというのを嫌という程理解しているからこそ、嫌でも警戒せざるを得ない相手なのだ。
因みにヒナはただの考えすぎだと断言していた。
「良くも悪くも、今後は彼を中心に情勢が動くことになるでしょうね。お互い、今一度身の振り方を整理した方が良いんじゃない?」
「アタシは変わんねぇよ。そもそも【C&C】は【セミナー】直属の組織で、その【セミナー】が権力闘争とは無縁な以上、個人としてコイツと付き合うだけさ」
一切の翳りのない表情でネルは言い切る。
初めから結城に対して好意的な姿勢を崩さない彼女だが、元より姉御肌というか面倒見の良い気質を有しているためそこまで気にしていなかったが、ここに至って果たして本当にそれだけかと疑問を抱くようになる。
惚れた腫れたとは違う、どちらかと言えば――共感、同情に近いものを感じる。
「だといいがな。【I.F.I.C.】の仲間としては今後も協力関係を結ぶことになるだろうが、【万魔殿】のトップとしてなら、別にこの男の力は必要ない。無論、望んで我が傘下に入りたいと願うなら快く受け入れる腹積もりではあるが、こちらからアプローチする理由はない」
「そもそも一般大衆からすれば【ペルソナ】や【影時間】の関連性を抜きにすれば、彼に残るのは外からの来訪者という肩書きぐらいだし、それが表に出ないように動く以上、政治的な価値も実際はそこまでじゃないかしら」
「……でも実際は、そう考えない奴もいるんだろうな」
苛立ち半分、諦め半分といった様子でネルはそう零す。
如何にも政治とは無縁かつ気質的にも合わないが、しかし感情的に不要論を唱えるほど無知ではないからこその態度であろう。
「政治とはそういうものだ。相応の役職に就くと、嘘偽りのない本心でさえ穿って解釈される。私の今の発言も然りで、いつの間にか虚像が出来上がっているなんてよくある話だ。悲しい話だろう?」
「貴方はワザとそう立ち回っている癖に、いけしゃあしゃあと何言ってるのかしら……」
「キキキ!そもそもマコト様は路傍の石如きにどのように見られようとも興味はない。政治に欠片も関心を持たない猿共の鳴き声如きで我が席は揺るがんし、揺らがせるつもりもない」
マコトは一貫して傲慢不遜な態度を崩すことなく、不敵な笑みを浮かべる。
その自信の根拠がどこにあるのかは不明であるが、さりとて虚勢というわけでもない。
だが、ネルはその片鱗を感じたことがある。
ネルとマコトが繋がりを持つようになったのは【I.F.I.C.】結成からであり、それも日が浅い上に個人的な接点は薄いこともあり、ネル自身も彼女の印象というのは良くも悪くも皆無だった。
ゲヘナの顔という意味では生徒会的立場の【万魔殿】の長であるマコトの名は影も形も出てこず、逆に有名なのがその傘下の【ゲヘナ風紀委員会】の長であるヒナという歪な構図が出来ている。
如何に【ゲヘナ風紀委員会】の方が目立った実績を出しているとしても、ゲヘナの生徒が政治に欠片も興味がないとしても、話題に上がることがないなんてことがあるだろうか。
そんな蜃気楼のような存在だったマコトの第一印象は、恐ろしいほどの馬鹿だった。
言動からは知性を感じられず、愚直で傲慢で考え足らず。
なるほど、これなら知名度が皆無なのも頷けると
それが誤りだと気付いたのは【影時間】でシャドウの討伐でチームを組んだ時だった。
酷い前評判に第一印象も合わさって、足手まといにしかならないだろうと決めつけて事に当たろうとしていた。
だが、いざシャドウと対峙した時――思わず顔を向けてしまうほどの冷たい圧がマコトから発せられているのに気付いた。
普段のニヤケ面はなりを潜めており、切れ長の目を刃のように細め無表情のままレイピアを抜く姿に、一瞬圧倒された。
それは紛れもなく、強者の発する気風だった。
同じ土俵に立つからこそ、嫌でも理解できてしまう。意図的かは知らないが、自分は最初から謀られていたのだと。
そして、予定調和のようにシャドウはマコトの手によってほとんど殲滅された。
自分のような無軌道な暴力ではなく、精密で無駄のない刺突による各個撃破する姿からは、今までは銃頼りだったキヴォトスの住人とは思えない練度が見て取れた。
そこからネルのマコトへの印象はがらりと変わった。
素行自体は以前と変化はない。相変わらずの馬鹿みたいな振る舞いだったし、ヒナとのどつき漫才は恒例行事となっている。
しかし、その道化の仮面の裏に隠れたあの冷酷無比な姿が脳裏をよぎる度、それに圧倒された事実が悔しくて、何かにつけて弄り抜くことにしている。
何故敢えてそんな振る舞いをしているかはわからないが、自分が笑いものになるのを受け入れてまで成し遂げたい何かがあることは間違いないと踏んでいる。
「なるほど、つまりお前は猿山でふんぞり返るボス猿ってところか」
「ボス猿大いに結構!我が野望が果たされるというなら、猿回しだろうと演じてみせるさ」
その言葉に嘘偽りはないのだろう。事実、今この瞬間も有言実行しているのだから。
「……そっちが肯定するのは勝手だけど、私達も一括りで猿扱いにしないでくれる?」
「確かに。【風紀委員会】のやってること考えたら、どちらかというと調教師の方だよな」
「それもそうね。じゃあマコト、暇だからそこで三回回ってワンと鳴きなさい」
「そこはせめて猿扱いしろ!」
それでいいのか……とネルが呆れていると、微かに鼓膜を震わせる重厚なエンジン音に気が付く。
毛布で雁字搦めになっている三人よりもヒフミがいち早く立ち上がり、徐々に近づいてくる音の方角に視線を向ける。
「みなさん、アビドスです!アビドスの校章を掲げた旗をつけたジープがこちらに来ています!」
声に歓喜を乗せてそう叫ぶヒフミ。
毛布を脱ぎ結城を安静に寝かせている間に、件のジープは砂を巻き上げてこちらへと辿り着く。
「【I.F.I.C.】の皆さん、ご無事ですか!?」
運転席から身を乗り出し声を上げたのは、眼鏡と尖った耳が特徴的な少女だった。
「アヤネさん!どうしてここに?」
「連邦生徒会からの救援依頼です。元より不測の事態を想定して夜間待機を命じられていました」
ヒフミにアヤネと呼ばれた眼鏡の少女は、簡潔にそう説明する。
「あ、そうだ。アヤネさん、シロコさんと例の男性が!」
ヒフミの叫びと同時に運転席からアヤネが、助手席から一人の少女が飛び出すように現れる。
ピンク色のシュートヘアに無骨な防弾チョッキを羽織ったオッドアイの少女。その姿を見て軽く目を見開いたのは、ヒナだった。
「小鳥遊、ホシノ―ー」
「……ゲヘナの風紀委員長がいながら、随分な体たらくだね」
ヒナと同じぐらいの幼い体躯でありながら、纏う雰囲気は歴戦の強者を思わせるホシノと呼ばれた少女は、鋭く目を細めてそう呟く。
「……返す言葉もないわ」
「冗談だよ。後輩が傷付いているときに何もできなかった奴のひがみだから。相変わらず無駄に真面目だね」
「近くにいながら護られる形になったのだから、不甲斐ないのは事実よ」
「本当、アンタやシロコちゃんと同じぐらい【影時間】に適性があれば、こんな苦労かけさせることなんてなかったんだけどね」
「だからせめて、こうして彼女の帰還を待っていたのでしょう?それだけで彼女も喜ぶと思うわ」
「そうだといいけどね」
互いに悲壮な雰囲気を漂わせながら会話をしている内に、事情を聞いたアヤネが主導して結城とシロコを後部座席に乗せ終えたようで、声がかかる。
「ホシノ先輩、患者二人を乗せ終えました。揺れ対策の固定もしましたが、万が一があるのでヒフミさんにもご乗車してもらいます。他の方々は二人を運び終えた後に回収する運びとなります」
「了解。……そういうことだから、もう少し待ってて」
「ええ。何ならこっちから向かってもいいのだけれど」
「幾らビーコンがあると言っても万が一遭難されたらたまったものじゃないし、ここで大人しくしてて」
「……わかったわ。よろしくお願いするわね」
「まぁ、仕方ねぇわな」
「なるべく早く頼むぞ。このマコト様の肌が睡眠不足で荒れでもしたら、謝罪と賠償ものだぞ」
この会話を最後に、結城とシロコを乗せたジープは【アビドス高等学校】に引き返した。