ロアナプラより愛をこめて   作:ヤン・デ・レェ

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シェンホア

 

 

 

 

生きるということは難しい。何事にもお金がかかってしまう。節制を心掛けても、どれだけ物欲に乏しくても。

 

生まれと言うのは、一番最初の負債かもしれない。自分の価値が、生まれた瞬間から決められてしまっているような心地になる。

 

私もその御多分には漏れず、貧しい国の、更に貧しい立場に生まれてしまったのが運の尽き。あれよあれよと負債を抱えて、気が付けばヤクザに飼われる娼婦に身を窶していた。

 

人殺しが出来る分だけマシ。なぜなら死にたくないヤクザは私で遊ぼうなんて考えないから。金になる余所者に遊ばせて、自分たちは安全なところで甘い汁を啜る。邪魔になれば私が手を汚すこともあろう。

 

誰も自分自身の価値を自ら決めることなどできない。私自身は勿論のこと。私を使うヤクザ連中にだって、それぞれに値段がつけられている。それぞれ何かを売っている。それぞれ何かを買っている。そうやって生きている。

 

その日のご飯を食べるために、私の場合はカラダであったり、腕だったりを売るわけだ。誰かが勝手に私に貼り付けた値札が、幾らであっても、私には私をすぐにでも買い戻すだけの価値が与えられなかった。ピンハネされた後の残りの稼ぎで生きていくことで精いっぱいだったのだ。

 

ただ、人間と言うのは慣れるもので、色々と不満に目を瞑れば、見ないようにしておけば、まずまず生活だけは出来るようだと学んでいく。賢くなって。賢くなった気になって。不安定な人生を横風に煽られながらも目隠しをして歩いて行く。縋るものは自分だけ。自分の精神と肉体だけ。何故なら精神の価値を決められるのは自分だけであり、他人に決められた、認められた私自身の価値は肉体にしか宿っていなかったから。

 

私の体を借財の担保にして、返済される側にとっても、少しでも効率のいい稼ぎと言うのは大事な事。とてもとても大事な事。誰にとっても、より多くの価値を付けられることはとても大事な事。それはそのまま生きることに繋がるから。

 

目に見えない価値を追うことは豊かな者だけに許されたこと。持たざる者は、まずは持つことが必要なの。何かを持つことが出来て、ようやく初めて持つ者の気持ちを知るの。持たざるままに、持つ者の気持ちなんて、考え方なんて出来ることの方が異常なこと。

 

私は私自身に価値を、他ならぬ自分自身で付けたかった。付けられるようになりたかった。その額は多すぎてもよくないし、少なすぎても嫌だった。

 

多すぎれば己惚れているようで。少なすぎれば卑屈で惨めに思えてしまった。だから、自分で今の自分につけられた値札をまずは剥がさなければならなかった。他人がつけた私の値段を、自らの手で剥がしたかった。

 

そこからは自由に生きられるだろう。精神と肉体は鍛錬の末に、不可侵の価値に結実する。その価値にはいずれ必ず高値がつく。相応しい値段がつくはずだ。その値段を決める交渉ごとに、私は私の意志を反映させることも不可能ではなくなるだろう。私の値段に、私は物言う立場になれるのだ。

 

私は他人の価値になど興味が無い。生きているのか死んでいるのか、その程度の違いなはずだから。

 

もしくは、私に付ける値札が私にとってより上等なものか、或いは下等なものか、それだけの違い。当然、私は少しでも上等な値札を望む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の飼い主であるヤクザの親玉から、羽振りの好い外国人に抱かれて来いという命令を受けた私は、その日も何の疑いもなく指定された場所に向かい、自らに支払われる値段分の仕事をきっちりと熟すつもりだった。

 

だから…だから、抱かれることもなく返されたことも、抱かれていないにもかかわらず、莫大な金額をポンと支払われたことにも驚愕を隠せなかった。

 

相手は碧眼のアジア人だった。特に特徴はない。美人でもないが、不思議とどんな表情も不愉快ではない。天性の愛嬌のようなものを備えていて、子犬や子猫のように、自分のことを決して害さない、害する力がないことを確信できる相手に対する安心感があった。人はその感情を、可愛いとも言い換える。

 

私は大金を与えられることに喜びこそすれ後ろめたさなどなかったが、それでも思うことはある。私のような日陰者ほど、契約や義理を重要視する。何故なら日向の社会の規範に守ってもらえないことが明らかである以上、日陰の規範を自分たちで用意して、その規範の中での平穏や安心を欲してやまないからだ。

 

刺激も、快楽も、何処かで何か逃げ道が用意されているから楽しめる。喜べる。死すら、その逃げ道に計上されてしまう所が厄介だったけれど。どんなものであれ、安心を担保できればそれに越したことはない。

 

だから、契約も義理も、私たちにとっては神聖な何か。悪党ほど信頼を重視する生業もない。

 

不可侵のソレ。ソレを満たすことが出来るか否か、それが信頼に繋がり、自分の価値に繋がることを私は若いながらにもよく理解していた。理解せざるを得なかった。

 

私は、彼から与えられた金で、その日の内に全てを清算してしまった。ヤクザの親分は納得していなかったが、私が自分の取り分も差し出したことで、彼らは留飲を下げた。

 

私は晴れて自由の身。もう、何処へとでも羽ばたいていける。(シェンホア)のように。私は明日から彼の元に通わなくてもいい。仕事は果たしたのだから。義理と契約は果たしたのだから。抱かれなくとも。抱かないことを選んだのは彼だったから。それは彼の事情で、選択で、彼の都合で。だから、私は気兼ねなくこの金で自分を買い戻せる。そのはずだった。

 

…。

 

……。

 

何といえば、いいのかしら。

 

私はとてもムズムズした。痒い所に手が届かなくて。気にしないふりをしている。

 

…わかり切ったこと、でも、何だか面白くなかった。まるで私が悪いみたい。

 

そこではたと思った。これは、私の都合じゃないか、と。

 

私は、私の都合で私を満足させるために、今度は私が押し売ればいいのではないかって。私がスッキリするまで、それが彼にとって中途半端で、不満足なものであっても構わない。私が満足するまで。

 

だから、私は次の日も彼の元を訪れた。貴方は少しも私が来ることを疑っていなかったみたい。でも、それはそれとして、貴方は実に素直に喜び、また素直に驚いた。

 

子犬や子猫を愛でる余裕が、今の私にはあった。彼が私に押し付けた20万ドルが、その余裕の源だということは明らかだった。私は実にチョロい。そのことを自覚しながらも、私はこのもやもやを解消するための自慰に彼を使うことにした。少し、ほんの少しだけこの時間を楽しみながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の希望で観光案内じみたことをさせられて、私は彼らと共に、色々な高級ホテルでの実に充実した日々を過ごしていた。

 

食事もサービスも満足のいくものだった。ただ、彼は決して私に手を出さない。そのことに何故かモヤモヤした。

 

偶然、ホテルの部屋のある階の化粧室であの女と会った。二人きりになってしまい、二人並んで手を洗った。

 

「ねえ、アナタ、どうしてあんなボンクラに付き合ってるますか?」

 

ふと私は数日一緒に過ごすうちに、つい気になっていたことを聴いていた。彼の用心棒のアジア系の女に。

 

「あん?」

 

私の言葉に女は怪訝な顔をした。私の顔を見ずに、手から水気を払うと、服の裾でぐしぐし拭いた。

 

「答えるですだよ」

 

「んなこと聴いて、そんでどうすんだ、え?ですだよ姉ちゃんよ」

 

女の言葉ももっともである。私は仕事で来ていると言い張って、彼らと行動を共にしているからだ。

 

悪党同士が信頼を重視することと、相手の事情を詮索することは違う。仲良しクラブではないのだ。

 

それも当然だが、だからといって事情を説明する気も起きなかった。

 

「言葉下手なのからかうはよくないね、アバズレ」

 

「おいおい、アバズレは誤解だぜ?あたしは新古品(New old stock)てヤツさ」

 

意外な言葉を返されて、またそのことを実に酔ったように、陽気にさらりと答えた女のことが、私は眩しく感じられた。

 

目が悪くなって、眼鏡を掛けて、でもそのことに負い目が全くないみたいに。

 

「そんなカッコでよく言えますたね」

 

私は女の着る真っ赤なチャイナドレスを指して言った。彼が女に買い与えたわけではないそれは、明らかに私物でありながら、彼の目の前でしか着ていない代物だ。深いスリットが入っていて、まろび出る眩しい生足を隠そうともしない。

 

「ですだよ、お前だって似たようなもんだろ?」

 

女は腰に手を当てながら、顎をしゃくって私の姿を引き合いに出した。確かに。女の言葉にも一理あった。

 

「私は仕事、アナタ仕事違うよ。仕事ないならなにか?」

 

仕事。そう、仕事。私自身がそれを嘘だと知っている。それでもこの苦しい言い訳が口を突いて出た。

 

「好きで着てんだよ。こっちの方があたしのボスがアがんだよ」

 

女はそう言って、煙草を引き抜いて一本口に咥えた。好色な声には自信が漲っている。私は怯んだ。

 

「だから、なんでアげるやる必要あるますか?貰える物も増えるないよ」

 

私は自分が負け惜しみを言っていることを理解しつつ、そんな風に反駁した。

 

「…なんだ、アンタ、あたしの昔話でも聞きてえのか?」

 

女はじろりと私を睨むような視線を向けた。

 

「アンタに興味がある違う。私はボンクラ知るのが必要ね」

 

それは正直な思いであり、もっと別の言葉でも伝えられたかもしれない言葉だ。

 

「それも仕事か?」

 

「仕事ですだよ」

 

私は嘘を吐いた。

 

「…いいぜ、教えてやるよ」

 

女はそう言って煙草に火を点けた。歩き出した彼女の後をついて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く歩きながら話をしていると、今度は女が私に訊ねた。

 

「ですだよ姉ちゃん」

 

相変わらずの減らず口にムッとする。

 

「なにか?あとそれやめるいいよ。ケガするね」

 

「へいへい…そんで、シェンホアは幾らだ?」

 

唐突にそんなことを聞かれて歩みが止まった。女の表情は真剣そのものだ。

 

「はぁ?なに、いきなり言うか?何のいくらか?」

 

私の問いに、女は煙を細く長く吐き出してから煙草を咥え直すと、親指で自分自身の胸を指した。

 

「手前の給料(ペイ)のことさ」

 

「それが今のに関係あるますのか?」

 

私が納得できなくて問いを重ねても、女は揺らがず、淡々と答えた。

 

「ある。その値段に納得してたのか。その値段に満足してたのか…そういうもんで、随分違う話なのさ」

 

しみじみと、我がことのように語る女の表情には自嘲するような色が浮かんでいた。

 

「……そう、そういう、アナタはおいくらますか?」

 

言葉がついて出た。女は私の言葉に驚かず、さして悩むこともなく答えた。

 

「あたしか?そうだなぁ…千ドルってとこだな」

 

優しい、壊れそうな微笑みを添えて。繊細で満足げなそれは、そんな顔が出来る人間を、私は未だかつて見たことが無かった。

 

「…思ってるより、お高いね」

 

私は羨ましかった。

 

「だろ?」

 

羨ましかった。金額、ではなく。その納得が。その満足が。

 

「…どうして、ボンクラと一緒にいるます?」

 

だから、また同じことを訊ねてしまった。わかり切ったことで、聴くまでもない事なのに。認めたくなくて。共感したら負けな気がして。

 

「…お前こそ、どうして逃げなかったんだ?」

 

だから、私の心を見透かしたように女が、今度は私に問いかけた。

 

「逃げる違うな。逃げるは、追われるですよ。でも彼…ぼ、ボンクラは追わないよ」

 

私の本心だった。彼は、私のことを追いかけてくれないだろう。

 

「へー…つまり、仕事じゃねえんだな?」

 

女の口元で揺れる煙草は半ばまで灰に変わっていた。燃える灰に怯むこともなく。唇も口角も雄弁に動き、実に楽し気だ。

 

「もうそれでいいからその口を閉じるよ。彼には、言わないで」

 

私は繕うこともできずにそう言った。私は目の前の女を、どうにも見ていられなかった。鏡が前にあるみたいで。

 

「言わねえよ。言っても何も変わんねえだろうけどな」

 

レヴィが当然といった具合に言った。

 

「ボンクラとは…ずっと、一緒か?」

 

美国(アメリカ)を出てからは"ずっと"な」

 

私の質問に、レヴィは間髪入れずに答えた。ずっと…これからも、そういうことかしら。

 

「身受けられますたか?」

 

少し悪戯っけが湧いてそう言った。

 

「ちげーよッ!だーかーら、あたしは未開封だって言ってんだろさっきから!」

 

私の言葉にレヴィはすんなり乗っかって、顔を真っ赤にして反論した。

 

「嘘じゃないか?」

 

「嘘じゃねーよ!何時までたってもアッチから手を出さねーんだよ!これでイイだろ文句あっか?」

 

恥も外聞もなく。堂々と手を出して欲しいと口に出来るその清涼感は、とても契約だけの関係性だとは思えなかった。

 

「…じゃあ、どうして一緒か?愛人かなんかと思ってたよ」

 

今度は素直にそう思っていたから聴いただけだった。

 

けれど…レヴィの何かに触れて。いいえ、もしかしたら覚悟の決まらない私の背を押してくれたのかもしれない。

 

自分のことで、人に言って貰えて初めて飲み込めることもあるのだ。

 

「ハッ!そんな立派なもんじゃねえさ…ただの、どこにでもいる育ちの悪いガキだったんだよ。そんで、あの人から…値段を付けて貰ったんだよ。あの人が、一番高くあたしを買ってくれたから。あの人が一番大切に飼ってくれるから」

 

そこで一度言葉を切り、レヴィは根元まで吸い切った吸殻をヒールで踏み潰すと、胸中の苦りと切なさと…一口にはしてしまえないものを吐き出すように、外方を向いて肺の中に居残っていた紫煙を追い出した。

 

「だから勝手に売り込んで勝手に隣に居座ってんだよッ…おい、もうイイだろ?他に、なんか聞くことでもあんのか?これ以上は、『まだ』の手前に話せることじゃねえからよ、だから、残りは肚括ってからにしろ…いいな?」

 

レヴィの言葉に頷くと、彼女は私のことを真っ直ぐに見つめて言った。

 

「それで、お前の値段は幾らなんだ?」

 

私は答えられなかった。まだ整理がつかなくって。でも、レヴィはそのことを責めることもなく、かといって無理に聞き出そうともせず。素っ気なく私一人を廊下に残して、貴方の元に行ってしまった。

 

私は、私の値段を自分で決められる。今の私にはそれが出来る。そして、他人の値段を決めることも出来ないことではないだろう。

 

だが、私の自由の値段を決めたのは、他ならぬ貴方なのだ。そのことは混じりモノの無い事実で。貴方は私に見返りを求めることもなく。貴方は私を選ぼうとせず。

 

…いいえ。選んだ上で、与えた上で、買った上で。

 

貴方は私を手放すのね。貴方は私に選ばせたいのね。貴方は私に選んで欲しいのね。

 

私に、貴方は貴方の値段を、私に決めさせるつもりなのね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当局から差し向けられた女を追い返してから、貴方は私を抱いた。そして次の日になって、私に二百万ドルの値段を付けたの。貴方の可愛い可愛い、未使用品が千ドルのままなのに。私は二百万ドルを与えられて、そのことに深い絶望を感じたの。だって、レヴィは私の目の前で貴方から千ドルを受け取って、心底満足していたから。

 

私たちに待遇の差などなくて、衣食住は貴方が揃えてくれて。だから、ただただ、純粋にこのお金は私の価値なの。貴方が決めた私の値段なの。

 

私は、貴方に二百万ドルという価値を認められて嬉しかったはずだ。貴方は決して未使用でも上等でもない私を抱いて、そんな私自身に二百万ドルの値段を付けて寄越したのだ。私が私自身に付けた価値になど微塵も興味が無くて。私が、貴方に抱かれてもいいと思える値段が、自分が自分を納得させられる値段が、貴方に抱いてもらえることを自分に許せる値段が、もっともっと安いことなど微塵も考えていなかったのだ。貴方は私に貴方の価値を押し付けた。貴方は、貴方の中にしかない私の価値を、私に押し付けたのだ。

 

私が、私自身がその価値に見合うとは到底思えないことなど、貴方は理解しようともしない。貴方は、それだけの価値を認められることが、自由に羽ばたくことを当然の対価のように、大それた代償もなく与えられることが、どれだけ重い物なのか理解してくれなかった。

 

貴方は酷い人だった。でも、私はそんな酷い貴方を憎めなかった。恨むことなどお門違いで。嬉しくて。嬉しくて。怖いくらいに都合が良くて。

 

私は、貴方の手から飛び立つことを、どうしてそんな真似ができるだろう。貴方は私に恩を売りつけるだけ売りつけて、少しの迷いもなく私を鳥籠から解き放ってしまった。一度知った温もりを捨てろと、一度知った優しさを、一度知った壊れた愛情を、一度知った貴方の懊悩を。持たざる者が、持つ者に求められる快楽を、縋りつかれる歓喜を。貴方はその全てを捨てろという。引き換えに全てを惜しみなく与えて。善意も悪意もなく。ただただ真心だけで。その赤心が私を深く傷つけることも、縛り付けて放さないことも知らずに。

 

…いいえ、貴方に縛り付けられたいだけなの。本当はそうなの。だけれど、貴方に縛り付けられていると考えた方が、そう思い込む方が、信じる方が私にとっては嬉しくて、楽しくて、安心できるから。だからなの。私が望んでいて。そのことをどうしようもなく欲してしまっているから。

 

だから私は貴方について行くことにした。私は私の価値を決めた。私は貴方に買われた。貴方が私を一番高い値段で買ってくれたから。貴方が私を一番大切に飼ってくれるから。だから私は貴方に尽くすことに少しの躊躇もない。貴方に媚びを売ることも。貴方を喜ばせるために自分の持てる全てを使うことも、貴方に消費されるなら少しも惜しくない。

 

私のことを、二百万ドル払わなければカラダを手に入れることも叶わなくて、それだけ払った上でも尚、自分の手を離れて自由に羽ばたいていくことが当然の権利として与えられるべき女だと…そんな風に勘違いしたおバカさんは、この世で貴方だけだから。そんな可哀そうなおバカさんは貴方だけだから。

 

私はね、そんなに高い女じゃないの。でもね、貴方以外が抱けるほど、貴方の腕の中から飛び立って生きていけるほど、それほど無恥で安い女じゃないのよ?

 

私の値段を決めたのは貴方。貴方のせいで、私のカラダには二百万ドルの値札がついてしまったの。お陰で商売あがったりだわ。

 

だからね、責任もって私のことを抱いて頂戴。何度も何度も。一回で二百万ドルな訳ないでしょう?何度でも抱いて、それで薄めて欲しいの。そうすれば、何時か貴方以外の手にも届くかもしれないわよ?そうすれば、貴方の元から羽ばたいていけるかもしれないわよ?

 

どっちみち、貴方だけが私を自由にできるの。貴方が私を自由にする。その日まで、私の飼い主は貴方のまま。私は貴方だけのものなの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方は度し難いバカね。度し難いバカ。もう、どうしようもない。救いようがないバカよ。

 

だってそうでしょう?あれだけ…あれだけ何度も何度も貴方を求めて、貴方に求められて、ようやく少しは私の値段も安くなったかなって、そう思った瞬間に大暴騰したんだもの。

 

私の値段。ただでさえ高かったのに。高すぎたのに。一晩二百万ドルの女なんて、どこの誰にも手が出せないじゃない。だって言うのに…ねぇ、正気?正気なのかしら?一晩一億ドルって冗談でしょう?どこの大富豪だってね、ヤクザに飼われてた娼婦にそんな値段はつけないの。つけることもできなければ、当然払う訳もないでしょう?

 

それで、私を自由にしたつもりなの?私のことが要らなくなったの?もう飽きちゃったの?

 

ねぇ…答えてよ。私を見てよ。私のことを抱いてよ。もっと、もっともっと、貴方だけのものでいさせてよ。

 

私はこのままずっと、だらだらと貴方と一緒に暮らせれば何でもよかったの。貴方が私に付けた値段が破られることなんてありえないから。私は安心してたのよ。貴方が用意してくれた安心に溺れてたの。衣食住に困ることも無くて、貴方というこの上無く大切な人がいて。その大切な人が、誰よりも自分を高く買ってくれていて。私の存在を認めて、私のことを愛してくれてることに、満足していたの。貴方に飼われることに、納得して…都合が好すぎて納得していないけど、一応は納得して、それで私は他になにもいらなかったのに。穏やかな生活だったのに。満たされていたのに。

 

だのに…貴方は刺されて帰ってきた。無一文になって。形見も他人に譲って。

 

元から力のない貴方なんて、お金が無くなってしまえば本当に何にも残らない。遺せない。誰も貴方に価値なんて付けないし、誰も貴方をそもそも見向きもしないでしょう。情けなくて、醜くて、弱くて。お金も無ければ、力もない。本当に、ダメね。ダメ男。男の部分だって、一度だって抱かれてみないと価値を理解されない。でも貴方に男娼は無理。だって根性もないし、人の好き嫌いが酷いから。

 

もう、貴方には私たちを引き留める力なんて何もなかった。

 

貴方は貴方自身の手で、私たちの都合も考えずに、私たちを解き放ってしまった。生きる術も、何もかもを与えて。全て持たせて。これで困らないだろうって。これで幸せになれるだろうって。これなら蔑まれることもないだろうって。これなら惨めな暮らしはさせないだろうって。

 

貴方は貴方のエゴで、それこそ趣味でもなくちゃカラダを売ることも、労働に勤しむ必要性さえ私達から奪ってしまった。

 

貴方がやってることは、悪党や社会の真逆。命懸けの仕事でも、一回きりで人生全てを賄える金額が貰えるなんてありえないの。本来、あり得てはならないの。次が必要になるの。鉄火場を何度も潜り抜けなくてはならないの。色々なことにお金が必要になって、必要になるように世界のシステムはできていて、だから世界を回せるの。使える便利な人間と、それを使う人間の差が生まれるのよ。危険なことをしなくては生きていけない誰かが生まれるの。命を払うには安すぎて、危険を冒すには物足りなく感じて、でも貰わないよりマシな金額。強い側がね、弱い側の足元を見るの。そうやって奴隷を繋いでおくための鎖があるの。

 

私達もそうだったでしょう?貴方から貰う額は、貴方の資産から見れば微々たるもので、月に千ドル、必要になれば別途申告制で。貴方は嫌がったけど、このシステムのお陰で、私たちは貴方の傍に自分を縛り付けられたの。貴方から飛び立てないように、自分で羽を引き抜いて、足枷をして。貴方がずっとずうっと必要になるように。私たちが貴方に継続的に雇われ続けられるように。私たちは貴方から受け取り続ける必要があって、貴方には私達に支払い続ける必要が生まれていたの。

 

だって言うのに、貴方は自分で私達が作ったシステムを壊してしまった。私たちは嘆いたわ。貴方に捨てられたって。もう飽きられてしまったんだって。でも、それでも諦められなかった。貴方の隣にいたかった。貴方と一緒にいたかった。貴方に、その身勝手な愛をぶつけられ続けたかった。感じ続けたくて。愛し続けたかった。

 

でも、何の理由もなく貴方と一緒にいることは、勘違いさんの貴方にとってはとても辛いことだって理解していたの。何か、理由が必要だった。

 

三人で悩んで。そのうち、バカらしくなったのよ。最初っから答えなんて出ていたの。

 

貴方の身勝手な思いで私たちを自由にしてしまったように、貴方が私たちの首輪から、私達が望んでもいないのにそのリードを外してしまったように。

 

私達だって、身勝手にすることにしたの。

 

理由だなんてそれだけで十分だった。重ね塗りするほど高尚なものを、貴方は好まないから。私達だって同じだったから。

 

だから今度は私たちが、貴方に値段を付けたの。貴方自身が貴方に付けた値段なんてお構いなしに。理解するつもりもないのよ。だって私たちがそうしたいから。

 

一文無しになった貴方を私達で買うことにした。買って、飼うことにしたの。貴方が私たちにそうしてくれたように。

 

私達の身勝手な思いで貴方を縛り付けたの。私たちが貴方の首に首輪を嵌めて、そこにリードを通したの。貴方が捨てたリードなの。だから私たちがそれを拾って好きにしたってかまわないでしょう?

 

これが、私の選択なの。貴方の値段は、もう貴方が自分で自由に決めることなんて出来ないの。

 

私が貴方の価値を決める。貴方の価値を、この世の誰よりも高く見積もってあげる。私よりも高い値段を付ける人間なんてね、世界中を探したところで貴方の周りにしかいないのよ。

 

貴方の価値は計り知れないの。重くて。大きくて。でもね、だからこそ安心して。だからこそ安心できるの。

 

みんなで貴方を買い支えるわ。貴方のことをずっとずっと飼い支えるから。

 

だから、ずっとずうっと一緒よ?

 

アウトローの寿命は短いの。私も貴方も、美しい内に沢山遊んで沢山楽しんで。満足してから、綺麗なうちに死にましょうね。

 

貴方が私を抱いてくれる限り、私は貴方の隣に居るわ。

 

当然よね、だって私の飼い主は貴方で、貴方の飼い主は私なの。

 

温かくて柔らかいものだけで包んであげる。貴方のカラダも。貴方の心も。貴方の思考も。

 

貴方の世界を丸ごと、楽しくて優しいものに換えてしまうから。

 

私達を自由にしてしまったのは貴方なのよ?他ならぬ貴方の所為で、この世界は滅茶苦茶になるの。貴方が生きる狭くて暗い世界だけを、貴方にとっての楽園に変えてあげるから。それが嫌なら、貴方は私たちの首からリードを外すべきではなかったの。貴方の所為で。貴方のお陰で。私は貴方のことしか見えなくなっちゃった。貴方のことしか考えられなくなっちゃったの。だから、今度は間違わないようにしなさいね。ちゃんと反省して、狂ってしまわないように。貴方に狂ってしまわないように。でも、今世は諦めて欲しいの。貴方のお願いはどんなことでも叶えたいけれど、それだけは無理な話なのよ。だから、来世に期待して頂戴。

 

まぁ、貴方の肉体と魂がちゃんと来世に辿り着ければ、の話だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*次話以降、原作本編の大筋に沿って展開します。その結末や物語の分岐で違いを出せればなと。



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