*直接的で露骨な性描写(R18)はありません。ただ、迂遠で間接的な描写や言い回し、示唆や比喩などは含まれていることを予めご理解ください。苦痛と快楽、精神性と肉体性、本能と理性、承認欲求や破滅願望など…は本作の重要なテーマなので、有り体に言うと濡れ場は外せません。ご理解のほどを。R15の範囲ですが、苦手な方はご容赦を。
僕は性行為が苦手だ。僕は、一度だって、虜になれた例がない。何故ならば、僕は性欲なんかよりもずっとずっと、醜悪で不潔な何かを抱えて、彼女たちのことを貪ってるからだ。だから、僕は性行為が苦手だ。知った上で、僕は何度でも恥をかいているというのに。その恥を、何度でもかいてしまうと言うのに。なんてことだろう。
性欲だなんてものは、自分で処理できるものだ。その程度の代物だ。僕を狂わせるほどのものではないのだ。全くもって、僕の狂気にとっては、僕を狂わすには無力に過ぎる。性に狂っているのではないのだ。僕はもっと、そんな単純で、素直な何かではなくて、より歪なものに狂っているんだ。頭の中が、支配されてしまっているんだ。
性欲を満たすためだけの行為ならば、それは排便と同じだ。でも、僕にとって、僕が欲しいのはそうじゃないのだ。僕が溺れているのは、僕が沈んでいたいのは、そんなものではない。でなければ、僕は何時も何時も、彼女たちと肌を重ねる時に、涙なんて流さない。虚しさだけでも、悲しさだけでも、寂しいからだけでもない。寧ろ逆だ。嬉しくて、喜ばしくて。だから涙を流しているんだ。でも、涙が止まらなくて、顔が水浸しになるまで涙が出続けてしまうのは何故なんだ。僕は、この、得体のしれない胸が詰まる思いを、ずっと感じていたいのだろうか。それとも、止めて欲しいのだろうか。涙を止めないで。涙を止めて。どんな涙なら止めて欲しいの。どんな涙なら流れ続けてもイイの。流し続けていたいの。僕は、余りにも自己中で我儘だ。この胸に迫る思いを、言葉にすることもできない。
カラダの境界線を、ほんの少しでも埋められるように。隙間なく、この心の距離を縮められるように。僕たちはカラダを押し付け合う。心と言うものを取り出すことはできないから。手の平にのせて、差し出すことも、見せてあげることもできない。その色も、味も、香りも、重さも、温度も、手触りも。僕たちは互いの心を知らないままに、一緒に過ごさなくてはならない。どれだけの赤心でも、本当に僕の心が赤いのか、僕ですら確かめることは出来ないんだ。だから怖い。
人間を突き詰めていく。人間の持つ、物というものを突き詰めてく。すると、最後に残る、価値を付けられる代物がカラダなんだ。最古の商売が、カラダを売る事であることも頷ける。人間は、人間のカラダに価値を認めているのだ。生まれながらの生業の手段を、カラダという形で僕たちは与えられていると言ってもいい。それは何も性産業に限定されるものではなくて、それこそ歌声や、手指や、顔や、瞳や、耳の良さや、とにかくその全てだ。カラダの全てが、価値そのもの。最後の最後に、人間同士が持ち寄ることが出来るものがカラダなんだ。
だから、だろうか。僕たちは互いのカラダを求めあう。互いにだけ許すことが、互いにとっての赦しに繋がるから。カラダに宿る、魔力が僕を狂わせる。そこに、受け入れられることに。レヴィに、エダに、ロザリタに、ソーフィヤに、シェンホアに受け入れられることに、僕は執着する。形の無い物を与え合うためには、形あるものを介して行う他ない。僕たちにとって、性というものは、何か神聖な儀式に違いなかった。それは懺悔で、赦免で。僕たちは互いを、まだ、今もまだ受け入れられることを確認することで、しつこいくらいに互いの足元を固め合っているんだ。たった一度きりの言葉で、たった一度きりの体験で、それで全てが根本から変わってしまえることなんてないから。小さな小さなヒビが、弱い弱い刺激が、僕たちの確信を、狂気を奪ってしまう。このぬるま湯を。この生暖かい人肌に溺れていられる幸福を、僕達から奪ってしまう。それは、常に、日々の中でリスクとしてどこにでも漂っていて、酸素のようにありふれているが、猛毒に違いなかった。
その絶望に至る猛毒が、容易く僕らの命を奪う。些細な一言であったり、些細な身体的接触であったり。そういうものは決まって無責任で、酷く陳腐で、ありふれていて。だから、僕たちは、僕は自分の心だけではなくて、肉体までもが、とても繊細で脆いガラス細工で出来ているように感じる。指が沈み込む温かく柔らかい肉の感触が、突き出た硬い骨の感触が。僕たちはそれらを欲してやまない。確かめることに躍起にならずにはいられない。でも、乱暴に扱われてしまえば、無造作に扱うことを許してしまえば、僕は簡単に砕け散って、もう二度と戻ることもできない。それが怖かった。とても怖いよ。
決して、特別な事じゃないんだ。欲しいことは、欲しいものは。僕も、レヴィも、エダも、ロザリタも、ソーフィヤも、シェンホアも。互いに求めていることは、そこにいてくれて、抱き締めて欲しいんだ。離さないでいて欲しいんだ。僕がばらばらにならないように。バラバラに砕け散ってしまう、脆いガラスではないことを、抱き締めて、強く抱いて教えて欲しい。その時になって、ようやく自分が息をしているんだと心の底から安心できるから。自分を抱き締めても、温かくなくて、柔らかくないんだ。僕たちにとって、何かを出したり、何かを抜き差しすることよりも、遥かに大事で重いことだった。だってそんなことは、冷たくても硬くてもできることじゃないか。温かくて柔らかいものが必要不可欠なんだ。確認する必要があった。何度も。何度でも。お互いが何処かへと連れていかれてしまわないように。離れ離れになってしまわないように。
相手に受け入れて貰えるのか、相手に優しく触れて貰えるのか、相手に、赦してもらえるのか。そのことが怖くて怖くて仕方がない。僕は僕のことを愛せない。どこまで言っても不潔で醜悪に感じてしまう。だのに、そんな代物を受け止めて欲しいと願ってやまない。そんな自分に優しくしてもらえることを、心のどこかで信じて止まないのだ。打算がある。下心がある。理性もあって。まるで狂っていないような、マトモな自分の部分が憎らしい。狂わせてくれよ。どこまでも、せめて最後まで。せめて彼女たちの前でだけは。無様で醜い自分と見つめ合いながら、与えられるかも分からない赦しを求めることの、この恐怖がわかるのか。わからないよ。僕もだ。僕も、どうすればいいのかなんて知らないんだ。
手元に残ったものが何もなくなった僕は、必然、このカラダだけに価値が宿っていて、その価値を彼女たちの前に差し出している。ソレに、価値を認められたいのだ。何も持っていない自分を、認め、受け入れて欲しいのだ。それは、物でも、金でもないのだと。僕に教えてくれよ。僕を救ってくれ。そうでもないと、マトモに息も吸えないんだ。吐き出す息が、重くて、カラダの奥の、腹の底に腐臭のように重苦しく沈殿していく。生きながら腐っている僕を、どうか救い出してくれ。受け入れてくれ。生まれに呪われて、全部捨ててきた愚かな僕のことを、どうか受け入れて欲しい。
あぁ、でも、なんてことだろう。彼女たちは僕一人だけで安心してくれるって言うのに、僕ときたら一人だけを選べなかった。一人じゃ安心できなかった。一人でも多く、皆に認めて欲しかったんだ。受け入れて欲しかったんだ。安心したかったんだ。色々な温かさと柔らかさを知りたかった。色も温度も手触りも声も言葉も、バラバラで、だけど同じ答えに辿り着きたかった。そうやって、自分を安心させることしか頭になかった。
性欲なんかより、よっぽど淫猥で醜悪で不潔な感情を抱えて、カラダを寄せ合い、押し付け合い、ぶつけ合っている。互いの恐怖と不安を塗りつぶすために必死になって、貪り合っている。なんて惨めで哀れなのか。でも、僕はこれこそが何よりも美しく感じられて、居場所を手に入れたような心地になる。君の眼差しから、君の温度から、君の肌触りから、君の声から、君の言葉から、君の相槌から、君の匂いから、君の心音から。君の全てから、君のカラダの全てから、僕は全身で温かさと柔らかさを感じることが出来て、そのとき初めて安心して眠ることが出来る。
それが全て演技だったとしても、例えその時が最期だったとしても、君に殺されることになったとしても、それでいいって思うんだ。そう感じるんだ。心の底から安心できる。全てを委ねてしまえるんだ。その感覚が、その感覚だけが欲しい。欲しいから、自分の醜さに目を瞑り、この身の不潔をそのままに、君に押し付けるんだね。ぶつけているんだね。消えて無くなってしまいたい。恥じ入るばかりだ。僕は、心底自分が嫌いだ。だから、こんな自分の都合で、僕なんかの所為で、大事過ぎる彼女たちを汚す行為が大嫌いだ。この想いは、ずっとずっと、不潔なんだ。涙が、止まらないんだよ。苦しいんだ。でも、苦しさから逃げる為に、僕は結局彼女たちの、温かくて柔らかい肌に泣きながら縋りついてしまう。これ以上、何を彼女たちから奪えば僕は気が済むんだ。
彼女たちに、一度でも拒絶された時、その時こそ彼女たちを解放する時だ。審判の時だ。僕が死ぬべき時だ。だから、その時が来るまでの間だけ。もう少しだけ。彼女たちの隣にいることを許してください。好きなんです。愛してるんです。でも、それでも、どうしても、離れたくないんです。頭では理解してるんです。でも、ずっとこのままでいれたら好いなって思うんです。体が言うことを聞きません。だから、彼女たちが僕の元を飛び立つときは、もしもその時には、どうか僕を殺してください。痛いのは、我慢できません。痛いのは、嫌なのです。辛いのも苦しいのも、嫌なのです。でも僕は、死ななくてはならなくて。彼女たちがいなければ、もう生きていく理由も、何も残らないのです。
今度こそ、僕には自分のカラダにすら価値が残らないのです。一人で、人生を営む勇気もございません。努力なんか、できません。だから、その時が来たら、どうか僕を優しく殺してやってください。どうかお願いします。彼女たちに決して知られないところで、彼女たちのお目汚しにならないように、彼女たちから一番遠い場所で僕を死なせてください。そうしてから、彼女たちを幸せにしてください。僕のことは綺麗さっぱりに、何一つ覚えていなくていいんです。覚えていて欲しいし、ずっと一緒にいて欲しいけれども、それとこれとは別なのです。僕はもう、十分すぎるほどに貰ったのです。何一つ彼女たちの為にあげられるものがないので、それなら余計なものを取り除くしかないじゃありませんか。ですから、僕は何も遺すべきではない。何も遺したくない。何も、遺せないんだ。
今だけは泣くことを許して欲しい。止まらない涙を、そのままにして欲しい。貴女の胸の中で、腕の中で、じっと黙って泣き声をかみ殺すから。だから、今だけは見て見ぬふりをしていて欲しい。その眼差しが、心音が、肌触りが、温度が、声が、匂いが…その全てが温かくて柔らかい。ここは温かくて柔らかい。誰も僕を傷つけない。誰も僕以外の僕を視ないでいてくれる。貴女が、僕だけを視てくれている。嗚呼、僕は幸せ者だ。もう何もいらない。そう思い、考えて、何度繰り返したんだろう。でも、あと少し。あと少しだけでいいから。もうちょっとだけ。あとちょっとだけ。
最初に味わったのはエダだった。イディスの代わりに、貴方にとって一番都合の好い女性像を演じた。貴方は案の定、夢中になってくれた。でも知っていたわ。貴方が私のカラダに、文字通りの意味で溺れていたことも。その行為そのものが、貴方にとって如何に神聖な何かだということも。知っていたの。だから、知った上で穢すことにした。狂え。私に狂え。もっと、もっと狂え。あたしに、狂って。狂ってくれよ。他に何も考えんな。よそ見すんな。あたしのことだけ考えろ。あたしのことだけを見てろ。そう思っていたの。そう思って、その通りに私は行動したわ。思った通りだった。貴方はハジメてを失った時はあんなに夢中になってくれたのに、次の日の二回目からは、まるで人が変わったように涙を流すようになってしまった。
アハッ……フフフ…クックック…あ"ぁ"~ガぁワイイイなぁ~もぉ~う…。可愛い。かわいい。可愛いよ。可愛い。可愛い過ぎる。そうだ、狂え。可笑しくなれよ。そのまま、ずぶずぶずぶずぶ、沈んどくれよ。あたし、きっと誰よりもウマいと思うぜ?アハッ…泣いてる。泣いちゃった。泣いちゃったよ。嗚呼…あたし、最低だ。最低最悪だ。とっても大事なことだって、アンタにとって神聖なもんだって、理解してたんだけどなぁ~…全部知ってたのになぁ~…これって、恥だよな。でも、あたしは恥を知った上でかいてるんだ。アンタは、あたしを受け入れてくれるって、『確信』してるから、さ?
…思った通り。やっぱりね。うんうん。泣いちゃうわよね。知ってた。そりゃァそうだ。弱っちいアンタの唯一の拠り所だったんだもんな。知ってたぜ。全部理解してた。
まあ…だから壊したんだけどさ。
だって邪魔じゃんか。邪魔なんだよ。マトモなんて、酷いじゃないか。マトモでいたいだなんて、酷いじゃあないかよぉ。あたしはさ、アンタのせいで人生が全く狂っちまったよ。この世界で最強の国家の守護者として、国益を追求するスーパーエージェントになるつもりだったってのによ…なんだよ、このザマはよ、えぇ!?
自分で、アンタに消費してもらうためだけに作り出したあたしをもっと見てくれよ!もっとあたしに溺れてくれよ!あたしの存在を肯定してくれよ!認めてくれよ!何処ぞの淫売みてぇな口調にファッションに、アンタに好かれる為なら何でもやるんだよ。好きでやってんのさ!笑えるだろ?でもよぉ…そういうもん、全部あたしの人生設計には含まれてなかったはずなんだが。どうしたこった?
だからさ、アンタもあたしと一緒に狂っちまえよ。堕ちろ。あたしに堕ちろ。狂ってくれないと愛し甲斐が無い。狂え、もっとだ。泣きじゃくれ。泣き喚けよ!あたしが、いなくなったら生きていけ無くなれ。これからの人生、ずうううううっと、一緒だぜ、ダーリン?
全部捧げるから。全部捧げ物にする。気持ちよさで狂わせてやる。罪悪感の火を点けてやる。後ろめたさのタネを植えてやる。好きなように苦しんで苦しんで、駆けずり回って暴れて、そうやってボロボロになったアンタをあたしが徹底的に愛してやるんだ。あぁ、そうとも。愛してあげようねえ。ドロドロに溶かしてあげるわ。もう、死にたくなるほどに、ね?
貴方の碧い瞳から、涙の雫がポロンポロンと滴っていく。あぁ、淫靡な。なんて淫靡な。顔を引き締めて、カッコいい顔しやがって!クソ!クソ!狂わせたいのに!私の人生を滅茶苦茶にしたくせに!足りないのかしら?ねぇ!どうなのよォッ!答えなさいよ!ほら!ねぇ!もっと、もっと、溺れてよ!あたしばっかり寂しいよぉ…なぁ、お願いだよぉ…もっと、近くに依っておくれよ。もっと、あたしに酔っておくれよ。もう、あたしはダメなんだよぉ。アンタに捨てられたら生きていけないんだよぉッ……どこ、にも…どこにも行かせねえ!逃がすっ!かッ!オイコラぁッ!逃げんな!暴れんな!もっと、あたしに溺れろよ!泣き喚きながら、必死に押し付けろよ!アンタの劣情をぶつけて来いよ!
あぁ…あ、あう…ふ、ふッ…うぐ…ぐぞッ!クソ!クソォォォォォッ!!!
泣かないで!ゴメン!ゴメンって!お願いだよぉ!悪かったから!あたしが全部悪かったから!あぁ、あわあわわわわ!?あぁ、悪かったよォ…ごめんなさいッ…ふ、うぐ…もう泣かないで。辛いよ。つらいんだよぉ…泣かないで。泣くなよ。そんな、つらそうな顔すんな!あたしまで、辛くなるじゃんか…。
…。
泣かせたの、あたしか…。あ、あぁ…なんで、こんなこと…あぁ、でも、泣け!やっぱり泣け!もっとあたしに縋れよ!あたしばっかり、あたしからの一方通行な想いみたいで、つらいんだよ!悲しくなるだろ?寂しいじゃんか!だから、あぁ、そうだ…いいぞ、今度こそ…いい顔だ。嬉しいんだな、気持ち好いんだな…こんどは、それで泣いてんのかよ…世話の焼けるヤツだよ。ほんとに。でも、好き。うん、あたし、好きだ。アンタのこと。どっちでもよくなっちゃったよ。泣け。でも泣くな。悲しい涙を見せんな。嬉しい涙だけ流せよ。そうしたら、あたしもその方が嬉しいから。胸が温かくなるんだよ。
ふふ…っくく…あんたの泣き顔、可愛いなぁ。食べちまいたいよ。でも、ダメだよな。食べちゃったら、無くなっちまうもんな。それだと、寂しくなっちまうもんな。だから…だから、こうやって、跨って腰振ってやるから。そこで泣いてろ。泣いて、あたしを喜ばせろ。喜ばせてくれたら、今度はあたしが啼いてやるから。そうしたら、とんとんだろ?フェアトレードだ。うん。違いない。
最近はもっぱらレヴィばっかり食ってんもんなぁ…ズルいよ。教会が遠いからって、遠慮しやがって。あのエテ公を抱く暇があんなら、ベッドの上から降りて礼拝堂に祈りに来なよ。アンタのことだ、懺悔したいことなんざ山ほどあンだろーが。全部、全部…あたしが聴いちゃる。聴いて、全部なかったことにしちゃるよ。無罪放免。あたしが免罪符を売ってあげる。代金?んなもんタダだよ。赦す側に赦しを与えるもん売って金を盗るわけないだろ?あたしだって、アンタに赦してもらわないといけないんでね。我が身可愛ささ。そんでな、礼拝堂で一緒にお祈りするのさ。アンタはあたしに祈りな。いいね?うん。うん。イイ子だ。可愛い可愛い子羊だからねえ。そうだね、うん。そうしよう。あたしはアンタに祈るから、アンタはあたしに祈る。あたしはアンタに祈られてハッピー。アンタも、あたしって言うシスターがいるんだからハッピー、そうだろ?
なぁ…どうしてシスターが処女なのか知ってっか?神の女だからだよ。さて、ここで問題だよ。答えられたらご褒美だ。答えられなくってもご褒美だ。天罰?食らうわけないだろバカたれ。どうしてシスターが手前の神に天罰下すんだよ。物は考えてくっちゃべりな、いいね?…フフフ。イイ子だ。そうだな、この問題は実技だからな。うん。そうだ、だからこっち来いよ。懺悔室で聴いてやる。じっくり聴いてやるよ。手取り足取り教えてやる。高校の時と一緒さ。一から十まであたしが教えてやる。この前の騒動の時だって、ご褒美まだだったもんな。あたしにくれよ。信賞必罰がなってない神は嫌われるんだよ、知ってたかい?知らなかった?そうかい、なら覚えな。ほら、あそこに磔になってるタコがいんだろ?ああなっちまうからね?怖いかい?…あああああ、嘘嘘嘘!そんなことしないし、させないよ。あたしが許さないからね。
…さぁ、着いたよ。狭いとこだろ。でも、誰も来ないし、外には音が漏れないんだ。あとは、わかるよな?
一時間ほど、二人は愛し合った。懺悔室は狭かったが、境界になる壁板を躊躇なく取っ払うと少しは動ける余裕が出来た。レイジの下をひん剥き椅子に座らせた彼女は、頭にかぶっていたウィンプルだけを外して、手始めにエダとして彼の体に跨った。
「さぁ~て、問題の解答を聴こうか。緊張でどもっちまっても安心しな。どのみち口は塞がっちまうんだ。答えは、アンタのカラダの方からたっぷりと教えて貰うからよ」
下着を脱ぐところを見るまでもなく動き出したことから、修道服の下が非武装だったことは間違いない。だが、朝から履いていなかったのか、彼が来る寸前に脱いだのかは定かではない。両手をきつく首の後ろに回して、見下すように挑発的な視線を送りながら、目を細めると、食らいつく様に首にエダの顔が埋まり、ぬるりとした感触が首を伝って、終いには頬をなぞった。もう、涙が伝っていた。
「しょっぱいな。コイツは迷える子羊の味だね。汗も涙も、一滴残らずあたしのナカにおいてきな。お布施の代わりだよ。安上がりで経済的だろ?」
兎に角、彼の好みを熟知することに心血を注いでいる彼女は、敢えてサングラスだけは外さずに、また彼の背徳感を煽る為に修道服もそのままで肌を重ねた。高校の時から、エダとの夜は二人とも素っ裸になることが稀だった。着衣にこだわりがあるのだろうか。それはさておき、薄暗く蒸し暑い懺悔室の中で二人は互いしかいない世界に入り込んでしまった。
「涙は早漏のくせに…意外と体力はあんだよなぁ…泣きべそかきながらおっ起てやがって…ンとにもう…アンタってのは、面倒臭い男だよ、ホントに…」
「あーあ泣きやがった。だ・か・ら!嫌いだなんて、言ってないだろう?ほら、好きだよ。好きだから。安心しなよ。怖くない。怖くないよ。慈悲深いアンタのためのシスター様だからね。ほら、泣き止みな。泣いたままでも好いから、ンなしょげた顔はおよしな。折角、可愛いんだから。神が羨む造形だよ、間違いねえ。少なくとも、神からあたしを寝取ったんだ、だろ?そうだろ?あぁ、いいね、その顔。そのまま、そのまま…今、代わるから」
一回、二回と済ませると、徐にエダが立ち上がった。脳みそがドーパミンでくらくらしている彼の前で、サングラスをとると、理知的なイディスがそこにいた。蠱惑的な微笑みを浮かべて、足腰は立たない彼の唇に吸い付くと、暫くそのままだった。悩まし気に眉を歪めて、彼の舌に縋りながら、目尻に涙を浮かべる彼女の姿をレヴィが見ればなんて言うだろう。座る彼と、立ったまま唇を押し付けるイディスの間には高低差があったわけだが、頭の後ろを両手で掬うように支えながら、大切に大切に、まるでサロメが洗礼者ヨハネの首を扱うように、慈しむような手つきで頭を抱えて、少しずつ隙間を埋めながら、イディスは彼をその場に立たせた。
「今度は貴方の番よ。攻守交替。野球観ないから分かんないかしら?貴方、スポーツもダメダメだものね。でもまぁ、これも同じようなものだから。オリンピック種目には含まれていないけれど、競技人口は世界一よ。だから大丈夫、ゆっくりと、自分のペースで上手になればいいの」
とぅるっと赤いベロが抜けて、イディスが壁に手をつくと腰を突き出した。眩暈がする様な妖艶さだったが、エダよりもずっと狡猾で打算的な淫靡さを感じた。ある意味で言えば、エダは彼女の素直な部分で、イディスは彼女の捻くれた部分なのかもしれない。汗で張り付いた修道服越しに感じられた肉感的な臀部と、誘惑的な腰つきにまんまと負けて、彼は彼女に背後から覆いかぶさった。イディスが勝ち誇ったような笑みを浮かべたことは言うまでもない。猫の喉を擽る様な優しく無遠慮な手つきで、肩越しに彼の顔に、首に、手を這わせた。首を曲げて、無理矢理に耳を啄んでしまえば、彼の涙の量は自然と増えた。どこまで言っても、高校時代から十年近く思い続けた相手には違いない。エダとイディスからしてみれば、それはもっと前からだ。それこそ、彼を殺そうとした中学時代からずっとだった。
「床が軋む音が、好きなの?そう、なら、修理は、ね、しないで、このまま、に、して、おくから。だから、ね、お願い、また、逢いに来てッ。待ってる、から。だから、こうやって、また、
「わたし、ね?あなた、の、ことが、憎かった。憎くて、憎く、て、愛しか、った。だから、ね、
「…そう、そう、なの…赦して、呉れる、のね?嗚呼、そう、ありが、とう…優しいのね、知ってた、けど、ウフフ……」
彼に対して、彼の女たちの中で唯一、彼女だけが愛情と同じくらいの憎悪を抱いていた。憎悪を知っていた。でも、だからこそ、憎悪に狂い、殺そうとまで考えたからこそ、彼女は誰よりも愛情深い。死ぬまで憎しみも愛も忘れることはない。彼を憎んで傷つけた自分を、自分の中で何度でも殺すだろう。傷つけるだろう。でも、その度に彼女は彼に赦されることで息継ぎが出来る。懺悔室での情事は正にそれだ。彼は複雑な悲喜こもごもの情念が入り混じった涙を、止め処なく流しながらエダとイディスに縋りついて、必死に自分の価値を示そうとしていた。必死な彼の姿が、肩越しに耳元で響く荒い息遣いが、忙しなく動き、或いは力強く押し付けられる劣情が、エダとイディスを決して逃がしてくれない。端から、逃げる気など毛頭ないのだが。
「疲れたかしら?そう…偶には、運動しないとね。健康な方が、人生は充実するもの。健康だけは、お金でも買えないものね。えぇ、だから、気が向いたらいつでもいいの。いつでも、どんな時でも、アンタが欲しがれば、ソレは与えられるのさ。求めよ、さすれば与えられんって、よく言うだろう?」
「…暑いな。脱水で死んだら笑い話になっちまう。
一通り二人で絶頂を迎えてから、息が荒いままに二人は椅子に腰を落ち着ける。頼りない彼の膝の上を、今だけは彼女が独占できた。人が変わったように優しい目つきで、何処からともなく取り出したシルクのハンカチを使い、彼の涙と汗に塗れた顔を懇切丁寧に拭いてやる。こういう時だけ、彼女はまるで本物のシスターのようになる。それがエダであれ、イディスであれ変わらないことだった。懺悔室の床は流した汗と飛び散った体液で滅茶苦茶だった。酷い匂いで暫くとれないかもしれない。だが、生憎としてここはロアナプラだった。今まで何度も体験したここでの出来事を鑑みるに、どうやら懺悔室の利用者は彼と彼女だけみたいである。懺悔するほど殊勝な人間は、きっと既に死んでいるか、そもそもこの街にはいないのだろう。
身繕いを済ませたエダが事後の一服をしようと、口に咥えたマルボロをぷらぷらさせながら修道服の隠しからライターを取り出したところで、招かれざる客がその来訪を告げた。
「おい!エダ!この生臭シスター!呼ばれてねえけど来てやったぞ!」
礼拝堂の扉をドンドンと叩きながら、咥え煙草で上機嫌なレヴィがエダを呼んでいた。
「キンキンうるさいよエテ公!経をあげるか、お布施の一ドルでもしてったらどうだ?」
かけ直したサングラスのブリッジを、くいっと上げながら、ピッチリとウィンプルに髪を仕舞い込んだエダが扉の隙間から顔を覗かせた。辟易したような表情も、眉の角度も、冷たい視線まで完璧だ。きっと、ここに彼がいればさぞかしゾクゾクしたに違いない。そして、そんな彼の愛おしい姿を見て、狙い通りに我が意を得たりと、表情を変えぬままにエダは満足げに微笑むのだろう。
「手前の葬式ン時まで必要ねえよ。香典を弾んで欲しけりゃ長生きしやがれ!」
「だーかーら!礼拝堂で騒ぐんじゃねえよ!シスターが来ンだろうが!あと手前の香典なんざ要らねえ!寧ろ手前にあたしの遺産を恵んでやるよ」
相手が分かれば警戒する必要も無かった。ましてや、二人ともある意味では同盟者であり姉妹みたいなもんだ。じゃれ合いつつ、用件を聞こうとエダがレヴィを礼拝堂に招き入れた。入り口近くの長椅子にどっかと腰かけたレヴィ。股を閉じればいいものを、惜しげもなくホットパンツから覗く健康的な美脚を晒していた。彼女に羞恥が無いのではなく、単に異性として認識できる存在が一人しかいないから、こんな風になってしまった。案外、粗暴なだけかもしれないが。ともかく、少し日焼けした太ももには、ロアナプラの強い日差しを受けてか、うっすらと汗の伝った跡が残っていた。エダは眉をしかめた。呆れた…あたしの
「あいあい…そんで?アイツはどこだよ、ロックに走らせてきたんだ、待たせちゃ悪いだろ?」
扉の向こう、礼拝堂の真ん前に停車させた車を親指で後ろ手に指しながらレヴィが言った。黒いタトゥーの絡みつく腕にも、じっとりと汗の雫が浮いていた。にしても、である。エダと言い、レヴィと言い、ガサツで粗暴な言動からは信じられないくらいに全身が無毛かつ肌理細やかである。一億ドルを好きに使えと言われて、或いは財産を分与されて、いの一番に全身隈なく磨きに行ったのは、きっと彼女たち全員の数少ない共通点に違いない。美を金で買えるなら安いものだ。どれだけ互いに思っていても、レヴィもエダも、他の彼女らも人間だ。少しでもマシな自分を見て欲しいと考えている。
「悪いなんて思ってねえくせして…あぁ、レイジなら着替えてるよ」
「あー…やっぱりな、ンなこったろうと思ったぜ。で…今日はどこでヤったんだ?」
途端に剣呑なガールズトークが始まった。レヴィはレイジ限定で下世話な話が大好きだ。花も恥じらい枯れるレベルの乙女である。
「誰が教えるかよ、よりにもよって手前に教えるなんてなぁ、毎朝イエスにお通じ報告するよりお下品だぜ」
「おめぇも、お下品ってな質じゃないだろ…言わねえならいいよ。レイジに聞くよ」
「懺悔室だよ」
レヴィが彼の名前を出した瞬間、エダなのかイディスなのか判別のつかない平坦な声が返ってきた。即答だ。流石に恥じらいがある。
「おうおう…順調に腐ってんなぁ。お前ホントに
レヴィがニヤけた。眼の下の隈さえ映えるような、挑発的な表情だ。疑うような口ぶりに、片目を吊り上げ、片目が細められた。エダは「はぁ…」とため息をついた。マルボロに火を点けて一息ふかすと、人差し指と中指で緩く挟んだ煙草の先端をレヴィに突きつけ言った。
「
エダの氷点下の視線にも、レヴィは全くビビりもしない。お互いの逆鱗を理解した上で突き合ってるんだから物騒にも程がある。全くもって世話が無い。
「へへッ…シスター様もそんなツラが出来るとは、伊達に真面目に聖書を読んでるわけじゃねえな」
「聖書なんざ暫く読んじゃいないよ。あたしは他人の為に祈ってられるほど暇じゃないんだ」
「そいつは同感だ。聖書にゃ道の歩き方は書いてねえからな。そんなら精々、観光パンフレットでも読ませた方が道に迷わずに済むだろうぜ」
「ふん!…おい、来たよ」
話をすれば何とやら。レヴィの待ち人は、ビールを抱えてやってきた。服を着るのもゆっくりなのはご愛敬で、寧ろクーラーボックスの在り処が分からずに迷っていたと言われても不思議じゃなかった。方向音痴の嫌いもある。狂気と女難以外の全てを母親の胎内に忘れて来たような。全く難儀な男であった。待たせてしまったことを詫びながら、彼は二人に瓶を差し出した。
「冷えてるじゃんか、気が利くな。エダよぉ、遂に預言でも下ったか?信心深いシスター様は流石に違うぜ」
「汝、客人に冷えたバドワイザを振る舞い給え…ってか?しけたご宣託だよ。んなもんが下った日にゃ、教皇だってデルポイのアポロン神殿に鞍替えするね」
「全くだぜ…だがまぁ貰っとく。ありがとよ」
レヴィは長椅子の端に、勢いよく瓶の王冠のへりをひっかけて栓を開けると、旨そうに煽った。エダも続いて栓を開けた。
「貰うもんは貰っときな。聖者からの施しさ」
「ぷはぁっ…アルコールを振る舞う聖人とか洒落にもなんねえな」
「んくっ……手前の血と肉を振る舞われるよっか、百倍マシさ。異物混入に食品偽装…今頃イエスはムショん中だよ。魂の清掃業者は今日も不在。だから穢れはアルコールで浄化するもんだ。世界中どこでだって
悪党も人間で。二人は女で。だからその喉の動きは、きっと言葉からも、見た目からも想像がつかないほどに可憐だった。レイジは生唾を呑み込んだ。無論、レヴィもエダも無意識半分、意識半分である。確信犯だった。ほんの些細な動作にすら、彼の満足と欲情を引き出すために気を回す狡猾さが、可憐な喉を、汗とビールと共に流れ落ちて行った。レイジは最後まで見届けてから自分の分に口を付けた。レヴィとエダの勝ち誇ったような笑みに背中を追われながら、クーラーボックスから追加の三本を取り出すと、服が氷水の滴りで濡れることも気にせず二人の元へと走って戻った。
「それじゃあな、エダ。ま、またそのうち来るからよ」
「暇な信者だよ、全く。まぁ、あたしもあんたも同門ってことで贔屓にしてやるさ。精々死なずに過ごすんだね」
「お前もな、他所の神に股開くんじゃねえぞ」
レヴィの挑発は何時ものことだった。エダもエダで、この下品で口の減らない悪友に張り合うのに余念がない。
「レヴィ、アンタこそ。血迷って新しい相棒とロマンスなんざコいてみな、コいた拍子に漏らしたクソ話を積み上げてバチカンに列聖してやるよ」
マルボロを口に咥えて、肩から下げたグロックのグリップを指の腹で突いて見せてやる。レヴィも応えるように腕を組むと。顔を顰めながら、直ぐに半目になるとニヤリと笑った。
「誰がするかアホンダラ。ロックとはそんなんじゃねえよ。手前のケツは手前で拭くよ。今更になって手前の野郎を泣かせるかよ」
「お互い、一途に行こうじゃねえか」
「クサいぜシスター。香炉にハッパでも詰めてんのか?」
「汗臭いエテ公にゃ言われたかないね」
ニヒルな笑みで通じ合う感触は、なるほど、余人には感じられない一体感があった。何の因果か、本来なら知り合うこともなく一生を終えていた者同士で息が合った。血統書付きの犬と、混血の野良犬同士が、中々どうして気が合うのだった。一人の男を楔として、イヤに堅い絆が結ばれていた。生臭くて、生温い鎖だが、適度に気の抜けた、案外そういうものほど長続きするのやもしれない。
「あぁ!?」
「えぇ!?」
「「……」」
仲裁役のシェンホアがいないので、必然、シェンホアなら突っ込んでくれそうなタイミングで二人顔を見合わせて身を引いた。
「今日はこのくらいにしておいてやる。あばよ」
そう言い合うと、レヴィが彼の手を引いて車に乗り込んだ。乗り込んですぐに、ミラー越しに笑うエダを見て、次いで彼の首筋を見て。レヴィが何かを気づいてしまったようで、発進した車の窓から身を乗り出してエダに叫んだ。
「おい!エダ!」
「なんだい?」
「お前!あんだけ目立つとこに残すなって!手前で言っておいてッ!」
「あぁ…んなもん誰が守るってんだい?」
「…クソ!やっぱり手前はクソ尼だ!」
そう吐き捨てるとレヴィは諦めたように席に体を沈めた。ロックが運転する車が速度に乗って教会を後にした。エダは結局、車が見えなくなるまで礼拝堂の前から見送っていた。足元に転がした吸殻を拾い集めてゴミ箱に捨ててから、エダは礼拝堂に戻って行った。