ロアナプラより愛をこめて   作:ヤン・デ・レェ

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GROUND ZERO:BLACK LAGOON III(fin)

ドンドンドンドン!!!ドンドンドンドン!!!

ドンドンドンドン!!!ドンドンドンドン!!!

ドンドンドンドン!!!ドンドンドンドン!!!

ドンドンドンドン!!!ドンドンドンドン!!!

ドンドンドンドン!!!ドンドンドンドン!!!

ドンドンドンドン!!!ドンドンドンドン!!!

ドンドンドンドン!!!ドンドンドンドン!!!

ドンドンドンドン!!!ドンドンドンドン!!!

ドンドンドンドン!!!ドンドンドンドン!!!

ドンドンドンドン!!!ドンドンドンドン!!!

 

 

 

「おいおい、俺たちゃどうして死んでねえんだ?」

 

カウンターは奇跡的に無事だった。何故なのかさっぱり理解できないが、何はともあれ生きているのだ。全身粉塵と酒瓶の破片と酒を被っているが、それだけだ。ダッチのボヤキに、レヴィが答えた。笑顔だ。

 

「気前のいい建設業者が魔改造してくれたのさ」

 

「何が仕込んであるんだい!!うるさい!酷い音だ!機関砲に撃たれてもびくともしてないなんて異常だ!」

 

レヴィの答えに、技術者でギークなベニーが耳を押さえながら叫んだ。ベニーの質問に、今度はカウンターに滑り込んできた二人組…メニショフとサハロフ…が答えた。

 

「原潜に使ってるやつと同じ鋼板だ!ミサイルでも喰らわないかぎり問題ない!」

 

カラシニコフのリロードをしながら身振りも交えて力説するサハロフ。その自信は何処からくるんだ、とレヴィとメイド、鼾をかくレイジ以外の全員が思った。

 

「い、イカれ野郎共め!俺の店が滅茶苦茶だ!」

 

「んだよ、バオ。生きてんだからいいじゃねえか」

 

喚くバオを諫めるレヴィだったが、寧ろ逆効果でバオの怒りに油を注いでしまった。

 

「よかねえ!手前らのダチのせいで俺ぁ散々だ!あぁ、クソ!やっぱり、やっぱりこうなんのかよおおおおおおお!」

 

怒りが限度を超えたせいで、もうどうすればいいのかもわからなくなってしまったようだ。バオは頭を抱えて座り込んだ。

 

「ダッチ、バオが壊れたぜ。どうするよ」

 

「どうもするかよ。ただ、俺たちも迷惑料ってんでバラライカ辺りに弾んでもらうか」

 

「死んでないのは彼女のお陰だけどね」

 

ベニーの呆れたような諦めたような声にラグーン一同が同意した。

 

レヴィがタバコに火を点けた。

 

「そりゃあな…だが、アイツらは何してんだ?壁に向かって何してやがる…」

 

「おい!準備できたぞ!」

 

バオも同意しかけたところで、アメリカ人の声が聞こえた方を見れば、そこには壁に貼り付けられたC4爆薬の束が…

 

「おいおいおい、まだあんのか?もっと上があんのか?これ以上何を壊しゃあ気が済むんだッ!っておい。なんでC4を壁に…や、やめッ」

 

「よし!やれ」

 

悲痛なバオの叫びも意に介さず、アメリカ人の部隊長が命じた。

 

 

 

 

 

 

 

轟音。と同時にバオの店の残り半分が爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、()()が開いた。いくぞ。もう迎えが着く頃だ。移動しろ!おいメイド!ウサギさん(ザイチク)を頼むぞ」

 

サハロフが先行した。メニショフが振り返ると、メイドが傘を開いて爆風からカウンターの内側を守っていた。例のパラソルのような巨大な防弾仕様の傘を軽軽と振り上げて粉塵を落すと、メニショフの言葉に頷き、空いている方の手でウサギさん(ザイチク)を抱き上げた。

 

「是非に及びませんわ」

 

「そいつは結構」

 

メニショフも度肝を抜かれたようだ。代わりにリボルバーを抜いたダッチが答えた。

 

粉塵が晴れて機関砲の照準が定まる前に、ラグーン商会はロックも連れて、ぽっかりと開いたイエローフラッグの裏手から脱出した。

 

「GO!GO!GO!」

 

「援護する!天国に行く自信がある奴以外は機関砲に当たるな!掠っただけで天使と面接する羽目になるぞ!」

 

護衛対象の離脱を確認しつつ、カウンター裏に移動した護衛班は、酒瓶を並べていた棚の奥から追加の弾薬を取り出し、更なる援護と交戦を継続した。

 

「撃て!撃ちまくれ!逃がすな!ファックしろ!」

 

大尉は狂喜乱舞だ。まだ終わらないと知り、もう堪らないようだ。機関砲を弾が底を尽くまで乱射させる心積もりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

居眠りしてて起きたら凄い音がした。なんでや。僕は確かイエローフラッグで酒を飲んでたはずだ。だってのに、誰に聞いてもイエローフラッグがあったはずの場所には何も残っていない。いや、残ってはいるんだけど明らかに瓦礫の山だ。灰燼に帰すという言葉がこれほど合うものもなかった。さてはて、どうしたことだろう…レヴィとロザリタがいたのでどちらかに教えて貰おうとしたのだが…。返答は芳しくなかった。

 

「ご主人様の心配には及びません。ただ、少しオイタが過ぎるお客が来店なさってしまい…あのように」

 

「ロザリタ、そんなんで伝わるかよ。いいか、レイジ。お前が寝てる間にドぎつい戦争屋がカチコミに来た、そんで、奴ら装甲車と機関砲で店を丸ごとハンバーガーのパテとバンズみたいに分けちまったのさ。上下にも縦横にもな?だから、まあバオには気の毒だが、それだけの話さ」

 

「おい!ふざけんな!その話のどこにそれだけで終わる要素があんだよ!レヴィ!てめえ、新装開店出来るだけの金を持ってきやがれ!どうしろってんだよ、全壊通り越して更地だぜ!今だって、ほら見ろ!まだドンパチやってやがる!電子レンジにぶち込まれた卵みてえなザマだッ!クソ!クソ共が!俺のケツも危うくローストされるところだったんだぞ!?」

 

へー…。バオの言葉に少し納得した。ははぁ…厄介ごとに見舞われた訳だ。にしても派手だ。これまでにこんなことは一度としてなかったはずである。僕はロザリタに抱き上げられながら、バオの店から裏手に抜けて暫く向かったところでようやく地面を自分の足で踏んだ。周囲を見れば顔見知りがいた。おや、メニショフとサハロフじゃないか。誰かと待ち合わせでもしてるのかい?

 

「ハ!メニショフ伍長であります。ご無事で何よりです。にしても流石ですな、あの状況でぐっすりとは」

 

「サハロフ上等兵であります!ウサギさん(ザイチク)殿にはお迎えが。直に大尉(カピターン)が参ります」

 

ソフィが来るとのこと。なら安心だ。ロザリタもいることだし、あとは何もしなくて好いんじゃないか?僕はそもそも何もしていないが。

 

「なあ、レイジ」

 

ボーっとしているとライトの光が見えてきた。隣にいたレヴィから声が掛かった。何事だろう?

 

「あたしは、ちっと野暮用でな。ラグーンに同行するよ」

 

仕事は終わったんじゃないの?

 

「それがなぁ…面白いヤツがいてな。少し気になるのさ」

 

レヴィの言葉を僕は半分も理解できなかった。だが、その面白いのがロックだとすれば納得だ。彼には変に図太い所がある。自暴自棄なのか、そうじゃないのかは知らないけど。興味が湧くこともあるかもしれない。いいんじゃないか?いっておいでよ。

 

「バラライカの姐御によろしく伝えてくれよ」

 

分かったよ。気を付けて。僕が伝えるとレヴィはラグーンの方に行ってしまった。その直ぐあとで、僕たちの頭上に影が落ちた。轟音と共にヘリが飛来したのだ。ヘリからは次々に武器を持った兵士たちが吐き出されて、彼らは皆するするとロープを伝って降り立った。遅れて、眩しいライトで僕たちを照らしながら、ベンツの車列が到着した。

 

「待たせたわね、私の可愛いひと(クローシカ)。さぁ、乗って頂戴。後は高みの見物よ。そこのメイドさんもどうぞ」

 

ソフィに招かれて僕とロザが乗るや、直ぐに発進した。イエローフラッグはもうもうと黒い煙を上げていた。燃えている。燃え盛っていた。銃声も遠くに聞こえた。大丈夫なのだろうか。バオの店がなくなると、僕は個人的に困るのだが。

 

「心配ご無用よ。直に包囲が完成するわ。そこからは、向こう次第ね」

 

ロアナプラの中心地に向かう僕達の車列とすれ違うように、装輪の戦闘車が前後を武装ジープに挟まれて、真っ赤に燃え上がるイエローフラッグがある場所めがけてカッとんでいった。ところで、レヴィたちはどうしたの?

 

「そこも問題ないわ。魚雷艇までエスコートを付けたから。そんなことより…もう少し眠るのはどうかしら?疲れたのではなくって?」

 

ソフィが膝をポンポンと叩いた。誘惑には抗えず、僕は頭をのっけて眼を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダッチ、何が起こってるんだ?」

 

「さあな…ただ、この分だと俺たちの仕事はないな。素晴らしいね、全く」

 

どんよりじめじめしたロックの疑問に、ダッチは曖昧に答えた。

 

「はぁ…単なる、巻き込まれ損だよ…あのバオの顔を見たかい?まるっきり首を吊るまえのユダさ」

 

「心配すんなよ、玉無しのユダでさえ銀貨が貰えるんだぜ?バオのことだ、しぶとく足掻いてバラライカから迷惑料でも何でもせしめるさ」

 

ベニーに至ってはもうことは終わったと感じているのか、今回誰よりも割りを食う羽目になったバオを憐れんでいた。

 

レヴィは全く心配していないようだったが。

 

「僕は、どうなるのだろう…」

 

「さっき話した通りだ。このまま船に戻ってから。それまではこのVIP待遇を愉しんでることだ。滅多にないぜ?スペツナズに守られての移動なんてな」

 

ロックがなおも食い下がるように口を開くので、ダッチが話を切り上げた。

 

ダッチのスペツナズという言葉に、ロックは恐る恐る自分が詰め込まれた車両の周囲を眺めた。

 

「装甲車には初めて乗ったよ。案外トラックみたいなもんなんだな」

 

「こいつは軍警が使うモンだからな。威圧感が抑えられてんのさ」

 

ダッチの返答を聞き、ロックが分厚い防弾ガラスの窓越しに、車両の周囲を囲むジープに分乗した、目元以外の肌が見えない武装兵に目を向けた。

 

「にしては誰もそんなこと考えてるようには見えないけど…」

 

「そらそうだ。ここはロアナプラさ」

 

レヴィがそう言うと、ロックはなるほどと納得した。とはいえ、理解できないことにかわりはなかった。

 

「直に港だ。今の内に、今後の身の振り方でも考えておきな」

 

レヴィはそれだけ言うと、煙草を咥えた。薄暗い装甲車のカーゴのなかでライターの火がやけに心強く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテル・モスクワの名のもとにロアナプラでは戒厳令が発令された。まるっきり軍政を踏襲するような振る舞いだったが、誰も文句を言えなかった。ほとんど独断専行に近かったが、港の方でロアナプラでも稀なレベルの鉄火場が展開されており、それが規模が小さいだけの戦場だということを、この島の住人の誰もが瞬時に理解した。

 

バラライカの代理として権限を付与されたボリスは、予定通りに三個小隊を展開した。第一小隊は護送車にラグーンを積んで五体満足で港まで届けることに成功し、折り返してきている最中だった。港に辿り着いたダッチたちは今やタイ海軍の警戒水域を抜けようとエンジンを蒸かしている頃だろう。第二小隊はイエローフラッグで持久戦を展開していた専属護衛班と入れ替わる形で、消極的な防衛戦闘を展開した。こちらは今を以て、苛烈な攻撃を敵から受けており予断を許さない状況だ。そのため敵の中核戦力である装甲車の破壊の為に、携行対戦車ミサイルと主砲を積んだ歩兵戦闘車を投入した。間もなく戦果報告が上がるはずだ。

 

第三小隊は増員させた上で、外部からの干渉を防ぐことに奔走していた。主要道路を封鎖し、一部の回線を除き定時連絡は禁止とした。コミッション…所謂連絡会の連中には、事の次第をかいつまんで報告してある。イタリアとコロンビアの連中からは嫌味で済んだが、珍しく三合会の張維新が嚙みついて来た。

 

「バラライカ。アンタ、何が狙いなんだ?まえまえから動いていたのは知ってる。だが、今のロアナプラの秩序が崩れて一番得をしないのはアンタらのはずだ…違うのか?」

 

直接そんなことを連絡してきた張に対して、バラライカは実に愉しそうだった。

 

「あら、ベビーフェイスじゃない。随分と久しぶりね。香港に帰ってたんでしょう?黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)辺りで誰かがヘマを仕出かしたのかしら?小言の多い上司がいる窮屈な職場は大変ね」

 

バラライカの挑発にも乗らずに、張は苦り切った口調で続けた。

 

「バラライカ、アンタのお陰でどこもかしこも火種を抱えてる。そいつはてっきりビジネスの為だと、ホテル・モスクワって組織の都合上だと考えてきたが…違うんだな?何がしたいんだ。何を仕出かそうとしてる。俺には想像もつかないね」

 

バラライカはちらりと自身の膝枕で寝息を立てる男の呑気な顔を見た。その頭を撫でながら、優しく恐る恐る撫でながら。口元に優しい笑みが浮かんでしまう。我慢できない。優しい気持ち、慈しみたいという感情に支配されそうだ。

 

「私、『ビジネス』って言葉が嫌いなのよね」

 

嘘だ。レイジが嫌いな言葉なのだ。バラライカは好きでも嫌いでも無かった。

 

「へえ…意外だな。そうかい、それで?」

 

「あら、答えたじゃないの。それだけよ(That's it)

 

張が息を呑む音が聞こえた気がしたが、バラライカは取り合わなかった。長く話しすぎると彼が起きてしまうかもしれなかったから。

 

「またコミッションで会いましょうね、張。では好い夜を」

 

「待て、最後に教えてくれ、バラライカ…」

 

「何かしら?」

 

少し間があった。張は言葉を選んでいたようだ。

 

お前は、何者だ?(Who are you?)

 

張の問いに、バラライカは即答した。

 

犬よ(Dog)

 

自分でも無意識のことだったように感じられて、レイジの頭を撫でる手に力がこもった。

 

張は恐る恐る、次の言葉を選んだ。

 

「…飼い主がいるんだな?」

 

「飼い主は私よ?」

 

当然といったバラライカの口調に、冷静沈着な張も動揺を隠すことが出来なかった。

 

「は?…あ、え?いや…」

 

「それが、どうかして?」

 

「い、いいや…どうもしないさ」

 

そこで話は終わった。車列は無事に街の中枢部、ホテル・モスクワの要塞と見紛う拠点に到着した。バラライカは自身でレイジを姫抱きすると、そのまま足取り軽く寝室を経由してから、事態の全貌を見守るべく作戦指令室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三個小隊が展開したのと同時刻。『エクストラオーダー社』に対して、米国から大規模な株式の買い付けが開始された。

 

株価が急激に下落したかと思えば、程なく、金銭の暴力によって急激に社の株式が買い漁られだしたのである。何事かと考えていれば、ニューヨークの連絡員からユダヤ系の投資ファンドを中核に、数人の投資家がこの騒動の発端であることが判明した。会社の併合か吸収を提案されているのだと続報が齎されたが、社の役員や連絡が取れた筆頭株主らにとっては面白くない話だった。

 

しかし、ここで秘密回線を通じて一通の着信があった。聞けば、今回のエクストラオーダー社の合併或いは買収に対して、積極的に意向を示している投資家本人からの連絡だった。ボイスチェンジャーでその性別は杳として知れないが、それでも口ぶりから言って女のもので間違いなかった。

 

「可能な限り速やかな経営権の譲渡をお勧めしますわ」

 

いきなり、そんなことを言われてもできる訳が無かった。だが、彼らの躊躇や不満を見越していたかのように、電話の向こうの相手はこんなことを言った。

 

「間もなく、皆さまの頭上を『鷲』が通りますわ。安全の為にも、頭を低くなさることを提案いたします」

 

突然何を言い出すのかと思えば…弛緩した空気が流れた瞬間、轟音と共に、その白頭鷲(イーグル)が超低空飛行で本社の真上を通過した。

 

本社の上空を通過した鷲の正体は、アフリカ近海に展開中だった合衆国空母打撃群から発艦したF14Tomcatだった。超低空で通過することを的中させたことがマグレだとは思えなかった。ましてや手続きも踏まずに、合衆国艦隊をほんの一時と言えども動かせるだけの影響力をもつ相手に対して、役員も緊急招集されて参集できた株主もビビる他なかった。

 

肝が冷えて凝り固まった思考では、最早何をしても後手に回る。敗北を理解し、また十分なアフターケアを約束された幹部らは、教本通りの飴と鞭で懐柔され、双方の合意の下で買収と合併が始まり、数時間で全てが決まった。

 

名義『Minimize RAGE』社は米露の共同出資・共同経営で成り立つ、巨大な国際的PMCの共同体だった。退役軍人の為の受け皿であり互助組織という側面もあり、米露両国からの覚えもめでたい。新興にも関わらず既に両国の軍部に顔が利くコネクションも魅力的だった。無論、その実態はバラライカとエダが経営・運用の全権を握る巨大な武装私兵組織であり、まさしく多頭竜ヒュドラだった。

 

「全て終わったわよ。あとはその大尉次第ね」

 

バラライカは衛星電話でニューヨーク支部より確認を取った。イディスからの連絡に満足しつつ、CIAからのフレッシュな監視画像でロアナプラ現地情報を確認した。

 

封鎖線の完成と同時に包囲展開、ラグーンの移動も完了し、敵は袋のネズミだった。梯子を本社に外された大尉に、最早選択肢はなかった。生きるか、死ぬかだけだ。だが、バラライカは元軍人として、なんとなくこのまま大人しい終わりを迎えることは出来ないだろうと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案の定、母艦から大尉へと増援派兵は不可であること、また戦闘行為を停止せよとの命令が下った。そんな報告をギリギリまで聞き流しつつ、大尉はいつまで経っても抜けない敵の防衛線にヤキモキしつつも、そのことを心底楽しんでいた。

 

「いい加減に話を聞け!終わったんだ!仕事は終わった!新しいお前のボスがそう命じているんだ!金と命が惜しければ従いたまえ!」

 

上司からの命令に、大尉は歯を剥いた。

 

「なんだと?これからだってのに!」

 

大尉は無線機を放り投げて、銃を構えると乱射した。木っ端みじんになる無線機を気分よく眺めてから、副官のシュトルムを呼んだ。

 

「大尉!如何されましたか!」

 

「報告しろ!戦況は?」

 

煙草に火を点けながら問い質す大尉。問われて、シュトルムは苦々し気に応えた。

 

「奴ら本物の軍人です。我々の攻撃がいなされてしまいます。一向に抜ける気配がありません。装甲車も敵の歩兵にミサイルで破壊されました。本社からはなんと?」

 

「中止だとよ。どうするよ、シュトルム」

 

「こんな機会は二度と無いでしょう」

 

「だよな…マイヤーに伝えろ。連中を追えってな。船員がごねるようなら脅して従わせろ」

 

「了解!」

 

「さあ、クライマックスだ!市街戦といこうぜ!」

 

大尉は生き残りの部下を引き連れて、市街地に向けて、その前に陣取る封鎖線に向けて前進を始め、それまで相対していた第二小隊もまた、大尉らへの追撃に移行した。挟み撃ちされるとわかっていながらも、大尉は笑顔だ。実に愉しそうである。

 

 

 

 

 

 

大尉の狂乱はさておき、旭日重工へのキャンセル通告は予定通りに行われた。違約金は社そのものが変わったというロジックで見過ごされ、そもそもエクストラオーダー社は数時間で解体されて、その書類上の痕跡は皆無に等しい状態になっていた。影山部長の誤算である。

 

「何が、何が起こっている?」

 

影山部長はこの事態に、先々から備えていたバラライカ率いる『ブーゲンビリア貿易』との直接交渉に舵を切るが、結果は無残なものだった。

 

「今、社主はウサギさん(ザイチク)を寝かしつけており、手が離せない状況となっております」

 

野太い声で聞こえてきた、素っ気ない返答。声こそ真面目だが、言ってることは滅茶苦茶だった。

 

「は?え?ウサギさん?なんの冗談を…」

 

「冗談ではありません。では、これにて」

 

ディスクとは、使って初めて意味がある。交渉を通じて、旭日重工が握る密貿易の非合法ルートを抑え、或いはそこに食い込むことが重要なはず。だというのに、まるでそんなことには興味が無いと言わんばかりの返答に、生粋のサラリーマンでしかない影山部長はパニックを起こした。彼が今、唯一縋る事が出来る者は、現地で状況を自分よりも理解しているであろうオカジマロクロウ一人だけだった。なんという皮肉だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

南アフリカ・プレトリア本社より作戦中止命令。

 

「我が社はすでに社名と帰属先を変更した。最早契約を独自に結ぶ権限を有していない。これ以上の作戦行動は規約への違反と判断する。現地での戦闘行為をただちに停止せよ。さもなくば解雇と同時にこれまでの問題行動を国際法廷へと提訴する。ただし、停止した上で帰還に応じれば、第三世界へのグリーンブック(綺麗なパスポート)を用意する」

 

「ははは!最高だ!最高の戦争だ!これだ!これを求めていたんだ!パスポートがなんの役に立つ!」

 

遂に私物の電話にまでかかってきた上司からの警告に、大尉は腹の底から笑った。笑いながらも手を動かす。引き金を引く。今や生き残りは自分を含めて十人もいなかった。封鎖線に用意されたテクニカルを利用した移動機銃陣地が執拗な迎撃を行い、それに呼応するように背後から迫る最精鋭の空挺軍出身者で構成された第二小隊が牙を剥いた。前後からの挟撃は、前方からの掃射が身動きを取れ無いように牽制し、背後からの徹底的な精密射撃により、一人一人確実に射殺されていった。時に横から、時に斜め上から。神出鬼没の敵に狙撃されゆく部下を笑顔で見送りつつ、大尉は叫んでいた。

 

「シュトルム!まだ生きてるか!」

 

「はい!大尉!」

 

「そろそろフィナーレだ!部下を集めろ!」

 

大尉麾下、生き残りだけで編成された決死隊が、機関銃の牽制にも怯えずに突撃を開始した。死に物狂いの一斉射により、命大事にを言い含められている封鎖線の部隊からの機銃掃射が僅かな間だけ止まった。大尉らは、部下の数人の体に手持ちの爆薬と手榴弾の全てを巻き付けると、特大の人間爆弾にして突っ込ませた。嬉々として吶喊する兵士たち。

 

「突っ込め!」

 

大尉らが叫んだ。

 

「止めろ!街に入れるな!」

 

迎撃班が叫んだ。

 

一人を残して前後から再開された射撃により、地に伏せて動かなくなるも、命知らずの兵士の一人が、運悪く封鎖線のバリケードに辿り着いてしまった。

 

「不味い」

 

ボウッ!と眩い閃光と共に、焼夷手榴弾とダイナマイトとC4の全てが一瞬で膨張、爆裂した。封鎖線から寸でのところで退避できた成員を除き、敵も味方も黒焦げになった。唖然としていられるのも一瞬のこと、大尉は自ら先頭に立つと、マシンガンを乱射しながらバリケードを乗り越え、いの一番に市街地に向かって奔った。

 

「止せ!奴を止めろ!撃て!」

 

背後から追撃してきた第二小隊の隊長が叫んだが、直ぐに遮蔽物に隠れられたせいで射線を確保できなかった。数人を射殺するも、副官のシュトルムも、大尉本人も生きていた。

 

「今だ、突っ込め!ぶち込ンでやるぜええええええベイヴィィィィィーーーーーーッ!!!」

 

大尉の狂気が、封鎖線を破り、遂に市街地戦へと突入してしまった。大尉はシュトルムを副官として残して、マイヤーにヘリを任せた。仕事もやり遂げる。だが、戦争も楽しむ。チンピラどもを追え。仕事は真面目なお前に譲ることにするぜ。こっからは『ビジネス』じゃない。強いていうなら趣味さ生き甲斐さ。大尉の頭の中はそんな感じだろうか。もっと、何か身近なことを考えていたのだろうか。子供の頃のこと、家族のこと、故郷のこと。そう言うことが、彼の脳裏に過ったことはあるのだろうか。忘れようとしていたのか、忘れられなかったのか。本当に、当の昔に忘れ去ってしまっていたのか。それは誰にも分らなかった。

 

唯一つ、シンプルな事実として、ロアナプラは地獄と化した。

 

バリケードの破壊に伴い、モスクワから送られてきた二線級戦闘員で構成されていた第三小隊は速やかに撤退。今度こそ未だ無傷で戦闘を継続するバラライカ直下の遊撃隊(ヴィソトニキ) vs E.Oの死兵による激戦が、街の繁華街に居ても聞こえる段階になり、遂に我慢できなくなった他の連絡会及び黄金夜会(コミッション)のメンバーから問い合わせが殺到した。唯一、一足先に話していた張だけが事務連絡だけを求めてきたが、これらに対してバラライカは『戦争』の一言で一蹴してしまった。

 

一時は戦場を塗り替えるような熱狂により、市街地へと辿り着いた大尉たちだったが、住民から一切の躊躇なく発砲されるというロアナプラの常識的非常識によって、敵と敵以外の判別もつかなくなり、自然と人の少ない方へ方へと追い詰められていった。

 

遊撃隊(ヴィソトニキ)には生きる目的があり、その為に戦う。人間として安定していると、兵士としても安定する。戦場の狂気に呑まれない強さが、大尉達には足りなかった。或いは運が悪かった。遊撃隊との力量差が如実に現れ出した。

 

装甲車の破壊を担った歩兵戦闘車と、機関銃を載せた軽装甲車両が市街地にも到着し、最早どうにもならなくなった。大尉達に最後の時が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり魚雷艇。無事に脱出したものの、しばらく帰れそうにないロック。そんな彼を憐れんでか、早い所厄ネタとおさらばしたかったのかは知れないが、ベニーが旭日重工に連絡をつけることになった。

 

「ダッチ、繋がったみたい。カゲヤマさんって人。向こうから是非とも、だってさ」

 

「OK、だから言ったろ?案外、帰って来いって言うかもしれないってよ」

 

「本当に、そうだといいんだけど…」

 

ロックが恐る恐る通信機を耳にあてると、向こうから切羽詰まった声が聞こえてきた。

 

「あ、あの!影山部長!」

 

「リョクロウ君!君の方でなんとかならないだろうか!?実は、こちらで問題が発生してね、交渉が難航しているんだ、ディスクの件なんだが、運搬の担当は君だろう?頼むから、君が最後まで仕事をやり遂げてくれないかな?」

 

「は?」

 

「もとはと言えば、君の失敗が原因じゃないか!もしも、もしもこれが原因で旭日重工が倒産してみたまえ、君は社員五万名を路頭に迷わせたことになるんだぞ!?」

 

「あの、部長」

 

「君には、その覚悟があるのか?私はね、君の尻拭いの為に方々に頭を下げた。だがね、リョクロウ君はどうだろう?リョクロウ君にも誠意を示して欲しい!私も君の上司として全力を尽くしてきたが、今度は君に頑張ってもらわなくては。汚名をそそぐチャンスだ!そうは思わないか?全て終われば、君の将来も安泰だ!今の私が座っている椅子が空けば、私は専務あたりに、君は最年少で我が社の部長になれるかもしれない!」

 

「…部長。あの、あの…」

 

「ん?なんだね?リョクロウ君。受けてくれるか?」

 

「…謝るとか、なんていうか、ないんですかね、そういうのって…」

 

「…何を言っているんだ?それどころじゃないだろうに…リョクロウ君?」

 

「俺の名前は、ロクロウですよ、影山()()

 

「あ、そ、そうだったそうだった!すまない、忙しくてね。少し動転していたよ。それで、どうかね?君が人質にされたってことは、何か君に価値があるからなんじゃないか?どうだね、交渉の席に、なんとか就けないかな?」

 

「はぁ……俺にそんな価値、ありませんでしたよ」

 

「…そうか、残念だ…だが、ディスクの件は、君の失態であることには違いない。立派な社会人たるもの、責任はとらなければならない。そうは思わないか?」

 

「それが、なんですか?」

 

「私もね、こんなことはしたくなかった。だが、君が捕まってしまい、ある意味では幸運だったとも言える。こうするしかない。皆を助けるために、尊い犠牲が必要だと…そう思わないか?」

 

「…」

 

「ディスクの件は陰謀として処理させてもらう。我々はディスクも何も、知らなかったんだ。全て、君の筋書き通りだった。そういうことになる。理解してくれ」

 

「…」

 

「恨むのはお門違いだ。そもそも君が捕まらなければこんなことにはならなかった。まして、私も好きでこんなことをしているわけではない。仕方なく、やむに已まれず、こんな選択を採らざるを得なかったんだ。これは『ビジネス』であり、より多くを救うために、ね。わかってくれるかな?恨むのなら、悪党どもを恨んでくれ。じゃあ、もう会うことも無いだろう。ご家族のことは心配しなくていい。そういうシナリオだから葬式には出れないが、ご家族も被害者として扱われる。だから安心して欲しい。察して(死んで)くれると助かるよ。誰それに口無し、と言うだろう?」

 

「…」

 

「君の英断に敬意を表するよ」

 

今更になって影山から話が来た。交渉が難航している。だから君から何とかできないか。

 

出来ないと答えると、影山はロクロウに全てを被って死んでくれと言った。

 

無責任な上から目線の頼み方も、日本と社内でしか通じない道理と権力を振りかざす影山の態度にも、その全てにロックは失望した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

責任の取り方なんて学校では教えてくれなかった。責任と義務だけを、使い方も分からない権利と引き換えに背負わされた。空気を読まない後ろめたさと謝り方だけを教え込まれてきた。まるでそうしていれば、世はこともナシ、全ては上手く行くのだとでも言うように。上司に媚びへつらうくせして、自分よりも立場の低い人間には平然と声を荒げ、口汚くののしり、自分の機嫌の善し悪しをその都度、社の利益だとか社会人としてのマナーとか、理由を付けて、責任転嫁して振りかざして。馬鹿の一つ覚えみたいに、棒切れを振り回すガキみたいに、権威を振りかざして。お前たちのどこが、カルトと違うんだ?どこが、神の所為にしないと、教典の所為にしないと、人殺しは疎か、怒りを表現することもできないテロリストと違うんだ?お前らが、未開人だ、野蛮人だと思ってる彼らと、我らが先進諸国のインテリ共の、或いは強者と弱者の間にどれだけの違いがあるんだ。恥知らずどもめ。手前の顔についた泥を拭う努力もしない。まるで、泥だらけの自分を美しいとまで言い張る様な厚顔無恥だ。

 

身綺麗にしようと、血を吐く様に苦しんでいる僕たちが、まるで馬鹿みたいじゃないか!お前らが幸せそうにするなよ!お前らが偉そうにするなよ!お前らが悲しそうにするなよ!全部全部、自分で責任を負う覚悟なんてないくせに!全部全部、誰かの所為にするくせに!人にばっかり押し付けんなよ!醜い!汚い!見苦しい!反吐が出る!言葉ばかりが正しくて、行動の全てが正しくなくて、その所為で、頭で言葉の正しさを忘れることが出来なくて、確かに正しいことが理解できる所為で、お前らが教え込んだ世界と社会には、正しいことで成功した奴らばかり、成功した奴らの綺麗なところばかりがピックアップされていて、注目されていて、その所為で逃げられないんだよ!褒められたいけど悪いこともズルいことも、やり方だって分からないんだ!教えてくれよ!必死になることしか、一生懸命に頑張る事しかできない僕らを救ってくれよ!認めてくれよ!ズルしても褒められるくらいなら、僕達が真面目に頑張った分も余計に褒めてくれよ!褒められたくて、褒められる方法が分からなくて、認められるにも常識が邪魔をして、常識を守らないと詰られて…存在さえも邪魔者扱いされることが怖くて勇気なんて出る訳が無いじゃんかぁ!お前らの所為で、僕たちは息もできないんだよ!

 

情けなくて悔しくて、胸が苦しいよ。泣き方も忘れちゃうくらい、愛想笑いしか出来なくなっちまったんだ。なんてこった。正義に殺されちまうよ。あーあ。汚職政治家も傍若無人上司も生臭い宗教家も半グレ不良共も自称活動家もイイ子ぶって不倫してる様なタレントも。どいつもこいつも、お前ら全員ぶっ殺してやりたいよ。全員まとめて地獄行だ。お前らを地獄に堕とせるなら、僕は地獄に堕ちてもイイ。誰の為でもなく、僕が一番嬉しくて、楽しくて、悲しくて、泣きたくて、笑いたいから。気持ちいいからだよクソったれ。誰の所為にもするもんかよ。

 

否応なく歩き続けた先に、どれだけのことが待っているのか。何か、希望を見たんじゃないのか。それが、ッその結果がこのザマだ。信じたかったものが、その程度だとわかった時、これまで生きてきた時間が無駄だったのかと言う、そんな疑問と無力感が、脱力感が襲うんだ。なんて悲劇。なんて喜劇。僕たちはまるでピエロだ。綺麗なことと、汚いこととを奪い合い、押し付け合って生きてる。綺麗なものを奪い取ることも、汚いことを押し付けられることも、僕たちが初めから汚ければ、綺麗なものなど信じてることもなく、知らなければ。それならば、こんな目には合わなかったのかな。こんな思いはしなくて済んだのかな。

 

何かを正しいことだと教え込まれて今日まで来たけれど、正しいことを僕たちに教授した奴らは、その誰一人として正しいことを守ろうとしなかった。守ろうとした人ばかりが馬鹿を見てしまう。そして、馬鹿を見る人を笑う連中ほど、自分が切羽詰まれば詰まるほどに、自分以外の全てに、自分にとって都合の好い正しいことを押し付けるんだ。正しいことを成せよ、と。正しくあれよ、と。でも、それって、誰にとって正しいのかな。一番得をする人にとっては正しいのかもしれない。でも、僕が苦しいときに、僕の為に正しいこととやらが機能した例があったのかな。僕たちは知らない。知る事が出来ないまま、正しいことが正しくある様を、見ることもないままに死んでいくのかな。飽きられたオモチャみたいに、投げ捨てられて、誰にも記憶されずに雨風に晒されて朽ちていくのだろうか。

 

我慢するのも、誰かの為に傷つくのも、言われるがままに他人の正しさに縛られるのも、全部全部惨めで、まるで何も知らずに悪の手先になるみたいじゃないか。なら最初から悪党であれよ。自分の為の悪党であれよ。自分以外の悪党の為に、その悪を使うなよ。その正義に、その悪に縛られるなよ。そうだろう?正しさを決める人間が常に正しいわけじゃないだなんて、誰も教えてくれなかった。それだって、きっとそのほうが連中にとって正しいことだからだ。なんだ、最初から分かり切っていたんだ。

 

悟ったのかな。思い込んだのかな。悲しかったのかな。嬉しかったのかな。そうあって欲しいって、懇願したのかもしれない。信じるべきものを見つけたのかもしれない。目を見開き、聴き耳を立てたのかも。目を瞑り、耳を塞いだのかもしれない。祈ったのかもしれない。祈らなかったのかもしれない。

 

でも、この瞬間に、岡島緑郎は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オカジマロクロウは死んだんじゃない。あなた方が殺したんだ」

 

「俺はロックだ」

 

「今の俺にはやりたいことがある。してやりたいことが」

 

影山は突然話し始めたロックの声に漲る迫力に絶句した。一方的に通話を終えると、ロックがラグーンの三人に向き合った。胸を張り、堂々とした態度は人質には見えなかった。

 

レヴィ達がそんなロックを見つめていた。日本語の会話は理解できなかった。だが、生っ白いホワイトカラーの坊やが、一端の男として選択したことは理解できた。

 

「いい顔をしてるな。ロック」

 

ダッチから称賛される。

 

「中々どうして骨があるじゃないか」

 

ベニーも感心した様子だった。

 

「なぁ、ダッチ。いっちょ、ロックの話を聞いてみないか?きっと面白いぜ?」

 

レヴィの言葉に、ダッチは黙ってアメリカンスピリットを差し出すことで応えた。

 

「あんたのしたいことはなんだ。何が欲しい。何が好きで何が嫌いなんだ」

 

レヴィとレイジの声と顔が重なる。

 

「奴らの鼻を明かしてやる。巻き込まれ損じゃあ面白くない。一泡吹かせてやろう」

 

煙を吐き出しながら、ロックが宣った。ダッチの片眉がつり上がる。目が見開かれた。

 

「面白いことを言う。そいつは金にならねえ。必要とあらば火の粉を払うのが俺たちだが、奇跡的に今日はまだ一発も弾いてねえ。このまま静かに終わっても俺は一向にかまわんのだが…」

 

ロックの目がギラギラとダッチを見つめて離さない。しかし、ダッチも譲らない。

 

膠着したところで通信が入った。レヴィの電話だった。

 

「バラライカからだ」

 

「なんだぁ、今頃んなって…向こうが終わったのか?」

 

レヴィから電話を受け取ったダッチの顔色が、あっという間に悪いものになった。

 

「最悪だぜ。今日は厄日だ。おい!戦闘ヘリが投入される可能性があるとよ。もしも俺たちが火の粉を払うつもりなら、特別にロハで母艦の位置を特定して教えてくれるらしい…さて、どうする?」

 

「外の魚雷管は、中身が詰まってるのか?」

 

ダッチの問いかけに、ロックは詰め寄った。

 

「逃げるって選択肢はねえが、無理に使う必要もねえ…使うのはイイが、連中の船にゃ非戦闘員も乗ってるはずだぜ?いいのかい?落っこちるのは一瞬だ。戻ることは出来ねえぞ」

 

ダッチの鋭い視線がロックに突き刺さる。ロックは、笑った。野生動物にとって、笑顔とは威嚇と同義だ。悪党は常に笑っていて、正義は怒ってばかりで小皺が増える。ロックは笑っていた。

 

「俺だって運が好かっただけなんだ。どちらにせよ、彼らだって同じだ。魚雷で月まで吹っ飛ばすんだ。この際派手にやるさ」

 

この際が、どの際なのか。それはロックにしか分からない。だが、彼は吹っ切れてしまったのだ。堕ちたのかもしれない。縋りついたのかもしれない。立ち止まり、蹲ってしまったのかもしれない。だが、それの、何が悪いのか。彼を切り捨てた連中よりも悪いのか。彼に全てを被せて死ねと言った連中よりも悪いのか。それとも、逆にロックの方が正しいのか。ロックの方が間違いが少ないのか。

 

罪過の大小も有無も、恣意性の極みだ。この場に、その多寡がどれだけの意味を持つだろう。ロックはまだ死にたくなかった。死にきれない。悔しい。腹が立った。どうせなら、自分の生きざまを刻みつけてやりたかった。後悔させてやりたかった。俺はその上で生きていたいんだと。

 

「母艦ごとか!豪勢だなぁ!」

 

レヴィが快哉を上げた。平凡な人間が、平凡なままアウトローになろうとしている。その世界で自分の価値を世界に示そうとしている。このクソ世界で、だ。大した度胸だ。買ってやろう。その度胸があれば、あたしのボスを楽しませてくれるだろう。ボスが嬉しいとあたしも嬉しい。旭日重工にはクソの詰め合わせを贈られた所為でがっかりだが、お陰でダイヤが手に入った。コイツは小さいダイヤ粒だ。小さい。小さいがダイヤだ。ダイヤはダイヤ。銭も銭だ。そのサイズは問題じゃねえ。輝けば嫌でも目立つさ。敵に回っても、味方にまわっても…な?

 

「OK…OK…ロック、手前の覚悟は理解した。考えてることも理解した。そんでもって、やらにゃならねえ理由もできた。できちまったぜクソったれ…だが、いいだろう。やったろうじゃねえか。ガンシップが発艦する前に魚雷をぶち込む。シンプルだ。魚雷代はバラライカに請求するさ」

 

勇気を出して言ってみたら、案外自分の希望が通ってしまったことに、ロックは満足していた。自分の価値の一端が認められたような気分になるからだ。

 

ダッチの一声でラグーンは発進した。向かう先はエクストラオーダーの母艦である。先手必勝。二本の魚雷をそのどてっ腹に叩き込んでやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バラライカから情報を受信しつつ、バラワン周辺の水路を迂回し、沖合で錨を下ろした母艦へと接近する。

 

「奴さん止まってやがる!好都合だ、ぶっ放して即離脱するぞ!」

 

「了解!バラライカはなんて?」

 

「まだヘリは飛び立ってない…が、今ハッチが開いた!やるなら今だ!」

 

ベニーから悲鳴が上がった。ダッチは少し遠いが、二本とも魚雷を射出した。

 

「魚雷の進路はまっすぐ進んでる。この分なら当たるはずだ。接近しすぎれば連中の船から弾が飛んでくるかもしれないし、距離はそのままに大きく迂回してさっきの水路に退避しよう!」

 

ロックが操縦席のダッチのシートに手を置いて、エンジン音にも負けない大きな声で言った。

 

「そいつはご機嫌だ。足も決断も早いに越したこたあねえ!水路に潜って身を隠すか…舵を切るぞ!掴まってろ」

 

ダッチが方向転換し、もと来た方へと戻っていく間も、ロックは背後の母艦に釘付けだった。

 

「やったか?」

 

暫くしてからレヴィがロックに聞いた。レヴィは母艦破壊の成否などどこ吹く風のようだ。まるで気にした様子が無かった。

 

「あぁ、母艦が炎上したのが見えた。だけど、小さくなってたから沈んだかは確認できなかった」

 

「何はともあれ一件落着ってヤツさ。バラライカも上機嫌で小切手を切ってくれるだろうよ」

 

レヴィはそう言いつつ、不安が無いのか図太いのか、鼻歌交じりに海を眺めていた。

 

少し空白が生まれたことで、アドレナリンが途切れて落ち着きを取り戻したロックが、今度こそ船を降りた後での身の振り方を考えていると、突然ベニーが叫んだ。

 

「大変だ!何かが高速でまっすぐ突っ込んでくる!」

 

「クソ!なんて日だ!船は確実に炎上したはずだ!ギリギリで発艦に成功しやがったのか!?」

 

「まあ、落ち着きなよ。まだ終わっちゃいないんだ」

 

レヴィに窘められ、ベニーとダッチは青い顔のまま海上を一目散に疾駆した。

 

「もう真上に来るッ!」

 

「レヴィ!バラライカに繫げ!」

 

「あいよ」

 

間もなくガンシップが飛来すると、海上での派手なカーチェイスが始まった。命懸けの鬼ごっこだ。エンストしても死。ミサイルが当たっても死。機関砲が甲板を抜けても死だ。分の悪い賭けだ。だが、どのみち追い回されると理解していたから食らいついたのだ。過去をほじくり返したり、ロックのド覚悟に唾を付けるほど、この場にいるアウトロー達は子供ではなかった。

 

「姐御ぉ!やべえぞ!連中、最後の最後であたしらのケツに食いつきやがった!このままだと一時間とかからずにスクラップと魚の餌になっちまう!」

 

片耳を抑えてレヴィが話す横で、ロックは頭を捏ね繰り回していた。水路に向かっているものの、魚雷も何も無い物はないのだ。手札がゼロの今の状況で、頼れるものは何もなかった。

 

「あ、うぐ…ど、どうすれば、どうすればいい…考えろ。考えるんだロック!」

 

血走った目で、ゴリゴリとSAN値を削られながら考えるロック。その鼻から血がタラりと垂れると、そのまま伝ってほうれい線に沿って滴り、顎の先から落ちて行った。

 

「あぁ!ミサイルだ!ダッチ!なんとか回避して!」

 

「やってる!おい!レヴィ、ロックでもいい!誰でもいいからフレアを打ち上げろ!」

 

ベニーが今にも泣きそうな声で言い。ダッチが頷きつつも苦々しく叫んだ。冷や汗が滴っていた。背中にびっしょりかいている。ロックはフレアを持ち出そうとしたが、それより先にレヴィが止めた。

 

「おいロック!待ちやがれ、今外に出たらあたしらより一足先に挽肉に変えられて明日のマーケットに並ぶことになるぜ?」

 

「でも!今やらなきゃ、どうするんだ!あとで死ぬのも今死ぬのもいっしょだろ!」

 

「なら尚更だ。足掻くのも悪かないが、どんくさいのは引っ込んでな。慣れてるあたしが片づけるさ」

 

機関砲の弾なんて、体に掠っただけで即死だ。頭の横を通り抜けようものなら、鼓膜ごと意識を刈り取られる。ヘリに積まれているような代物だ、薄い鉄板の箱でしかない魚雷艇を底まで、丸ごと穴あきチーズにすることだって出来るだろう。ましてや、相手は遊びもなにもないのだ、仕事として割り切って、一刻も早く対象を始末するために淡々と追い詰めてきている。確実にダメージを蓄積させつつ、最後のとどめで木っ端みじんにするつもりなのだ。

 

大尉の不在が、かえってラグーンを危機に陥れてしまった。皮肉なことに、ヘリの操縦者であるマイヤーの冷徹で淡々とした姿勢こそが、専ら自然で普通で常識的で、何よりも現実的なのだ。何一つのファンタジーを望むべくもなく、魚雷艇が木っ端みじんにされるまでは秒刻みの段階だった。

 

「レヴィ…いいのかよ、君こそ死ぬかもしれないんだぞ」

 

「新顔よりは上手くできる。あたしは余裕のある女なんでね。これ、持っとけよ」

 

レヴィはニヒルな笑みでそう言うと、通話中の電話を預けてロックの肩を叩いてから颯爽と船外に躍り出ると、揺れ動く船上を、暴れる牛をなだめるカウボーイのような身軽さで動き、身を伏せて被弾面積を最小にすると、無線越しに聞こえてきたベニーの声に従い、明後日の方向に向けてフレアガンの引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレアは無事に成功し、機関砲が時折甲板を抜けることを除けば、奇跡的に無事だった。だが、奇跡的なバランスも今にも壊れそうだった。バラワンの水路、特に岩礁地帯が目前に迫っていたからだ。ここまでは本当に運が好かった。だが、この先も同じとは限らなかった。ヘリに猛攻撃を受けつつも、逐一ホテル・モスクワからの通信で一路逃げ続けた。

 

死ぬかもしれない。だから、もう一度、命を賭けよう。そうロックが考えるのも変な話ではなかったが、でも何が出来るのか、ロックには分からなかった。

 

覚悟だけを決めたところでヘリが降下した。殺意だけが冴え渡り、最後だとばかりに自分は絶対安全な位置から、手加減なしでミサイルと機関砲が降り注いだ。

 

「体を固定しろ!無理矢理だがギリギリで避けられるように神に祈っとけ!!」

 

ダッチが叫ぶや船が上下にガタガタ揺れた。体が恐怖で震えるみたいに。機関砲弾が炸裂して金属が拉げたり、跳弾して反響する音がガンガン響く。死ぬ!死ぬ!死んじゃう!

 

「クソ!生きてる!生きてるぞ!」

 

ダッチのボヤキは全員のボヤキだった。真っ先に水面で炸裂したミサイルの爆風に巻き込まれて、後続のミサイルが誘爆してくれた、数千発に一回の奇跡に違いない。奇跡的に第一波を回避したところで、休む間もなく第二波が迫るのだが。

 

上昇し、すぐさま翻り太陽を背に降下する。今度こそ無理かもしれない。バラライカからはしばらく前からとにかく死ぬなとしか言われていない。逃げる術も場所も無かった。運命に見放されたか。神に嫌われたか。

 

「クソ!クソ!やっと、やっと吹っ切れたのに!やっと、掴めると思ったのに!その矢先に!なんで、クソ!こんなところで!もっと、もっとなかったのかよぉ!」

 

ロックの嘆きが、波の飛沫と至近で炸裂する爆音にかき消されていった。

 

死を覚悟した瞬間だった。レヴィの衛星電話に着信が入った。諦観で緩慢な動作で…言い換えれば、落ち着き払った動作でレヴィが通話ボタンを押した。

 

「わりい、死ぬかもしんねえ。楽しかったな」

 

レヴィが爽やかに言う。まるで、最初から誰が相手なのか理解していたみたいに。財布を忘れてお遣いを果たせなかった子供みたいな、悪気はなくって、でも本当に申し訳なさそうで、そんな調子だった。

 

だが、相手の返答は否。

 

「死ぬにはまだ早いよ。だって僕も君も、昨日の晩御飯を食べ損ねたからね!最後の晩餐だけは、必ず二人で摂る約束だよ」

 

ベニーが叫ぶ。

 

「ヘリより早いやつが突っ込んでくる!!!」

 

レヴィが堪らずに駆け出した。ロックも咄嗟に彼女の背中を追う。二人が甲板に上がり、空を見上げた瞬間だった。

 

戦闘機(ファイター)だッ!!!」

 

レヴィの叫びを肯定するように、アフターバーナーの爆音をかき鳴らしながら超低空で侵入したF16が、魚雷艇からガンシップを引き離すように機関砲を撃ち上げた。一掃射後、即座に錐揉みしながら上昇し、ヘリの挙動を誘うように大きな円弧を描きながら飛翔した。

 

「クソ!どうしてタイ空軍機が!?」

 

マイヤーが悪態を吐くと、タイ軍機から流暢な()()()()()()の英語で通信が入った。

 

「こちらタイ王国空軍機。事前に提出されたフライト計画に予定されていない所属不明の武装ヘリによる明確な領空侵犯を確認した。領空内での無断火器使用も目視で確認。これより迎撃する」

 

明らかに聞かせるための通信だと気づいた時には遅かった。マイヤーが乗るヘリが戦闘機から逃げ切れるはずも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイ軍機が飛来するや、ヘリが果敢に格闘戦を挑むも相手にならなかった。間も無く戦闘機からのM61バルカン機関砲の掃射と、とどめにミサイルが炸裂したことでヘリは墜落した。海上に没し爆散したヘリを顧みることもなく、仕事を終えた戦闘機は悠々と旋回し基地に戻って行ったが、帰り際に再び海面すれすれの超低空飛行を披露してくれた。

 

間近を通過する一瞬だったがパイロットの顔がはっきりと見えた。

 

「命の恩人様だ。ピースサインで送ってやれ」

 

途中からはすっかり観戦気分で甲板に上がっていたレヴィとロックは、ダッチから言われるままに、感謝を込めてピースサインを天に掲げて見せた。

 

コックピットでピースサインを返してきたパイロットは一目でわかるサングラスをかけた白人で、どう頑張ってもタイ人には見えなかった。アフターバーナーで大気を焦がしながら、振り返ることなく空の彼方へと飛び去っていったタイ軍機を、ラグーンの一味はただ茫然と見送ったのだった。

 

後日、ニュースで領空侵犯をした所属不明の攻撃ヘリをタイ空軍機が迎撃し、これを撃墜したとの報道が流れた。ドンムアン空軍基地から飛来したその戦闘機が、実は完全武装の米空軍仕様のF16だったことは、ここだけの秘密である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れてからロアナプラに戻ると、彼方此方で清掃作業と瓦礫の撤去が進められていた。誰しもが自分の身に起こった奇跡を信じられずに呆然としている中で、ただ一人レヴィだけが狂暴なのに穏やかな、そんな満面の笑顔で港を見つめていた。昨晩、港を前にして浮かべていた表情と同じだ。安心していて、優しい気持ちになっていて、心が温まる様な、でもどこかに切ない、退廃的で気紛れな感情を抱えた、複雑で味わい深い厚みのある感情だ。酸いも甘いも、含んで、飲み込んだからこそ現れる、目尻の皴まで美しい表情だった。

 

ロックはその顔に見惚れたんだ。あんな風に笑いたい、俺も。あんな風に、笑えるようになりたいなって。そう言う人生を送りたかった。上司にペコペコするのも、もう沢山だった。自分と言う人間を試してみるのも、或いはギャンブルに違いない。分の悪い賭けだった。だが、今日と言う成功体験が、ドギツイ麻薬のようにロックの心身を蝕み、悍ましい全能感を与えた。一種、確信に近いものだったのやもしれない。迷いながらも、その迷いすらも自己嫌悪と自己陶酔のスパイスになってしまった。

 

ロックの内心など知らずに、電話が鳴って、レヴィの耳元で声がした。

 

「ダッチに代われる?ソフィが話があるって」

 

「あいよ、ダッチ!姉御からだ!」

 

ダッチは首を傾げつつ、衛星電話を受け取った。

 

「世話になったな…最後のアレは正直肝が冷えたぜ…アンタの仕込みか?」

 

「お仕事お疲れ様。追加報酬で十万ドル、振り込んでおくから。ボロボロでしょ、そろそろ変えたらその魚雷艇」

 

「余計なお世話さ。気に入ってるんでね。直してまた使うさ」

 

「そ…あぁ、アレはね、私の仕込みじゃないわよ」

 

ぷつりと電話が切れて、ようやくひと心地ついたと言ったところ。ダッチとベニーは重い重い溜息を吐き、それから深々と深呼吸をした。

 

明るかった空も、もう真っ赤に色づいていた。昨日の晩から何も食ってなかった。四人とも腹ペコだった。

 

そこでふとダッチがロックを見た。

 

「ロック、なぁ、これからどうするんだ?」

 

ロックは嬉しかったと思う。だって、声をかけるってことは、意味があるってことだから。選ばせてくれるってことだから。

 

「特に何も。行き先もないし。帰る場所も、この通りの根無草だよ」

 

両手の平を肩の高さに持ち上げて、コミカルな素振りでフリーだと伝えると、ダッチは喉の奥で笑った。

 

「なぁ、ロック。魚雷だってタダじゃねえんだ。折角だし、働いて返していかねえか?皿洗いよっか楽しい仕事を紹介してやるぜ?」

 

「スリル満点で、おまけに御法にも触れるような、だろ?」

 

レヴィがロックを船員にどうかと誘ったのだということは、言うまでも無かった。折角見つけたダイヤを逃す手はない。最後の最後で、レヴィはロックを見初めた。きっと好い相棒同士になれるだろう。

 

「船員が一人欲しかったところだ。丁度いい。これも何かの縁ってヤツだ。どうだ?ウチにくるかい?」

 

「喜んで、船長(キャプテン)

 

ダッチからの誘いに、ロックは快諾した。二人とも、なんともぴったりと填る感じがした。

 

「なぁダッチ、折角だ、レイジも呼ぼう。マーケットの連中からも気に入られてるからな。アイツがいるとぼったくられない」

 

紅い夕日を背後に、レヴィはレイジのことを呼んでもいいかとダッチに聞いた。

 

「ピザで好いなら歓迎するぜ。バラライカのお陰で懐も温かい。アイツのことだ、どうせ財布も忘れて来るに違いねえ」

 

ダッチは煙草を噛みながら、クククと笑った。疲れがどっと押し寄せてきたが、それ以上に心地の好い達成感が湧き上がった。あぁ、労働は尊いぜ。

 

「同感だ。でも、彼の気の抜けた顔を見ると、マトモな日常が戻ってきた気がするよ」

 

ベニーはひびの入った眼鏡をシャツの裾で拭き直すと、苦笑いして語った。

 

「違ぇねえ…ロック!商会の事務所でお前の歓迎会と行こう!うちは半分住み込みなんでな。それに、主役がいなけりゃ始まらねえ…今日の所は付き合ってくれや」

 

ダッチはそう言ってその場を締めると、事務所に向かって歩き出した。レヴィも後に続きつつ、レイジに帰還と夕飯の都合がついたことを知らせていた。ベニーはポケットに手を突っ込みつつ、そんな二人の後を静かに付いて行く。

 

彼らは振り返ることはしないだろう。ロックがちゃんとついてきているのか、振り返ってはくれないだろう。ロックがこの場からいなくなってしまっても、一年後には忘れられているだろう。

 

だが、それがいい。ロックは、自分を彼らの記憶に刻みつけられるか、否か。自分を試す機会と、それだけの資格に、能力に恵まれたのだと、そんな風に解釈した。半分は事実であるし、同時に願望でもあっただろう。

 

「今行くよ」

 

脳裏に過ぎるのはレイジとレヴィの言葉、振る舞い。自由で、穏やかで、自信に満ちた、本当の意味で生きているという実感が欲しい。日本では得られなかった刺激が、自分の価値が知りたい。この街で俺はどこまでやれるのか、を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラグーンが港に到着する小一時間前のこと、バラライカの特命を受けた遊撃隊(ヴィソトニキ)がボリスに直率されて、市街地に紛れ込んだ大尉と副官のシュトルムの後を追っていた。部下が全滅し、大尉とシュトルムも歩兵戦闘車とテクニカルからの集中砲火を受け、無傷では済まなかったはずだ。だが、それでも闘争心を失わず、或いは命惜しさに戦線離脱し、市街地へと逃げ込んだことは、紛れもない実力ありきでのことだ。そこは流石、歴戦の戦闘従事者とでも形容しようか。

 

「軍曹、血痕を見つけました」

 

大尉(カピターン)に報告する」

 

ボリスは袋小路の手前で部隊を停止させた。

 

「どうした?」

 

「見つけました。袋小路に辿り着いたようで」

 

「粘ったが…もう時間だな。掃除が終わらないと危なくて行かせられん。レイジが二挺拳銃(トゥーハンド)との夕食に遅れるからな。仕事を済ませて帰ってこい。今日は我が部隊も共に食卓を囲むとしよう。今日のことを労わねばな」

 

「メニューはレーションでも構いませんよ」

 

「二度目のアフガンは御免だ」

 

通信を切ると、ボリスは黙って頷いた。意を汲んだ部下たちが、一斉に大尉らが辿り着いたであろう袋小路へと突入した。

 

「…これは」

 

「軍曹!見つけました!ですが…」

 

部下の驚いたような声が届いた。ボリスが銃を構えつつ、袋小路を壁沿いに伝い、左から銃口でなぞるようにライトで照らしだすと、そこには二人の人間が死んでいた。

 

「…口径は?」

 

「我々の物ではありません」

 

コンクリートの壁に背中を預けて俯いたまま動かない大尉らしき、サングラスをかけた男の死体が一つ。これは全身に複数発の被弾痕があり、その傷が致命傷になっていた。肉体はまだ温かい。ついさっき死んだようだ。顔には苦々しいものが含まれた、自嘲するような苦笑いが張り付いていた。

 

もう一つの死体は、大尉の前で倒れ伏していた、副官と思わしきものだ。ナイフで滅多刺しにされていた。苦悶の表情で死んでいた。血が水たまりのように広がっていた。赤黒い水をボリスのブーツが踏めば、波打った。

 

「最後の最後で、この街に殺されたのか」

 

ボリスは地面に転がる薬莢を拾い上げた。口径の種類はバラバラで、この街のようにごたまぜだった。滅多刺しにしたって、この街の破落戸の殆どが経験する、ありふれた殺し方であり死に方だった。

 

「目撃者は?」

 

「いません。代わりに、自分が殺したので賞金首なら金をくれという者が数人」

 

「因果なものだな。最後の最後で、結局、軍人としての死すら許されないとは…」

 

「…賞金首ではありませんが、褒賞は与えるべきでしょう…」

 

「他人ごとではない、か…恨まれるべきではないな。そうしてくれ」

 

ボリスは部下に命じ、大尉を殺したという者にUSドルの現金で1000ドル、副官を殺したという者に500ドルを褒賞として支払った。受け取った者たちは賞金がもらえることを素直に喜び、それがUSドルでバーツ支払いではないことに喜び、現金一括でその場で支払われることに喜んだ。臨時収入を得られた彼らは、二人を殺し、金を貰った帰りの足で、中心街にあるロシア系のバーに繰り出し、金が無くなるまで痛飲するらしい。

 

ロアナプラの日常だった。どこまでも、日常に過ぎなかった。だが、常ながらも、常よりも遥かにスリルに満ちた一日だった。ある者にとっては血腥く、苦く、と同時に高揚と期待を胸に抱かせる。そんな一日になった。これは、新しいロアナプラの始まりに過ぎないのかもしれない。ホワイトカラーの皮を被り、今や悪党としての才気とインテリらしい傲慢を抱えた、ロックという新顔の参入によって。また、レイジと彼を取り巻く女たちの見せた最初の動きが齎した、蝶の羽ばたきに唆されて。この街は変わらないままに、変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。第一章完かな?続けられればいいなぁ、なんて。20万字超書いて、まだ単行本の第一話に過ぎないって言うね…。流石に疲れた。難産でした。今回はロックの加入を中心に構成した上で、原作との違いを出すべく展開とロジックを捏ね繰り回し、遊撃隊やエクストラオーダー大尉の出番を大幅に増やしました。今後への起爆剤的な話だったので、あんまり女性陣の出番がありませんでした。期待してくださった方には、ごめんなさい。それでも楽しんでいただければ、二次創作者冥利に尽きますな。今後はもっと露骨にイチャイチャさせたいな。R15の範囲で限界まで色気と湿度のある文章を書きたい。性描写ではなくて、こう、なんか、迂遠で生温い濡れ場・エロスを書きたいです。唾液が溢れてくるような、そういうのを。えぇ。はい。生臭い感情とか、それしか僕には書けないので。それが書きたいので。独白形式が必然的に多くなりますが…どうか今後ともお付き合いください。

次話からはガルシア君が登場します。主役はラグーンとメイドさんかな。バラライカはお休み。シェンホアとエダは友情出演程度かな。まだまだ本出演は先ですが、閑話でイチャつかせたいなぁ…。あ、お気づきの方もいらっしゃると思われますが一応…神が憐れむ低能さを誇るルアクさんと、馬糞野郎の陳さんはまたの機会に、ということで出番はありません。



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